古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第249話

 近衛騎士団員であり王族でもある、ミュレージュ様に昼食に招待され王宮の中心部分に案内された。

 広い池の周りに何棟かの建物が有るが、その内の一つに案内された。王族達のプライベートスペースに呼ばれる事は色々と深い意味を持つ。

 ミュレージュ様は現王アウレール様の八男で王位継承権第六位、だが後継者であるグーデリアル様は文武に秀でた方だから継承権争いをするには微妙な位置だ。

 

「リーンハルト様、お待ちしておりました。主がお待ちしております」

 

 衣装が侍女と違う、上位の女官二人が出迎えてくれた、流石に王族付きともなれば立ち振舞いも更に洗練されている、高級貴族の子女が花嫁修業としてもっともなりたい職業だ。

 こぢんまりした建物とはいえ玄関からホールを抜けて食堂迄には結構な距離が有る、調度品も装飾も一流だな。

 どうやら室内の食堂ではなく、池に面したベランダで食べるみたいだ。

 食堂の前面の扉が解放されて外にテーブルが一組だけ用意されて男女二人が既に座っている、五分前には訪ねたから待たせてはいない筈だ。

 

「本日はお招き頂き有り難う御座います」

 

 貴族的礼節に則り挨拶をする、ミュレージュ様の他に妙齢の女性が居るが面影が似ているので親族だな、姉だろうか?

 

「そんなに堅苦しい挨拶は不要ですよ、私はリーンハルト殿の事を友と思っていますから」

 

 この人は善意だけなのか損得勘定が働いているのかが全く分からない、王族だから腹芸も出来るのだろうが真っ直ぐな性格のせいだろうか?

 両手を広げて歓迎の意を示してくれているので此方も笑顔で応える。

 

「それは感謝の言葉も有りません、若輩者ゆえ王宮での行動に四苦八苦していた所に食事に招いて頂けるとは良い気分転換になります。それと、そちらのレディを紹介して頂けないでしょうか?」

 

 未だ席には座れない、確実に身分上位者だから失礼が有っては物理的に首が飛ぶ。

 失礼の無い程度に見れば、やはり近くで見るとミュレージュ様と似ている、外見年齢からして従姉か姉だろう。

 喪服を思わせる肌の露出が殆ど無い黒いドレスを着ている、装飾品は真珠のネックレスだけだが妙に色気が有る苦手なタイプだ。

 

「レディなどと噂の最年少宮廷魔術師殿はお口もお上手ですわね、私はミュレージュの母ですわ」

 

 ミュレージュ様の母?母親?つまり……

 

「王妃様?リズリット様!これは失礼を致しました、リーンハルト・フォン・バーレイです」

 

 ミュレージュ様の悪戯が成功したみたいなドヤ顔がムカつくが、トンでもない人を紹介してくれたものだ。

 アウレール様には後宮が有り何人もの側室が居るが、ミュレージュ様は本妻の子供だ、リズリット様は長男であるグーデリアル様と三女であるセラス様、そして八男のミュレージュ様を生んでいる。

 十五歳で嫁いで既に三十代後半の筈だが、どうみても二十代半ばにしか見えない。

 喪服を着ているのは末の息子を亡くしているからと聞いている、事故とも病気でとも曖昧で一時期噂になってたな。

 

「構いません、リズリットです。ミュレージュと仲良くして上げて下さいね」

 

「さぁ座って下さい。今日はリーンハルト殿に母上を紹介したかったのです」

 

 サプライズ的に王妃様を紹介されても困るんだ、アウレール様は何人もの寵姫が居て当然だが後宮にも派閥が有る。

 王妃様の後見人は誰だったっけ?確か他国から嫁がれたのだが隣国じゃない筈だった。

 

「美しく若々しいのでミュレージュ様の姉か従姉かと思いました、御無礼をお許し下さい」

 

「リーンハルト殿は本当にお口がお上手ですわね、貴方は今貴族の娘達の間で大人気なのですよ。私も一度お話したいと思っていました」

 

 漸く席につく事が出来たが王妃様にまで噂話が届くとは驚いた、確かに僕は派閥の拘束が弱いから引き抜き的な意味では噂にもなるだろう。

 食前酒が用意されたので昼食会のスタートだが、王妃様の登場で只の親睦を深めるだけではなくなったな、暫くはマナーを重視した食事に専念する。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「噂通りのマナーの確りした方なのですわね、バーレイ男爵家の教育が素晴らしかったのでしょう」

 

「有り難う御座います、ですが緊張で味が殆ど分かりませんでした」

 

「その割りには周りに気遣ってましたよ、料理の出されるタイミングやワインを注がれる時など給仕に気を配る余裕も有りましたね」

 

 流石は王族、良く見ている。僕も失礼にならない程度に観察していたがマナーは完璧だった。

 食後の紅茶が出されて漸く雑談が可能になった、此処からが今回の昼食に招待された意味での本番だろう。

 そして困った事に僕は王妃様の情報を殆ど持っていない、余り外に出ない方だし接点なんて有る訳がない。

 

「最低限のマナーは叩き込まれてますが、王族の方々と同席させて頂けるとは夢にも思っていませんでした」

 

 僅かな知識ではリズリット様とグーデリアル様の仲は悪くない、後継者争いの余地はなくエムデン王国は磐石な支配体制なくらいだ。

 

「しかし出仕の初日から宮廷魔術師団員の弛みを引き締めた事は好意的に受け止められています、彼等の増長と弛みは酷かったですからね」

 

 流石は自分に厳しいリーンハルト殿だ、他人にも厳しく当たれる事は中々難しいのにと褒められたが気持ちは複雑だ。

 宮廷魔術師筆頭のサリアリス様は彼等に興味が薄かった、才能も向上心も持たない者には無関心なのも困るが属性のみで有利だと思っている連中にも困る。

 

「少なくとも同じ土属性魔術師達は鍛え直します、他の属性の者達は派閥の問題で難しいですね」

 

 属性の違う連中に魔法を教える事は出来ない、基礎なら可能だが自分が使えない物を他人に教えられる訳がない。

 

「ふむ、確かに鼻っ柱は圧し折ったが性根を正したかは別問題ですね。これからのエムデン王国の事を考えると宮廷魔術師団員の強化は必須、だが『永久凍土』殿は彼等には無関心だ」

 

 少し困った顔なのは現役宮廷魔術師筆頭を非難する様な意味合いな言葉を彼女と交流の有る僕に言うからだろう、隣のリズリット様は曖昧な笑みを浮かべて干渉を避けている。

 

「サリアリス様は才能と努力の人を好みます、彼等とて才能も有り努力したからこそ今の地位を得た。

だが魔導を極める為には現状で満足して立ち止まっては駄目なのです、魔術師とは永遠に魔導の深淵を追い求める者の総称なのですから……」

 

「若いのに確固たる思いが有るのですね、それは大変好ましい事です。ですが度の過ぎた傾倒はいけませんわ、我が子も『剣術狂い』と一部から批判されていますから」

 

 我が子の悪口に心を痛めるというよりは、一つの事にのめり込んで隙を作る事を危惧してる感じだ。

 ミュレージュ様も理解して苦笑いを浮かべているが互いに目を合わせて頷いたのならば、母子の間では解決済みなのだな。

 

「僕の場合は婚約者から『魔法馬鹿』と叱られました、全く頭が上がりませんが僕の不足とする所を補足してくれる得難い女性です」

 

 自然な笑みを浮かべて話す事が出来た、僕はバーナム伯爵の派閥構成員として上手く行っている事を匂わす。

 出世したからと言ってジゼル嬢との婚約は破棄しないとノロケを含ませて話した、これで他の女性を押し付ける事には抵抗を感じる筈だ。

 二人の反応は……共に驚いてから苦笑いか。

 

「リーンハルト殿とデオドラ男爵の御息女とは相思相愛の噂は真実なのですね、これは相当数の淑女達が悲しむ事でしょう」

 

「貴族間の婚姻など家と家との繋がり重視の政略結婚が多いのに、いやデオドラ男爵とて派閥取り込みに娘を宛がった筈なのに……リーンハルト殿ならもっと良い相手が、これから現れる筈ですよ」

 

 リズリット様は御世辞だと思うが、ミュレージュ様は女性関係にはシビアな考え方をしてるみたいだ、自身も王族として婚姻外交も有りだからか?

 ミュレージュ様を見るリズリット様の複雑な表情からして、彼女も息子に対して思う事が有るのだろう、色々と気難しいお方だな。

 

「僕も成り立て貴族ですが、当初は派閥の引き込みに婚姻関係を結ぶ事を良しとはしませんでした。今もその気持ちは変わりませんが未熟だったのでしょう、誰にも束縛されずに自由に生きれると勘違いしてました。

ジゼル様との婚約は一度は断りました、だが冒険者として一人前になろうが男爵になろうが本当の意味での自由は無いのです。

与えられた中で努力し勝ち取るしか……彼女とは互いに補いながら信頼から愛情に気持ちが変わったのです、だから立場が変わっても成人後には本妻として迎えます」

 

 宮廷魔術師は伯爵待遇だし従来貴族とはいえ男爵よりも爵位の高い貴族の子女を本妻に迎える事が可能だし有効だ、打算的に考えればジゼル嬢は側室でも構わない。

 そんな考えかも知れないミュレージュ様に釘を刺す為の感情の暴露話だ、リズリット様は僕の言葉に何かを感じて考え込んでいる。

 派閥引き込みに有効なのは婚姻で本妻だ、この言葉を聞いては派閥引き込みに違う女性を宛がう事に躊躇するだろう。

 

「私も最近になり社交界へと顔を出す機会が増えました、だが擦り寄る女性にはうんざりしています。

聞けばリーンハルト殿はデオドラ男爵主催の誕生日パーティで注目の的だったと聞いています。私には無理だ、性格的に合わないし面倒臭い」

 

 この言葉は不味いぞ、社交界への出席を否定する内容とも取れる。

 王族としては失格だが近衛騎士団員として剣の道に専念したい気持ちは僕も理解出来る、許されるなら自分も社交パーティーには出たくないから。

 

 辛そうな顔で下を向くミュレージュ様を見て考える、彼が僕を昼食に招いたのは純粋に愚痴を聞いて欲しかったんだな。

 だが王族として弱音を吐く相手が居なかった、彼は僕も魔法に傾倒する似た者同士として王妃同伴でも愚痴をこぼした、大分ストレスが溜まってるぞ。

 

「僕も正直に言えば社交界など大嫌いですよ、研究室に籠り魔導の深淵を追い求めたい気持ちが有ります」

 

 一旦言葉を止めた、ミュレージュ様が暗く輝く瞳で僕を見たから、同類を得たと思ったのだろう。リズリット様は不快感を露にしたが未だ何も言わないし止めない、次の言葉を待っている。

 

「そんな自由などミュレージュ様の御父上であるアウレール王でも不可能です、それこそ大陸を制覇しないと無理でしょう。

それがミュレージュ様に与えられた試練であり、僕にも与えられた試練です。

ですが無意味な事だけでは有りません、そこに自分の求める事の手掛かりが有ります。

僕の場合はデオドラ男爵の娘であるアーシャ様を側室にとの話だったのですが、周りに大反対されましてね……」

 

「それで、どうしたのです?」

 

 肩を竦めて少しおどけた様に話すと興味を引かれたみたいで先を促された。

 

「纏めて反対者を相手に模擬戦を挑みました、三人でしたね。バーナム伯爵にも言質を取りました、美女を巡る男達の戦いですから良い余興となりストレスも発散出来ました。

序でに派閥上位三人から大酒飲みの勝負まで挑まれましたが返り討ちです、出たくない社交界も角が立たない様にすれば楽しめますし強敵と戦い自分を高める事も出来ます」

 

 僕と違いミュレージュ様は立場が遥かに上ですから同じ事は無理でも、立場上出席しなければならないのですから割り切りましょうと締め括った。

 

「ふふふ、リーンハルト殿はミュレージュと一歳しか違わないのに精神的な強さが全然違いますわね。

嫌な事でも探せば自分が利する事も有る、己の立場を考えてより良い行動をしなさいと言う事ですよ。ミュレージュ、貴方よりも年下のリーンハルト殿に諭されましたわね」

 

「母上、私だって頭では理解はしてますが感情が納得しないだけです!」

 

 恥ずかしそうに言い訳をしているが暗い瞳の輝きは成りを潜めた、どうやらミュレージュ様の気分転換は成功したみたいだな。

 

「世の中の不条理とは立場により内容が違えど平等に降りかかるのです。ミュレージュ、精進しなさい」

 

 リズリット様が纏めてくれたので、漸くこの話は終わりだな。

 


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