古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第268話

 モリエスティ侯爵夫人のサロンに招かれる事は貴族としてのステータスだと思われている。

 実際に誘われた時に相談したが、ジゼル嬢ですら参加しないとデメリットになると言っていた。

 あの才媛すら誤魔化し通したモリエスティ侯爵夫人の力の源は、神からの祝福であるギフトだ!

 

 効果は精神操作系か洗脳系で間違いないだろう、エルフ族の精霊魔法の精神操作さえ防いだ僕ですら最初は分からなかったんだ。

 サロンに居た若き芸術家三人組を見て思ったのは、長期に渡りギフトの影響を受けると精神が病んでしまう可能性が有る。

 実際に彼等は少し壊れていた、芸術家肌だから世相に疎いとかじゃない、根本的に変だった。

 

 目の前を歩くモリエスティ侯爵夫妻を見て考える、旦那の方は夫人に操られているのか共犯なのか、敵対するのか味方なのか、情報が少な過ぎて判断がつかない。

 気を緩めると警戒心まで緩んでしまう、恐ろしい能力だ。

 

「此方ですわ。どうぞ、お座りになって」

 

「はい、有難う御座います」

 

 クッ、まただ。また警戒していたのに言われた事をそのまま受け入れてしまった、十分に注意して警戒しても駄目なのか?

 言われるままにソファーに腰掛けてしまう、これは毒を盛られても食べろと言われたら構わずに口に入れてしまいそうで怖い。

 

「リーンハルト様は私の力に気付いて抵抗してますわね、長年連れ添った我が夫ですら気付かなかった私の力に……」

 

 その言葉を言ったマダムの隣に座るモリエスティ侯爵は固まって動かない、彼は既に自分の妻の操り人形なのだろうか?

 

「ギフト、ですよね?精神操作系か洗脳系のだと思います、精神制御に長けた魔術師の僕でも警戒してても影響を受けている。正直に言って怖いですね」

 

 今も心の中に防壁を築き上げるイメージを持って抵抗しているのに、会話は正直に答えてしまっている、駆け引きすら出来ない。

 彼女の微笑みを見ているだけで警戒心が緩む、恥も外聞もなく逃げ出せば助かるのに選択肢にも上がらない。

 

「そうよ、私のギフト『神の御言葉』は命令尊守。強制的にお願いを実行して貰えるのだけれど、貴方には効きが悪い。それが魔術師として精神的な強さなのかしら?」

 

 右の掌の中に小さなナイフを錬成し太股に突き刺す、鋭い痛みが思考を強制的にクリアにする。ありふれた手段だが一番効果が有るのは痛みによる覚醒だ。

 それとレティシアから貰った『疾風の腕輪』を嵌める、これは敏捷と魔力、物理抵抗力と魔法抵抗力UPの効果が大と優れたマジックアイテムだ。

 

「ああ、効果が有りだ。魔力と魔法抵抗力が上がった事でギフトの効果も撥ね付けられる」

 

「それ、それはエルフ族の『疾風の腕輪』じゃない!何故、貴方がソレを持ってるのよ!盗んだの、奪ったの?」

 

 凄く動揺してる、しかも怒りも感じるが奪ったとか飛躍し過ぎてないか?今にも掴み掛かりそうなマダムに困惑する、此処まで取り乱すなんて。

 

「これは知り合いのエルフ族に頂いた……」

 

「嘘よ、エルフ族が人間にソレを与える訳がないわ!そもそも接点が無いじゃない、正直に言いなさい」

 

 言葉を遮られたし余計に怒ったぞ、そんなに信じられないのか?

 

「嘘じゃないですよ、ニーレンス公爵がメディア様の教育係として招いた『ゼロリックスの森』のレティシア殿から頂きました。彼女は帰りましたが後任のファティ殿に確認して頂いても構いません」

 

「馬鹿な、愚かな悲劇を繰り返すの……」

 

 今度は下を向いて泣かれてしまった、流石にモリエスティ侯爵も夫人の肩に手を置いて慰めている。

 しかし愚かな悲劇って何だ、この『疾風の腕輪』には何か意味が有るのか?

 

 暫くは彼女が泣き止むのを待つ、五分程だろうか?漸く落ち着いたみたいだ。

 

 

 

「リーンハルト様、昔話を聞いて下さい。三十年程前、ある人間とエルフ族が恋に落ちました。彼女は人間の子供を宿した後、その人間から逃げた。その子供は幸せに暮らせたでしょうか?」

 

 人間とエルフ族が恋愛しただと?確かに僕の転成前の記憶でも他種族との間に生まれた子供が居ると聞いた事は有る、だが噂の域を出ないぞ。

 

「ハーフエルフ、又はハーフヒューマンと言われる人の事ですね?噂の域を出ないと思いますが、仮に本当に居たら辛い人生を送っているでしょう。

群れる連中は異物を嫌う、それはどんな種族でも同じでしょうね。それが何か?」

 

「その生まれた女の子はエルフ族からも人間族からも忌み嫌われたそうです、リーンハルト様はその悲劇を繰り返すつもりですか?」

 

 僕が?悲劇を繰り返す?悲劇って種族を超えた愛の結晶の事か?つまりレティシア殿と僕が子供を作ると思ってるのか?冗談ではない真剣な表情だが飛躍し過ぎて笑えないぞ。

 

「僕とレティシア殿との関係を誤解してないですか?確かに僕は彼女から『疾風の腕輪』を貰いました。

これは十年以内に勝負を挑みに来いって約束の為にですよ、僕等の間には恋愛感情は全く無いですね。敢えて言うなら一方的なライバル関係かな?」

 

 三百年前の勝負を精算する為に八年以内に全盛期の力を取り戻して勝負をする、この『疾風の腕輪』は『ゼロリックスの森』に入る為の通行手形だ。

 

 夫人が呆けた顔で僕を見詰めるけど真実なんてそんな物だ、そこに種族を超えた愛なんて無い。

 

「くっ、くはっ、くはははは……なにソレ、そんな話なんて聞いてないわよ。エルフ族がライバル?あは、あははは、それがゴーレムマスターなのね?」

 

 今度は狂った様に笑い出したが大丈夫だろうか?もしかしたら彼女の知り合いにエルフ族と懇(ねんご)ろになった奴でも居るのか?

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

「大丈夫よ、笑ったらスッキリしたわ。それでエルフ族との間に生まれた女の子の事を知りたくない?」

 

 知ってどうするんだ、無意味だと思う。

 

「別に知らなくてもって、その耳は……」

 

 夫人が髪で隠れた耳を見せてくれた、人間より長くエルフ族より短い、話の中の女の子はモリエスティ侯爵夫人の事だったのか。

 

「本当に悲劇を繰り返すつもりはないのね?もし可哀想な子供を作りたいのなら、私は許さないわよ」

 

 人間族とエルフ族との混血、本当に実在したんだな。自分が苦労したからこそ同じ事を繰り返す事は許さないのか。

 

「僕はレティシア殿を尊敬し勝負を挑む予定ですが恋愛感情は全く有りません。向こうだってそうですよ、僕は十四歳で相手は三百歳以上ですからね」

 

 漸く納得してくれたみたいだ、だがお互いに重大な事に気付いた。モリエスティ侯爵夫人がハーフエルフかハーフヒューマンだと言う事を知ってしまった。

 気まずそうに無言で見詰め合うが言葉が出ない、何か喋れば良いけれど何を言っても問題だな、口封じ的な意味で。

 

「あの、今回の件は内密にしますから大丈夫ですよ」

 

「それを信じろと?周りに知られたら私は破滅なのに初めて会った子供を信じろと?」

 

 ジロリと睨まれた、確かに口封じをしないと駄目な情報だが物理的に口を封じるのは無理だ、ギフトが効かないならば直接攻撃力で宮廷魔術師に勝てる訳が無い。

 そして僕はモリエスティ侯爵夫人の正体を教えて得する事も無い、彼女のサロン絡みの助力は有力かもしれないが無くても問題無い。

 

「僕はエルフ族のレティシア殿と友好な関係を結んでますがドワーフ族のヴァン殿とも同じく友好な関係を結んでます。前者は目指す者として、後者は鎧兜の製作をする仲間として。

だから他種族に偏見も有りませんので安心して下さい」

 

 そう言って空間創造からヴァン殿に貰った『剛力の腕輪』を取り出して見せる、両方共に友好的な相手にしか渡さない貴重なマジックアイテムだ。

 

「本当に珍しい少年ね、エルフ族とドワーフ族の確執は知ってるでしょ?」

 

「内緒にしてるんですがバレたら大変ですね、両方から文句が来るでしょう」

 

 レティシア殿は知ってるがヴァン殿は知らない、質実剛健のドワーフ族がエルフ族と通じていると知ったらどうなるか?縁を切られるかな?

 モリエスティ侯爵は無反応だが夫人はクスクス笑い始めた、何か失敗したのかな?

 

「わざわざ弱点を晒すのは悪手よ、貴方は私の秘密を握って強く出れば良かったのに同情で切り札を捨てた愚かな子供。

でも私の境遇に同情してくれたのは貴方だけだったわ。後は知られたが最後、迫害したり脅迫してきたから……

本当にエルフ族の血を受け継いだのは中途半端な耳の長さだけ、長寿も魔力も精霊魔法も一切引き継がなかったのよ」

 

 それでも強力なギフトが有ったからこそ生き延びれたのか、悪いが旦那であるモリエスティ侯爵も彼女の操り人形なんだな。

 

「人間族の能力を強く受け継いでしまったのですね、何て言うか御愁傷様?」

 

 人間族を隔絶する能力の全てを受け継げないなんて、最初からハンデが有るのに更に不幸だな。いや、不幸だからこそ神様は強力なギフトを与えた、何故ならばギフトは神様からの祝福だから……

 

「ハッキリ言うわね、でも同情であれ愚直な誠意は認めてあげるわ」

 

「お互い秘密を握ったと言う事で、対等な関係で良いですね?」

 

 ニンマリと笑う彼女に若干の不安が募るが大丈夫だと思いたい、彼女のギフトである『神の御言葉』を使えば周りの連中を操り僕に害する事が出来るから。

 漸く落ち着いてソファーに座り直す、冷めた紅茶を一口飲んで気分を変える事が出来た。

 

「私達は一蓮托生、呉越同舟、毒を喰らわば皿までの共犯者よ。貴方の噂は聞いていたけど随分と甘い殿方ね、貴族社会で生きて行くなら注意なさいな」

 

 敵対は防げたが何か共犯者に仕立て上げられたみたいだ、彼女はギフトを使い周りの人々を操る悪い女性なのに仲間認定か?

 

「三ヶ月前は廃嫡して平民として自由気ままに生きるつもりだったんです、世間知らずの馬鹿餓鬼の目を覚ましてくれたのがデオドラ男爵達でした。だから宮廷魔術師となり王宮に出仕するのは苦痛なんです」

 

「つまりデオドラ男爵の派閥からは移籍しない、ジゼル様やアーシャ様も渡さないって事ね。私に任せれば公爵五家の好きな家から本妻を貰えるわよ」

 

 公爵家と親戚関係になれるなんて大出世なのに棒に振るのは勿体無いわよって笑われた、彼女なりの御礼かも知れないが迷惑でしかない。

 ニマニマからニヤニヤに笑い方が変わった、彼女の本性は他人の人生に干渉して楽しむじゃないよな?

 

「結構です。要りませんよ、お仕着せの女性達なんて気を使うし疲れるし、僕は自分で選んだ人と幸せに暮らしたいんです。

いや立場上無理なのは理解してますが、出来るだけ女性関係では誠意を見せたいじゃないですか!」

 

 本命の女性達、いや達を付けた時点で不誠実なのは分かるけどさ、この先必ず断れない婚姻をさせられる筈だからこそ強く思うんだ。

 貴族の義務とか男の甲斐性とかで逃げたくない。

 

「何を馬鹿な事を言ってるの!今の貴方なら伯爵以下の娘なら誰でも選り取り見取りなのよ。サロンに呼んだのも八割お見合いなの!」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 私が人間とエルフのハーフである事がバレた、三十年以上隠し通して来たのに初めて自慢のスキルが効かない相手に出会ったわ。

 史上最年少宮廷魔術師、話題になってから僅か三ヶ月で魔術師の頂点に上り詰めた少年は、何て言うか変人だった。

 

 エルフ族が本当に大切な人にしか渡さない『疾風の腕輪』を貰った少年、エルフ族の母でさえ私や父にも渡さず居なくなったのに……

 私と父はエルフ族の母に捨てられた、母は人間の街には住めなかったからエルフ族の里に帰ってしまった。

 私は置いてきぼり、ハーフの私は人間の街にもエルフの里にも住めない、どちらからも迫害されて遂には父も私を捨てた。

 

 私は本当に一人ぼっちになり、神を呪い神から祝福を得た。他人を操る事が出来る『神の御言葉』というスキルを得た。

 

 出会えた最上位の貴族の妻に収まり、漸く何不自由無く暮らせる事が出来た。

 

「この平穏を乱す者は敵であり処分するつもりだったけど、この坊やは面白いから止めたわ」

 

 未だ未成年なのにどうやってエルフ族やドワーフ族と友好を深めたのか詳細を教えて欲しいわね。

 


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