古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

274 / 996
第274話

 漸く本来の舞踏会に突入する事になった、殆どの男性派閥構成員が模擬戦を楽しんだ異常な集まりだが皆さん着替えて落ち着いた紳士淑女を装っている。

 先程まで武器を振り回して戦いに興じたり応援していた事が嘘みたいだ……

 

 ライル団長は聖騎士団の団長及び副団長が全て召集された事により不参加、副団長の父上も王宮に呼ばれたので不参加、インゴも一人で来れる訳もなく不参加だ。

 多分だが旧コトプス帝国の残党絡みの件だろう、聖騎士団を中心に討伐軍が組まれるのだろうか?

 

 華やかな女性陣、綺羅びやかな会場、豪華な食事に歓談する紳士淑女達は未だ知らないのだろうな。

 単純な小競り合いで済めばよいが、相手も大物が出て来ている、本格的な軍事行動になるだろう。

 

「本日の主役が難しい顔をしてどうかされましたか?」

 

「エロール様、いえライル団長や父上が王宮に呼ばれた意味と今後の動向について考えていました」

 

 ジゼル嬢は別室に用意されたサロンの方に行っている、僕はバーナム伯爵とデオドラ男爵を酔い潰した後、そのまま会場に残った。

 二人はルーシュ嬢とソレッタ嬢が執事達に指示を出して別室に運んだ、僕はそのまま円卓に残ったが酒豪二人を潰した事により遠巻きに見られている。

 向かい側に座った彼女は髪を纏めて緻密な細工の施された髪留めを着けていて、最近流行りらしい胸元が広く空いたクラッシックローズのドレスに着替えている。

 彼女が今回の主催者側のホストであり、バーナム伯爵が酔い潰れた今は総責任者だ。

 

「酔いは大丈夫そうですわね、ワインを何本も飲まれたのに平気そうですわ」

 

 義父様やデオドラ男爵様は酔い潰れたのに不思議な位にお酒に強いのですね、と笑われた。

 

「先日ブラックスミスのヴァン殿から『火竜酒』というドワーフ族に伝わる秘酒を飲ませて頂きまして体質が変わったみたいです」

 

 ドワーフ族との宴会で飲ませてくれた『火竜酒』は酒好きの彼等でも生涯に何度も飲めないと言われる稀少な酒なので、水属性魔法でアルコール分を飛ばす事は躊躇われたんだ。

 お陰で確かに酒に強くはなったが一般人の枠は越えてない、でも耐性は出来たみたいだ。

 

「ブラックスミスとはドワーフ族の工房、ヴァン様とは有名な鍛冶師で工房の長です。リーンハルト様は素晴らしい人脈をお持ちですわ」

 

 うっとりとした笑みを向けてくる、しかもテーブルに胸を乗せて強調して来たぞ。だが色仕掛けは僕には効かないぞ。

 いや、色仕掛けではなくて純粋に高性能の武器を作れるドワーフ族と縁が有る事を羨ましく思っているんだ。

 流石はバーナム伯爵が才を見いだし養女に迎えただけの事は有るな、武器に対する考え方が父親と同じだよ。

 

「ふふふ、そうですか?有難う御座います」

 

 愛想笑いを浮かべて誤魔化す、そろそろ舞踏会の始まりみたいだな、会場の中心に用意されたオーケストラのメンバー達が忙しく動き出した。

 舞踏会の最初の方舞は二組四名、この流れだと僕とエロール嬢は決定だが残り二人は誰だろう?

 派閥順topとNo.3の二人は酔っぱらい潰れている、No.2は不参加でNo.4らしい僕は参加、No.5以降が誰だか知らないんだ。

 ジゼル嬢は僕と一緒になら有りだが居なくても問題は無いし、実際は今は別室でお茶会を楽しんでる筈だ……

 

「リーンハルト様、私とダンスを踊って下さいますか?」

 

 小声でお願いが来た、バーナム伯爵が居ないから彼女が進行役でありバーナム伯爵家の代表だ、他に人材が居ないから。

 

「流れ的には主賓は僕だからね、でも方舞は二組四名だろ?後の二人は誰だい?」

 

 舞踏会の最初は二組四名が踊り、途中でパートナーチェンジも有るからな。

 

「それが居ないのです、バーレイ男爵も不参加なので義父様が二人で踊れば良いだろうと……」

 

 バーナム伯爵、適当過ぎます!

 

 確かに貴方は模擬戦と飲み比べが出来れば満足でしょうが、少しは体面も考えて下さい。

 でも舞踏会の参加者は二百人以上居るからな、失敗する事はバーナム伯爵の面子を潰す事になるし……

 

 僕は最初と最後だけ踊れば後は不参加で良い筈だから気が楽だよな、問題は無いと割りきろう。オーケストラの指揮者が僕を見詰めている、早くエロール嬢をダンスに誘えって事だ。

 指揮者に軽く手を振って了解の意を伝える、すると音楽が奏で始められた。舞踏会の始まりだ……

 

「エロール様、僕と一曲踊って頂けませんか?」

 

 テーブルに座る彼女の前に片膝を付いてダンスのパートナーにと申し込む。

 

「喜んでお受け致しますわ」

 

 笑顔で了承してくれた彼女の手を軽く握りホールの中央へと進む、タイミングを計っていただろう指揮者がポルカを奏で始める。

 

 本来の方舞は二組四名だが今回はエロール嬢と二人だけ、パートナーチェンジはしないのでダンスにはアレンジが必要だ。

 右手は彼女の手を握り左手は細い腰に添える、軽やかにステップを踏み進める姿は前回の緊張して魔力制御が乱れたとは思えないな……

 

「格段に上達しましたが練習したのですか?」

 

 身体を寄せてから上体を反らす、見事なバランスと柔軟さだ。

 

「ええ、前回はお恥ずかしい姿を見せてしまいましたから反省して猛練習しました」

 

 腰に回した手に力を入れて引き寄せ回転させる、曲も終盤だし恥を掻かせず何とかなりそうだ。

 

『リーンハルト卿のダンスステップは見事ですな』

 

『本当にお似合いの二人ですわね』

 

『あれだけの文化的素養を持ちながら中々お誘いには乗らないそうですね』

 

『それは勿体無い、今度是非とも我が家の舞踏会にも招待したいですな』

 

 一応主賓で宮廷魔術師としての立場も有るのだがお世辞が酷いな、聞いてるだけで恥ずかしくなる。

 何とか一曲失敗せずに踊る事が出来た、最後は互いに向き合う形となり一礼して終わる、周りから盛大な拍手が贈られた。

 

「エロール様、此方へ」

 

 際の空いている椅子に座らせて自分は斜め前に立ち他からの視線を遮る、カクテルグラスを二つ取り一つを彼女に渡す。

 ホールでは同じポルカの二曲目の準備で紳士淑女が互いのパートナーを誘い踊りの輪に入っていく、本来はパートナーチェンジが有るので複数組が基本。

 大体二十組四十人って所かな?

 

「お疲れ様でした」

 

「素敵なリードを有難う御座いました。本当にリーンハルト様はダンスがお上手ですわね」

 

 舞踏会のファーストダンスを二人だけで踊るという大役を失敗無く終えて安心したのだろう、自然な笑みを浮かべている。

 どうせ途中から復活したバーナム伯爵とデオドラ男爵が飲み比べリベンジを申し込んで来ると思う、だが最後のワルツも僕は踊る事になるが相手はエロール嬢かジゼル嬢かアーシャか……

 さり気なく周りに女性達が集まって来てるのはポルカ数曲の後のワルツの為だろう、ポルカと違いワルツはパートナーチェンジが無いので本命を誘う。

 つまり数少ない自分で伴侶を選べる可能性が有るのが舞踏会であり、年頃の紳士淑女の顔見せとお見合いの場でもある。

 最も気に入った相手が居ても両家の親が納得しないと中々交際には辿り着かないが……

 

 ボーッとポルカを踊る人達を見る、彼等はポルカが終わり一旦踊りの輪が解かれた後に気に入った相手にダンスを申し込む。

 勿論、申し込むのは男性からで女性は待つしかないが拒否権は有る、逆に女性からアピールする事ははしたない行為だと思われている。

 

 エロール嬢は席を外し挨拶回りに行った、ホストとしても彼女は問題無くこなしているな。

 僕は壁を背にして考え事をしている風を装う、酒による酔いは無いが人酔いしそうな程に注目されている。

 

「リーンハルト卿、少し宜しいですかな?」

 

 牽制し合っていた周りの連中から壮年の男性が近付いて来た、筋肉の盛り上がりで貴族服がパンパンだ。

 それに何処かで会っているよな?何処だっけ?筋肉の塊の様な人はそんなに知り合いには……

 

「もしかして『ハンマーガイズ』のカイゼリンさんでしたか?」

 

「おお、覚えていてくれましたか。まさかあの時の少年冒険者がリーンハルト卿とは驚きましたぞ」

 

 そうだ、冒険者パーティのリーダーとして悩んでいた時にアドバイスと怪しいポーションをくれた半裸の人だ、パーティ全員が半裸だった筈だぞ。

 未だ三ヶ月前の事なのに随分と懐かしく感じる、あの頃は自分とイルメラの事しか考えていなかった。

 

 懐かしき冒険者時代の先輩と立ち話はないので席に座る様に促す、この人は下らない派閥争いとは無縁っぽい。近くに控えるメイドさんに視線を送ると直ぐに近付いてくる、偉い厚待遇だ。

 

「リーンハルト様、何か御用でしょうか?」

 

「カイゼリン殿はワインで宜しいですか?」

 

 一瞬だけ驚いたみたいだがニヤリと笑った、酒に強いとみたぞ。

 

「いや、エールを貰おうか」

 

 エール酒か、前にイルメラがヒルダさんやポーラさん達と飲み比べして潰したんだよな、確か三十杯以上頼んでいた筈だが貴族でエール酒を飲むのは珍しい。

 

「僕は白ワインをお願いします、軽めなのが良いかな」

 

 一礼すると下がって行ったが直ぐにエール酒の入ったグラスとワインクーラーに入った白ワインのフルボトルを持ってきた。

 

「失礼致します」

 

 氷の入ったワインクーラーからボトルを取りだしタオルで拭いてからコルク栓を抜く、本来なら少しだけワイングラスに注ぎテイスティングをするのだが……

 今迄ガブ飲みしていたので省いて六割位注いでくれる、直ぐ側に立って控えているのは飲んで空になると直ぐに注いでくれる為らしい。

 貴族は公式な場所では手酌では飲まない、必ず使用人に世話をさせるんだ。

 

「先ずは乾杯を」

 

 軽く胸の高さまでグラスを持ち上げて一口飲む、カイゼリンさんは一気にグラスを空けたが上品で小さいから仕方無いのかな。

 エール酒は喉越しを味わう酒だからチビチビ飲まないらしいし……

 彼のお代わりには違うメイドさんが来た、しかも次はエール酒の入ったグラスを三つも用意している。

 

「酒も強いとは中々の男っぷりですな、周りの女達の注目の的ですぞ」

 

 ガッハッハって豪快に笑われたが話題に出た女性達から注目される、半数以上はダンスを踊っているが残りは周囲に固まっているんだよな。

 自惚れではないがダンスに誘って欲しいのだろう、そこに純粋な愛情は少なく打算的な部分が多い。

 

「ふむ、嬉しそうではないですな。女達が悲しむので嫌そうな顔は止めた方が良いですぞ」

 

 顔を近付けて小声で注意されたが顔に出たのか?感情と表情は制御していた筈なのに甘かったのか?

 

「いえ、別にその様な事は無いですよ」

 

 最近多くなった曖昧な笑みを浮かべる、幾重にも鎧を纏う様に本当の自分を隠す術が上手くなる。

 

「ふむ、初めて会った時の悩みは解決したが新たな悩みが増えましたか?難儀ですが立場上仕方無いと割り切る事ですな」

 

 思わずカイゼリンさんの見ると鳶色の瞳と視線が合った、見透かされているみたいな気持ちになる。

 

「辛いですかな、誰もが羨む出世だが自分は望んでいないと?

未だ子供のリーンハルト卿に押し付けるには周りの大人共の不甲斐なさも大きい、ですが自分で選んだ道でも有りますな?」

 

 言われて気付いた、確かに置かれた状況に嘆いたが自分から選んだ事で誰にも強要されてない。

 何を悲劇の主人公みたいに自分は不幸だと周りの同情を欲したんだ、全部自分から選んだ事じゃないか!

 

「全く言われた通りです、どうやら僕は知らない内に自信過剰で嫌な餓鬼に成り下がっていたみたいです。諭されて初めて理解するとは何と愚かな事なのか、有り難う御座いました」

 

 自分だけが国を憂いている、国益の為に努力している、大変なんだから認めてくれ慰めてくれ、そして褒めてくれ……

 

 結局僕は自分の事しか考えていなかったんだな。

 

「気に病む事は無い、本来は俺達大人がする事なのだ。詫びねばならぬのは俺達の方なのだ、子供は子供らしくして欲しいのだが……俺よりも遥かに出世されては何も言えんよ」

 

 その気遣いが凄く嬉しかった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。