メディア嬢から衝撃的な情報を聞いた、本人は僕も知っていて一連の行動をしたと思っているが誤解だ。
ウルム王国に逃げ込んだ旧コトプス帝国の残党共が遂に直接的に行動を始めた、場所はバレル川の畔に有る難攻不落のハイゼルン砦だ。
自然の岩山を利用した天然の要塞だが、エムデン王国軍も過去に何度か攻め込んだが落とす事が出来なかった、内通者が居なければ十倍の戦力でも落とせないと言われている。
「反乱の規模は?」
「籠城しているのはリーマ卿率いる残党軍ですが二千人程度と言われていますわ、先ずはウルム王国正規軍が出撃の準備をしていますが……」
軍隊は動かすのに時間が掛かる、仮に籠城戦力が二千人ともなれば討伐軍は三倍から五倍は必要だ。
つまり六千人から一万人の軍勢ともなれば準備は早くても半月以上は掛かる、それまで大人しくしているかは疑問だ。
「残党軍は周辺の街や村を襲い物資をかき集めますよ、当然ですがエムデン王国領にも進攻して来ます」
「彼の地に一番近いのはバセット公爵の派閥であるラデンブルグ侯爵とヘルクレス伯爵、既に領民の避難を始めている頃ですわ」
情報を早馬が知らせたとしても五日前では早過ぎる、別の情報伝達手段が有る筈だ。
この場合はウルム王国側からの情報リークだと考えるのが一番しっくり来るよな、既に動きを掴んでいたが後手に回ったと考えるのが妥当だ。
「ウルム王国正規軍が鎮圧出来なければ、我々エムデン王国側からも派兵は考えられますね」
「あの砦は三十年以上もウルム王国に奪われていましたから、これを機会に先に奪還する可能性も有りますわ」
メディア嬢の言う通り、バレル川を国境と定めたのにエムデン王国領に突き出ているハイゼルン砦は軍事的拠点として重要だ。
もしウルム王国正規軍よりも先にハイゼルン砦を落とせばエムデン王国が所有権を主張出来る、彼の地はエムデン王国領に突き刺さった棘だから……。
「どちらにしても一悶着有りますね、僕は来週早々に第二席の椅子を争い勝負を掛けます」
「分かりましたわ、火属性魔術師達の取り込みについてはお父様にも話しておきます」
色々と衝撃的な事を聞いたが漸く本題を伝えられた、ニーレンス公爵とローラン公爵には多くの火属性魔術師をマグネグロ様から引き抜いて勢力を弱体化させて欲しいんだ。
だが衝撃が大きかった所為か、宮廷魔術師第二席に挑むと言ったのに軽く流されてしまったな。
温くなった紅茶を飲み干す、緊張してたのか喉がカラカラだったんだ。
これでバルバドス師の屋敷に来た目的は全て達成した、今夜は泊ってバルバドス師と飲み比べだが明日から四日間は自由に動けるぞ。
◇◇◇◇◇◇
メディア嬢と彼女を通してのニーレンス公爵への情報伝達とお願いは完了した、新任エルフ殿の顔合わせも済んだ。
レティシアから色々と聞かされていたみたいだが、初日から模擬戦を申し込まれる様な事はなかった。
後はリプリーの事が気になるのでメイドに居場所を聞いたが研究室の方に呼ばれたらしい、塾生の上位者は定期的に成果を見せに来るらしい、つまり平民向けのバルバドス塾には他にも教師が居てバルバドス師は頻繁には顔を出さないんだな。
折角なので顔を出す事にするが一応メイドさんに確認して貰い、了承を得たので部屋に入る。
「もうメディアの方は良いのか?」
開口一番、バルバドス師の言葉は所属する派閥の長の愛娘についてだった、大分丸くなったが少し前は我が儘お嬢様だったみたいだし気になるのだろう。
「はい、用事は全て終わりました。余計な情報も貰いましたが……」
最後は苦笑しながら言葉を濁した、旧コトプス帝国の残党共の動きを他の連中に聞かせる訳にはいかない。丁度リプリーが人型ゴーレムを三体錬成し、それをバルバドス師が確認している所だった。
「ほぅ?これがリプリーの錬成したゴーレムか……」
「お前等知り合いだったんだな、コイツは商業区の方の私塾の塾生だが最近実力を発揮してきてる。ゴーレムの造形や運用がお前に似てるのは偶然じゃないんだな」
ゴーレムの装甲の表面を撫でて素材を調べる、青銅製で不純物は少ない。確かに僕のゴーレムポーンを簡素化した感じだが構成パーツは現代の鎧兜の作りだ、かなり研究したな。
「何度かアドバイスをして実際にミニチュアゴーレムポーンも見せましたが、中々の青銅製ゴーレムですね。構成パーツも鍛冶屋が作る鎧兜をバラして調べたのでしょう、構造的にも良く出来ていますね」
これならレベル20前後の戦士職と変わらない強さが有るぞ、迷宮攻略には欠かせない戦力になるだろう。なるだけ優しい声と笑顔で褒める、今の僕の立場ではリプリーだと萎縮しちゃうだろうし……
「そんな、私なんて全然まだ……その、です」
やはり下を向いて言葉も小さくなっている、相変わらずの人見知りみたいだ……でもセイン殿もだが知り合いのレベルアップが凄いな。
改めてリプリーゴーレムを見れば制御ラインを二本ずつ繋いでいるが未だ余裕は有りそうだ。
「良くやったな、宮廷魔術師第六席『ゴーレムマスター』リーンハルト卿にゴーレムを褒められたんだからな。もっと自信を持って良いぞ」
バルバドス師が手放しで褒めるなら凄い成長力なのだろう、彼女の努力が正当に認められているのは良い事だ。
「第六席?あの、第七席ではなかったですか?」
オズオズと言った感じでバルバドス師に訂正を求めたのだが、普通は師匠で貴族には間違いでもスルーが基本だぞ。そして褒められたのだから、お礼をちゃんと言いなさい。
「それは『切り裂き魔』のリッパー殿を倒したので繰り上がったんだ」
リプリーは驚いた様に両手を口に当てたが『着任早々何をやっているんですか!』って声無き声が聞こえた気がした。
「まぁ色々と有ったんだよ、回避不能な出来事が色々とね……出世したから幸せだとは限らない、権利には同等以上の義務が発生するんだよ」
思い出したら胃がシクシクと痛み始めた、隠れ水属性魔術師の僕は自分の治療は問題無く出来るけど辛いのは変わらない、思わず胃の辺りを押さえてしまう。
「大変なんですね」
「コイツは異例中の異例だからな、苦労も人一倍だが頑張れや」
同情と激励を貰ったが来週また席次変動なんだよな、勝てば良いが負ければどうなるか……
だが何も知らないリプリーを敢えて不安にさせる必要もないので黙っている、それにバルバドス師への報告会を邪魔しても迷惑だろう。
「では僕は……少し別室で休ませて貰っても宜しいでしょうか?」
「ああ、ナルサに部屋を用意させるぜ」
今夜は泊まる様に誘われているが、またメディア嬢の居るサロンに戻るのも締まらないからな。それに少し今後について一人で落ち着いて考えたい、激動の三日間だったし……
◇◇◇◇◇◇
ナルサさんの用意してくれた部屋は前回の指名依頼の時に泊まった部屋だった、レティシアが二日連続で訪ねて来て大変だったんだ。
未だ二ヶ月前位の懐かしい思い出を振り返る、当時はメディア嬢も困ったお嬢様だったんだよな。
バフンとフカフカなベッドにダイブする、身体を包み込む様にして沈むのだがちゃんと支える高級品だろう、仰向けになり天井を見詰めながら考える。
先ずは最大のサプライズだった旧コトプス帝国の残党共の動きだ、ウルム王国の国軍が常駐するハイゼルン砦を落としたそうだが武力で落とすのは難しい難攻不落の要塞だ。
内通者が居ないと絶対無理だし籠城したとなれば外部に援軍も居る、つまりウルム王国には未だ奴等の息の掛かった戦力が居るんだ。
情報によれば籠城した戦力は二千人らしい、残党をかき集めたのかウルム王国の連中を引き込んだかは分からないが討伐に来たウルム王国の正規軍の中にも敵が混じっている可能性も捨て切れない。
籠城する相手に勝つには三倍から五倍の戦力が必要だ、周りを取り囲んで補給を断ち時間を掛ければ何とかなるが相手も馬鹿じゃない。
普通に考えれば籠城は囮か罠だな、国境付近にエムデン王国とウルム王国の正規軍を呼び込んでどうするんだ?
「駄目だ、分からない。僕は軍師じゃないから相手の謀略なんて分からない」
実は転生前にハイゼルン砦、三百年前はゼッヘルン砦と呼ばれていた頃、ルトライン帝国の重要拠点として何日か滞在した事が有る。
確かに攻め難く守り易いので攻略は難しい、硬い城壁は火属性魔術師のファイアボール程度ではビクともしないし曲がりくねった狭い坂は上から狙撃されやすい。
国際問題的にかつての旧敵が隣国の領土の一角とはいえ軍事上の要衝地を占拠してるとなれば、アウレール王は自国を守るため国軍を送り込まないと対外的にも弱気と思われる。
ウルム王国だって反乱軍を放置出来ない、自国を纏められないなど近隣諸国から干渉される絶好のネタだから鎮圧用の遠征軍の準備を進めている。
「だが奴等は周辺の街や村を襲い物資を略奪する、だから最初に戦うのは周辺の領地を治める貴族の私兵部隊だろう」
仮に二千人が籠城しても略奪部隊は精々五百人前後だろう、領主の私兵でも対処出来るか?
バセット公爵の配下のラデンブルグ侯爵とヘルクレス伯爵の領地が近い、ラデンブルグ侯爵はザルツ地方のオーク異常繁殖の対処で多くの私兵が被害に有っている。
ヘルクレス伯爵の領地は狭い、私兵は精々二百人居るかどうかだ。血に飢えた略奪部隊を跳ね返せるか疑問だな。
「冒険者ギルドのランクB以上なら百や二百の軍隊など蹴散らせる、だが費用も高いし請けてくれるかは微妙だ。ランクD以下だと数を揃えないと負ける。
そもそも冒険者ギルドが戦争に加担するかも疑問だ、余程の事がなければ不干渉だと思うぞ」
勿論エムデン王国存亡の危機なら形振り構わず官民一体で戦うが、今は一部の反乱軍の対処だけだから消極的だろう。
だからバセット公爵は派閥の長として援軍を派遣する筈だ、略奪部隊に対処するだけでも三百人前後は必要で領内を定期巡回させるなら交代要員を含めて五割増し。
第一陣はラデンブルグ侯爵とヘルクレス伯爵の私兵、第二陣はバセット公爵と派閥構成員の混成部隊、第三陣でエムデン王国正規軍の順番だな。
第三陣には宮廷魔術師と聖騎士団も同行する事になる、最有力候補は新人で問題児の僕とベテランのユリエル様かアンドレアル様辺りだろう。
「多分だが僕は派遣される、本格的な戦争になる前の試金石的な扱いで……」
成功すれば大事な時期に問題を起こした事を不問にされ今後は重用されるだろうが、失敗すれば自分の命が危うい。
「リーンハルト卿、お茶の御用意が出来ましたが暫くお休みになられますか?」
「ん、有難う。悪いが少し一人にしてくれないか?疲れたので休みたい」
考え事をしている内にメルサさんが紅茶の用意をしてくれたが、サロンでも飲んだのでお腹はタプタプだ。
一礼して出て行く彼女を見ながら少しでもバルバドス師の気持ちが和らぐ事が出来ればと思う、旧敵マグネグロ様に後継者問題。
僕には後継者問題は解決出来ない、同じ土属性魔術師、新旧の宮廷魔術師、師匠と弟子の関係、羅列すれば後継者候補筆頭だよな?
「親戚や関係者連中が騒ぎ出すのも当然か、バルバドス様は魔術師の大家だから後継者も優れた魔術師である事が望ましい」
宮廷魔術師第六席なら申し分ないだろう、だが利権が絡むからな、特に本妻殿は猛反発するだろう。文句が有るなら何故子供を生まなかったんだと言われるだろうがバルバドス師自らが種が薄いと自虐的に言った。
「だから、この話は出来ない。それはバルバドス様を貶す事になる」
養子縁組が濃厚だろう、有能な土属性魔術師が親戚に居れば良いし、居なければ娘を引き取り有能な土属性魔術師に嫁がせれば良い。
「だから僕が疑われる悪循環、誤解を解くのも難しいし藪蛇っぽいんだよな」
相続争いの醜さと悲惨さはローラン公爵の件で実感した、金が絡むと人間って奴は酷い事を平気で出来るんだ。
金と権力の為に恋人と共に姉と慕う弟や苦楽を共にした自分の部下を平気で殺そうとする奴等もいるからな、フィーネ様の実家のフレネクス男爵を警戒しないと駄目かもしれないな。