古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第282話

 

 公爵五家の最後の一つ、ザスキア公爵から親書を貰った。ラデンブルグ侯爵やエルマー侯爵はハイゼルン砦奪還の応援の申し出だったが彼女は一緒にオペラに行こうと誘って来た。

 この裏の意味を色々考えたのだが、ロッテとハンナの情報だと彼女は年下好きの少年趣味らしい。

 

「年下が好きなの?」

 

「はい、有能な年下の美少年が大好きなお方です」

 

「儚いより生意気な方が更に好きです、リーンハルト様は理想的な年下の男の子ですわ」

 

 質問を輝く笑顔で返されて思わず執務机に頭を付ける、予想外の対応だぞ。側室や妾希望者に頭を悩ませていたが自分の貞操を狙う奴が居たとは、しかも公爵本人がだ。断るにしても色々と情報を集めて失礼の無い様にしないと駄目だ。

 ハンナとロッテのニヤニヤがムカつく、絶対に楽しんでいやがる。

 

「返事には三日程度考える時間をくれ、今日は疲れたから帰るよ」

 

 話し込んでいる内にすっかり日が沈んで部屋が薄暗くなったが彼女達が手際良くランプを灯してくれる。

 

「ザスキア公爵とエルマー侯爵については、もう少し情報を集めておきます」

 

「頼む、特にザスキア公爵については誰が引き込まれたかも調べてくれ。有能な者が好きとなれば敵対した場合、寵愛を受けた配下や愛人達は厄介な者が多い筈だ。これ以上敵を増やすのは得策ではないからね」

 

 最悪は誘いを受けて一緒にオペラを見るしかない、いきなり閨(ねや)に引き込む様な性急さは無いだろう、無いと思いたい。

 その後、馬車の手配を頼み用意が出来たらバルバドス様の屋敷に向かう。波乱万丈な人生だから来週末の出兵迄は自由な時間が出来た、少しは落ち着けるだろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 馬車の窓から顔を出した瞬間に屋敷の正門が開けられて警備兵達が左右に整列した。

 

「ようこそいらっしゃいました、リーンハルト卿」

 

 声を揃えて歓迎された、しかも彼等の瞳は熱を帯びた様に熱い、熱い視線を僕に向けてくる。

 

「ああ、有難う」

 

 馬車はノーチェックで敷地内に入り屋敷の正面玄関前に横付けにされて停まる。

 

「ようこそいらっしゃいました、リーンハルト様」

 

 嬉しいけど警備兵が顔パスなのは問題だと思うんだ、何故かメイド長のメルサさんを筆頭に使用人一同が並んで出迎えてくれたのも問題だと思うんだ。

 

「宮廷魔術師第二席昇進おめでとうございます、我々使用人一同も嬉しく思いますわ」

 

「えっと、有難う。でも今日の午前中の話なのに何故知ってるの?」

 

 確かに懇意にして貰ってる師匠の屋敷の使用人達だけど、此処まで歓迎されるのは驚くよね?しかも王宮の出来事が広まっているって変じゃないかな?

 そんなに簡単には情報は広まらないと思う、特に王宮絡みは情報の流出に厳しい筈なのだが……

 

「昼過ぎにアウレール王の名で中央広場で公表されました、最年少宮廷魔術師リーンハルト卿がマグネグロ様を倒して第二席になられたと。

しかも旧コトプス帝国の残党の討伐の為にハイゼルン砦の奪還に向かうと……もう王都中がこの話題で盛り上がっていますわ」

 

「しかもアウレール王はリーンハルト卿の事を大変に誉めていたそうです、王都の若い女性の中には歓喜で失神した方も居るとか……」

 

 やられた、戦意高揚に使われたんだ。ドラゴンスレイヤーで最年少宮廷魔術師の僕は絶好のネタだ、若き宮廷魔術師が長年の宿願だったハイゼルン砦を落とすとなれば盛り上がる。

 戦費調達の為にも国民の意識誘導は必要、だが情報は敵にもウルム王国にも流れて警戒されるだろう。

 

「その、何だ。バルバドス様の所に案内を頼みます」

 

 警備兵の尊敬を含んだ熱い視線やメイド達のキラキラした目の原因が分かった、アウレール王は理由は分からないが僕がハイゼルン砦を落とせると確信している。

 じゃないと事前発表はリスクが高い、もし負けたら厭戦気分になるし一国の宮廷魔術師の上位が敗れたら対外的にも大問題だぞ。

 

「はい、先に研究室の方に通す様に言われております」

 

 メルサさんを先頭にナルサさんは僕の半歩後ろに付いて進む、しかし奪還後に大騒ぎなら楽だったのにビアレス殿もプレッシャーが凄い事になってるだろうな。

 彼の場合は自業自得だがバニシード公爵からも圧力を掛けられるだろう、僕に勝たねばならないのだから大変だ。

 そのまま研究室まで案内され、メルサさんがノックを四回してから扉を開ける。

 

「よう!宮廷魔術師第二席様、おめでとうと言っておくぞ。巷じゃお前の噂話で持ちきりだ、昔の馴染みからもお前の事を俺に確認に来る位だぜ」

 

 既にワイングラスを持ってるし顔も赤い、大丈夫なのかな?

 

「有難う御座います、まさかアウレール王が自らの名前で発表するとは驚かされますね」

 

 苦笑しながらソファーに座る、直ぐにワイングラスが用意される。

 

「祝い酒だ、俺が注いでやる。出入りの商人に一番高い酒を用意させた、栓を抜いて暫く待ったから飲み頃だ」

 

 バルバドス師が自ら丁度六分目位までワインを注いでくれた、顔は仄かに赤いが酔いは少ないみたいだ。

 

「乾杯、お前の出世を祝って」

 

「有難う御座います、約束を守れて嬉しく思います」

 

 互いの胸の高さにワイングラスを持ち上げてから一口含む……美味いな、今迄で一番美味い。これは相当高い赤ワインだぞ。

 一気に飲むのは勿体無いのでゆっくりと口に含んで味を楽しむ、本当に美味しいワインだ。

 

 摘みも用意されたが研究室で飲むのか?生ハムにチーズ、ドライフルーツは数種類の葡萄だな。

 

「その、何だ。対外的にはお前は俺の弟子だけどよ、師匠として何もしてやれてないのが気になるんだ」

 

 申し訳なさそうなバルバドス師の顔をみて思う。ああ、周りからは僕の師匠として色々と迷惑を掛けているんだな、僕は問題児だから誰がこんな風に育てたんだよとか……

 

「確かに最初の理由はメディア様とフレイナル殿の揉め事でしたね、懐かしいです。ですが共同研究とか楽しく学べる事も沢山有りました、僕は貴方が師匠で嬉しく思います」

 

「そうか、お前ってアレだな。変な奴だが良い奴だな」

 

 おや?もしかしてバルバドス師が照れたのか?

 

 少し変なバルバドス師を見るメルサさんの優しい笑顔が二人の関係を邪推してしまう、もしかして若い頃は好き合っていたのでは?ナルサさんが新しい料理を運んで来た、どうやら本格的に研究室で飲むみたいだ。

 

「リーンハルト様、料理を取り分けますか?」

 

「ああ、頼むよ」

 

 メルサさんの孫娘のナルサさんも高級貴族のメイドとして厳しく躾られたのか有能だ、甲斐甲斐しく料理を取り分けてくれる。

 だが自分の魅力を理解していて計算高く前面に押し出して来るのが困るんだ、今回も所々で色々と仕掛けてくるし……。

 

「マグネグロの奴に圧勝したそうだな、メディアがニーレンス公爵経由で直ぐに結果を手紙で教えてくれた。

奴の『溶岩地獄』をわざわざ破っての余裕の勝利、お前の単体ゴーレムは戦士職の奥義が使えるのが不思議だ。『刺突三連撃』や『偽・剣撃突破』とか反則だろ?」

 

 流石はメディア嬢だ、しかしニーレンス公爵もメディア嬢には甘いんだな。確かに使ったが反則と言われても困る、何か少し拗ねてるみたいだし。

 

「何度も見ましたし何回かは技を仕掛けられましたから、ゴーレムでトレースするのは理論上可能ですよ」

 

「そりゃ嫌味だぞ。お前のゴーレム操作や運用は全く新しい、本当の意味で師匠が居なくて独学だから既成の運用にならずに独自の方法になったんだな」

 

 新しいか……魔法技術の衰退が酷すぎる、三百年前の技術と運用が今の時代では新鮮に感じるのか?

 元々魔法技術は秘匿傾向だったから、魔法大国ルトライン帝国の崩壊と共に廃れたんだな。

 

「そうですね、独学と試行錯誤の結果ですから普通じゃないのは理解しました」

 

 他に師匠が居るとか言ったら誰だ会わせろって話になる、僕の師匠なら僕以上の魔術師と周りは思う、そんな人物は用意出来ない。

 気分が沈んで折角の美味しいワインの味が落ちない様に口直しに生ハムを食べる、塩気が食欲を増すな。

 

「そんな顔するな、責めてる訳じゃないぞ。それでだな……俺はお前の師匠だが教えた事は殆ど無い、だからこの研究室の資料や魔導書は全て見て良いし貸し出してやる」

 

「それは……いや、駄目です。魔術師にとって蓄えた知識に勝る財産はないのです、それを全て見せるなど」

 

 僕の言葉を手を翳す事で止められた、だが魔術師にとっては魔導書や研究資料は一番大切な物だ。転生前の僕だって配下の魔導師団員には全てを見せてないし教えていない。

 マリエッタにさえだ、それを貸し出しても良いなんて自分の後継者に対する……

 

 ここまで考えが至ってバルバドス師の顔を見る、妙に清々しい。

 

「俺も年だ、残りの人生も十年かそこらだろう。もう魔術師としての後継者を探すつもりはない、フィーネとは子供は出来なかったから養子を取るつもりだ。

俺の財産狙いなんだろうな、魔術師でもない親族を押し付けるつもりだ。まぁギリギリまで断るが死ぬ前には養子を取らねばならない、家の存続の為にな」

 

 真剣な表情で僕を見る、目を逸らせない迫力が有る。バルバドス師は六十五歳、十年後は七十五歳、男性貴族の平均寿命だな。

 

「そうですか、僕も自分の家を興したので最近後継者について考え始めました」

 

 これから生まれてくる我が子の事、本妻と側室四人は決まっているが宮廷魔術師の僕の後継者は魔術師が望ましい、それも強力な魔術師が……

 バルバドス師は魔術師としての後継者育成を諦めたと言った。

 

「それでな、お前の師匠として俺の知識と資料や魔導書をやるよ。価値の解らない馬鹿な養子にやっても無駄だ、有効に使える奴に引き継ぐべきだろう」

 

 ああ、貴族の柵(しがらみ)の問題か……家の存続の為に養子を受け入れるが魔術師としての財産の相続は僕に引き継ぐのか。

 

 バルバドス師の弟子の中で爵位も身分も才能も一番上の僕になら周りも文句は言えない、フレネクス男爵やフィーネ様も言わない。

 彼等が欲しいのは金銭的財産であり魔術師としての後継者には五月蝿く口を出さないだろう。

 

「有難う御座います」

 

 何も言えずに深々と頭を下げる、断る事はバルバドス師の気持ちを踏みにじる行為だ。

 

「そんな顔するな、お前は親しい奴には優し過ぎる。それは美徳だが同時に弱点でも有るぞ。まぁ敵対すると容赦無いのは広まったからな、マグネグロの奴の死の件はプラスに働くだろう」

 

 確かにバルバドス師の事を馬鹿にしたマグネグロ殿の上半身を木端微塵にして殺したからな、普通は新人宮廷魔術師が宮廷魔術師第二席を殺すなんて出来ない。

 これで僕の噂は最悪になるだろう、血に餓えた殺戮魔術師くらいは敵対勢力が言い出すかな?

 

「やり過ぎかとは思いましたが生かしておいても有利な事は無かったので、全力全開で勝負を挑んだ結果です」

 

「お前はサラッと怖い事を言うよな、それとハイゼルン砦の件は大丈夫なのか?」

 

 マグネグロ殿の件はもう触れる事は無いな、敵討ちとまではいかないが我が師匠を引退に追い込んだのだから。後はハイゼルン砦の攻略の方が問題だ。

 ドライフルーツを一つ摘まんで口に放り込む、モグモグと自然の甘味を楽しむ。

 

「難攻不落のハイゼルン砦ですが、僕の『リトルキングダム』の制御範囲は半径500mです。遠距離から内部に大量のゴーレムポーンを錬成し自動制御で戦わせれば半日で落ちますよ。

慌てて野戦を挑んで来ても平地の集団戦なら二千人程度は問題無いですね、大丈夫だと思います」

 

 あれ?固まった後に立ち上がり僕の側まで来たけど……

 

「イタッ、痛いです。拳骨は勘弁して下さい」

 

 久し振りに拳骨を落とされた、結構本気の力加減だぞ。涙が出てきたし……

 

「いや叩くぞ、今は立場的にお前が上だが俺は叩く。エムデン王国三十年の悲願を簡単に言いやがって、やっぱりお前は変だ!」

 

 その後はバルバドス師を落ち着かせるのが大変だった、前の大戦の経験者にとってはハイゼルン砦奪還は悲願だったらしいし実際に攻めた事も有るそうだ。

 簡単に落とせるみたいに言われては我慢出来なかったのだろう。

 




酷暑ですが皆様体調管理は大丈夫でしょうか?

約束通り8月1日から8月31日まで朝8時に連続投稿を開始しますので宜しくお願いします。

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