魔法迷宮バンクの七階層で敵モンスターの擦り付け行為をされた、『トライアル6』と言いガスペンが率いている戦士四人盗賊二人のパーティだ。
どうやらモリアーデ男爵の依頼でモーブキャタピラーのノーマルドロップアイテムの『丈夫な紐』を集めているらしい。
七階層にポップするモンスターは仲間を呼ぶ、だから倒し損ねると最大六体まで数が戻ってしまうんだ。
彼等もモーブキャタピラーを二十体近く倒したみたいで『丈夫な紐』が現場に七個散乱していた。
それは俺達のだと言われても僕等も言いたい事は有る、だが怪我人が居ては文句を言って時間をロスする訳にはいかない。
速やかな治療が必要なんだ……
◇◇◇◇◇◇
「イルメラ、容態はどうかな?」
空間創造から濡れタオルを取り出して渡す、彼女の頭を押さえた手が血塗れだ。
「有り難う御座います、出血は酷いですが傷は浅いので塞ぎました。ですが念の為に教会に寄って治療する事をお勧めします」
綺麗に手を拭いている、真っ赤に染まるタオルを見るのは辛いな。
「頭部へのダメージは後遺症が怖い、今日は帰って休んだ方が良いですよ」
このまま迷宮攻略は危険だ、七階層はバンクでも上層階とは違う、甘く見ると全滅直行だ。
ガスペンさんが妹さんを見てから順番にパーティメンバーを見て意見を募る。
「兄さん、私は平気ですから探索を続けましょう」
「いや、ジャスミンを教会に連れて行こう。納期は未だ大丈夫だ」
「そうだな、今日は休んで体調を整えて再挑戦だ」
どうやらパーティの連中は仲間思いみたいだ、途中で攻略を止める事を気にしていない、仲間を思いやれるんだな。
「お前等、すまない。リーンハルト様、申し訳なかったが俺達は今日は引き上げます」
一礼されたが一人は安静にしなければ駄目で残りはボロボロだ、エレベーターまで持つのか?
戦士職四人の内の一人も肩を支えられて立ってるのがやっとだし……
「エレベーターまで一緒に行きます。イルメラ、彼の治療もしてあげて下さい」
折角助けた連中が途中で全滅では悲しいからな、此処からエレベーターまで距離も有るしモンスターがポップせずに辿り着けるか微妙だ。
それに大空間では『無限増殖の毒蜘蛛の巣』の罠の関係で必ずジャイアントスパイダーが大量にポップする、今の彼等がエレベーターに乗り込むまで凌げるとは思えない。
「そこまで頼る訳には……」
「ランクC以上の冒険者達は助け合うのが暗黙の了解、違いますか?イルメラ達はゴーレムナイトと共に彼等に付いていてくれ、僕は露払いをするよ」
ゴーレムナイト八体を残し先行する、レアドロップアイテムを手に入れるのを見せない為にだ。
「クリエイトゴーレム!ゴーレムポーン達よ、行くぞ」
八体のゴーレムポーンを周りに配置し先行する、今日は踏んだり蹴ったりだ……
◇◇◇◇◇◇
「兄さん、彼等は?それにリーンハルト様って何で様付なの?」
兄に背負われながら妹が質問する、端から見れば美しい兄妹愛です。
「あの少年はバーレイ男爵、俺達は結果的にモーブキャタピラーを擦り付けてしまった。後はジャスミンの知る様に治療を受けて護衛迄して貰っている」
答える兄の声は小さい、わざとじゃないが擦り付け行為をしたのが恥ずかしいのですね、悔い改めなさい。
「少年魔術師……ゴーレム使い……バーレイ男爵、それって噂のゴーレムマスター?」
どうやらリーンハルト様の正体に気付いたみたいですね、全く私達の御主人様は優しい方です。
ですが助けたとは言え彼等にリーンハルト様のレアギフトを知られる訳にはいきません。
「ウィンディア?」
「了解、エレさんも前に出るよ。貴方達は少し後ろに離れてて下さい」
「分かった」
三人横並びに歩いて彼等の視線を塞ぐ、私達の前にはゴーレムナイトさんが同じ様に壁を作る、隙間からだと余り詳細は見えない。
「ポップしたモーブキャタピラー四体が瞬殺だと?」
「立派なゴーレムを十六体も同時運用出来るなんて、これがゴーレムマスターを名乗れる力なのね」
良かった、レアアイテムの蛹がドロップしたのは見えてない。
自分達が全滅近くまで追い込まれたモーブキャタピラーが歩(あゆみ)を止めずに簡単に全滅では複雑な心境でしょうね。
「ねぇ、本当に助け合うだけの為に親切にしてくれるの?」
ジャスミンさんが疑いの強い目を向ける、後で条件を出されたら堪らないって用心深さね。
「イルメラさんはモア教の僧侶でリーンハルト様は敬謙な信徒、愛を説くモア教は友愛も大切な教義。でも二度目は無いわよ、次は私が許さない」
「本当に、大した事じゃないから我慢してる」
ウィンディアとエレさんの本気の返事に少し引いたみたいだわ、でも他人に迷惑を掛けてる自覚はして欲しい。
「有り難う、感謝するわ。しかし簡単にモンスターを殲滅するわね、私達だって全員ランクDのレベル25オーバーなんだけど……」
連続ポップするモーブキャタピラーを簡単に殲滅、多分十秒も掛かってないですし、他の方々も苦笑いを浮かべてます。
「大空間に着きました、急いでエレベーターに向かって下さい」
「何から何まで有り難う、必ず御礼はする!」
丁度七階層にエレベーターが止まっていたので直ぐに乗り込む事が出来た、大空間では三組のジャイアントスパイダーに八体一組のゴーレムポーンさんを三組向かわせる姿が見えただろう。
扉が閉まる最後まで彼等はリーンハルト様を見ていた、更にゴーレムポーンさんを増やした事を信じられない者を見る様な目で……
◇◇◇◇◇◇
ガスペンさん達を無事にエレベーターに乗せた、甘い対応かも知れないけど怪我した女性も居たのに無理強いは出来ない。
何時か御礼をしてくれれば良い『情けは人の為ならず自分に返ってくる先行投資』と考えれば良い。
「もう少しジャイアントスパイダーを狩る、エレベーターと周囲の確認を頼む」
有る意味効率は良い、倒せば直ぐに新しいジャイアントスパイダーのがポップする、だがパターンは大体読めた!
この罠は最大三組しかポップしない、四組目は先の三組を倒さないとポップしないんだ。
だから六体一組のゴーレムポーンを四組に編成し直し、順次モンスターを倒したらドロップアイテムを持って来させる。
直ぐに空間創造に収納するが『蜘蛛の糸』は百個で布製の防具を作れる、重たい鎧が装備出来ないイルメラやウィンディアの為にも集めたい。
「もう作業よね、ルーチンワークだよね、凄い勢いで『蜘蛛の卵』と『蜘蛛の糸』が集まるよ」
「リーンハルト様もレベルアップしました、私も後少しでレベルアップ出来そうです」
最大四体のジャイアントスパイダーに六体のゴーレムポーンが襲い掛かる、噛み付きも糸の攻撃も効かないから両手持ちアックスの一撃で頭を潰され倒される。
戦闘中にレベルアップしレベル31になった、レベル30の壁を越えたからか一つしか上がらないのに魔力の増大が凄い。
やはり転生の影響かレベルアップも普通じゃない、封印された力を順次解放してるみたいだ。
空間創造も第五段階まで解放された、これで全ての収納アイテムを取り出す事が出来るが高レベルのアイテムは使い熟す事は未だ無理だな。
「これならゴーレムナイトの上位種、ゴーレムビショップが作れるか……」
だが落ち着け、今は魔法迷宮バンクの攻略中で新たな力を披露する場合じゃない。
同時運用最大百体だったのが倍に増えた、今なら二百体は制御出来るが、それでも未だ全盛期の二割程度か……先は長いな。
◇◇◇◇◇◇
僅か三十分位だったが効率的にジャイアントスパイダーを倒した、大体五十組で二百体前後は倒せた。
ドロップアイテムだが『蜘蛛の卵』が四十四個に『蜘蛛の糸』が三十九個と大量だ。
最初に倒した数と合わせれば『蜘蛛の卵』が七十四個に『蜘蛛の糸』が六十四個と目標まで後少し。
「もう時間も遅いな、この後どうするかな?」
ジャイアントスパイダーと再戦して目標の百個を目指すかボス部屋に言ってポイズンスネークに挑戦するか、それとも駄目元で『宝物庫』に行ってみるか……
「時間も微妙ですし『宝物庫』に行ってみませんか?」
「ボス部屋でボス狩り」
「私はどっちでも良いけどジャイアントスパイダー狩りは止めようよ、秘匿が難しいよ」
む、確かに調子に乗り過ぎたな、反省だ。
しかしウィンディアに諭されるとは僕は魔法の事になるとタガが外れやすいみたいだ。
「確かに迂闊だった、有り難う、ウィンディア。時間的にも後一時間位ならボス部屋に行こう、宝物庫は待ち時間が長そうだ」
大分遠回りしたが漸くボスに挑戦だ、七階層のボスであるポイズンスネークは要は大蛇、全長5m以上胴回りは30cmを超える強敵だ。
エレさんを先頭に迷宮内を進む、六階層は気温は低く湿度は高かったが七階層は暖かい、爬虫類や昆虫主体の敵が多いからか?
「ねぇリーンハルト君、ジャイアントスパイダーの卵って食べれるの?」
「昆虫を食べる地方が有るのは知ってます、蜂の幼虫や卵、蜘蛛や芋虫も貴重な栄養源ですが……」
彼女達はエムデン王国の王都に住む安定した暮らしをしていたからな、何でも食べないと生き残れない極限の僻地とは違う。やはり虫の卵や蛹とかに抵抗が有るんだな。
「ジャイアントスパイダーのドロップアイテムの卵はね、自然発生のモンスターじゃないから孵化もしないし食べれない。
この卵の中には魔素が詰まってるんだ、しかもジャイアントスパイダーを構成する成分を含んでる。だから錬金術の掛け合わせ素材として役立つんだ」
懐から只のダガーを取り出して蜘蛛の卵と一緒に持つ、両の掌に魔力を集めてダガーと卵に魔力を通す。
十分に魔力を行き渡らしたら融合させて……完成だ。
「これがジャイアントスパイダーの毒性を持ったポイズンダガーだよ」
普通のポイズンダガーよりも強い毒性と刀身自体も高い強度を持つ僕謹製のマジックアイテムだ。
折角作ったので固定化の魔法を重ね掛けして更に強度を増す、レベルアップの恩恵は大きく錬金がスムーズだ。
「はい、エレさんにあげる。刀身には触らないでね、毒性は強いから対人接近戦には有利だと思うよ。それと毒消しポーションを多めに渡しておくよ」
ウチの大切な盗賊職に手渡す、弓の扱いに長けて来たが中距離攻撃だから接近戦の装備は大切だ。
それと毒は解毒薬と併せ持ってこそ使えるんだ、誤って自分が毒を受ける事は良く有る、取り扱い注意だね。
「うん、ありがと。大切にする」
「良いな、エレちゃん。プレゼント貰って」
「ウィンディア、駄目ですよ」
ウィンディアもデオドラ一族だけあり武器大好きか、大好きなのか?
だが一人だけに渡すのも不公平なのか、イルメラも口ではウィンディアを窘めているが欲しいのか?
「えっと、帰ったら二人にも何か作るよ。さてボス部屋に着いたみたいだよ」
彼女達が扱える武器は少ない、やはりダガーやナイフ系の取り扱いの簡単で軽い物になるかな。
本来なら杖が良いのだがイルメラは権杖を持ってるし人を傷付ける刃物類は嫌がるし……
逆にウィンディアは新しい高性能の杖を贈るか、問題はやはりイルメラだ、どうしようか?
「あの、私が困るとか何か失敗をしたのでしょうか?」
しまった、また考えていた事が独り言として喋ってたのを聞かれたのか?
「ちっ違う、イルメラが困るんじゃなくて、どんな武器を贈ろうか悩んでて困るって意味だ。勘違いしないでくれ、僕はイルメラの事を困ったりはしない」
涙目の彼女の両肩に手を置いて力説する、変に誤解されるのは嫌だから。
「私はリーンハルト様から贈られる物なら、どんな物でも嬉しいです」
良かった、誤解は解けたみたいだ。
「熱い、熱いよね、エレちゃん!」
「うん、本当に嫌になる程熱い、此処限定で!」
二人から突っ込まれた。