古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第208話

 アーシャ嬢の誕生日パーティーは殆ど成功と言って良いだろう、途中で決闘や派閥トップ3の喧嘩も有ったが最後は彼女と二人だけでラストワルツを踊りフィナーレ……

 にはならなかった、彼女とワルツを踊った後に酔い潰した筈の三人がゾンビの如く復活したのだ。

 

「リベンジだ、リベンジを要求する!」

 

「俺もだ、部下の息子に負けるものか!」

 

「義父として義息子に負ける訳にはいかない」

 

 この人外共め、酔いの回復も人並み外れてやがる、酒臭い派閥トップ三人に言い寄られては断れない。

 再び最初の円卓を四人で囲んで座る、負けず嫌いも突き詰めれば大したモノだ。

 

「受けて立ちましょう、勿論手加減はしません」

 

「酒だ、酒を持って来い!」

 

 ああ、駄目だ。最悪の酔っ払い男達だ、しかし偉い連中でもある。

 

 招待客の殆どが帰る前に彼等に挨拶をする為に円卓に近付いて一声掛ける、だが派閥トップの酔っ払いは頷くだけ。

 この三人の中では意外に弱いのがデオドラ男爵で次がライル団長、やはり派閥トップは最後まで残った。

 

「重たい赤ワインより軽い白ワインにかえましょう」

 

「まだら、まら俺は負けないろ」

 

 いや、既に呂律も怪しく目は半分閉じている、椅子に座りながら上半身がユラユラ左右に動いてます。ああ完全に目を閉じて寝始めた……

 

「御三方の部屋を用意して下さい、僕がゴーレムで運びますから」

 

 近くに待機する執事とメイドさん達に声を掛ける、流石に二回酔い潰せば起きないだろう。

 

「既に準備は出来ております、御運びする人手も用意しております」

 

 豪快に額から円卓に突っ込んだバーナム伯爵を見てリベンジも圧勝したと言って酔い、いや良いだろうな。

 椅子から立ち上がると流石に僕も分解し切れないアルコール分が身体の中に残ってたみたいだ、立ちくらみがした……

 僕は水属性魔法でアルコール成分を消せる、身体の中のアルコール成分だから飲んだ後に消すのだ。

 当然ワインの飲み過ぎで舌は馬鹿になるし胃はタプタプ、膀胱も破裂寸前。

 

 既に時刻は深夜一時過ぎ、漸く解放される……

 

「そうですか、では自分も……来客用の部屋を用意して下さい」

 

 帰るのは無理だ、泊まらせて貰おう。

 

「リーンハルト様は、アーシャ様のお部屋にご案内させて頂きますが……」

 

 メイドさんが困った様な顔をしたが僕も困ります。

 

「酔って深夜にレディの部屋に行く、僕はその様な破廉恥な趣味は有りません。

そして僕も限界が近いのです、流石に良い大人が成人前の子供に三対一は卑怯ですよね?」

 

 主に膀胱が限界に近い、早くトイレに行かせてくれ!

 

「後は私共に任せて下さい、お疲れ様でした。ドリス、リーンハルト様をお部屋に御案内して下さい」

 

 年配の執事がテキパキと指示を出し始めたので、後は彼に任せれば良いだろう、見渡せばパーティー会場を片付ける為に多くの人が働いている。

 長い一日だったが漸く終わった、これで僕も来月にはアーシャ嬢を自分の屋敷に迎える事となった。

 

「結婚か、実感が湧かないものだな……」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「リーンハルト様、起きて下さい。リーンハルト様……」

 

 ユサユサと身体が揺れている、昨夜は一時過ぎまで派閥トップの三人と飲んでいたんだ、負けず嫌いは良いが三対一は大人げ無いよな。

 

「リーンハルト様、もう朝ですわ」

 

「む、悪いけど後五分寝かせて下さいって……あれ?」

 

 真っ白なシーツ、フカフカな羽毛布団、頭が埋まる枕、豪華な天蓋付きベッド、そしてアーシャ嬢が僕の身体を優しく揺する。

 

「おはようございますわ、リーンハルト様」

 

「うん、おはよう。アーシャ様」

 

 身体を起こすと何か良い匂いがするけど?

 

 カーテンを開けてくれたので朝日が差し込む、昨夜のアルコール成分は完全には分解出来なかったみたいだな、頭の奥がズキズキ痛む。

 

「もう七時ですわ、アーリーモーニングティーをご用意しました」

 

「む、わざわざアーシャ様がですか?」

 

 アーリーモーニングティーとは目覚まし用の紅茶の事だ、優雅な貴族達は毎朝ベッドの上で目覚めの紅茶を飲んで一日の始まりとする。

 普通は決めた時間にメイドが運んでくるが夫婦になると、どちらか早起きした方が用意するのが愛情表現らしい。

 

「アールグレイをストレートで如何でしょう?」

 

 眩しい朝日に漸く目が慣れた、ベッドサイドにはワゴンが有りアーシャ嬢自らがカップに紅茶を注いでくれる。

 白を基調とした清楚なドレス、両耳のエメラルドのピアスが金髪と白い肌を引き立てている。

 

「どうぞ、熱いですわよ」

 

「有り難う、頂きます」

 

 カップを受け取り一口飲むと濃い目のストレートな味わいで目が醒める。

 

「リーンハルト様はお疲れなので今日はゆっくりと休んで下さい」

 

 彼女もベッドの端に座っている、元々三人位は余裕で寝れるキングサイズだ。

 

「僕は大丈夫ですよ」

 

「今日は休んで下さい」

 

 何時になく押しが強いが、身を乗り出して顔を寄せられると妙に緊張する、何もする気は無いがベッドの上ってシチュエーションが問題だ。

 

「分かりました、今日は大人しくしています」

 

 眩しい笑顔を浮かべてくれた、昨夜は泣かせてしまったからな、なるべく要望には応えよう。

 

「そう言えばオレーヌ様から聞きましたわ、リーンハルト様がバイオリンを嗜んでいると。是非お聞かせ下さい」

 

 オレーヌ嬢?あの勝ち気で背の高い令嬢とアーシャ嬢は友人関係なのか?

 バイオリンを弾くのは構わないが僕の空間創造の中には三百年前の物しかない、下手でも王族が使うのだから名品ばかりだ。

 

「構いませんが下手ですよ、それにバイオリンも持ってませんし……」

 

 期待に満ちた目で見られては一曲披露しなければ駄目だな、未だ熱い紅茶を飲み干すと大分目が覚めた。

 

「私のをお貸ししますわ。でもリーンハルト様は多才ですわね、ダンスもお上手でしたし楽器も嗜みますし。

エロール様も百年先の技術を会得した未来の魔術師と絶賛してましたわ」

 

 未だその話が残ってるのか、僕は未来じゃなくて古代の魔術師なんです。

 

「オレーヌ様とエロール様とは仲が宜しいのですか?」

 

 アーリーモーニングティーを飲み干しベッドから起き上がる、未だ酔いは残るが午前中には回復するだろう。

 

「はい、リーンハルト様がバーナム伯爵とお酒を召されてる時に私達はサロンでお茶会をしていました。

お互いの屋敷でお茶会を誘い合う仲ですわ。ヒルデガード、旦那様の身支度を」

 

「はい、失礼致します」

 

 アーシャ嬢と入れ代わりでヒルデガードさん達が部屋に入って来て素早く着替えさせられた、しかし旦那様は未だ早いですよ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 朝食はデオドラ男爵家の女性陣全員が集まり男は僕だけだ、しかも席は上座に近い。

 向かい側には奥様方とルーテシア嬢、両隣にジゼル嬢とアーシャ嬢が座っている。

 因みに派閥トップ三人は未だ二日酔いで唸ってるみたいだ、四人でワインのフルボトルを百本近くも飲めば仕方ないか……

 

 無言で食事が進むが奥様方は僕の一挙一動を見ている、マナーは完璧な筈だよな?

 ある意味重たい雰囲気の朝食が終わり食後の紅茶が用意された、漸く落ち着いて紅茶を飲める。

 奥様方に敵意は無いが品定めをされている感が凄かった、だが全員笑顔だし失敗は無かったと思いたい。

 

「リーンハルト様のマナーは完璧ですわね、余程バーレイ男爵家の教育が素晴らしかったのでしょう」

 

「有り難う御座います」

 

 貴族のマナー教育は家族か家庭教師が行う、僕の場合は転生前に四歳から人質に出される迄、ミッチリと教育された。

 自由時間は寝る時だけ、楽しい筈の食事の時間もマナー教育だったし、王族の最低限の知識と技術とマナーを徹底的に厳しく叩き込まれた。

 子供の頃はベッドの中で毎日泣いたな、王族なのに何故自由が無いんだって……

 

「ダンスも素晴らしかったですわ、聞けばバイオリンも嗜むとか?」

 

「最低限弾けるだけです、期待される程の腕前は有りません」

 

 ジェニファー嬢は舞踏会や音楽会が大好きな華やかな女性だ、デオドラ男爵家は武闘派の一族だから男性は文化的な部分は疎い、要は戦闘狂ばかり。

 

「でも数ある楽器の中でも難しいと言われるバイオリンを弾けるのです、音楽的なセンスが無ければ無理ですわ。

この後テラスの方に移動して家族だけの音楽会を行いましょう」

 

「それは良い提案だわ、我が家の男達は剣を振る事ばかり熱心で……」

 

「早速準備をしますわ」

 

 いそいそと奥様方が退出して行った、彼女達は全員が深窓の令嬢達だから当然楽器も嗜む上品な方々だ。しかし嫁ぎ先は脳筋ばかり、楽器より武器が大好きだからな。

 

「楽しみですわ、リーンハルト様の奏でる音色はどんな感じなのでしょう?」

 

「ええ、楽しみね。リーンハルト様は本当に何でも出来ますから」

 

 アーシャ嬢とジゼル嬢も本当に楽しみですみたいな笑顔だ、だが僕は三百年前の曲しか知らない。

 

「期待感が半端無いですが、本当に弾けるだけなんですが……」

 

 僕の呟きには誰も反応してくれずに中庭に面したテラスには各々が手に楽器を持った奥様方と使用人達が並んでいた、まるで模擬戦の時みたいだ。

 

「お待ちしておりましたわ。ささ、どうぞ中央の席にお座りになって!」

 

 女性陣が半円の形に座っている、期待に満ちた目がキツいのだが一族の男で楽器を弾けるのが少ないんだろう。

 

「独学故に他人に合わせる事が慣れてないので、無伴奏バイオリンソナタを一曲弾かせて下さい」

 

 現代の曲なんて知らないし聞いた事も殆どない、バーレイ男爵家もデオドラ男爵家と同じく楽器より武器が大好きなんだ、インゴは食べ物全般だが……

 

「まぁ独奏曲ですか!それは素晴らしいですわ、このバイオリンをお使い下さい」

 

 ジェニファー嬢が差し出してくれたバイオリンだが、やはり三百年の年月は形を微妙に進化させている。

 先ずはチューニングの確認だな、先ずは基本となるA線を弾いてラの音を確認する。 

 その音を基準に次にA線(2弦)とD線(3弦)を開放弦(指で押さえない音)を同時に弾いて、その和音の響きである完全5度の和音を聞きながら、D線を合わせる。

 同じ要領でD線(3弦)とG線(4弦)最後にA線(2弦)とE線(1弦)を合わせれば完了だ。

 

 和音の響きが合い音が溶け合った気持ちの良い響きになった、これは良い楽器だな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「ではお耳汚しかも知れませんが一曲聞いて下さい」

 

 難しいチューニングを基本に沿って簡単に終えた、普通は音叉を使わないと分からないのですが……

 

 リーンハルト様のバイオリンを弾く姿勢はお手本の様に綺麗、左肩の鎖骨の上にバイオリンを乗せて顎当てに顎を乗せ押し付け過ぎない様に挟み込む。

 バイオリンを高く持ち上げるように構えて左手でネックを持ち、顎と肩だけで支える。

 演奏中は指板を持って楽器を支えると左手で正確な音程を取ることができないので顎と肩だけで支え、左手では支持せず最小限にとどめる。

 体を少し左に傾け左腕を胸側に少し近づけるが決して上腕をくっつけない、そして両腕の距離を詰める。

 

「綺麗な姿勢、まるで演奏のお手本の様だわ」

 

 皆さんも気付いたのね、普通初心者は演奏する事にどうしても注意が向くので姿勢が悪くなるの。

 

「緩-急-緩-急の4楽章、典型的な古典教会ソナタだわ。

敬謙なモア教の信徒と聞いていますから、宮廷音楽でも劇場音楽でもない古典的な教会ソナタなのね」

 

 私達貴族には余り縁の無い古典教会ソナタだとは思うけど、私が聞いた事の無い曲ね。

 

「導入は厳粛な雰囲気、次に軽快で力強い4重音、最後は重音を多用した重厚なフィナーレ、素晴らしい構成ですが聞いた事が無い韻を踏みますわ。もしかして即興曲かしら?」  

 

「重音を多用しますね、しかも4重音は難しいのに正確に音を出してますわ。

弓は張力を小指で調整しているので、張力を緩める事で3又は4つの弦に同時に触れる事が出来る。この和音を弾くのは難しいのに見事な音程と音色ね」

 

 我が娘ながら極上の婿殿を引き当てたわね、本妻はジゼルさんだけどより多く寵愛を得られれば貴女は幸せになれるわ。

 

 演奏を終えて一礼する少年魔術師殿に拍手を送る、来週爵位も賜る事だし他の女性も寄ってくるわね。

 

「ふふふ、貴族の女性には独自の伝手と情報網と戦い方が有るのです、花嫁修業の一環としてアーシャに教えなければ駄目ね」

 


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