古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第260話

 バルバドス師の悩み事、それは相続問題だった……

 元宮廷魔術師として従来貴族として領地こそ無いが資産は膨大だ、しかし相続させる実子が居ない。

 そこに弟子として現れた僕に危機感を感じたのか後妻とその実家が焦り始めたみたいだ、後妻との子供が見込めないなら養子縁組をしろって……

 

 それとバルバドス師の宮廷魔術師引退の原因がマグネグロ様に有るらしい、詳細は聞かなかったが良い話ではなさそうだ。

 悪いがマグネグロ様には早急に引退して貰おう、報復出来ない様に徹底的にやらねばならない。

 その建前がエムデン王国の国益とウルム王国への備えであろうとも……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 バルバドス師への挨拶と今後の対応は決まったら、メルサさんとナルサさんも微笑んでいたから、彼女達の心配事も少しは緩和されただろう。

 問題は次だな、ニーレンス公爵の愛娘であるメディア嬢と、その護衛である『ゼロリックスの森』から派遣されたレティシアの後任のエルフ殿が居る筈だ。

 

 バルバドス師の研究室からサロン迄の道順は分かる、前回何度か往き来しているから……

 

「あれは、リプリー?リプリーじゃないか!」

 

 渡り廊下を歩いていると離れの方に数人の魔力を感知したが、あの魔力には覚えが有る。

 彼女は『静寂の鐘』のリーダーであるヒルダさんの妹、火と土の属性を持つリプリーに間違いない。

 

 何故、彼女が他の魔術師と共にバルバドス師の屋敷に居るのかは分からない、彼が彼女に何かするとも思わないが気になるので近付いて行く。

 向こうも魔力を感知したみたいだ、歩みが止まり此方を待っている。暫く進むとローブを羽織った四人の魔術師達が見えた。

 

「やはりリプリーか、どうしてバルバドス様の屋敷に居るんだい?」

 

「リーンハルトく……様、ご無沙汰しております」

 

 近付いて見れば全員二十歳以下の若い男女が僕を見て驚いている、特に見知った二人の驚きは凄い。

 

「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。あと、其処の二人はダヤンとイヤップだったかな?」

 

 男女二人ずつ、男はバルバドス塾の(自称)三羽烏の内の二人だ、確か扱うゴーレムはタイタンとヘカトンケイルだっけ?違ったかな?

 リプリーの隣の女性は知らないが纏う魔力はそれなりだ、僕を見る目は鋭いが何かしたかな?

 

「あの時は、その……」

 

「いや、その……アレです、申し訳無いです」

 

 まぁ三ヶ月前に絡んだ相手が宮廷魔術師じゃ緊張もするか、リプリーは単純に驚いて固まっているだけだな。

 

「ああ、もう和解したし構わないよ。それで何故、バルバドス様のお屋敷に居るんだい?」

 

「は、はい!実は私達もバルバドス塾の塾生なんです、今日はバルバドス様に呼ばれまして……その、お屋敷の方に……」

 

 ふむ、大分緊張してるな。気持ち声も大きかったが最後の方は尻窄(すぼ)みだったし。確かバルバドス師は貴族達用のは自分の屋敷に、他は商業区の方に私塾が有るって聞いた様な?

 

「そうか、僕とリプリーはバルバドス師の兄弟弟子だったんだね。知らなかったよ」

 

「いえ、私の方も……その、教えていませんでしたから、ごめんなさい」

 

 下を向いて小声で答えてくれるが、宮廷魔術師になってしまったから大分萎縮させてしまったのかな?

 

「謝る必要なんて無いよ、リプリーは僕が駆け出し冒険者の頃から懇意にしてくれた『静寂の鐘』のメンバーでもあるし、出世したって中身は変わらないんだから距離を置かれると悲しい」

 

「そんな、でも……私なんて平民の……」

 

 これ以上は無理だな、周りにも人が居るから遠慮も有るだろう、何より僕がリプリーを苛めているみたいで嫌だ。

 

「後で使いを出すから『静寂の鐘』の皆で屋敷に遊びにおいで、お祝いの御礼もしてないからさ」

 

 なるべく下心無く優しく微笑んでから離れる、駆け足で出世したが昔の友好ある相手を疎かにはしたくない。

 『野に咲く薔薇』や『静寂の鐘』に『マップス』やコレットもそうだ、落ち着いたら連絡をしよう。

 特にコレットは土属性魔術師として腕も確かだし、出来れば仲間に引き込みたいな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 少し道草をしたがサロンに到着した、既にセイン殿がメディア嬢の側に控えている、そして彼女が新しく『ゼロリックスの森』から派遣されたエルフ殿だな。

 当然だが見覚えは無いので転生前にも接点は無かったのだろう、興味深そうに僕を見る目には好意も嫌悪も無い。

 広いサロンに丸テーブルが五つ、その中央にメディア嬢とエルフ殿が座り脇にセイン殿とお付きのメイドが二人控えている。

 今日は取り巻きが居なくて宮廷魔術師団員の連中が他の丸テーブルに別れて座っている。

 

「メディア様、お待たせしてしまいましたか?」

 

 友好的な笑みを浮かべて挨拶をする、だが少し不機嫌そうだけど何か有ったのかな?

 

「私を差し置いて平民の娘などに挨拶をしているからですわ。全く宮廷魔術師第六席、『ゴーレムマスター』のリーンハルト卿は気さく過ぎると噂になってます」

 

 気さく過ぎる、つまりポッと出の新人で貴族らしくないって意味を含んでいるんだな、噂になるって事は友好的でない連中が暗躍していると思って良いだろう。

 

「なる程、興味深い噂話ですね。出所を調べると面白い事になるかも知れませんね」

 

 メイドさんが椅子を引いてくれたが先ずは新しき護衛のエルフ殿に挨拶をしなければマナー違反かな?

 

「メディア様、そろそろレティシア殿の後任の方を紹介して貰って宜しいでしょうか?」

 

 微妙に拗ねているみたいだが彼女には色々と報告と相談が有るんだ、気分を回復させないと駄目だよコレは……

 

「ふむ、レティシアから聞いているが予想よりも五割近く強そうだな。しかも人間の貴族とはいえ下から数えた方が早いと教えられたが一ヶ月も経たない内に上から数えた方が早いらしい。

私は『ゼロリックスの森』のエルフ族のファティ、レティシアの親友だ」

 

「リーンハルト・フォン・バーレイと申します」

 

 貴族的作法に則り一礼するが聞き流せない情報が有った、レティシアと最後に会った時よりも確かにドラゴン狩りで魔力総量は五割近く上がったんだ。

 正確に僕の能力を調べられるみたいだな、それに人間社会に興味が薄いエルフ族が僕の爵位や立場についても調べている。

 

「ふむ、レティシアが入れ込むのも分かるな。その若さで人間にしては大した能力だ」

 

 レティシアめ、エルフ族の連中に何を吹き込んだんだ?妙に興味を持たれているが厄介事には変わらないんだぞ。

 もしも転生の秘密がバレたら大騒ぎになるから自重して欲しいのだが……

 

 僕など未だ全然未熟者ですよと笑いながら席に座る、直ぐにメイドさんが紅茶の用意をしてくれるのでチラリとファティ殿を観察する。

 

 エルフ族特有の薄い金髪に真っ白な肌、華奢な体型に反して内包する魔力は膨大で総量すら感知出来ない。

 容姿は極上の美女と言っても過言ではないが酷薄な感じが滲み出ている、元々エルフ族は感情を余り表さないから普通か?

 

「有り難う御座います、魔法に長けたエルフ族の方に言われると嬉しく思います」

 

 社交辞令としての挨拶は終わりだ、本題に入りたいが周りに人が多いのとメディア嬢と二人切りになりたいとも言えないな。

 

 さて、どうするか?

 

 先ずは紅茶を一口、ストレートで飲む、毎回思うが文句無く美味いのは最高級品質なのだろう。

 

「リーンハルト様、今回は随分と積極的に動かれてますわね。少し周りが騒がしくなってますわよ」

 

 カップを持ち口に付ける迄の合間に小声で話して来た、聞かれる心配はメイド二人とファティ殿だけで少し離れたテーブルに座る連中は聞こえるかは微妙だろう。これは、この場で話せって事だな。

 

「ウルム王国との関係が微妙な状況で、騎士団と魔術師が不和なのは不利益でしかない。新人宮廷魔術師の僕は最前線で戦う事を強いられる、それは当然で構わないのだが協力体制が派閥の柵(しがらみ)で滞るのは困る。

国益と国防を蔑ろにする方々には速やかに退場を願いたいですね」

 

 本音と建前を半分ずつ説明する、どのみち最前線で戦う事になるなら少しでも有利に状況を整えたい。

 今の時代の戦術は火属性魔術師の広域殲滅呪文を主軸に置くのが主流、ゴーレム使いは彼等の護衛が仕事みたいになっている。

 この今の常識をブチ壊し僕の本来の戦い方、かつてルトライン帝国で魔導師団を率いていた『ゴーレムマスター』としての戦い方をする為に四属性最強などと言い触らすマグネグロ様には退場して貰う。

 

「確かに第二席様の今までの行動は褒められたものでは有りませんわね、騎士団との不和を招き宮廷魔術師団員の中にも派閥を作り無用な軋轢を生じさせた。一連の動きは全て第二席様の失脚の準備ですわね?」

 

 最初は其処まで考えていなかった、だが初日に宮廷魔術師団員から反発され危うい現状を知らされた。

 自分の権力と利益に固執する害悪が国家を滅ぼすんだ、僕は二度目の人生で所属する国を滅ぼすつもりはない。

 

「はい、宮廷魔術師団員の引き締めと自身の力を周りに示す為に第六席のリッパー殿に戦いを挑んだ。来週早々に第二席のマグネグロ様に挑みますので……」

 

「その後速やかに配下の火属性魔術師達を取り込み、第二席様の派閥を弱体化させろ?そうですわね」

 

 黙って頷き同意する、僕では彼等から恨まれこそすれ配下にはなってくれないだろう。ならば味方側の誰かに取り込んで貰えば良い。

 流石にマグネグロ様の一族は無理でも他は可能な筈だ、自分達より下だと見下していた土属性魔術師の僕に負けた直後なら彼の配下から離れても良いと考える奴等は必ず居る。

 

「属性を問わず魔術師は元々数が少ない、宮廷魔術師団員になれる実力者ならば派閥に取り込む旨味は有りますよね?」

 

 そう言って微笑んでみせた、実際数が有利なのは確かで自軍に引き込むメリットは多い。マグネグロ様の配下の火属性魔術師は三十人以上は居るから引き抜き合戦は熾烈だろう。

 

「確かに有りますが、でも流石は私のナイト様ですわ。宮廷魔術師達の引き締めを急ぐのは、アノ件も御存知なのですわね?」

 

「アノ件、ですか?」

 

 何か嫌な含みが有りそうな言い方だが流石と言うならば何か秘匿されている情報なのだろう、しかも宮廷魔術師絡みとなれば大事なのは確かだ。

 僕の問いに何とも言えない笑みを浮かべた、これは相当な内容で公爵令嬢のメディア嬢だから知り得たと言う意味だぞ。

 

「五日前にエムデン王国とウルム王国との国境に有る、ハイゼルン砦が旧コトプス帝国の残党に占拠されたそうです」

 

「ハイゼルン砦ですか?」

 

 ハイゼルン砦、転生前の時代にはゼッヘルン砦と言われたバレル川の畔に有る岩山に築かれた難攻不落の要塞だ。

 今ではバレル川が国境となっているが、ハイゼルン砦はエムデン王国側に突き出ている。この要塞は過去に何度か攻め込んだが落とす事が出来なかった。

 背後のバレル川は深く水の流れが早い、要塞自体は岩山の上で地上から50mも高く頑強な石積みで作られている。

 細く急な坂道を登らないと砦には近付く事が出来ない、相手は高台から弓矢を射ち込み放題と攻め難く守り易い。

 

「指揮をするのは旧コトプス帝国の旧臣リーマ卿、先のザルツ地方のオーク大量発生の黒幕と言われていますわね」

 

「確かにデオドラ男爵が捕まえて尋問したダバッシュからの情報に、リーマ卿という名前が有りましたね。相手は大物だな……」

 

 前は謀略を仕掛けて来たが今回は直接的に武力を行使してきた、だが援軍の無い籠城戦は基本的には悪手であり必ず負ける。物資が有限だし兵士達の精神が保たないから。

 敢えて籠城したなら増援が居るのが確定、しかもバレル川に架かる橋はハイゼルン砦の真後ろにしかない、補給部隊を妨げるには対岸に渡るしかないのだが……

 

「もはや開戦は避けられないでしょう、この国難に毅然として宮廷魔術師達を纏めようとする行動には称賛致しますわ」

 

 全くの誤解だが最悪の状況に進んでいるぞ。

 


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