古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第269話

 自由行動三日目、今日はバーナム伯爵から招待されている、彼の派閥構成員達に御披露目の予定だ。

 先日バーナム伯爵や聖騎士団ライル団長、それにデオドラ男爵が派閥に入りたい若手貴族達と模擬戦をしたらしいが不満気だった。

 つまり彼等が納得し満足する強さは無かったが派閥加入は許されたらしい、だから僕と一緒に御披露目をする事になった。

 

「あくまでも主賓で主役はリーンハルト様ですわ、他の三人は単独で御披露目するには力不足なので序でにです」

 

「いや、考えを読まないで下さい」

 

 本来は主賓はゆっくり最後に入場だと思うのだが朝一番で迎えの馬車が屋敷に到着、そのままバーナム伯爵の屋敷に連行中だ。

 豪華な馬車にデオドラ男爵とジゼル嬢とアーシャの四人で乗っている、隣がアーシャで向かい側にジゼル嬢、デオドラ男爵は凄く楽しそうだ。

 

「全く先週三日目で五十人以上と戦って圧勝したらしいな、お前はもう立派に俺達と同じ人種だよ」

 

「おそれながら違います、僕は武より知で戦う魔術師なのです。ただ状況が僕を戦いに駆り立てる不幸な男でしかないのです」

 

 ニヤリとお前も俺達と同じ戦闘狂だ、肉体言語で語ろうぜ!的な人種だと思わないで下さい。

 

「面白い事を言うな、初日に宮廷魔術師団員全員に喧嘩を吹っ掛けて一度に五十人以上と戦い、三日目には先輩宮廷魔術師に単独で喧嘩を吹っ掛ける、更に来週は宮廷魔術師第二席に喧嘩を吹っ掛ける。

そんな男がだ、俺達と違う訳がないだろ?」

 

 全く暫く目を離したら暴れ過ぎだぞって笑われた、ヤバいアーシャが泣きそうだ。

 

「危なくなんてないです、宮廷魔術師関連は一度壊して組み立て直すのが国益に叶うんだ。だからそんな悲しそうな目で僕を見ないで欲しい」

 

「荒ぶる宮廷魔術師様も最愛の側室には勝てないのですわね」

 

 ジゼル嬢は不機嫌だ、何故だ?取り敢えず空間創造からハンカチを取り出してアーシャの目元を押さえる、結婚した旦那は実は戦闘狂だったとか思わないで欲しい。

 

「全くだ、最初は愛無き政略結婚は嫌だと拒んだ男が骨抜きだな。お前の側室になりたいって奴等が俺にまで相談に来るんだぞ」

 

「リーンハルト様が懇意にしている貴族は御父様が一番上、次にライル団長やバーナム伯爵、ユリエル様やアンドレアル様。

流石にサリアリス様には頼みに行けないでしょう、リーンハルト様の友好関係は狭いのです」

 

 ジゼル嬢が補足してくれたが確かに貴族限定で考えれば付き合いは狭いな、近い年齢や身分の貴族達との交流は全く無い。アレか、人付き合いが悪いとか思われてたりするのか?

 

「もう少し落ち着いたらその辺も改善しないと駄目なんでしょうね……

実は昨日なんですが、ライラック商会で偶然か仕組まれたかは分かりませんが、モリエスティ侯爵夫人とお会いしまして。そのままサロンに招かれました」

 

 チラリと向かい側の二人を見ても特に感情に変化は無い、彼女は無闇にギフトは使わないと言っていた。

 少し壊れ気味な連中は彼女の秘密を知ったり危害を加え様とした連中、サロンの秘密は情報収集と思考誘導が基本だそうだ。

 だが基本で有って大事な場面ではギフトを多用してると思う、僕の場合も彼女に頼み込んで来た連中の娘を側室を送り込む為に僕を操りたかったと言われた。

 

「まぁ!モリエスティ侯爵夫人のサロンは若手貴族の社交界での登竜門みたいなモノですわ」

 

「招かれない者は二流以下、頻繁に招かれる者は今一番輝いている連中だ。彼女の招待者リストは別の意味でも重要視される」

 

 そうか、全てに拒絶された彼女だからこそ賑やかで華やかな貴族社会を求めてサロンを開いたのか……僕なら人間不信で僻地に引っ込んで他人との交流を極力減らすけどな。

 

「今回は彼女がパトロンをしている若手芸術家の卵達との交流とモリエスティ侯爵本人との顔合わせ、特に何かを約束したりは無し。来週サロンにも呼ばれています」

 

 彼女の秘密は墓地まで抱えて行くから言えない、一応協力関係の約束はした。彼女曰く共犯者だから死なば諸共だと脅迫されたが……

 

「浮かない顔ですわね、何かお困りなのですか?」

 

 膝に手を置いて顔を近付けて聞いてくるアーシャに少し驚いた、こんなに積極的だったか?

 

「えっと、社交界が苦手だからですね。モリエスティ侯爵夫人のサロンは有名ですから一定以上の連中しか招かれない。

僕は魔術師ですから話術やマナーは苦手なんです、魔法談義なら朝まで大丈夫ですけどね」

 

 腹の探り合いは苦手なんです、僕に近付く連中の半分以上は損得勘定で接して来る、普通に友好関係を結びたい連中なら気が楽だけど変な約束とかは駄目だ。

 出来ればジゼル嬢と一緒が良いが、鋭い彼女はモリエスティ侯爵夫人の秘密に辿り着きそうだ、僕の古代魔法知識の秘密もバレたし。

 

「だが今後は王宮内で武力を用いない戦いを強いられるぞ、お前は王宮内の序列では既に俺を追い抜いている。

王族、公爵五家、侯爵七家の次に宮廷魔術師が来るのだ、だが宮廷魔術師上位三席は侯爵七家の当主と同等なんだ」

 

 王宮内の序列と身分の序列は同じではない、役職に与えられた権限を加味するからだ。

 宮廷魔術師の王宮内での権限は大きい、軍関係を騎士団と二分しているし戦争になれば最前線で戦う連中だからな。

 宮廷魔術師達は戦争の捨て駒にされない為に昔から頑張って勢力を伸ばして来たんだ、だからマグネグロ様みたいに私利私欲に走ると手が付けられない。

 

「胃がシクシクと痛んで来ますが、今は目先の事から一つずつ対処していきます。今回はデオドラ男爵との模擬戦は無しの方向でお願いします」

 

 深々と頭を下げる、バーナム伯爵との模擬戦は覚悟している、この御披露目の殆どの目的は僕と戦いたいからなのは理解している。

 

「だが断る!」

 

「お父様、今回はバーナム伯爵に譲るべきですわ。連戦などさせられません。

今のリーンハルト様ならバーナム伯爵とも良い戦いが出来るでしょうが僅差の負けか引き分け狙い、この派閥は力が全てなのでTOPが負ける事は大問題ですわ」

 

 輝く笑顔で僅差の負けか引き分けを要求された、今回は普通に負けても問題無いと思っていたのにギリギリ負けか引き分け狙いなのか。

 

「しかしだな、俺もストレスがだな」

 

 珍しくジゼル嬢がデオドラ男爵の意見に異を唱えた、普段は反抗しない愛娘にタジタジだな。

 

「先日、ご自分で決められた五分間ルールをお破りになりましたわね?派閥上位者が連続引き分けでは周りに示しがつきません。お父様はお預けです、我慢して下さい」

 

「むぅ、しかし……いや分かったから睨むな」

 

 アーシャから正論な追撃を受けて渋々納得してくれたみたいだ、しかし彼女まで父親に逆らうとは驚いたぞ。

 暫くは微妙な雰囲気となり無言の内にバーナム伯爵の屋敷に到着した。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「良く来られた、リーンハルトよ。先ずは模擬戦だ、さぁ練兵場へ向かおうか!」

 

 所属する派閥の長が自ら屋敷の前で出迎えてくれた事は好意的に受け止めたいが、完全武装でとは笑えない。

 一緒に出迎えてくれた、エロール嬢も苦笑いだが止める気持ちは無さそうだ。

 

「えっと、変ですよね?変ですよね?」

 

大切だから二回言った、最悪戦うにしてもメインイベント的に最後だと思ったがウェルカム模擬戦の流れになるとは予想外過ぎる。

 

「ウチの一番の歓迎方法だぞ、お前は我々の派閥に入り上位の……第四位に任命する、だから模擬戦だ!」

 

「リーンハルト様、義父様は朝から御機嫌で今か今かと待ち望んでいました。気持ちを汲んで下さい」

 

 エロール嬢が深々と頭を下げる、いや断るつもりは無いけど一応貴族だし様式美とか作法とか色々と省いては駄目な事が有ると思います。

 

「現実は非情だな、訪ねて一分で模擬戦なんて初期のデオドラ男爵レベルだ」

 

 気分を切り替えてバーナム伯爵や周りを見る、既に練兵場には紳士淑女が集まり期待に満ちた目を向けている。

 エロール嬢がデオドラ男爵と愛娘二人を最前列の特等席に案内したので軽く手を振っておく、アーシャの不安を少しでも解消する為に……

 因みにデオドラ男爵は自分が戦いたい的な視線を送り、ジゼル嬢は余裕の笑みだな。

 

 改めてバーナム伯爵を見ると全身黒色で統一されたフルプレートメイルを着用しツーハンデッドソード、両手剣を構えて盾は背中に装着している、腰の左右にロングソードとハンドアックスを吊るしている。

 

「余裕だな、その落ち着きは称賛に値する。流石は最年少宮廷魔術師だな、だが戦い慣れが気になるぜ」

 

 もう誰も止められない、止めようともしない、これが派閥加入の試練なのだろう。だが最低限のルールは必要だ。

 

「有難う御座います。先ずは最低限のルールを決めましょう」

 

「ルールは簡単だ、参ったと言った方が負け。それだけで十分だろ?」

 

 真面目な顔で爆弾発言をかましてくれた、デオドラ男爵よりも酷いぞ。

 

「お互い致命傷になる攻撃は禁止、十分経っても勝ち負けが決まらなければ引き分け、後はもう良いです。それでは始めましょう」

 

 審判役っぽい方を見て話す、バーナム伯爵の返事は聞かない、最低限度の決定事項だ。

 

「俺を相手にして十分も持ち堪えると思うな!」

 

 エムデン王国において武力だけで一大派閥を築いた男と戦える、これはこれで胸が踊るな!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「納得いかないな、何故俺が戦えないんだ?」

 

「それは本日の目的がリーンハルト様がバーナム伯爵の派閥構成員に認めて貰う、いえ認めざるを得ない状況にする為です」

 

 この超脳筋集団に派閥第四位が誰であるかを刻み付ける為にも必要な通過儀礼、それがこの模擬戦の本当の意味。

 リーンハルト様は僅かな期間で出世してしまった、だから周りの認知度が低い。未成年と甘く見る、ドラゴンスレイヤーとして分かり易い強さを示したのに理解出来ない愚か者が多い。

 

「ジゼル様はリーンハルト様を信じているのですわね、義父様にも勝てると……」

 

 エロール様も分かっていない、勝ち負けじゃなくて愚か者共に分かり易い力を示すのが目的なのよ。

 

「違います、エロール様は勘違いをしていますわ。今回の模擬戦の目的は……」

 

「リーンハルト様の、旦那様の力を示す事。そうですよね、ジゼル?」

 

 私が言いたかった言葉を言われてしまった、アーシャ姉様はリーンハルト様と結ばれてから変わった。あの深窓の令嬢、居るだけの華と言われたアーシャ姉様が強くなったわね。

 それは喜ばしい変化だけど、胸の奥がチクリと痛む、先に寵愛を受けたアーシャ姉様に嫉妬しているのね。これが妬みって感情なのかしら?

 

「そうです、リーンハルト様がバーナム伯爵の派閥上位に位置する事を認めさせる通過儀礼ですわ」

 

「宮廷魔術師第六席、ドラゴンスレイヤーのリーンハルト様を強さを疑う者は……そうですね、力を示すのは必要ですね。残念ながら現実を理解出来ない方々も居ますから」

 

 エロール様の視線の先の一団を見る、不満そうな顔を隠そうともしない青年達が少なくとも五人は居るわね。でも顔は覚えたわよ。

 

 視線をリーンハルト様に移す。どうやら始まるみたいだわ、彼の表情が凄く楽しそうに鋭く変わった。

 

「お喋りは此処までですわね」

 

「始まりました、エムデン王国最狂の武人と魔術師の最高峰、宮廷魔術師第六席リーンハルト様の戦いが……」

 

 凄い、手に持つ杖を一回転させた一瞬で、自分の周りに鋼鉄の刃を何十本と浮かべて撃ち出したわ。先端は丸まっていそうだけど当たれば大怪我は必至。

 リーンハルト様とバーナム伯爵の距離は10m位、だから距離を取る為の連射攻撃、両手剣で弾くもジリジリと後退している。

 

『むぅ、最初から飛ばすな。だが飛び道具では俺は倒せないぞ』

 

『元より承知!無慈悲なる断罪の刃よ、山嵐』

 

 正面から連続して鋼の刃を撃ち出しながら、更に地中からも鋼の刃を生やしたわ、その数二十本以上は有るわ。

 

「複数魔法の同時制御なんて無茶苦茶だわ!」

 

 エロール様が切れた、手に持つ杖を手摺に叩き付けて騒いでいる姿は養子とはいえ伯爵令嬢の態度じゃないわよ。

 

「何で生やした刃がウネウネと動くのよ、おかしいわ、絶対に変よ、変態よ」

 

 物凄い切れっぷりですが、確かに私は初めて見るけど、リッパー様を倒した魔法の筈よ。

 地中から生えた鋼の蔦がバーナム伯爵に襲い掛かる、堪らずに真後ろに飛び下がってしまったけど……

 

『畜生、距離を取られたぜ』

 

 バーナム伯爵の悪態に私の婚約者がニヤリと笑った……

 


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