「おい、イヤップの奴、簡単に負けやがったぜ」
「そうね、負けたわね。大口叩いた癖に恥ずかしいくらいに完敗だわ」
自分の実力を過信し格下と思っていた相手に完敗して茫然自失とか恥の上塗りじゃない。最近噂になっていたバンクを攻略する少年と少女、魔術師と僧侶という珍しい二人組。
そして後衛職だけで迷宮攻略を可能にする秘密は魔術師がゴーレム使いだという事だった。
ゴーレム使い……この言葉は私達にとっては特別、何故なら宮廷魔術師団の中で唯一のゴーレム使いだったバルバドス先生の……バルバドス塾の門下生としては噂の相手の実力を知りたかった。
故にゴーレム使いとしては中々だが頭が悪いイヤップを唆して嗾(けしか)けたのだが……
「あの少年、凄い強いな。イヤップのヘカトンケイルが相手にならないなんて……俺だって負けはしないが瞬殺は出来ない」
「そうね……ゴーレムに素早い動きをさせるなんて、どうやってるのかしら?ゴーレムは動きは鈍いが頑丈さと力強さが普通よね?」
ゴーレムの特性は攻撃と防御には秀でてはいるが機動力は低い、だから如何に長所を伸ばすかが課題なのだが……
あのゴーレムは短所を克服している、バルバドス先生とは別のアプローチで。
ゴーレムが二本足で素早く走るとか普通無理よ、それに人間みたいな凄い滑らかな動きをするし……一体構造にどんな秘密が有るのかしら?
「アイシャ、俺は奴に挑むぜ。負けるとは思わないが黙って見過ごす事も出来ない。もし俺が負けたら先生に報告して敵を討ってくれ」
「ダヤン、貴方……」
一方的に弟子が仕掛けた喧嘩にバルバドス先生を引っ張り出すの?何て恥知らずな男達なんだろう。止める間もなくダヤンは野次馬の輪から飛び出して行ったわ。
「馬鹿な男ね……貴方程度で勝てる訳ないのに、バルバドス塾の名前に泥を塗るのね」
彼と仲間だって事は周りの野次馬は知っているので、不自然にならない動きで場所を移動する。勿論戦いは観察するけど敵討ちなんてゴメンだし、馬鹿騒ぎに巻き込まれるのもお断り。
あの少年とは敵対せずにゴーレムの秘密を教えて貰った方がメリットは大きいのに、変なプライドが邪魔をするのかしら?
下手したらあの少年の方がゴーレムについてはバルバドス先生よりも……それはないかな。
せめて少年の師匠が誰なのかだけでも教えて貰えれば、何としてもその人に弟子入りするのに。
◇◇◇◇◇◇
馬鹿とは言え同門が負けたと有れば敵は討たねばならない、それが男だ!
「待てよ、勝ち逃げは良くないなぁ」
自分でも恥ずかしい自覚は有るが立ち去る少年に声を掛ける、俺の呼び掛けに心底嫌そうな顔をしやがった、コイツは気に入らないぜ!
野次馬達も新しい挑戦者の乱入にワクワクしてやがる、一部では賭けまで始めやがった。
「何ですか貴方は?彼の言う残り二人の内の一人ですか?」
イヤップの奴、そんな事まで教えたのか?
「そうだ!我こそはバルバドス塾の三羽烏の内の一人、ダヤン!そこのイヤップの兄弟子だ。
弟分を倒されたとあっては黙ってられないぜ。お前、俺と正々堂々と勝負しろ!」
指を差して挑発するが、どう出るか……連戦を不利と思い仕切り直すか?ん?下を向いて震えてるな、何だよ俺が虐めてるみたいだな。
「全く、一方的に喧嘩を仕掛けてきて負ければ直ぐ次が出てくるとは……しかも正々堂々だと?
連戦させて良く言うな卑怯者め。早くゴーレムを召喚して下さい、相手になってやる!」
おっと、正々堂々と俺の挑戦を受けるんだな。可哀想だが俺はイヤップみたいに弱くはないぜ!
「行くぜ、俺の呼び掛けに応えよ、古の神の化身……タイタン!」
周囲の魔素を取り込み俺のゴーレムを召喚する。
イヤップと違い飾りを省きゴーレムの長所を伸ばす事にした攻撃と防御に特化した我がタイタンに傷を付けられるか?
簡素な外観だがイヤップのヘカトンケイルより強度は三倍、手に持つモーニングスターはお前のゴーレムなど一捻りだ!
所詮お前のゴーレムは、機動力を高める為に軽量化したと見た。つまり攻撃力と機動力を生かし防御を捨てた欠陥ゴーレムなんだ!
完成した一体の巨大ゴーレム、複数操作は無理だが単体にする事で精度を上げる事が出来る。
「どうだ、これが俺のゴーレム、タイタンだ!
お前のゴーレムじゃ傷を負わせるのは無理だ、大人しく負けを認めれば許してやるぞ」
俺はイヤップみたいに卑怯な条件は付けない、負けを認めれば……
「僕が勝てば二度と僕達には干渉しない、バルバドス塾の連中も同じで良いですね?」
俺に勝てると?馬鹿め、機動力を生かして逃げ回ってもダメージを与えなければ勝てないんだぞ。
「良いだろう、お前が勝てばバルバドス塾の連中は干渉しない事を約束するぜ。だが俺が勝てばイヤップに謝って奪った金も返すんだぞ」
万が一俺が負けたらバルバドス先生に報告しろって言ってしまったが、負けなければ良いんだよな。
「一方的に喧嘩を売ってきて条件を付けて貰った物を奪ったですか?屑鉄ゴーレムの癖に妄想ばかりほざくな、馬鹿が!」
妙に怒っていて凄いプレッシャーを掛けてくるな……確かにイヤップは一方的に難癖を付けたが、俺は仲間の敵討ちの為にお前に勝負を挑むんだぞ!
俺の挑戦には正当な理由が有るのだ。
「ならば証明してみせろよ!その貧弱なゴーレムで俺のタイタンを倒せるかをよ!」
奴のゴーレムは170㎝程度、俺のタイタンは300㎝を超える。装甲の厚みは最大30mm、人間では動かす事が不可能な重装甲だ!
その分行動には制限があり動かない部分も有るが、例え両手持ちアックスとは言えダメージなど……
敵は三体で動きも素早いが、近付いた時に武器で払えばカウンターでダメージが与えられる筈だ。
「馬鹿な……タイタンが分解された……だと?」
タイタンが両手で武器を構えた瞬間、奴のゴーレム三体が突っ込んできて両手と右足の関節を砕きやがった、速くて反応出来ない。
そして倒れたタイタンをタコ殴りだ、起き上がれと指示しても操作してもピクリとも反応しないぞ。まさか俺のタイタンが30秒も保たないなんて。既にタイタンは屑鉄の山と成り果てた……
ガックリとその場で膝をついた途端、周りから奴を讃える拍手喝采が巻き起こる。畜生、完敗だ……だが直ぐにバルバドス先生が僕等の敵討ちを……
◇◇◇◇◇◇
バルバドス塾の三羽烏って事は、もう一人居るんだよな……どうして勝手に突っ掛かってきて負けると茫然自失になるんだ、この連中は?
態度からして貴族っぽいんだが、残念ながら家名が分からなければ駄目だ。下の名前だけじゃどの派閥の誰の息子か分からない……
「もう一人居るだろ?バルバドス塾の三羽烏の最後の一人が……誰か彼等の仲間を知りませんか?」
野次馬をグルリと見回してみるが分からない、ゴーレム使いなら魔術師だろうと思い探して……
「この子だ!この子が二番目の挑戦者と一緒に居たのを見たぞ」
「違うわ、私はそんな恥ずかしい連中とは違います!」
「いや、だって話してたじゃないか!俺が負けたらバルバドス先生にって……」
野次馬の一角が騒がしい、女の子を中心に何か言い争っているな。女の子は魔術師のようなローブ姿でなく普通の貴族子女のお出掛け服だ。
美人ではあるが気の強そうな吊り目をした苦手なタイプだ、出来れば関わり合いになりなくない……
ああ、周りの圧力に負けて野次馬の輪から押し出されたな。
「お、おはようございますわ……」
普通に挨拶してきたが照れなのかバツが悪いのか頬を赤く染めて目線は逸らされた。流石に二連敗じゃ恥ずかしくもなるか……
「おはようございます。先の二人のお仲間の方ですね?」
「仲間ではありませんわ……同門では有りますが、三羽烏なんて恥ずかしい集団には入ってません。
それは自称であってバルバドス先生も認めてません、バルバドス塾にはもっと高レベルの門下生が沢山居ます」
そういえば三羽烏とは初めて聞く名前だな、烏とは賢くて仲間意識の強い鳥だと記憶している。つまり彼等は自分達が賢く仲間を大事にする集団だと言ってるのか、しかも自称って恥ずかしいだろ?
コイツ等よりも強い門下生も沢山居るのか……バルバドス塾、調べる必要が有りそうだな。
「二番目の彼から言質は取っています。貴方達バルバドス塾の関係者は今後一切僕達に関わらないと……
それで良いですよね、貴方は他の野次馬と違って決闘の立会人なのですから」
責任の一端を負わせて口封じを試みる。
貴族の決闘とは今は形骸化しているが昔は良く行われていたそうだ、結局は代理人制度が認められた時点でお金の有る方が強い奴を雇って勝つ様になり廃れていったが……
「立会人?私がですか?」
「そうです、僕は一方的に連続で決闘を挑まれたのです。そして各々が条件を付けて戦い、僕が勝った。だから守ってほしいのです、僕達には今後一切関わらないと。周りの野次馬は証人です」
周りの野次馬を見回して言ってみたが効果は無いだろう。所詮貴族は爵位と金がモノを言う世界だから、最下位の新貴族の男爵の息子だと大した力は無い。
後は彼等のプライド次第だな……彼女の言葉に周りの野次馬も注目する、なんだかんだと100人近い人集りが出来てたからね。
「分かったわ……
今回の件はバルバドス先生にも報告しないし、今後一切この馬鹿達は貴方達に関わらせない。それで良いかしら?」
バルバドス塾全体でなくて三羽烏のみに適用する約束になってしまったな。だが元々バルバドス先生とはスカラベ・サクレの記憶では元宮廷魔術師の一員。
僕や父上よりも爵位も影響力も格上だからバルバドス先生を巻き込んでの約束は無理か……この勝ち気な女性は中々頭が切れるな。
幾つも逃げ道を用意した言い回しをするのが嫌らしいが貴族らしいと言えば当り前なのだろう。
「あの二人だけでなく当然ながら貴方もですよね?ならばOKです」
「私もですか……私は個人的に貴方と仲良くなりたいわ、駄目かしら?」
無理して微笑んでくれたが、アレは昔良く見た取り入りたい連中の浮かべる上辺だけの笑みだ。この女が二人をけしかけた黒幕かも知れないな………
「いえ、傍観していたので貴方も同じです。もう僕達に関わらないで下さい」
ペコリと頭を下げてその場を立ち去る。最後の女から言質を取らなかったのは、取れなかっただけだ。所詮は約束をしたのは二番目の男だけだから、基本的に彼女が僕達に接触する事を止められない。
他人が勝手に約束した事を守る義理は無いので無意味に近い。
だから周りの野次馬を証人にしてみたが、約束を守ってくれれば儲け物程度に考えておこう。必ず近い内にバルバドス先生本人から接触が有るんだろう。
このままで終わりなんて事がないのが世の中の不条理なのだから……
◇◇◇◇◇◇
漸く迷宮内へと入る事が出来た。全く毎日面倒事ばかりが増えていくよな……
「リーンハルト様、賭けは成立しなかったみたいですよ」
「賭け?何の?」
残念そうなイルメラに説明を求める、何時の間に賭けの対象になってたんだ?
「あまりに皆さんがリーンハルト様に賭けるので胴元の利益が出なかったみたいです。
掛け金の全額から胴元の利益を引いて勝った方に分配するんですが、配当金が掛け金を割り込んだんです。
皆さんリーンハルト様の素晴らしさを知っているのですね」
胴元の取り分って30%だっけ?つまり掛け金の総額から30%も利益を引いたら僕に賭けた人に利益が回せなくなったのか……
胴元は自腹を切らないから賭けは不成立ね。胴元が必ず儲かる仕組みになってるのね、ギャンブルって怖いな。
僕は賭け事はしないようにしなければ駄目だ。
転生の秘術では『分の悪い賭けは嫌いじゃないぜ』とか言って賭けに勝ったんだから、次は外れると思った方が良い。
前は自分だけだったが今は仲間がいるのだから、無理をしては駄目だよな。
隣をニコニコしながら歩くイルメラを見て、多分だが両方が各々の保護者と思っているんだなと感じた。
彼女も僕の事を手の掛かる弟だと思ってるだろうし、僕も肉体年齢は別として人生トータルは二倍以上生きてるから彼女に対して娘みたいな感覚だし……
随分とお互いの感じ方に開きがあるのに上手く行ってるんだなと可笑しく思う。
「リーンハルト様、何か楽しそうですよ?」
彼女の問いに微笑みで応えた……