古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

27 / 999
第27話

「少しハーフプレートメイルの調整をしましょう、着てみて下さい」

 

 ニケのニマニマが止まらない。これだけの鎧を無料(ただ)で貰えるのだから笑いは止まらないわよね。

 甲斐甲斐しくリーンハルト君にハーフプレートメイルを装着させて貰い、可動部分の確認や丈の長さの微調整とかをして貰っている。

 私とイルメラちゃんはソファーに並んで座って紅茶を飲んでいるだけだし……

 

「リーンハルト君、凄いわね。アレだけの鎧なら金貨500枚払っても買いたいと思わせる何かが有るわ」

 

 ただ感想を言っただけなのに、イルメラちゃんは凄く悲しそうな顔をしている。いや違うわよ、アレは浮気じゃないわ!

 確かにリーンハルト君とニケの間には話し掛けるのを躊躇う何かが有るけど……

 イルメラちゃんはソファーに両足を揃えて座り両手を握り締めて膝の上に乗せている。

 本来のメイドなら立ちっぱなしだが彼が頼んで座ってもらった。

 イルメラちゃんはリーンハルト君にとって只のメイドじゃないのは分かっているけどね。

 

「凄いわね、動いてもガチャガチャ音がしないわ」

 

「金属同士が当たる所には緩衝材として皮を張ってます。ああ、動かないで下さい」

 

「でも胸元がくすぐったいのよ……何故魔力石は剥き出しなのかしら、デザイン性重視?」

 

「カバー有りますよ、付けますか?最悪着たままで魔力チャージする必要も有るので……」

 

「嫌よ、折角の装飾を隠すのは勿体ないわ」

 

 畜生、二人の世界を作りやがって!

 15分程で微調整も終わりニケがニマニマしながら鏡で自分を見ている、無駄にポーズ付けてさ。

 

「イルメラ、僕にも紅茶淹れてくれる?久し振りに良い仕事したな、疲れたよ……」

 

 ドッカリとイルメラちゃんの前に座るリーンハルト君、何故だか嬉しそうな顔してるわ。額に薄らと汗をかいているし魔力も枯渇寸前みたいに息も荒いけど、でも凄く嬉しそう。

 

「はい、アイスティーにしました。それと濡れタオルです、汗を拭いて下さい」

 

 健気にも冷えた飲み物と濡れタオルを用意するイルメラちゃん。

 

「ん、有り難う……助かるよ」

 

 それを微笑みを浮かべながら受け取るリーンハルト君。

 

 こっちも新婚ホヤホヤみたいで嫌、この場所には私の居場所が無い!私アウェイだわ、周りに味方が居ないわ、もう帰りたいわ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 平らな石畳の上をゆっくり歩いているけど多少の振動は鎧に伝わる。だけど殆ど金属の擦れる音がしない。

 

「本当に静かな鎧ね。リーンハルト君、私にも造ってくれないかな?」

 

 隣を歩くニケからは金属鎧特有のガチャガチャした音が殆どしない。私の着ている鎧も音は出にくい仕様なのに全然違う、これだって金貨500枚はしたのよ。

 

「リーンハルト君……黒ね、真っ黒だわ。彼は古代ルトライン帝国と関連の有る誰かと繋がっている。

現存するルトライン帝国魔導師団の正式鎧の構造を此処まで把握している人は居ない。

でも彼は内部構造まで詳しく熟知していた、まるで製作者と同じくらいによ」

 

「つまりギルドが重要視している事については確認が取れたって事ね。確かに秘密の塊みたいな子だけど、今日の事は報告しない方が良いかな?」

 

 真っ黒って言っても悪い意味じゃない、本当に冒険者ギルドに必要か否かって意味で確認は取れた、彼は冒険者ギルドにとって必要な存在だ、他に渡すのは惜しい。

 でも今夜の事は私達だけの秘密……何故ならニケのニマニマがより一層酷くなっている。あの顔じゃリーンハルト君に悪いような事をしたら私が怖い事になる。

 

「なに?彼に惚れたの?確かに確証も無く報告する必要は無いわね。

てかこんな鎧を貰っておいて報告とか不義理な事は出来ないわ。ギルドに報告するなら力ずくでも止めるわよ。

私達は彼のレアギフト(祝福)を他のパーティに悪用されない為に彼を陰ながら守るように言われてる。

ゴーレムの秘密や鍛冶師としての力については冒険者ギルドも把握してないだろうし言う必要も無いわ……」

 

 リーンハルト君を異性として見れるかって事?

 んー、良い子だけど伴侶としては無理じゃないかな、年齢も8歳違うし好みには少し足りないわね。

 

「まさか、男はダンディーじゃなきゃ嫌よ。リーンハルト君が後20年経てば良い男になると思うけど、今は子供よ」

 

 渋いオジ様が好きなのよ、男は頼り甲斐が有って落ち着いてて無精髭がお洒落な人が良いわ。

 

「アンタ……本当にオジ様好きよね。大貴族や豪商の後妻向けの性的嗜好よ、それって……」

 

「嫌よ、歳を取ってまで性欲旺盛とか老後の世話をして欲しいだけとか碌な連中は居ないわ。だから私達も家を出たんじゃない、冒険者となりランクをCに上げて実家からの口出しを潰した。

リーンハルト君も似たような立場なのよ」

 

 実の母親は平民で側室、暗殺された疑惑も有る。長男だが一歳違いの弟の方が血筋が良いとなれば早く家を出た方が双方の為になるわ。

 だけどリーンハルト君の有能さがバレた時に実家がどう動くか……

 ああ、私達は彼の境遇に親近感を持っているのね。

 下級貴族の次女以降なんて冒険者として成功しなければ実家の為の政略結婚の駒でしかないし。だからリーンハルト君にも幸せになってほしいのよね。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 自室の窓辺に立ってすっかり暗くなった街並みを見る。貴族街には魔法を使った街灯が点在しているので比較的明るい。

 騒がしい『野に咲く薔薇』の二人が帰っていった。転生前に手掛けた魔導師団の鎧兜に出会えるとは思わなかった。

 まさか涙が溢れて止まらないとは恥ずかしい限りだ。明日の朝にイルメラの顔を見るのが恥ずかしい。

 だが鎧を造って渡したのはやり過ぎたか? いや恩には報いたい、甘いと言われようがマリエッタの鎧を見れたのだ……後悔はしない。

 

「まさかマリエッタの鎧に出会えるとはな、何かの運命を感じたが偶然だろうな……」

 

 転生前、まだルトライン帝国宮廷魔術師筆頭時代に妹のように接していた若く美しい魔術師。彼女は僕の処刑後はどうなったんだろう?

 窓辺からベッドへと向かい仰向けに倒れ込む、天井からぶら下がっているランタンは灯していない。だから部屋の中は外から差し込む月明かりだけが頼りだ……

 

「僕は自分の事しか考えてなかった。僕の死後、魔導師団の奴等はどうなったんだろう?」

 

 最後まで僕と共に戦ってくれた連中、給料的な意味での財宝は彼等の手に渡る手筈にはなっていた。贅沢をしなければ一生涯暮らせるだけの金額は有っただろう。側近連中には国外に逃げろとも言ってある。

 

「過去に引き摺られる事になるとはな。もう300年以上も前の話だぞ」

 

 暫くは苦しくも楽しかった時に共に生き抜いた連中の顔を思い浮かべる。

 大貴族の跡取り息子の癖に魔導師団に押し掛けてきたブレイザー、女顔の癖に言葉使いの悪いセッタ、魔導師団のオフクロ的なバレッタ……

 皆無事に余生を送れたのだろうか?

 

「リーンハルト様……起きてますか?」

 

「ん、イルメラか……起きてるよ」

 

 仰向けの状態から腹筋を使い起き上がる、月の位置からすれば既に深夜1時を過ぎている。

 こんな時間に何の用かと訝しみつつ扉まで向かい彼女を迎え入れる事にする。

 扉を開けると簡素な白の寝間着……頭から被る貫頭衣みたいな白い服を着て腰の部分を帯で結んでいる。

 

「どうしたんだい、こんな夜更けに?」

 

「リーンハルト様……」

 

 突然抱き付いてきたので慌ててしまう。僕の恋愛レベルは一桁なんだぞ!

 

「ど、どどど……どうした、いきなり抱き付いて……」

 

「リーンハルト様……イルメラに秘密にしてる事は有りませんか?私、知りませんでした。ゴーレムの事も鎧兜の事も……」

 

 彼女は小刻みに震えている、言われてみれば今まで一緒に暮らしていたのに知らない事が多過ぎて驚いているのだろう。

 たかが14歳の子供が同居している家族に内緒で修得出来る技術じゃないよな……彼女の献身に甘え過ぎていたのだろう。

 

「イルメラ、おいで……長い話をしようか」

 

 窓辺に配されたテーブルセットに向かい合わせに座らせる、窓から差し込む月光がイルメラを白く輝かせる……

 

「少し前から夢を見始めた……長い長い夢は、ある人物の生涯だったんだ……」

 

 自分の造った魔法迷宮の罠に掛かった父上と母上を利用して転生したとは言えない。イルメラにとって覚醒前の自分は大切な存在であり、今の僕はそれに取り憑いた異分子でしかない。

 魂は交じり合い一緒と言っても理解出来ないだろう。

 

「夢……ですか?」

 

 やはり半信半疑で不思議そうな顔をしている。

 

「そうだ、夢だ……夢の中の僕は土属性の魔術師だった。

さっき見た鎧兜の制作にも携わっていたと思う、あのレストアの手順も夢で見た通りに体が動いた。

僕は……多分だが過去の自分か先祖か分からないが……

その人の、もう一人の自分の一生を夢で追体験したんだと思う」

 

 恥ずかしいくらいに情けないくらいに嘘八百だ……何が追体験だ、転生の秘術で現代に蘇っただけじゃないか!

 

「もう一人の自分ですか?」

 

 イルメラが考えすぎて頭の中がオーバーヒートしているのが分かるぞ! 頭の上に湯気が浮かんでいるのが分かるぞ!

 もう容量いっぱいいっぱいで考えられないのだろう……

 

「そうなんだ、もう一人の自分は早死にだったみたいだ、死因は裏切りによる他殺だったらしい。

きっともっと生きたかったんだろうね、だから僕に夢を通じて色々な事を教えて追体験させる事により自分の生まれ変わりだと思わせたかったのかな?

だから僕にはギフト(祝福)が二つ有り魔力も常人より多いんだと思う」

 

 嘘の中に少しだけ事実を盛り込んだ、二人分と生まれ変わり(転生)だが……熱暴走で倒れる寸前のイルメラに追い討ちを掛ける。

 

「そうだったんですか、そんな事が……」

 

「だから、僕が変だとか怪しいとか気持ち悪いとか感じているなら……

父上にお願いしてバーレイ男爵家に戻っても構わないよ、無理をする必要は無いんだ」

 

 もし少しでも疑う気持ちが有るならばお互いの為に少し距離を置くべきだろう。

 まさか僕が300年以上も前の魔術師で現代に転生したなんて事実には辿り着かないだろうが、魔術で誰かに操られているとか憑依されてるとかは……

 後悔はしてないが『野に咲く薔薇』の連中も疑いを持っただろうな。

 どうみても14歳の子供の技術じゃない、フォローが必要だろう。

 

「……で……すから……イルメラは、イルメラは信じています。

モア教には輪廻転生の考え方も有ります、夢の人物は過去に生きたリーンハルト様なのかもしれません」

 

 しまった、考え事をしていて彼女が前半何を話していたか聞いてなかったぞ。

 でも輪廻転生か、有ったなそんな考え方が……

 だが徳を積んでの転生じゃないから正確には違うんだろうな、教義的な意味でもね。

 

「有り難う……本当は僕も恐かったんだ、知らない知識が毎晩見る夢で増えていく事が。

全く別の人間になってしまうんじゃないかって……それを知られたら僕の周りの人が離れていくのが……イルメラに拒絶されるのが恐かったんだ……」

 

 そう言って下を向くと何故か涙が溢れてきたぞ、なんだ?今日は涙もろいぞ、どうしたんだ?

 まさか彼女に嘘をつく事が辛いと感じているのか、本当に嫌われるのが嫌と?

 

「大丈夫です、私はリーンハルト様を嫌いになんてならないです。

安心して下さい……」

 

 優しく頭を抱き締められたが、その……柔らかい良い匂いの二つの何かがだな……顔に当たってますよイルメラさん?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「む、朝か……」

 

 窓から差し込む光は柔らかく未だ早朝だと分かる、庭木に小鳥が止まり囀り始めたので、そろそろ6時になる位か……

 イルメラは早朝に小鳥達の為に夕飯の残りのパン屑を庭に撒いているから朝は大抵小鳥達の鳴き声で目を覚ます。

 穏やかな朝の風景なのだが今朝は違うんだ。

 

「うにゅ、うにゅにゅ……リーンハルトさまぁ……」

 

「む、すまないが離れてくれないか?苦しいのだが、主に胸が……」

 

 結論から言おう、僕は昨晩イルメラと一緒のベッドで寝てしまった。

 勿論、やましい事は何一つしていない事はモアの神に誓えるのだが、殆ど抱き枕状態で一晩中過ごすのは拷問に等しいだろう。

 だが気持ち良さそうに寝ている彼女を起こすのが申し訳なくて、精神力を総動員して耐え抜いた。

 

「イルメラ、朝だ。そろそろ起きてくれないか?」

 

 後一時間はこのままの体勢になりそうだ、小さくため息をついて二度寝をする為に目を閉じた。

 しかし女性に抱かれて眠るのが安心するとは知らなかった、前は僕の子種が欲しい連中としか同衾しなかったからな……

 




今年はお世話になりました、来年も宜しくお願いします。
忙しい一年でしたが無事に乗り切れました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。