古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

250 / 996
第250話

 

 我が子が興味を持った少年魔術師は、瞬く間に新貴族男爵位から宮廷魔術師第七席に駆け上がった。

 試練をクリアしてドラゴンスレイヤーになり誰からも文句の出ない実績を携えての出世、エムデン王国としても単独でドラゴンを倒せる魔術師を放置など出来ない。

 

 だから調べた、裏の裏まで……

 

 我が子と談笑する少年の経歴は三ヶ月前までは普通だった、そして怒涛の三ヶ月間を駆け抜けた。

 結果として思想や背後関係に問題は無し、実の父親であるバーレイ男爵の所属するバーナム伯爵の派閥に入って同じ派閥のデオドラ男爵をパトロンとして娘二人を本妻と側室に迎える。

 

 だが我が子のネガティブな思いを自分を例に諭した、『我が夫であるアウレール王でも真の自由は無い、与えられた試練と思い努力しろ』と……

 

 更に自分の場合は恋敵を纏めて模擬戦で潰したり派閥top3と酒の呑み比べとしたりと、おどけて笑いを取って見せた、我が子も年下の少年が現実を見据えて努力している姿に自分を恥じた。

 同じ様に一つの事に傾倒する相手は周りとも上手くやっている事に競争心を刺激された、これで心配事が一つ減ったのだけれど……

 

 この少年は異常だわ、普通は王妃と王子を相手に此処まで平常心でいられるだろうか?

 マナーも完璧過ぎる、魔法に傾倒してると自白しながらも文化的教養も持っている、ダンスしかり楽器の演奏しかり。

 新貴族男爵の教育の範疇を飛び越しているわ、伯爵級の後継者の教育内容に近い、悪いがバーレイ男爵に文化的教養が出来るとは思えない。

 実母イェニー殿は平民出身、バーレイ男爵の本妻であるエルナ殿でも無理、マナーとは独学は絶対に不可能、必ず教師役が居る筈なのに該当者が居ない。

 

 だから他国からの間者かとも疑ったが、思想と背後関係を調べて杞憂と分かった。

 魔法に傾倒している事は誰が見ても納得出来る、あの無能に興味が全く無い『永久凍土』殿を溶かした少年は才能が有り努力も厭わないのでしょう。

 

 今もそう、仕えし国の王子相手に気負いなく普通に会話が弾んでいる、不思議な光景を見ているが我が子には必要なのは理解したわ。

 この子にはエムデン王国は与えてあげられない、兄に仕えて国を護る役目を強制的に押し付けたけど、親として何かを与えてあげたかった……

 

 そして目の前に我が子が求めた仲間になり得る少年が居るわ。

 

「そうだわ、リーンハルト殿」

 

「はい、リズリット様。何でしょうか?」

 

 今もそう、会話の途中で話し掛けても相手が不快にならないタイミングで応える、話術は知識だけでは無理で実践が必要。

 

「私は予定が有り失礼しますが、これからもミュレージュと友人でいて下さい、お願いしますわ」

 

 軽く頭を下げれば驚いた顔をしてから一瞬だけ表情が消えて、そして恐縮した顔で慌てて了承してくれたけど……

 あの一瞬で状況を読み取ったわね、我が子は単純に喜んで深くは考えていないわ。

 王妃が頭を下げてまで頼んだ事の重さを一瞬で理解しメリットとデメリットを計算、だが慌てた振りをしながらも了承した。

 

 古(いにしえ)の魔術師の二つ名、『ゴーレムマスター』を受け継いだ少年魔術師に私は強く興味を引かれた、我が夫と相談しなければ駄目ね。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ミュレージュ様との昼食会、友として接してくれる彼には悪いが同席した王妃リズリット様の思惑は違う。

 彼女は我が子の為に力を貸せと言ってきた、遠回しだが間違い無い。

 帰りは女官に案内されて宛がわれた部屋に戻る、途中無言でこれからの対応を考えるが情報が不足しているな。

 リズリット様は実子の内、長男グーデリアル様がアウレール王の後継者として指名されている、我が子が次期王ならばエムデン王国での立場は磐石だ。

 側室が多いので本来なら次男だがアウレール王からすれば八男で王位継承権は第六位、微妙な立場のミュレージュ様の派閥に入る事は有効なのか?

 彼は近衛騎士団員だし僕は宮廷魔術師だ、派閥に入るよりは彼を支持しろって事か……

 

「それでは我々は此処で失礼致します」

 

「リズリット様のお気持ちを汲んで下さいませ」

 

 深々と頭を下げられたが彼女達は王妃付きの侍女だったのか、この返答は彼女へと一語一句間違えずに報告されるな。

 

「僕を友と呼んでくれたミュレージュ様の為ならば最大限努力致します」

 

 友と呼んでくれた事への最大限の感謝と努力という曖昧な表現とを混ぜた返事をする、今は確約を避けた回答をする。

 返事を聞いた彼女達の表情は変わらない、意味を判断するのは王妃リズリット様だから……

 

「ただいま、何か変わりはないかい?」

 

 出迎えてくれたハンナとロッテに話し掛ける、だが魔力感知により応接室にアンドレアル様とフレイナル殿が居る事は分かる。

 宮廷魔術師団員の半数は火属性魔術師、そして親子二代で宮廷魔術師の二人が僕を訪ねて来るとは……

 

「宮廷魔術師のアンドレアル様とフレイナル様がおみえになっております」

 

「応接室の方にお通ししております」

 

 二人共に表情が固いな、親子宮廷魔術師だから緊張してるのか?派閥も確か違った筈だし。

 

「ああ、有り難う」

 

 彼女達の労をねぎらい応接室へと入る、親子二人並んでソファーに座っているが表情からは訪問の内容は掴めない。

 

「お待たせしました、リズリット様とミュレージュ様に昼食に誘われまして……」

 

 にこやかに笑いながら問題発言をして向かい側のソファーに座る、別にリズリット様の派閥に入ると決めてないが嘘は言ってない、間違いなく向こうからの接触が有ったのだから。

 一瞬だけ盗み見た二人の表情は、父親が考え込み息子は驚いただけだ。

 

 自分用の紅茶が用意されるのを待つ、先方も其処まで急いで話す案件でもないのか余裕があるな。

 因みにハンナとロッテは彼等二人の背後の壁際に並んで立っている、情報収集のつもりだろうが別に止めさせるつもりはない。

 

「僅か二日間で色々と動いてるな、流石と言って良いのだろうか悩むぞ。リーンハルト殿に負けた連中の四割は俺達の息が掛かってるのだが、大分自信を喪失してしまった……自業自得だがな」

 

「一人に対して五十人近くで挑んで負けたからな、仕方無いが嫉妬や僻み、妬みも多い、しかも年下に負けたからプライドもズタズタだ」

 

 つまり残りの六割は宮廷魔術師第二席『噴火』のマグネグロ様の息が掛かってる訳だな、自分達の影響が有る連中は抑えられるが対価を求めるとか?

 

「そうですね、やり過ぎたとは思っていませんが負けた連中も色々と考えるでしょう……より一層努力するか、誰かに頼るとか?」

 

 敢えて疑問系で話を振ってみる、直情傾向の多い火属性魔術師において二人も大差はなさそうだ、動揺したのは泣き付かれたと見るべきか?

 胃の痛い昼食の後も胃の痛い相談事か、今日は帰りにデオドラ男爵家に寄ってジゼル嬢と相談しないと駄目だな。

 

「確かにそんな馬鹿も居た、俺も頭が痛いのだが公爵二家と親交が有り宮廷魔術師筆頭殿のお気に入り、ドラゴンスレイヤーのリーンハルト殿を気に入らないと泣き付く馬鹿がな」

 

 ああ、やっぱりだ。同じ宮廷魔術師で席次が上のアンドレアル様なら何とかしてくれると安易に考える連中が。

 

「そして父上が諭したが反論してマグネグロ様に鞍替えしやがった、許せない馬鹿野郎だ」

 

 元々火属性魔術師は現代では優遇されていたが下に見られていた土属性魔術師の僕が彼等の鼻っ柱を圧し折った、過去の栄光を忘れられない奴は自分より強い奴に擦り寄った訳か。

 

「分かりやすいですね、虎の威を借りる小者が擦り寄ったのは宮廷魔術師第二席、『噴火』のマグネグロ様ですか……」

 

 最初から敵視されてるから問題は無いな、今の僕で勝てるかは分からないが最初から勝てないと思っては駄目だ。

 火属性魔術師の親子の来訪目的が何となく分かって来たぞ、これも派閥争いと政敵の弱体化だな。火力馬鹿と侮れないな、宮廷魔術師まで登り詰めて我が師であるバルバドス様のライバルなだけの事はある。

 

「そこでだ、リーンハルト殿に教えておく事が有る、マグネグロ殿に挑んでは駄目だぞ。我等栄光の宮廷魔術師は下から上へ挑戦することは出来ても逆は駄目なのだ。

だからマグネグロ殿は必ずリーンハルト殿を挑発してくるが勝負を挑んでは駄目だぞ」

 

 本気で心配してくれているのだろう、成り立て宮廷魔術師第七席が挑むにはハードルが高過ぎると。

 だが良い事を聞いた、席次を上げるには上位者に挑んで勝てば良い、しかも順番にじゃなくて飛び越えても良いのか。

 

 僕の直ぐ上は『切り裂き魔』のリッパー様で第六席、先ずは彼の攻略から考えて準備するかな。

 攻撃力が重視される席次の争奪戦だが第三席の『慈母の女神』のラミュール様は水属性魔術師で治癒系に秀でているが攻撃力も高いと見るべきだ。

 

 敵対と言えば同じ新人で元宮廷魔術師団員筆頭の『炎槍』のビアレス殿から挑まれる可能性は有るな、末席の『白熱線』のフレイナル殿は悪くても中立だから大丈夫だろう。

 

「ご心配有り難う御座います、出来ればマグネグロ様の能力について教えて下さい。万が一の場合も有りますから」

 

 争いは双方が望まなくても一方的に開始出来るが、和解は双方が望まないと無理なんだ。

 最悪の場合は一方的に難癖を付けられて貶められて戦うしか方法が無い場合だってある、『噴火』の異名を持つマグネグロ様の得意魔法が知りたい。

 

「そうか、警告はしたからな。マグネグロの奴はだな……」

 

 

 アンドレアル様の説明を纏めると、マグネグロ様の得意魔法は『熔岩弾』と呼ばれる直径50cm程の燃えさかる炎の弾を複数撃ち出せる事で、この炎弾は当たると爆発する。

 有効射程距離は50mで爆発の効果は直径10mにも及ぶ、流石は宮廷魔術師第二席だけの事は有る。

 もう一つは攻撃と防御が一体化した名前の由来でもある『熔岩地獄』という、自分を基点に半径10mの範囲の大地を熔岩に変える事が出来て、更にある程度自在に動かせるらしい。

 熔岩を相手に噴出すれば確かに『噴火』と同じだろう、だが軽く1000度を越える熔岩の中心に無傷で居られるのは凄いな。

 

 ソファーの背もたれに身体を預ける、確かに一国のNo.2の魔術師としては強力だが転生前に敵対していた連中の方が強力だった、やはり魔法文化の衰退は激しい。

 

 自分も弱体化してるから丁度良いって割り切るか……

 

「有り難う御座います、最悪に備えて色々と考える事にします。もう一人のリッパー様についても教えて下さい、当面の目指す方ですから」

 

「リッパー殿は二つ名の通りだな、『切り裂き魔』とは好む魔法も小型の竜巻を任意の場所に発生させられる事と……人を切り刻むのが好きな狂人だ」

 

「ほぅ、小型の竜巻をですか。それで制御範囲は?」

 

 小型の竜巻とは周囲に鎌鼬(かまいたち)の刃を飛ばせるのだろう、識別の難しい風を操り任意の場所に出現させて敵を倒す。戦術的には有効だ、見えない刃は恐怖を与えるし。

 

「本人を基点に100mって所だな、最大距離だと全身鎧なら威力は半減だが20m以内だと鉄をも切り裂く真空の刃となる」

 

 実用的な射程距離は多く見積もっても60mって所だろうか、だが完全武装の部隊でも接近し過ぎれば壊滅だな。

 カップを口に着けたまま考え込んでしまった、気付いた時には親子二人から呆れた視線を貰ってしまった、この癖は治さないと駄目だ。

 

「お客様を放置して考え込んでしまい、本当に申し訳ないです。ですが大体の事は分かりましたし対応策も幾つか浮かびました」

 

 深々と頭を下げる、呆れられたが魔術師とはそういう集団だからと笑って帰って行った、つまり純粋に心配して注意を促してくれたんだな。

 フレイナル殿も前よりは距離が近くなったが、未だ壁を感じる。僕には敵が多いから友好的な関係を結べたら良いな。

 

「リーンハルト様、エムデン王国主催の舞踏会の案内状が来ています」

 

「王家主催の舞踏会に招かれるとは凄い事なのですよ」

 

 二人して笑顔で迫って来ないで少し落ち着いて下さい。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。