古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第236話

 デスバレーから王都に帰って来た、一人で指名依頼を熟していた有る意味自由な一ヶ月間を終えた。

 此処からはエムデン王国の貴族として男爵として、また宮廷魔術師に挑む者として行動しなければならない。

 

 既に冒険者ギルド本部には指名依頼達成の報告をしたので数日の内に連絡が有るだろう。

 そして驚いたのが新規に宮廷魔術師を増やす為の試練として幾つかの依頼が有る事が広まっている、つまり宮廷魔術師候補者が誰か知っているのだ。

 故に僕と縁を持とうと接触が多く、ジゼル嬢が週一の頻度で僕の屋敷に行ってある程度の仕事を処理してくれたそうだ。

 

 親書は未開封だが御祝いの手紙や贈り物に関しては、執事のタイラントと相談して返事やお返しの品をライラック商会を通じて贈ってくれたそうだ。

 流石に祝いの品を貰って一ヶ月放置は失礼だ、僕への手紙に書かなかったのは心配事を減らしたかったからと言われては感謝の言葉しか出て来ない。

 

 あの池の辺(ほとり)でのお茶会の後、格式張った夕食を終えて部屋に通された、今夜は泊まっていけって事だな。

 

「久し振りにマナー重視のディナーは疲れた……」

 

 ベッドに仰向けに寝転ぶ、天蓋付きの豪華なキングサイズのベッドはフカフカだ、身体が沈み込むが均一に支える強度も有る、内部に仕込まれたスプリングの効果だろう。

 

 部屋付きのメイドさんには退出して貰った、前にヒルデガードさんは『メイドは空気と思って下さい』と言ったが無理だな。

 暫くはボーッと天蓋を見詰めていた、こんなにリラックスしたのは久し振りだ……

 

『リーンハルト様、起きていらっしゃいますか?』

 

 数回のノックの後に声を掛けられた、アーシャ嬢だが何か有ったのか?普段ならヒルデガードさんが呼びに来るのだが?

 

「はい、起きてますよ」

 

 ベッドから起き上がりドアを開ける、そこには夜着の上からショールを羽織ったアーシャ嬢が一人で立っている。

 

「こ、今晩は、リーンハルト様」

 

「どうかしましたか?」

 

 時刻は未だ九時前だが部屋に招くか判断に悩む、疚しい考えは無いのだが夜に未婚の令嬢を部屋に入れて良いのか?

 

「その、今夜は満月で凄く綺麗なのです。ご一緒に月見をしませんか?ルーテシアやジゼルも待ってますわ」

 

「月見?今夜は満月か……」

 

 窓から差し込む月の明かりは強い、満月だったか。

 

「それは嬉しいお誘いですね、でも男が参加しても良いのかな?」

 

 月見や花見は女性用のイベントだと思ってた、男性は狐狩りとか模擬戦とか身体を動かす事だな。

 

「お父様や兄様方は月見よりも、お酒か模擬戦を楽しむのです」

 

 うん、分かるよ。この一族の男子は戦闘狂の集まりだから優雅に花見や月見はしない、酒が絡めば大歓迎だと思うけどね。

 

「それじゃ少しお邪魔しようかな」

 

 貴族的華やかさを求める女性陣と戦いに重きを置く男性陣の差だろう、僕は中間だな。

 そのまま二階のベランダに案内された、デオドラ男爵の令嬢三人とお付きのメイドが三人、珍しく白ワインを飲んでるな。

 

「珍しく月見酒ですか?」

 

「ええ、少し寝苦しくて。それで皆様をお呼びしたのです」

 

 どうやらジゼル嬢が主催したみたいだ、珍しい事だが折角お誘いを受けたので楽しむか。

 

「池に写り込む月が綺麗ですわね」

 

「ええ、本当に綺麗……」

 

 確かに広い池に月が写り込み双子の様な月見が出来る、綺麗では有るが物寂しげでも有る。たまには戦闘以外の魔法を見せても良いかな?

 

 ベランダの手摺りに身を寄せる、椅子から立ち上がり移動した事を皆が気にして注目する。

 

「魔力による光球にも種類が有るのです、月の光の元で輝け魔力の光、ライティングよ!」

 

 自分の周囲に百個の白色の光球を浮かべる、勿論光量は抑え目にしている。

 夜風に乗せて光球を池の方へと飛ばしていく、風に乗った光球は水面の上を漂う、写り込みを入れたら二百個の光球が幻想的な空間を作り出した。

 

「綺麗、まるで満天の星空を上から眺めているみたい」

 

「初めて見ました、こんな魔法も有るのですね」

 

 概ね好評みたいだ、均等な距離で統一した動きをする光球の舞踊に暫くの間見入る。最後は池の中心に集めて渦を巻かせて天に上らせた……

 

「これにて閉幕です、さぁ夜更かしは美容の大敵ですから部屋に戻りましょう」

 

 僕の言葉に我に返ったのか拍手を頂いた、只のライトの魔法の応用だが楽しんで貰えたみたいだ。

 翌日、奥様方から猛然とリクエストを貰った、何故そんな素敵イベントを娘達だけに見せるのかと、私達も見たかったそうだ。機会が有れば何れまたとお茶を濁しておいた。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 エムデン王国の王都に帰ってから二日目、例の小型ドラゴン種の事を報告しに冒険者ギルド本部を訪ねた。

 あのドラゴン種には正式に名前が着いていた、『シザーラプトル』と言う集団戦を得意とする単体でも強いドラゴンらしい。

 討伐数も少なく『竜殺し』のドガッテイでさえ一体しか倒せなかった凶悪モンスターだ。

 

 研究の為にと冒険者ギルドが金貨七千枚で一体引き取ってくれた、残りは迂闊に売らない様に言われたがサリアリス様と研究する事になるだろう。

 ドラゴン種狩りは見返りが半端無いが暫くは大量供給により市場は荒れるだろう、流石にドラゴン種を合計二十五匹はやり過ぎたか?

 

 それと今朝から王都の中央広場では近年久し振りのドラゴンスレイヤーの誕生に沸いていた、僕の譲ったアースドラゴンが展示台の上に置かれている。

 僕より先に発表したんだな、後だと比較されて称賛は得られないが先なら僅かな間は持て囃される。

 すると僕の発表は三日後位かな?

 

 嬉しそうにアースドラゴンの隣に立って周りから拍手をされているのが、現宮廷魔術師団員の筆頭ビアレス殿か。

 遠目で見ても中々の魔力制御だな、実家の資金力で得た称号だが財力も自分の力には違いない、だから有りだ。

 

「今はその栄光を独り占めにして楽しんでくれ、多分だがサリアリス様辺りの入れ知恵だな。比較対象の差が激しいと民衆も更に沸くだろう」

 

 早くイルメラとウィンディアに会いたいので辻馬車を拾って自分の屋敷に向かった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 殆ど一ヶ月振りの帰宅だ、帰りは強行軍だったので連絡は出来なかったが昨日の内に伝言は頼んでおいた。

 故に今日帰って来るのは知っていたのだろう、馬の鳴き声が聞こえただけで玄関が開いた。

 

「お帰りなさいませ、リーンハルト様」

 

「お帰りなさい、リーンハルト君」

 

 会いたかった二人が飛び出して来た、流石にメイド服は着ていない、少し地味だが普通の貴族の服装だ。

 

「ただいま、二人共元気そうで安心したよ」

 

 優しく笑う二人の後ろにはタイラントが控えている、更に四人の男女が並んでいる。

 

「お帰りなさいませ、リーンハルト様」

 

「ただいま、タイラント。彼等が新しい使用人かい?」

 

 メイド服の二人、一人は二十代後半の落ち着いた感じの女性だ、金髪碧眼で癖の無い髪を肩の上で切り揃えている。

 もう一人は若い、同い年位だろうか?彼女も金髪碧眼だが少し癖の有る髪をバレッタで纏めている。こちらは好奇心一杯な目を僕に向けているな。

 

「はい、彼女達が新しく雇ったメイドです。彼女がメイド長のサラ、隣がメルティです。二人共、リーンハルト様に挨拶をしなさい」

 

「サラです、宜しくお願いします」

 

「メルティです、宜しくお願いします」

 

 名前以外は同じ台詞だが落ち着いているのと元気一杯と両極端だ。

 

「ええ、お願いしますね」

 

「それと彼等がコックとして雇いました、コック長のナフサとフォルスです」

 

「ナフサです、後で食べ物の好き嫌いを教えて下さい」

 

「フォルスです」

 

 一礼して自己紹介をしてくれたがフォルスは緊張してるみたいだ。

 

「基本的に食べ物で好き嫌いは無いな、後はイルメラに聞いてくれ」

 

 料理関係で一番詳しいのはイルメラだ、多分だが僕本人よりも詳しいだろう。新しい使用人達を迎えて漸く僕の屋敷も機能し始めた、後は庭師を呼んで手入れと少し四季の花を増やすかな。

 

「じゃ執務室に行くか、一ヶ月間放置だし色々と仕事が溜まってそうで怖いな」

 

「ジゼル様が定期的に訪ねて下さり急ぎの物や重要度の低い物は処理して有ります」

 

「ああ、聞いてるよ。でも親書の類は手付かずだろ?」

 

 あの手の手紙って貴族的マナーに則って返事を書かなきゃ駄目だから気を使うんだよ、正直に言えば面倒臭いが体面重視の貴族社会では避けては通れない。

 タイラントと何故かイルメラとウィンディアが付いて来る、手伝うつもりか?

 僕の執務室は自分の机と壁一面の本棚、それとソファーセットだけしかない。

 基本的には自分だけの仕事を熟すだけだから広さや華美な装飾は不要、机の上には処理済みの書類と未処理の書類が綺麗に分けてある。

 先ずは処理済みの書類に目を通す、誰にどんな対処をしたか知っておかないと駄目だから……

 

「ふむ、祝い品と手紙か。知らない連中ばかりだな、ジゼル嬢の直筆で手紙の最後にコメントが書かれている、重要度は低いか……」

 

 処理済みの書類の内容は大体理解した、誰かに聞かれても受け答えは大丈夫だ。

 次に親書だが、ローラン公爵にバーナム伯爵、それにエルナ嬢にメディア嬢、後はサリアリス様とバルバドス師からだな。

 

「ローラン公爵からだな、何か問題でも有ったか?」

 

 厳重な蝋封を破り手紙を取り出す、内容を読み進めると来週サリアリス様が屋敷に訪れるので息子のヘリウス様に会いがてら遊びに来いって事だが、普通は公爵家に気軽に遊びには行けない。

 

「あの並んで立たれても困るからソファーに座っててくれるかな?」

 

 注目されるのも困る、だが一ヶ月振りだから仕方ないか。別に嫌でもないので手紙を書く、先ずは挨拶から始まり喜んで訪問させて貰う旨を書き、締めの言葉を綴る。

 インクが乾くのを確認してから丁寧に畳んで封をして完成、この間三十分は掛かっている。

 

「イルメラ、紅茶と甘いお菓子が欲しい」

 

「はい、直ぐにご用意致します」

 

 ウィンディアが物欲しげに僕を見るが、未だ頼める仕事は無いんだ。バーナム伯爵の親書は派閥へのお披露目の日程と詳細だけだ、こちらは事務的な返事でも良いかな。

 

「ウィンディア、代筆を頼む。バーナム伯爵に派閥お披露目の件、了解したと返事を書いてくれ」

 

「任せて、私だって多少はアルクレイド様の手伝いをしてたんだからね!」

 

 広い執務机の角に椅子を用意して書き始めた、後で内容はチェックしよう。

 

 次はエルナ嬢か、家族の手紙だから問題は無いだろ……う?いや、えっと、屋敷に遊びに来るのは歓迎だがインゴの側室相談って何だろう?

 僕だけじゃ飽き足らずに弟にまで側室や妾を探しているのか、大変だな我が弟殿も……

 イルメラの煎れてくれた紅茶をストレートで飲みクッキーを食べる、前に食べたジンジャークッキーだ。

 

「美味いな、イルメラの手作りだろ?」

 

「はい、料理はナフサさんにお願いするので、せめてお菓子くらいは作ろうと思って」

 

 ジンジャークッキーの二枚目を食べる、僕の好みを熟知してるだけは有る。エルナ嬢の手紙は歓迎する事と希望の日程を聞く事にする、三日後位から忙しくなりそうだ。

 

「これはメディア嬢の手紙か……」

 

 警戒しながら読むが特に何か問題事とかお願い事ではない、前に尋問をお願いした『リトルガーデン』のベルリーフさん達だが悪意ある調査とかでは無かった。

 普通にライバルになりそうなパーティを調べていたのか……

 

「最後に大問題が書いて有ったぞ」

 

 レティシアがゼロリックスの森に帰り後任のエルフが来たが、適当に鍛えてやれって引き継ぎを本当にしたらしい。

 今度紹介しますので楽しみにして下さいって、距離を置きたいから楽しくは無いな……

 

 バルバドス師の屋敷に行くと鉢合わせしそうだな、だがバルバドス師からも親書を貰ってるので会うのは近いかも。

 


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