古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第240話

 エルナ嬢とインゴに同行して来たのはバセット男爵の次女であるアシュタル嬢と、トーラス男爵の長女であるナナル嬢だ。

 二人とも年上でアシュタル嬢は今年十八歳でナナル嬢は二十歳、前回のお茶会の席で、ナナル嬢は何かしらのギフトで僕の事を調べていたな。

 

 来客を二階の窓から見下ろしていても仕方ない、一旦仕事を止めて玄関ロビーへと移動する。

 階段を下りる時点でメイド長のサラに案内されている四人と出会う。

 

「ようこそ、いらっしゃいました。歓迎しますよ」

 

 階段を下りながら両手を広げて歓迎の意を示す。

 

「兄上!」

 

 む、普段は大人しく自己主張の少ない我が弟が最初に声を張り上げたが、そんなに僕が懐かしいのか?

 

「久し振りだね、インゴ。少しは逞しくなったか?」

 

 飛び出して来たインゴを抱き留める、母親や他の女性の前でもしがみ付いて来たのが珍しい、何か有ったな……

 

「リーンハルトさん、宮廷魔術師第七席に就任おめでとう御座います」

 

「エルナ様、有難う御座います。努力もしましたが状況と時期と運にも恵まれました、後は精進するだけです」

 

 本日の主賓であるエルナ嬢だが少しゆったりしたドレスを着ている、お腹の膨らみが目立ってきたのかな?彼女を軽く抱き締めてから後ろに並ぶ二人に目を向ける。

 

 前回のアシュタル嬢は胸元が大きく開いた薄いオレンジのドレスに真珠を多用した装飾品を身につけていたが、今回も同じ様に胸元を強調するデザインの薄紫色のドレスを着て同系色のアメジストのペンダントをしている。

 癖の有る金髪を緩やかに左右に纏めているのは前回と同じだ、少しタレ目が優しい印象を与えるが中々の策士らしい。

 

 もう一人のナナル嬢だがエムデン王国人には少ない黒髪と白い肌を持つ切れ長な目が印象的な美人だ、髪を肩口で切り揃えている。

 前と同じ首元や手首まで覆う色の違う若草色のドレスに細い金細工のネックレスをしている、少し睨まれてるみたいだが何かしたかな?

 

「アシュタル様もナナル様も、お久し振りですね。身重のエルナ様を立たせっぱなしは良く有りませんから応接室の方にご案内します。サラ、お茶の用意を頼む」

 

 壁際に控える彼女に声を掛けて奥の応接室へと案内する、そう言えばこの屋敷に引越してから初めてのお客様だな。

 それなりに広い応接室には花瓶に季節の花が活けられて贈り物の中からセンスと価値の高い絵画や美術品が飾られている、勿論だが僕でなくタイラントがだ。

 

「綺麗なお屋敷ですわね」

 

「有難う御座います、でも直ぐに引越しになります。身分相応に貴族街へ屋敷を持てと王宮勅使の方に言われまして……」

 

 先に身重のエルナ嬢を座らせてから女性陣、向かい側に僕とインゴを座らせると直ぐにお茶の準備がされる。

 

「貴族街にですか?それは凄い事ですわ」

 

「本当に、住みたくても住めないのが普通ですわ」

 

 僕は住みたくなんか無いが彼女達にすれば憧れだろう、新貴族の男爵が宮廷魔術師となり貴族街に屋敷を構える、栄達ここに極まれりってか?

 一応お礼を兼ねて微笑むが彼女達の目は真剣そのものだ、未だ側室の件を諦めてないのだろう。

 

「気ままな冒険者稼業が懐かしく感じますね、今は覚える事が多くて苦労しています」

 

 貴族の柵(しがらみ)に派閥関係、一代で家を興した代償は多い、血縁を結ぶ意味でも女性絡みが多くなるだろう。

 用意された紅茶に砂糖をスプーン二杯、バルバドス師みたいに大量には入れないが最近は砂糖の量が多くなっている。糖分は疲労とストレス緩和に良いのだろうか?

 

「そうだ、インゴ。珍しいドライフルーツを手に入れたから後で用意させるよ。あとワイバーンの加工肉がな、ワーズ村の特産品で珍しいが美味だったぞ」

 

「有難う、でも僕は……」

 

 む、インゴが食べ物で喜ばない、躊躇(ちゅうちょ)してるが何か異変が?エルナ嬢に視線を向ける。

 

「インゴは聖騎士団の団員候補として鍛練に励んでますが中々成果が出ないのです」

 

 伏し目がちに言われた、インゴは優しい性格故に生き物をモンスターを殺す事が出来ない、これは騎士団員としては致命的な欠点だ。

 そして大成功した僕と比べる心無い奴等が多いのだろう、歳の近い腹違いの兄は最年少宮廷魔術師でドラゴンスレイヤーなのに、その弟のお前はって……

 俯くインゴの胸中は察するに酷い事になってるだろう、問題は家族愛が何処まで嫉妬や畏怖等の黒い感情を抑えられるかだ。

 

「インゴ、君と僕は根本的に成り立ちが違う。僕は魔術師でインゴは騎士だ、同じ物差しでは計れない。そんな道理も分からない奴等の言う事を気にかける事はないよ」

 

 酷い上から目線な話だ、比べられる対象から慰められても辛いだろう。だが転生の秘術を使い最初から狡い裏技を使った僕と、普通に生まれたインゴの差は歴然だ、魔術師と騎士の違いも大きい。

 この歳の子供にしてはインゴは努力してるし才能も有るが結果が全てなのが残酷な事実だ、バーレイ男爵家の存続はインゴ次第だから周りの期待も大きい。

 

「でも兄上は三ヶ月で一人前以上、僕は半人前以下です。僕は騎士団に入りたくない!」

 

 不味い、何故エルナ嬢がアシュタル嬢とナナル嬢と同行したか分からないが、今の台詞は他人に聞かせては駄目だ。

 バーレイ男爵家の後継者はインゴだ、エルナ嬢のお腹の中の子供が男の子だったら大問題になるぞ。

 

「インゴ、お前は未だ先月十三歳になったばかりだ。バーレイ男爵家はお前が継ぐ事になるが未だ時間は有る、今は理不尽と思っても強くなる努力をするしかないんだ。

父上と母上を悲しませる事はするな、お前は十分に頑張っている。だが努力が実を結ぶのには時間が掛かるんだよ、今は焦らず頑張るしかない」

 

 隣に座るインゴの肩に手を乗せると小刻みに震えている、多分だがアルノルト子爵家とか他の聖騎士団員からも色々と言われているんだろう。

 本来なら僕が廃嫡し問題無くインゴがバーレイ男爵家を継ぐだけだったが、廃嫡した兄の方が出世しては周りは出来の悪い弟が血筋の良さだけで後を継いだと噂する。

 

「エルナ様、インゴは少し席を外させましょう。サラ、食堂へ連れて何か珍しいお菓子を沢山食べさせてくれ」

 

 家族の重たい問題を部外者二人に聞かせてしまった、だがエルナ嬢が何も言わないのは何故だ?インゴを見送り暫くしてから再度彼女達を見る、何か言いたそうだな。

 

「エルナ様、父上とインゴの訓練内容について話し合う必要が有りそうです。この二ヶ月でレベルを14に上げている、努力は実を結び基礎は向上している。後は精神面の鍛練です」

 

 二ヶ月前は一桁だったレベルを倍近くに上げている、インゴの年齢でレベル14は平均以上だ。

 かなりの密度の鍛練を熟しているのは想像に難しくない、後は精神面を鍛えれば一人前の騎士になれる。

 

「あの子には苦労を掛けてしまい不甲斐無い母親と思うでしょう、ですが旦那様も性急過ぎるのです。

リーンハルトさんからも旦那様に少し鍛練を減らす様に言って貰えませんか?インゴが不憫でなりません」

 

 インゴの落ち込みは父上からのスパルタな鍛練が原因か、ならば僕の言葉は逆効果で追い込んでしまったか?

 泣きそうなエルナ嬢を見れば父上は、一人残された息子に少し過分な鍛練をさせているのか?または成果が出ずに辛く当たってるのか?

 

 ソファーに深く座り深呼吸をして気持ちを落ち着かせる、父上を焦らせた原因の半分以上は僕だな。

 同じ息子の差が大き過ぎるから少しでも埋めてあげたいのだろう、成人前に一人前の強さを持たせられれば……

 

「分かりました、なるべく早く時間を作って話し合います。インゴには猶予が二年間近く有ります、成人時には一人前の騎士になれる素質も有りますから少し余裕を持たせましょう」

 

「そうですね、未だ十三歳なのです。未だ母親に甘えても良い歳なのに……」

 

 ああ、遂に泣かせてしまった。ハンカチを目元に当てて涙を拭いている、僕は残した家族を不幸にしてしまった。

 

「僕に出来る事は遠慮無く言って下さい」

 

 む、この一言を聞いた時にアシュタル嬢とナナル嬢の目が細まった、何か言質を取ったぞみたいだ。不味いな、この話題は一旦止めて他の話題を……

 

「リーンハルト様、実は私達から提案が有ります」

 

「お互いに損は無いと思いますわ」

 

 間髪置かずに攻めて来た、この為の同行となると提案自体はエルナ嬢も知ってるな。さて、どうするか?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 お茶会から僅かな間で新貴族男爵となり、一ヶ月後にはドラゴンスレイヤーの称号を得て宮廷魔術師第七席まで上り詰めた少年魔術師を見詰める。

 当初の計画では宮廷魔術師になる事を協力する事で側室になる予定だった、しかしツインドラゴンとアーマードラゴンを単独で九体も倒すという、誰もが認める偉業で宮廷魔術師第七席を勝ち取った。

 この最年少で魔術師の頂点を極めた少年の弱点は家族、誰よりも家族を大切にしている事から切り崩すしか私達が側室になる事は出来ないわ。

 宮廷魔術師は無条件で伯爵扱い、私は新貴族男爵の娘、身分差から良くて側室悪ければ妾、でも他の連中に嫁ぐよりは遥かに好物件、そして遂に望んでいた言葉を言った。

 

「リーンハルト様、実は私達から提案が有ります」

 

「お互いに損は無いと思いますわ」

 

 私の言葉にアシュタルが続く、此処で私達の存在をアピールしなければ高嶺の花として接点が無くなる。

 何としても提案を受けて欲しいのだが笑顔を張り付けた彼の雰囲気が変わった、これが最年少で魔術師の頂点に上り詰めた男、少年と侮るのは駄目ね。

 

「何でしょうか?」

 

 笑ってるのに笑ってない、私を見透かす様に目を細めている、エルナ様は気付いてないけど私には分かる、この少年は普通じゃない。

 

「インゴ様に辛く当たるのはアルノルト子爵家と聖騎士団員の一部、私達は聖騎士団員の方は対処出来ます」

 

「なる程、相手の名前さえ教えて頂ければ僕の方で対応します。僕はライル団長やジョシー副団長、他の団員の方々とも面識が有りますから大丈夫ですよ」

 

 そうでしたわ、練兵場で一対十の模擬戦に勝って聖騎士団員の方々にも認められていたわね。

 名前を言えば私達よりも早く上手く解決してしまうわ、どう切り返しましょう。

 

「余りリーンハルト様が介入する事は薦められませんわ、インゴ様に知られた時に余計に悲しみます」

 

 アシュタルの言葉に追従する、対応が早く上手くても最終的にはインゴ様の受け取り方次第だわ。

 

「そうですわ、コンプレックスの対象に事を納めて貰うなど屈辱的です」

 

 やはり屈辱的の言葉に張り付けた笑みが僅かに崩れた、自分の存在が愚弟を追い込んでいるのを理解しているのね。

 暫く考え込んでいる、メリットとデメリット、それに成功率を天秤に乗せている筈だわ、結果どちらに傾くかしら?

 

「お気遣い有難う御座います。確かに僕が直接動いてはインゴが引け目を感じてしまうでしょう、でも貴女達にお願いしても結果は変わらない。

僕に頼まれた貴女達が解決する、彼も貴族の嫡男として女性に助けられる事を良しとはしないでしょう」

 

 出来の普通な弟のプライドを考えると納得してしまう、対外的な事を身内が処理するか身内から依頼された女性が処理するか……

 貴族の男子として最悪どちらを避けるか、当然後者よね。

 

「ふぅ、この提案は負けですわね。インゴ様を不当に扱う相手のリストをお渡ししますわ」

 

「勝ち負け?有難う御座います、金銭的な御礼で対応させて下さい」

 

 第一戦は負け、しかも御礼は金銭的でと念を押されて丁寧に頭まで下げられては無理は言えない。

 しかも情報の価値は低い、最悪は本人に聞けるしリーンハルト様の立場なら他にも伝手が有るから困らないだろう。

 でもリストの中には私達に言い寄る連中も含まれているわ、私達がリーンハルト様に擦り寄っているのは周知の事実、そんな彼等に圧力を掛けるとなれば当然反発するでしょうね。

 中々私達の思う様には事が運ばない、若いのに中々の強か者だわ。

 


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