狭い馬車の中で新しく乗り込んで来た男六人の冒険者パーティと早速揉めたアクアさんだが、勧誘をバッサリ切ったが大丈夫だろうか?
僕も同じ様な対応だが実力が圧倒してるからこその拒絶だ、彼女の盗賊職としての実力は未知数だが魔術師としては精々がレベル15程度、とても一人前ではない。
この若い冒険者パーティも感覚から言えばレベル20は越えてない、だが六対一では厳しいだろう。
険悪な雰囲気の中、馬車は昼食と休憩の為に緩やかな丘の上で止まった、水場は無いが見晴らしも良く安全な場所だ。
野盗やモンスターの襲来に素早く気付く事が出来る。
手頃な岩を見付けたので座る、普段は錬金でテーブルや椅子を作るのだが今は一応魔法戦士の真似をしている。
固い木の椅子に四時間近く座ってたので身体が固くなって腰も痛い、少し柔軟運動をしてから岩に座る。
職人三人組は簡単な竃(かまど)を作って鍋を火に掛けている、温かい料理とは羨ましい。
僕はウィンディアが作ったサンドイッチに瓶入りのワイン、具材はスモークチキンと野菜でマスタードソースがピリ辛で美味い。
「隣、お邪魔するわ」
「構わないけどサンドイッチはあげないよ」
他の乗客達の視線が集まる、それだけ魔術師とは絶対数が少なく貴重なんだ。
割と大きな岩だから二人並んで座る事は出来るのだが彼女はギリギリ端に座った、最低限の距離は保つんだな。
「貴方は結構失礼ね、大丈夫よ、私の昼食もサンドイッチだから」
腰に吊した収納系マジックアイテムから取出したサンドイッチを見せてくれる、彼女の方の具材は卵と野菜、それにローストビーフだな。
「よう、俺達は拒絶してもソイツとは仲良くするのかよ!」
奴等が絡んで来たか、六人が横一列に並んで威嚇してくるが想像通りで笑える。アクアさんは僕に何とかしろって近付いて来たんだろうか?
「しつこい勧誘をしないからだろ、僧侶や魔術師は数が少ないのは分かるが会って直ぐ勧誘は良くないぞ」
欝陶しそうに顔をしかめた、自分でも強引な勧誘とは理解してるのだろう。
しかし一切無視してサンドイッチを食べる胆力が凄いと思えば良いのか、呆れれば良いのか?
「ふん、俺達はドラゴンスレイヤーになるんだぜ、誘いを断った事を後悔しな!」
「ドラゴンスレイヤー?君達はデスバレーに行くのか?」
悪いがレベルが低過ぎて全滅しか思い浮かばない、自分達の力を過信してるのか?
「ふふん、そうだぜ。俺達は依頼を請けてワーズ村に向かうんだ、大規模なドラゴン討伐隊を募集してる。まぁ俺達だけでも大丈夫だが仲間が増えれば更に確実だぜ」
アハハッて笑っているがドラゴン討伐隊だって?この時期にか?他の宮廷魔術師候補達の差し金か?
「へぇ、ドラゴン討伐隊に参加して団体でドラゴンを倒すのか、凄いな。で、倒したドラゴンは報酬として分配するのか?」
「いや分配は喧嘩になるから金を貰える、一人金貨千枚だぜ、俺達は六人だから金貨六千枚だぜ」
羨ましいだろって笑って去って云ったがドラゴンスレイヤーとは止めを刺してドラゴンの死体の所有権が有る奴の事だ。
団体で倒してドラゴンの死体は依頼主の元へ、依頼主がドラゴンスレイヤーを名乗れる、証拠の死体も有るからな。
だが参加者全員に金貨千枚は気前が良いのか罠なのか、アースドラゴンは精々一体金貨二千枚から三千枚、アーマードラゴンだって五千枚を越えないのに……
「お馬鹿さんね、団体で倒してはドラゴンスレイヤーは名乗れない」
「死体の所有権を持つ依頼主がドラゴンスレイヤーだよな、だが生き残れば金貨千枚と割り切れば良いんじゃない?罠っぽいけどね、三十人生き残ったら買い取り価格金貨三万枚だよ」
サンドイッチを食べる、良い情報が貰えたから良しとしよう、同じ宮廷魔術師候補達が動き出している、彼等もドラゴン討伐にしたかコカトリスやバジリスク討伐と同時進行か……楽しくなって来たな。
「凄い邪悪な笑み、正直引くわ」
「いや、君の彼等に対するスルーっぷりの方が酷いと思うぞ」
白ワインを小瓶から直接飲む、デスバレーと周辺は広い、デスバレーと言いつつも手前の荒野にもアースドラゴンやアーマードラゴンは現れる、普通はソイツ等を狩り本当にデスバレーまで行くのは殆ど居ない……
軽い白ワインでも胃に入るとカッと身体が熱くなる、僕もデオドラ男爵一族に毒されて来たのか好戦的な思考に傾いている。
「私の目的地もデスバレー、最もドラゴン討伐じゃなくて骨や牙や爪とかを捜す、稀に魔力を秘めた物も有るから高額で売れる、君は?」
「僕はね、僕も同じ目的地だよ」
まさか流石に一人でドラゴン討伐に行くとは言えない、悪いが正直に教える程に信用もしていない。
「ふーん、じゃワーズ村迄は一緒だね」
「そうだね」
笑顔で返事をする、一緒に行こうとかは言わない。
実際にドラゴン討伐は一人じゃないと無理だ、同行者の安全迄は面倒を見れない、逆に単独だからこそ勝算が有る。
その後は特に話す事も無く二人で並んでサンドイッチを食べるという不思議な雰囲気だった、アクアさんは本当に無口だな。
◇◇◇◇◇◇
二日目の宿泊はバズー村だ、此処は山岳地帯に有る村なので丸太を利用した防護柵や空堀も有り外敵から村を守る施設は中々だ。
先を尖らせた高さ4m程度の丸太が連続して並んでいる、防衛力の割には村自体は狭く村人も少ない。
過疎化が進んでいるが林業従事者が定期的に常駐するので成り立っているらしい。
故に団体の自炊する施設は充実してるが一人泊とかの設備は少ない、大部屋で雑魚寝が基本みたいだ。
村で唯一の宿屋に行って主と交渉するしかないか……
丸太で組んだ大きな平屋の建物がバズー村で唯一の宿屋『深緑亭』だ、厚い木製扉を押し開けて中に入る。
一階は村で唯一の酒場で有り既に酔客が五人居る、逞しい腕を見れば樵(きこり)だと分かる、だが余所者が珍しいのか一斉に見られたが舐める様な嫌な視線だ。
「いらっしゃいませ、食事ですか?」
「いえ宿泊で、部屋空いてますか?」
奥から簡素な服を着た未だ十歳位の男の子が出て来た、家の手伝いが十分に出来る年齢だな。
「えっと、二人部屋は一泊銀貨六枚です」
「え?二人部屋しか空いてないの?」
「私達、連れじゃないわよ」
後ろから声を掛けられて初めてアクアさんの存在に気付いた、気配が薄いのは盗賊職だからか?それとも他に何か理由が有るのか?
「一人部屋は無いから大部屋になりますが……」
「じゃ二人部屋に一人で泊まる、料金は規定で払うよ」
大部屋って他の乗客と一緒かも知れないから嫌だ、気を使うし面倒臭い。
「二人部屋は一つしか無いけど、お姉さんは大部屋で大丈夫?」
「嫌よ」
嫌よって一言だけじゃ男の子が困ってるだろ、でも譲るのは僕も嫌だな。
「三人部屋とか四人部屋は有るの?」
フルフルと首を振られた。
「大部屋貸し切れる?」
「既にお客様が泊まってます」
八方塞がりだ、他に宿屋は無いし仕方無いから村の外に錬金で家を作るか、流石に女性を雑魚寝の大部屋に押し込めない。
「二人で泊まれば良い」
「いや、それは問題が有るから困る」
女性問題で揉めてるのに更に問題行動を増やしてどうする!
「ようよう、嬢ちゃん。彼氏が嫌がるなら俺達の部屋に来いよ、寝かせられねーけどよ」
「おうよ、女なんて久し振りだから張り切るぜ!」
「溜まってるんだよ、俺達はさ」
「チッ、絶対嫌よ」
この子は言葉数が少ないが言葉に込めた意味は良く相手に通じるよな。酔っ払い共がテーブルから立ち上がった、未だ絡み足りないのか。
ギラギラした欲望の篭った目で僕等を見ている、禁欲生活と酒の力で性欲全開って事だ。
凄く嫌な気持ちになる、コイツ等がイルメラに絡む事を想像したら激しい殺意が沸き上がった。
「黙れ、串刺しか細切れか好きな方を選べ」
指を鳴らし自分の周囲にアイアンランスを十本浮かべる、アクアさんも呪文を唱えてアイスジャベリンを杖の先に浮かべた。
「死ね」
僕より過激だった、立ち上がった男達が尻餅を付いたのは僕のアイアンランスじゃなくて彼女の放つ殺気のせいだ。
「二人部屋に泊まる、手続きを頼むよ」
アイアンランスを魔素に還して男の子と話を進める、もう旅の恥は掻き捨てで良いや。
最近この手の相手の対応が雑になっている気がするな、反省しなければならない。
「下品な男は嫌い、死ねば良いのよ」
アクアさんは男達が代金をテーブルの上に乗せて店を出て行くまでアイスジャベリンを消さなかった、容赦ないお嬢様だ。
二人分の料金を払い鍵を貰う、対して汗もかいてないからお湯も要らない、ドッキリイベントも要らない。
「追加でお湯も二人分ね」
「はい、銅貨六枚です」
「何追加してるのさ!」
「自分が汚れているのも他人が汚いのも嫌よ」
僕の手から鍵を奪うとさっさと部屋に向かうので後を追う形となる、随分と行動的なお嬢様だ。
◇◇◇◇◇◇
「私は窓側、貴方は廊下側、覗くのは良いけど入って来ては駄目」
向かい合う様にベッドに座る、藁じゃなくて板敷きで薄い敷布団が一枚に掛布団も一枚。
「覗かないし入らない、カーテンで仕切るし見張りにゴーレムも用意する」
二人部屋は6m角程の正方形の部屋だ、防犯上か窓は小さく雨戸を下ろせば部屋は真っ暗、備え付けのベッドが二つ有ったので出来るだけ離した。
「夕食はどうするの?」
「用意してる物を食べるよ」
男女一部屋に全く動じてない、自然体と言うか気にする僕が変なのか?
「折角だから食堂で食べよう、部屋代は払って貰ったから奢るわ」
「生憎と女性に払わせるつもりは無いんだ」
「紳士なのね、立派な心掛けだわ。行きましょう」
貴族で男爵だから本来の意味でも紳士だよ、だが彼女の前では只の冒険者だから良いか。
「そうだね、早めに食べよう。直ぐに暗くなるし後は寝るだけだ」
「全く私を意識してない?」
「しないよ、逆に意識する方が失礼な状況だろ?」
「複雑な気持ちだわ」
防犯上荷物を全て持って食堂へ向かう、今回は中年女性が居たが客は誰も居ない。
「食事出来ますか?」
「一人前銅貨八枚、酒はエールしか無いよ、一杯銅貨五枚、ワインはボトルで銀貨三枚だよ」
「食事二人前とワインを頼みます」
先払いらしく手を出されたので銀貨を五枚乗せて釣りは要らないと言う。
初めて愛想が良くなり嬉しそうに奥の厨房に入って行ったので適当な椅子に座る、丸太を半分に切ったベンチみたいな長椅子だ。
「物価高いよね、王都よりサービス悪くて高いよ」
「余り現金を稼ぐ方法が無いんだろ、あと食事の質も期待出来ないと思う」
「そうかな?」
余り会話が弾まないが直ぐに料理が運ばれて来た、メインは木の椀に盛られた山鳩のシチューに山菜サラダ、それと固焼きパンに赤ワイン。
グラスは無くて木の椀が代わりみたいで全て木製の食器だ。
「山鳩のスープか……」
木のスプーンを使い濃い茶色のスープを一口飲む、何て言うか色々な食材を纏めて煮込んだ不思議な味だ、正直に言えば不味い。
「不思議な味ね、深い味わいだわ」
「深い味わいとは詩的な表現だ」
知らない銘柄のワインだ、既にコルクが抜かれているのが気になるが木の椀に注いで匂いを嗅ぐ、酸味が強そうだぞ。
一口含む、何て言うか暫く放置してビネガーに変化した味わいだ、つまり酸っぱい。
「パンが固くて千切れないわ」
拳大の固焼きパンを半分に割ろうとするが歯が立たないみたいだ、水分を飛ばしてカチカチの岩だぞ。
手で押し潰してから千切りスープに浸して食べる、それでも固い。
「ご馳走様。私、少食なのよ」
「偶然だね。僕も少食だ、育ち盛りなのに不甲斐無いだろ?」
息が合い過ぎる様に席を立つ、部屋でイルメラ謹製のナイトバーガーを食べるかな。