古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第255話

 王宮の侍女達のお茶会に呼ばれた、午後三時からだと僕が宮廷魔術師第六席の『切り裂き魔』のリッパー様を倒した後になるな。

 ハンナもロッテも僕が今日リッパー様と戦うつもりなのは知らない、近々に挑むだろう位の認知度だろう。

 

「ふむ、大変興味深いが怖い話でもあるね。何人の予定なのかな?」

 

 王宮仕えの侍女など百人以上は居るだろう、全員となんて無理だし不可能だろう。

 実務机の上には綺麗な表装の手紙が何通か積んである、一番上の手紙を手に取り差出人を見れば……

 

「フレイシア・ド・コウズル、誰だろう?」

 

「ローラン公爵の派閥に属するコウズル伯爵家の長女ですわ、その手紙は全てラブレターです」

 

 自宅だけじゃなくて職場にも手紙が届くのか、素直に喜べないし喜んじゃいけない内容だよな。

 残りの手紙もチェックして差出人を確認するが全員が伯爵家の令嬢からだ、示し合わせたみたいで気持ち悪いぞ。

 

「朝一番の仕事がお断りの手紙とは疲れるな。ハンナ、返事を書くから紙とペンを用意してくれ」

 

 一応書かれた内容を確認する為に読んで見たが、美辞麗句が凄いのだが一度も会ってない相手に対して理想のみで此処まで書けるのか?逆に警戒するぞ。

 

「ふぅ、僕の噂話を信じて妄想を膨らませた結果が、この書かれた僕とは掛け離れた人物像なのだな。悪いが僕は未成年なので年上の殿方にリードして頂きたいは無理だ」

 

 ご丁寧に年齢及び容姿の特徴まで書いてあるが、これで相手を想像して返事を書かねば駄目なのか。

 

「ロッテ、この令嬢知ってるかい?」

 

「フレイシア様でしょうか?勿論存じております」

 

 頼りになる御姉様方だが全てを信頼するのは危険なんだよな、何処かで情報を操作して意識を誘導してくるし。

 

「どんな女性なんだ?僕の事を年上と思っている十七歳の御令嬢はさ?」

 

 貴族間は自由恋愛なんて無い、当然だが父親であるコウズル伯爵の指示だと思う、勝手に恋文紛いの手紙は出さないだろう。

 

「深窓の御令嬢ですわね、容姿は十人中で七人が可愛いと評するでしょう。コウズル伯爵の自慢の愛娘ですが好意を寄せる殿方が居ると聞きましたが……」

 

 ん?他に意中の相手が居ながら、この内容の手紙を書けるものなのか?いや、違うな。

 

「なる程、わざと間違えて僕から断らせる様に仕向けたか。親の言いなりだけの令嬢ではないな、だが気持ちを汲んで間違いは指摘せずに丁寧に断ろう」

 

 好きな異性が居るのに年下の未成年を親が押し付ける、深窓の令嬢の彼女に出来る精一杯の抵抗だったんだな。

 相手が傷付かない様に丁寧に詫びる形を取って手紙を認(したた)める、しかし知らない相手の情報が分かるのは助かるな。

 全てを鵜呑みには出来ないが参考程度にはなるし、絡む必要の無い相手なら尚更だ。

 

「次はこの相手だけど、メンデル伯爵の四女であるミハエル様ですか。未だ八歳のお転婆なお嬢様ですわね」

 

 この手紙の内容は八歳の娘が書いたなら相当なおませさんだから代筆だな。そして八歳など妹か娘扱いだから無理だな。

 

「年齢的に無理、先方にも悪い思いをさせてしまうだろう」

 

「あの、リーンハルト様。選ぶ基準が家でなく女性に重点を置いてますが……」

 

「自由恋愛ではなくて、家と家との繋がりを持ち掛けて来ているのですよ」

 

 ロッテとハンナが呆れた感じで聞いてくる、確かに貴族的な常識からは逸脱しているか。

 本来なら派閥の為に家の為に有効かどうかで判断するのが当然、僕は新貴族男爵として家を興したばかりだから余計に気を使うのが普通の考えだよな。

 

「今は必要としないな、いや正確には余裕が無いから曖昧なアプローチを掛けてくる相手は全て後回しにする。ハンナ、ロッテ」

 

「はい」

 

「何でしょうか?」

 

 真面目な顔で呼んだ事により何かを感じたのか姿勢を正して此方を見る。その感覚は正解だよ、特大の危険物を放り込むから!

 

「僕はこれから宮廷魔術師第六席の『切り裂き魔』のリッパー様に喧嘩を売って来る、来週は本命の宮廷魔術師第二席の『噴火』のマグネグロ様にも同様に喧嘩を売るよ」

 

「第六席のリッパー様は既に練兵場で配下の宮廷魔術師団員達を鍛えております、大分リーンハルト様に触発されたのでしょう」

 

「とは言え血縁と同派閥の八人だけです、風属性の魔術師達は殆どがユリエル様の配下ですから」

 

 リッパー様ってマグネグロ様と同様に嫌われているんだっけ?二つ名からして切り裂き魔だから好意的じゃないのかな、本人もアレだったし……

 彼女達も言葉は丁寧だが表情は嫌悪感が見てとれた、つまり嫌いな訳だな。

 

「リーンハルト様、一つお伺いして宜しいでしょうか?」

 

「何かな?」

 

 真意の確認か、正気ですかと尋ねるか、何を聞かれるか興味深いな。

 

「侍女達のお茶会には参加で宜しいですわね?」

 

「え?他に聞く事は無いの?もっとさ、こう……何て馬鹿な事をするのですか?とかさ」

 

 予想外の事に書きかけの手紙にインクを垂らしてしまった、書き直しだぞ!

 

「早目に参加者を締め切らないと、リッパー様が不様に負けた後では申し込みが殺到しますわね」

 

「全くですわ、リッパー様に勝負を挑まれるのは暫くお待ち下さい。ハンナ、行きますわよ」

 

「分かったわ、ロッテ。私は部屋を押さえます」

 

 失礼しますと二人して出て行ったけどさ、僕の手紙書きには君達の相手に対する知識が必要不可欠なのを知ってるのか?

 

「止めた、後で良いや」

 

 取り敢えず彼女達が戻る迄は仕事にならないか……

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 結局三十分程してから二人が帰って来たので手紙を書くのを手伝わせる、この際代筆でもと思ったが全員が伯爵令嬢だから何とか自筆で頑張った。

 

「手紙は先方に届けてくれ、僕は練兵場に行ってくるから」

 

 やはり慣れない仕事だと肩が凝るな、僕は魔術師であり魔導の深淵を知る為なら頑張れるが、その他は駄目みたいだ。

 

「分かりました。尚、リッパー様は一応ですがバニシード公爵の縁者を側室に迎えています」

 

「バニシード公爵はニーレンス公爵と明確に敵対していますので……」

 

「僕にも敵意を持っている、そして自分の息の掛かったリッパー様が負ければ余計に敵意を煽るか。

別に構わない、だから早目に席次を上げる必要が有るんだよ。有り難う、感謝している。君達の知識は本当に助かるよ」

 

 いちいち王宮内の派閥構成とか調べてないから予備知識として本当に助かる、だがニーレンス公爵とは縁を深めないと対処しきれない相手が現れたな。

 幸い共通の敵として利害が一致するから未だマシと考えてよう。

 

「その様なお言葉を無闇に女性に使ってはいけませんわ」

 

「全くですわ、リーンハルト様は女慣れし過ぎです。何時か刺されますわ」

 

 ナニその未成年に掛けるには酷い言葉は?逆に僕は異性には慣れてない恋愛初心者なんだぞ!

 

「何でさ?」

 

 余りの言葉に目眩がしたよ、何故お礼を言っただけで女慣れが酷いと言われるんだよ?

 だが、この手の言い合いは男は女には勝てないのは知ってる、だから曖昧な笑みを浮かべて誤魔化す事にする。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 後少しで昼食という一番空腹で集中力が鈍る時間帯に練兵場に向かう、セイン殿達が耐火土壁の練習をしているのが見える、大分精度も速度も上達しているな。

 流石は宮廷魔術師団員、基礎は出来てるし才能も有る連中だからヤレば出来るんだ。それでリッパー様の方は……居たぞ!

 

 わざわざ対面の隅で訓練しなくても良いだろうに、内容は小型のつむじ風を起こして制御する奴だな、前にウィンディアが訓練を兼ねて庭の落葉拾いでやっていた。

ゆっくりと近付いていく、最初から僕の魔力を感知して警戒していたのだろう、直ぐに気付いて此方を睨んで来た。

 

「何か用か、ゴーレムマスター?」

 

 小気味良い程の敵意と殺気、分かりやすい見下しの目で見詰めてくる。周りも血縁や派閥の関係者だけあり意思の統一はされているんだな。

 

「おはようございます、リッパー様。僕の宮廷魔術師就任時に認めないと言われましたので、認めて貰う為にも今此処で勝負を挑みます。まさか断らないですよね?」

 

 爽やかな笑顔と表情を心掛ける、僕は自分を認めて貰う為の挑戦者であり野心などは無い。

 

『思い上がりじゃないのか?確かに火属性魔術師五十人に勝てたからって……』

 

『そうだよな、俺達では全員で挑んでも勝てないけどリッパー様なら』

 

『何が自分を認めて貰いたいだ!思いっ切り野心丸出しだろ!』

 

 ひそひそ話の内容は概ね正解だ、僕は僕の為にリッパー様を踏み台にしようとしている、ウルム王国との戦争の前に騎士団と魔術師達の不和を取り除くと言う建前も用意したけどね。

 

「思い上がるな小僧!俺に認めさせるだと?」

 

 結構短気で単純だな、確かに内包する魔力量は多いのだが身に纏う魔力は激しく揺らいでいる、アレかな、感情の昂(たかぶ)りでテンションと威力を増すタイプか?

 僕とリッパー様の只ならぬ雰囲気にセイン殿達も集まって来たか……

 

「リーンハルト様、この状況はどうしたのですか?」

 

 最近様付けで呼ばれるのだが違和感は有るな、彼等土属性魔術師は一応は僕の派閥で配下だ。

 

「む、セイン殿か。いやな、リッパー様に揉んで貰おうと勝負を挑ませて貰ったんだ。魔術師の最高峰たる宮廷魔術師となっても、向上心を忘れては駄目だからね」

 

「僅か三日間なのに波乱万丈過ぎますよ」

 

 うん、セイン殿に呆れられたが普通の対応だよな、だが引く訳にはいかない。

 

「どうなさいました、リッパー様?」

 

「クックック、お前は俺には勝てないぞ。それでも戦うのかよ?」

 

 大した自信だな、流石は五年以上も宮廷魔術師として活動していた実績は有るな。

 

「それは大いに技術を上げる事が出来ますね、喜んで挑戦させて頂きます」

 

「クソッ、餓鬼の癖に余裕カマしやがって!練兵場の中央に行きな」

 

 漸く勝負を受けてくれたか、怒りに我を忘れたかと思ったが意外に冷静になって身に纏う魔力も揺らぎが無くなった

 

「有り難う御座います、では正々堂々とお願いします」

 

 練兵場の中央に向かい歩き出す、風属性魔術師は名前の由来通りに見えない風を操り真空の刃で攻撃する厄介な連中だ、だが固く質量の有る相手は苦手な筈だ。

 スタートと同時にゴーレムルークで一気に襲い掛かるか、一旦相手の出方を見るか、どうするかな?

 

「油断大敵ってな。ヒャッヒャッヒャ、暴風刃よ、馬鹿餓鬼を切り刻め!」

 

 突然背後から真空の風の刃が襲って来て常時展開型魔法障壁が軋む、振り返り前方部分に魔力を注ぎ込み障壁を強化するが中々の威力だ。

 

「不意討ちか!宮廷魔術師たる者が姑息過ぎるぞ」

 

「俺はなぁ、弱い奴を痛め付けるのが大好きなんだぜ。切り裂き魔って二つ名の由来はな、俺に逆らう馬鹿を切り刻むからだぁ!」

 

 両手を前に突き出して前方部分を更に強化する、風の刃は変幻自在でカーブしながら側面からもダメージが襲う。

 

「ふむ、不意討ちされて少し驚いたが僕の魔法障壁が耐えられない程でもないな」

 

 威力も精度も申し分無いし見えない事で避ける事も難しい、更に速射性が高く普通ならば防戦一方で動きを封じられるよな。

 

「何だと?馬鹿にするなよ。ならばコレならどうだ、俺の最大最強の魔法、極大竜巻を……」

 

「不意討ちから連続攻撃のコンボは認める、動きを封じてからの大技に繋げるのも有効だ。だが凌がれたら終わりだぞ、大地より生まれし無慈悲な刃よ、山嵐!」

 

 相手の口上を遮りリッパー様を中心に六十本の鋼の刃を突き出す、切り裂き魔なら刃物の裁き方も上手いだろ?

 

「ウオゥ?きっ貴様ぁ、俺を切り刻むつもりか?」

 

 ふむ、手加減したが半分は避けたか。体術もそれなりに鍛えているのは認めよう。

 

「だが土属性魔術師を前にして大地に立つのは危険ですよ、それこそ鳥の様に飛ばないとね。コレで終わりだ、大地にひれ伏せ」

 

 山嵐で生やした鋼の剣を触手の様にくねらせながらリッパー様の手足に巻き付けて大地に縛り付ける、もう抵抗出来ないだろう。

 


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