古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第262話

 メディア嬢絡みでバルバドス師の屋敷に伺い、そのまま泊まる事になった。

 今晩訪ねて来る筈の『野に咲く薔薇』の面々には悪いが使いを出して予定を変更して貰った。

 御年六十半ばのバルバドス師は自身の相続問題で後妻のフィーネ様と実家のフレネクス男爵家から色々と言われたらしい。

 子供の出来難い体質で本人も半ば諦めていたが、それでも妾を二人囲って頑張ってはいた。

 だが妾の方にもフレネクス男爵家が圧力を掛けたみたいで萎縮し何処かに隠れてしまったみたいだ。

 ストレス発散の為に飲み明かそう、酒の飲み方を教えてやると誘われたのだが……

 

「まだら、まら飲めるら!」

 

「いえ、そろそろお開きにして休んだ方が良いと思います」

 

「まらら、まら飲めるら!」

 

 バルバドス師はお酒に弱く、しかも絡み酒っぽいんだ。

 甘党だけありお酒もベースをワインにしたカクテルを飲ませてくれる、ドライ・シェリーにスイート・ベルモットそれにオレンジ・ビターズを合わせた『アドニス(美少年)』がお気に入りみたいだ。

 だがベースワインのドライ・シェリーはフォーティファイド・ワイン、つまりアルコール強化ワインだから度が強い、だから酔いが早い。

 僕は単純にワインを炭酸で割り色々なフルーツ果汁を絞ったシュプリッツが気に入った、色々な組合せが楽しめるからだ。

 他にも珍しいアップルワインや果実酒等も有り甘党の酒の呑み方は分かった、分かったのだが僕を目の前にして『アドニス(美少年)』は少し怖いのだが……

 

 酔いが回ったのかバルバドス師が机に突っ伏した、見れば規則正しく寝息をたてている、今夜はお開きだな。

 脇に控えるメルサさんに目を向けると微笑んで深く一礼してくれた。

 

「旦那様は余程楽しかったのでしょう、限界まで飲むなど最近ではなかったのです」

 

 優しい目でバルバドス師を見詰めるメルサさん、普通のメイド長以上の愛情を感じるのは……いや、それは僕が推測する事ではないな。

 

「ストレス発散が出来たなら良かったです、最後に一杯頼みます、赤ワインをベースにオレンジを絞って下さい」

 

 空のグラスを掲げて見せる、未だ十杯目だ。

 

「この『シュプリッツ』がお気に召したみたいですわね」

 

「うん、炭酸水って余り飲んだ事はなかったけど中々刺激的だね、気に入ったよ」

 

 手際よく材料を混ぜるメルサさんを見てやり方を覚える、今度イルメラやウィンディアに飲ませてあげよう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 翌朝、二日酔いで苦しむバルバドス師に苦笑混じりでお礼を言って自分の屋敷に帰る、その時に『来週また美味しいお酒を飲ませて下さい』と言ったら『吉報を待ってるぜ』と返された。

 何としてでもマグネグロ様に勝たなければならなくなったな。

 バルバドス師が用意してくれた馬車に乗り自分の屋敷に向かう、門の前でフレネクス男爵家の家紋が入った馬車と擦れ違った、朝から相続問題の話し合いみたいで大変だ。

 窓越しにフィーネ様と思われる中年女性と視線が合ったが何故か凄く驚かれた、師弟関係を結んでいるので泊まりや馬車の使用は変ではないが邪推されなければ良いが……

 

 暫くは貴族街を通り綺麗で歴史の有る街並みを楽しむ、新貴族街に入ると歴史は感じないが人通りも多く活力を感じる。

 丁度仕事に向かう時間なのだろう、擦れ違う馬車も多くなって来た。

 

 そろそろ自分の屋敷が見えて来た所で異変を感じた、屋敷の前に何人かの人が立っているのだが遠目で見ても身なりが良さそうだ。

 

「悪いが屋敷で止まらずに通過してくれ、屯(たむろ)する連中が気になる」

 

「分かりました、道の反対側をそのまま通り抜けます」

 

 幸い馬車はバルバドス師の家紋付きだし窓はカーテンを閉めれば中からは隙間から外の様子を伺える、多分だが僕絡みで屋敷を訪ねてお断りされて外で待機だろう。

 目的が分からないので対応するのも危険な気がするんだよな……

 

 脇を馬車が通り抜ける時に見えた連中は身なりからして貴族の若者だ、何と無くだが分かったぞ、家臣に加えてくれだろう。

 そのまま大回りで屋敷の裏側に回り裏口から中に入る、コソコソして嫌だが今は大切な時期だから揉め事は来週末以降にして欲しいんだ。

 デオドラ男爵から借り受けた警備兵が窓から顔を出した僕を見て門を開けてくれた、ゴーレムは防衛には使えても雑務は無理で人間の警備兵が必要。

 僕が募集すれば群がるが、どんな思惑を抱いて来るかは分からない、屋敷の使用人の身元は確認しなければ駄目なんだ。

 

「お帰りなさいませ、リーンハルト様。何故裏口から?」

 

「門の前の連中が気になったんだ、絡まれるのも面倒だし」

 

 裏口から入り馬車停めで降りる、御者に礼を言ってから屋敷の中に入る、執事のタイラントに聞けば分かるだろう。

 

「お帰りなさいませ、リーンハルト様」

 

「ただいま、サラ。タイラントは?」

 

「ライラック商会の方に出向いています、それと例のお嬢様二人も同行しております」

 

 例のお嬢様?ああ、アシュタル嬢とナナル嬢の事か。サラは彼女達に一線を引いているが何か警戒してるのか?

 そのまま私室まで先導されるが扉の前にイルメラとウィンディアが並んで控えている、僕を見て邪気の無い笑顔を浮かべてくれる。

 

「お帰りなさいませ、リーンハルト様」

 

「お帰りなさい、リーンハルト様」

 

 うむ、二人の笑顔に癒される。ここ暫くは殺伐としてたし国家間のキナ臭い状況に直面したりしてたからな、癒しが必要だ。

 

「うん、ただいま。紅茶と甘い物が食べたいな」

 

「うん、今直ぐ用意するわ」

 

「ウィンディア、待ちなさい。リーンハルト様、暫くお待ちください」

 

 パタパタと走り去る二人を見ていたが、サラの生暖かい目に気付いて顔が熱くなる。

 

「な、何かな?」

 

「いえ、何でも有りませんわ」

 

 深々と一礼する彼女を残して部屋に入る、このやり取りもジゼル嬢に報告されるんだろうな。サラはジゼル嬢が寄越してくれたから繋がりは有る筈だし。

 

 事務机の上は綺麗に整理整頓されていて五枚に渡る目録が書かれていた、アシュタル嬢達の成果だな……

 椅子に座り一枚目から目を通す、子爵以下の名前が役職順に書かれて脇に貰った物と贈った物が書かれている。

 

今回は流石にガラクタや不要品は無いな、それなりの物を貰い価値の半値位の品物を贈っている。

祝い品の引取り値と贈り物の購入代金、送料経費を抜いた純益は金貨百三十一枚銀貨七枚。そして売らなかった贈り物のリストにはマジックアイテムやポーション類、それに質の良い小物類か……

 

「流石は自分で才媛と言い切るだけは有るな、直ぐ手に入る様な品物は売って役に立ちそうな物は残している、前回は赤字だが今回は利益も出たか」

 

 装飾品の類いは一点物も有るので迂闊に売るとバレる、祝い品を直ぐに売ったとなれば評価は下がるからな。

 だが装飾品の価値は精々が金貨二十枚以下、だが子爵以下にしては気張ってくれたんだ。

 再度目録を見れば高価な物には同等品を返している、この判断も正解だ。相場以上の贈り物には込められた意味が有り無下には扱えない。

 それが善意か下心かは分からないが第一段階として貸し借りを作らない同等品を贈る、特に土属性の魔術書や高価で手に入り難い触媒関係を贈って来た相手は特に……

 

「マテリアル商会、メノウさんの元旦那だな。ついに接触して来たか……」

 

 エレさんの母親であるメノウさんを長年妾として囲っていた大商人だ、寵が薄れても屋敷と多額の金貨を渡して別れたらしい。

 

「珍しい、この時代だと寵が無くなった妾は捨てるのが常識。妾もそれを理解して寵が有る内に色々と貯蓄するのだが……」

 

 彼からの祝いの品はコカトリスの毒袋に海洋生物の毒が数種類、僕がサリアリス様と毒性学について研究してるのを調べたか?

 秘密にはしていないが知るにはローラン公爵家や王宮にパイプがないと難しい、極々一部しか知らない筈だぞ。

 

「それに土属性の魔術書を贈ってくれたカルロセル子爵だが自分の息子が土属性魔術師らしいな」

 

 目録の備考に書いてある、養子三人は全員男で土属性魔術師、しかも養子縁組は最近なので意味深だ。

 

「あとは古代の封印都市から見付かったメダルだが、コレってマジックアイテムだよな、古くて付加された効果は分からないが研究対象としては貴重品だ」

 

 ネグレス男爵、マジックアイテムの収集癖有りか……

 

 部屋の隅に並べて置いてある祝い品の中から『ネグレス男爵:メダル』と書かれた札が貼られた箱を開ける、中には直径4cm位の少し大きい古びたメダルが入っている。

 表面には手に小さな舟を持つ女性の上半身が裏面には何かの植物の穴の開いた葉の柄になっている、素材は銀で辛うじて固定化の魔法が生きているな。

 

「見た事が無いな、取り敢えずは鑑定だ」

 

 左の掌に乗せて右の掌を重ねて包み込む様に鑑定する……

 古い魔術構成、転生前にも見た事が有る術式、付加魔法……これは所謂(いわゆる)昔流行った『幸運のメダル』だな。

 表の女性は幸運の女神のテュケ、古代に信仰されていた運と福を司っていたけど色々な逸話も有ったな。

 確か『気紛れで浮き沈みが激しい、加護を授かった人間は浮き沈みが激しい波乱万丈の人生を送るが最後は幸せ』だったかな?

 

 この穴の開いた葉っぱはモンステラだ、穴の開いた奇っ怪な様子がモンスターに似ていて捩(もじ)って名前がモンステラだった。

 花言葉は『嬉しい便り』だからメダルの表裏の組合せとしては……

 

「む?イルメラ、ウィンディア。何故黙って見てるの?」

 

 ニコニコと微笑む二人が後ろに並んで立っていた、気配に気付かなかったのは熟考していた悪い癖のせいだ。

 

「何やら楽しそうに調べていましたので」

 

「声が掛け辛かったのよね」

 

 一つの台詞を二人で分けて言われた、最近連携して来るんだよな、息が合ってるって言うか……

 

「いや、この付加魔法の効果が切れたメダルを鑑定していたんだ」

 

 珍しそうに見るウィンディアにメダルを渡す、おっかなびっくりメダルを調べている、自分なりに鑑定しているな。

 

「分かるかい?」

 

「駄目、見た事がない術式が組まれてる。触媒も意味も私には分からないわ」

 

 ふむ、魔力付加は今の時代では難しい部類に入るし基本は土属性魔術師の分野だから風属性魔術師のウィンディアには難しいか……

 メダルを受け取り親指と人差し指で挟む様に持って見せる。

 

「表側は多分だが手に小さな舟を持っている、古代神のテュケだろう、『運と福の女神』だ。裏面の植物はモンステラだ、穴の開いた葉っぱが特徴でモンスターみたいだと言われて名前も捩(もじ)ってモンステラだ。

因みに花言葉は『嬉しい便り』だね。この二つが表裏一体となる付加された効果って何だろうか?」

 

 術式を読み解いていくと多分だが何かの確率UPだが効果は低い、所持する事で常時発動タイプだと思う。

 

「運と福の女神、モンスターと言われた植物、花言葉は嬉しい便りですか」

 

「全く分からないわ、モンスターが嬉しい便りな訳無いし、運と福にも繋がらないわよ」

 

 女性陣が悩んでいるが僕も詳細は分からない、何かの確率UPなんだけどね。

 

「そうだね、過去の技術を紐解く意味でも付加された効果が無くなっていても価値は有る。魔術師としてなら……」

 

 それを承知で贈って来た対価に金貨百枚相当のマジックアイテムをライラック商会から購入し贈った、普通なら精々金貨十枚程度の骨董品を贈るだろう。アシュタル嬢とナナル嬢には評価に値する。恩と金貨百枚相当のマジックアイテムを手に入れたネグレス男爵も。

 

 マテリアル商会と彼については少し調べる必要が有る、この時期に近付いて来たんだ、必ず理由が有る。

 

「そう言えば屋敷の外に居る人達だけどね、エルナ様がアシュタル様とナナル様の実家と交渉した事で家臣を集めている事が広まったみたいよ。最年少宮廷魔術師様が家臣団を集めているって」

 

 しまった、情報の出所は口止めし忘れた身内だったのか!

 




連続投稿が今日で終わると思った方、実は未だストックが有るんです。もう少しお付き合い下さい。

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