古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第227話

 三日目、大雨の為に探索を断念し午前中は二度寝した、昼食はアクアさんに誘われた、何たる堕落の充実振りだろう。

 昼食もオーナーお勧めの牛タンシチューに舌鼓を打つ、流石はお勧めで美味い、幸せな一時(ひととき)だな。

 サラダに牛タンシチューと焼きたてパンと品数は少ないがボリュームは満点だ、デザートの焼きプリンが食べ切れるか心配だ。

 そんな贅沢な悩みを抱いていた時に突然の凶報が来た、伝えたのは自警団の若者だった。

 

「この雨で穴掘りしていた馬鹿共が埋まった、応援を頼む!」

 

 扉を開けて飛び込んで来たが、村中の連中に伝えるのだろう、直ぐに他の場所へと行ってしまい詳しい事情が分からない。

 昨日の内に落とし穴の件はマダムに伝えたが、それが広まってる前提か?

 

「どうするの?」

 

「応援には行くよ、多分だが土属性魔術師の僕が一番有力な応援だ。だが水と土に埋まったら助かる確率は低い」

 

 ボルガ砦の守備兵達は岩盤が崩れて隙間が有った事と洞窟が奥にも続いていたから酸欠にはならなかった。

 だが今回は竪穴に水と土だ、生き埋めと言うよりは溺れた方が近い表現だな。

 

「アクアさんは待機だ、応援に行っても手伝える事は少ない。マダムに僕が応援に行ったと伝えてくれ、自警団の要請を受けて応援に行ったとね。後はマダムの指示に従ってくれ」

 

 直ぐに宿屋を飛び出して馬ゴーレムを錬成し飛び乗る、気休めに防水加工を施したマントを羽織り駆け出す。

 時間との勝負だが正直厳しい、自警団が知らせを聞いたのも崩れてから暫く経っている筈だし……

 

 途中で何人かと擦れ違う、逃げ出した連中か?応援に向かう追い越した連中は居ない。

 全力で馬ゴーレムを走らせて現場に到着した、何人かは引き上げられて地面に寝かされているが既に事切れている。

 馬ゴーレムから飛び降りて問題の落とし穴に近付く、既に沼と化しているな……

 

「行方不明は、あと何人居るんだ?」

 

 近くで膝を付いている男に話し掛ける、口を開くと容赦無く雨水が入り込んでくる、既に全身ずぶ濡れだ。

 

「分からん、逃げ出した奴もいるから……」

 

 途中で擦れ違った連中か、全体数が分からないと行方不明者も特定出来ないんだぞ。だが人力で掘ったんだ、そんなに深くはない筈だ。

 大地に両手を付いて魔力を深く染み込ませる、固い土と水混じりの泥との区別は簡単だ。穴の大きさは大体だが10m×10mで深さは4m、頑張って掘ったんだな。

 泥の中に岩や泥と違う浮遊する物体が四つ、動いてはいないが多分だが人間だ。

 

「見付けた。四体、いや四人か……」

 

 魔力を送り込み個体の周りの泥を操る為に制御を伸ばす。ヨシ、掴んだ。

 魔力を練り込み個体を包み込む様にして上へと押し上げる、泥から押し上げた四つの反応はやはり人間だったか。

 そのまま土で出来た手で包んで地上へと下ろした、激しい雨が泥に塗れた身体を綺麗に洗い流して行く。

 

「遺体は四体、既に引き上げられた遺体は六体、合計で十体、いや十人が死んだのか……」

 

「魔術師殿、他には?」

 

 この人は確か最初に会った人だ、自警団が救助に来て仲間と思っていた冒険者達は逃げて行った、これが冒険者の負の面だ。

 全ては自己責任、依頼を請けたからには怪我や事故も自己責任、例えばドラゴン討伐を請けた僕も返り討ちされても依頼人は悪くない。

 

「反応は有りませんでした、彼等は依頼を請けて事故死扱いでしょうか?一応冒険者ギルドに問合せてみた方が良いのかな。

どちらにしろ僕に出来るのは此処までです、この大惨事の原因は……大体分かりますが」

 

 穴の周りに土留めで使っただろう石や板が散乱している、多分だが雨が降る前に掘った穴に土が流れ込むのを止めたかったんだろう。

 土が流れ込めばまた掘らないと駄目だが雨水だけなら放っておけば大地に吸われるか自然に乾燥する。

 十時過ぎに降り出した雨が簡素な土留めを壊して流れ込んだ、自分達では無理だと思い助けを呼びに行ったのが十一時過ぎだろう。

 そして自警団に泣き付きワーズ村全体が救助に動いた、間に合わなかったけどね。

 遺体を火葬するか土葬するかは分からない、多分だが身ぐるみ剥いでワーズ村の自警団が土葬するだろう、ギルドカードだけは冒険者ギルドに返却かな?

 

「ああ、後は我々が引き受けた」

 

「哀れな冒険者達の魂に、モアの神の祝福を……」

 

 家族や知り合いに看取られずに知らない人達に葬られる、いや葬られるだけマシか、最悪はモンスターの餌だからな。

 後続の救助隊が集まり始めた、もう僕に手伝える事は無い。

 

 馬ゴーレムでワーズ村へと帰る、途中で何人かの村人に会い事情を説明した。

 人助けを誇るつもりは無いが自分の行動をはっきりとさせとくのが重要、僕は自警団の要請により埋まっていた四人を救助した。

 

 ワーズ村に到着したが雨の勢いは衰えない、未だ降り続くだろう。

 多くの村人が救助に向かった為に更に閑散とした村の中を進み『陽炎の栄光亭』へと向かう、酒場だけが賑やかなのは死にそうになった連中が酒で恐怖を紛らわしているのだろうか?

 

 扉を開けて中に入る、防水加工を施したマントを羽織っていても全身ずぶ濡れだ、滴り落ちた水滴が床を濡らす。

 

「お帰り、無事で良かったわ」

 

「あらあら、すっかり濡れてしまって。お風呂の準備は出来てますわ」

 

「有難う御座います、ですが先に報告だけしますね」

 

 髪の毛を拭いただけでタオルもびしょ濡れだ、マントを脱いで空間創造に収納する。マダムが気を利かせて用意してくれた熱い紅茶のんで漸く人心地がついた……

 

「被害は十人、既に六人は救助され僕が残り四人を救助しましたが全員間に合いませんでした。

詳細は自警団が中心となり動いているので、そちらから報告が有るでしょう。

原因は雨が降る前に落とし穴の周りに土留めを作りたかったが間に合わず崩壊、穴の中に落ちて溺れたのでしょう。

大事な事は依頼主である『忘却の風』は誰も現場に居なかった」

 

 長い説明を終えて紅茶を飲む、マダムがお代わりを注いでくれる。

 

「依頼書が有れば依頼主は不在でも仕方ないわね、悪い言い方だけど自己責任よ」

 

「奴等は宿屋にずっと居たわ、特に救助もしていない」

 

 穴掘りを監督する義務は無く立ち会う必要も無い、依頼を請けたら条件に見合った働きをすれば良く報酬さえ払えば罪は無い、依頼自体にも犯罪性は無い。

 しかも達成報酬だからリタイアしたら払う義務も無い。

 

「確かに彼等には罪を問えないでしょうね、最初から期待はしてませんでした。

僕は自警団の応援要請に応えて、アクアさんはマダムと情報収集に努めた、この事実が有れば良いんですよ」

 

 そろそろ風呂に入って身体を暖めないと風邪をひきそうだ、マダムとアクアさんに礼を言って浴室に向かった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 翌朝、昨日とは全く逆の晴天、だが大地は水分をたっぷりと含み太陽が照り付けると蒸発する、つまり蒸し暑くなる。

 只でさえ劣悪な環境に蒸し暑さが加わった、だが土埃っぽさは無くなるだろう。

 

「おはよう、良い天気ね」

 

「慣れたつもりだけど気配が無いのはわざとだろ?」

 

 真後ろから声を掛けられた、気配が薄いんじゃなくて全く無い、わざとだな。

 

「つまり私は影が薄い女、酷い事を言うわね」

 

 影じゃない。気配だよ、薄いのは!

 

「途中まで送るよ」

 

 もう噂が広がった馬ゴーレムを錬成し先に跨がってから手を差し出して彼女を馬上に引き上げる、勿論後ろにだ。

 

「移動手段が自前とは便利ね、何故最初は乗合い馬車を使ったの?」

 

「目立つのが嫌だったのと疲れるから、それに馬ゴーレムを丸一日制御するのは大変なんだよ」

 

 実際は思考分割やパターンを組み込んだ制御で大変ではないが、安易に頼らない意味で言う。

 

「ネーミングセンスが無いわ、馬を真似たから馬ゴーレムなんて」

 

 ワーズ村の中はゆっくりと歩かせる、真っ黒だから一瞬なら生きている馬と勘違いするだろう。軍馬みたいに鎧を着せたら区別はつかない造形には自信が有る、動きも滑らかだ。

 

「じゃあ、どんな名前?」

 

「ヒッポカムポス、スレイプニル、アレイオーン、ヒッペー、シルバー、パトリシア、後は……」

 

「ストップ、それ以上は危険な気がするから良いや」

 

 伝説や神話級の名馬の名前など恐れ多くて使えない、シルバーは色だ、白銀製は作れるが派手過ぎる、パトリシアは人名みたいで駄目だと思う、しかも女性の名前だし。

 

「そう?」

 

 ワーズ村を出たので少しスピードを上げる、人間が走る程度にだ。

 前方に例の冒険者集団が見える、数は二十人前後だから三日目には半数か……

 絡まれるのもストレスが溜まるから大きく迂回して先に回る、未だ穴掘りは続けるらしくスコップを持っていたな。

 

「懲りてない、未だ穴掘りを続けるのね」

 

「集中豪雨は連続しては降らないらしいよ、暫くは天気は良いだろう」

 

 依頼を受けたからには達成しないと報酬は貰えない、聞けば冒険者ギルドを経由してない募集扱いらしくギルドポイントは貰えないみたいだ。

 それでもギルドランクを問わない高額報酬に釣られて危険な依頼と知りつつ請ける、ハイリスクでハイリターンたな。

 

「リーンハルト君は境界線から何km進んでる?私は2km位かな」

 

「僕は3kmかな、今日はもう少し踏み込む予定だよ」

 

 どうもワイバーンを餌に誘い出す方法は上手く行かない、アースドラゴンのテリトリーに踏み込んだ方が良さそうだ。

 後ろに乗っているアクアさんが嬉しそうに笑っている、何か楽しいのか?

 

 例の冒険者達と落とし穴の場所を大きく左側に迂回した、彼等との距離は約3km程だ、遠目で見れば穴掘りを再開したみたいだ。

 あの同じ場所を掘るのには何か意味が有るのかな?

 

「止めて、反応が有るの」

 

「反応?敵襲か?」

 

 空にワイバーンの影は無く周辺にアースドラゴンも居ない、地形も平で隠れる場所も無い。

 アクアさんが馬ゴーレムから飛び降りて大地に手を翳している、何かを探しているみたいだ。

 

「此処ね、強い反応だわ」

 

 ダガーを器用に使い穴を掘っている、30cm程掘ると何かの骨が見えた。

 

「アースドラゴンの頭蓋骨?」

 

「そう、結晶化してると思う」

 

 露出した部分を広げて掘り出したがダガーだけでは時間が掛かるだろう、アースドラゴンの頭蓋骨は1m以上有るからな。

 

「手伝うよ、穴掘りは土属性魔術師の得意とする分野だからね」

 

 馬ゴーレムから下りて頭蓋骨に触る、魔力を骨を介して延ばしていく……かなり大型のアースドラゴンだな。

 骨全体を魔力で包み込めた、後は周囲の土に干渉し振動を与えて骨だけを地上へと持ち上げる。

 

「凄く便利な魔法、私には何をしたのかも分からない。流石は土属性魔術師のスペシャリスト、ゴーレムマスターのリーンハルト卿ね」

 

「知ってたのかい?」

 

 僕が男爵と知っていても態度を変えないのは嬉しいが、流石に正体を知られていたのには思う所が有る。

 

「昨日マダムに教えて貰った、貴方を待ってる時に。冒険者の時は普通に接して欲しいとも聞いたわ、コレが結晶化した牙よ」

 

 大きな牙が二本、根元から半分ほど結晶化している、前に見せて貰った物より大きいな。

 その後は器用に全ての牙と爪を取り除いて収納系のマジックアイテムに大事そうにしまった、僅か十分程度の早業だ。

 

「後は要らない、残りの骨も捨て値で金貨五十枚にはなるわ、要る?」

 

「ふむ、牙と爪が無い骨が有ったのは大き過ぎて回収出来ないからか。有り難く頂くよ」

 

 軽く大腿骨に触って空間創造へと収納する、これでアースドラゴン三体分の骨を手に入れた。

 

「便利ね、空間創造はレアギフトよ。私のギフトは『失せ物捜索』イメージした物の位置を知る事が出来るわ」

 

「簡単に秘密を教えては駄目だよ、レアギフトは有効な物が多いから利用されるよ」

 

「信頼の証と思ってくれると嬉しい、君は悪い事はしない、私にはね。さぁ次に行きましょう!」

 

 意味深な事を言ってから先に馬ゴーレムに乗り込んだ、もう暫くは一緒に行動するみたいだな。

 


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