自分の為に危険な目に遭わせてしまったと泣き縋る美少女(アーシャ嬢)を胸に抱きしめる、彼女と結ばれる事を反対する邪魔者を叩き潰した。
男としての本懐を遂げた筈なのだが、目の前の非現実的な光景の為に素直に喜ぶ事が出来ない。
「ユリエル様、エロール様、僕は頑張ったつもりなのですが、僕達の決闘が霞む程の喧嘩を見ています。どうしたら良いのでしょうか?」
アーシャ嬢を抱き締めて金色の髪を優しく撫でているのだが、目の前で繰り広げられる怪奇現象に理解が追い付かない。
「バーナム伯爵の派閥は大体こんな物だ、公爵や侯爵を抑えて一派閥を維持する要因が人外の戦闘力なのだよ。
バーナム伯爵とデオドラ男爵、それとライル団長の三人が派閥内の三強なのだ、皆彼等の強さに憧れて派閥に加わる」
バーナム伯爵が3mも飛び上がり無造作に右手を大地に叩き付けると大地が陥没するんだ、デオドラ男爵の回し蹴りを両手でガードするも庭木に叩き付けられて木々の方が折れる。
「周りを見ろ、皆楽しそうに観戦してるだろ。リーンハルト殿も慣れないと辛いぞ」
アーシャ嬢の背中を優しくポンポンと叩く、もう少しで泣き止んでくれそうだ。
「慣れなければ辛い?そうですね、でも誰かが止めないと屋敷にまで被害が及びませんか?」
拳と拳が当たると衝撃波が周りに飛ぶのですが、間近で見ていたキラルク殿が流れ弾に当たり吹っ飛んだ、だが何故か嬉しそうな顔をしていた。
「リーンハルト殿の戦いに興奮が冷めやらずに攻撃本能の赴くままに暴れる、だがデオドラ男爵とライル団長はお前の為にバーナム伯爵と戦っている。
後でお礼を言っておいた方が良いよ」
僕の為に?
「感動の抱擁の最中に乱入しようとしたのですわ、お二方は今はアーシャ様と愛を育ませてあげようとバーナム伯爵に挑みました」
折れた木を片手で掴んで振り回す、それを手刀で叩き切る、彼等はゴーレムルークと同等かそれ以上の怪力か?
「後でお礼を言っておきます、しかしアレって手加減無しですよね?」
吊り上がりギラつく目に歯が剥き出しの獰猛な笑み、今の三人の顔はとても理性が残っている気がしない、闘争本能の赴くままに戦っていると感じた。
「そうだな、最低限の手加減として武器は持たずに素手だが他は手加減してない」
つまりアレが肉体的な本気の強さか、改めて彼等の戦いを観察する。
「ふむ、筋力と耐久力はゴーレムルークよりも三割増しだな、スピードと跳躍力はゴーレムビショップ以上、いやクィーンに匹敵するか?
だが抑えられない程には隔絶していない、二体のゴーレムルークで抑えてゴーレムナイトのロングボゥの一斉射撃で……いや、無理だな。
ゴーレムシリーズの底上げが必要だ、やはりゴーレムキングとゴーレムクィーンを作るしかないか」
勝てる戦術が中々思い浮かばない、本気の彼等には防御特化のゴーレムルークでさえ壊されそうだ、更なる上位ゴーレムの作成の準備を始めるか。
「あの、リーンハルト様?」
アーシャ嬢の声に意識を引き戻される、また熟考してしまった反省。
「泣き止みましたか?僕はアーシャ様の涙には勝てないのです」
胸の中に抱かれて顔だけ上を向く彼女の額に軽く唇を押し付ける、泣き顔も綺麗だが少し化粧が流れたかな。
彼女の体臭は殆ど無い、性格と同じ控えめな香水の匂い、イルメラはミルクの匂いでウィンディアは柑橘系の匂い、女の人って不思議だな。
空間創造からベールを取り出して羽織らせる、ヒルデガードさんに引き渡してお色直しさせなければ。
「あの状態のお父様に勝てるのですか?何やら戦い方を考えながら呟いてましたわ、私を抱き締めながらです」
どうやら呟きを聞かれたみたいだ、自分を抱きしめながら他の事を考えていたのかと責めているんだな、可愛い嫉妬だ。
「そうですね、幾つか勝てない迄も負けない方法は考えつきました。実演するには勇気が要ります。デオドラ男爵達の事は別にして……」
彼女の耳元に顔を近付ける。
「一旦部屋に戻られて化粧直しをして下さい、貴女の泣き顔を他の誰にも見せたくないのです」
「その、本当に独占欲が強いのですわね。嬉しいのですが、今後は私を泣かせない様にお願いしますわ」
大分気持ちが落ち着いたみたいだ、冗談っぽく返事が出来るなら大丈夫だな。
「でも嬉し泣きは別ですよね?」
「……ばか、です」
彼女の腰を抱いて誘導し入口付近に待機しているヒルデガードさんに引き渡す、化粧直しには暫く時間が掛かるだろう。
◇◇◇◇◇◇
人外三人の戦いは興奮が収まる事によりアッサリと終わってしまった、流石にあれだけの戦いをしたので三人共に肩で息をしているが無傷だ。
「服は破れてるのに無傷ですよね?不条理だ……」
呆れ顔の奥方達に叱られている三人を見ていると、ジゼル嬢に相談して反対する連中を炙り出し決闘に追い込んだ自分の浅はかさが恥ずかしくなる。
僕も彼等に大分毒されて来たな、少し周りを見て考えないと駄目だ、魔術師は常に冷静たれ。
幸い今回は派閥の皆には好意的に受け止められた、紳士淑女から今迄以上に熱い視線を感じる。前者は戦ってみたい、後者は考えたくない。
「なぁお前がサラっと使ったライティングだけどよ、アレってオリジナルスペルだよな?」
オリジナルスペル?いや既存の魔法の改良って事か?現代のライト系の魔法って退化してるの?
ユリエル様もエロール様も真剣だから冗談やお世辞じゃないのだろう。
「え?既存の技術を突き詰めただけですよ、光量や継続時間は最初に込める魔力次第、ただ整列させて浮かせる制御などゴーレムを動かす制御に比べたら楽でしょう?」
「ゴーレム制御特化魔術師故の応用にしてはだな、既存の魔法を凌駕し過ぎるぞ、普通ならライトの魔法だけを十年単位で研究する成果だ。
お前は魔術については独学に近いのに技術は何年も未来に進んでいる、魔術師ギルドに情報を売れば一財産だな」
「リーンハルト様は未来に位置する魔術師ですわ」
はははって何とか笑ったが固まった変な顔だろう、僕は未来に位置するどころか古代の魔術師なのです。
しかし現代の魔術の衰退は酷いぞ、やはり魔法大国ルトライン帝国崩壊と共に失われた技術は相当多いんだな。
当時の魔導研究の最先端の中心に居た僕の頭の中にしか当時の知識は残ってないのか?
「サリアリス様と相談してみます、僕も先日魔術師ギルドに仮加入しましたがサリアリス様の研究助手としての立場なのです」
敢えて秘匿はしないが相談は必要だ、広域照明魔法は夜戦の常識をひっくり返す要因だからな。
例えば敵陣のみ明るくして遠距離飽和攻撃とか、転生前は当たり前の戦術だが今は違うらしい。
「ああ、聞いたよ。永久凍土殿を溶かした若手魔術師の噂は王宮内では有名だ。『儂の助手に手を出せば誰彼構わず潰す』久し振りにあの冷たい魔力を感じさせられた……」
ああ、中途半端な繋がりは害しかないと言ったけど研究助手なら弟子と同じ扱いって事か、本当にサリアリス様には頭が下がる。
「サリアリス様は僕の目指す頂きの魔術師、何年掛かるか分かりませんが必ず追い付いてみせます。
僕はあの人に認められる迄は本当の意味で一人前を名乗れない、それ程に彼女を尊敬しています」
自分で言っていて呆れる、冤罪を押し付けて彼女の人生を台無しにしておいて尊敬とは……
「お前は一人前だろう、既にお前を宮廷魔術師に推薦する話は内々に固まっている。
エムデン王国を取り巻く情勢は厳しい、リーンハルト殿程の魔術師を遊ばせておく事は出来ないのだ。
何れ国から出される幾つかの依頼を達成すれば最年少宮廷魔術師の誕生だ、他にも候補は五人居る。
白炎のベリトリア殿や心許ないがフレイナルもだ、栄光ある宮廷魔術師も今は空席が多い。
若手を入れて強化しなければウルム王国との戦争には勝てないのだ」
ポンっと肩に手を置かれて諭されたが、ウルム王国との戦争は本当に回避出来ないのだろうか?ベリトリアさんとフレイナル殿、残りの三人って誰なんだろう?
「現状は厳しいのですね。分かりました、精一杯努力致します」
「お前が努力したら他の連中が霞むだろ?しかしお前の魔法って戦争向きだよな、まさに一人軍隊(ワンマンアーミー)だな、いや視界の中の王国(リトルキングダム)か?」
そうです、僕は基本的に無言兵団(ゴーレム)を率いる孤独な軍団長なのです、補給も空間創造で治療も水属性魔法で全て一人で行える、故に配下に一般兵は要らない。
「戦争は回避出来ないのですか?」
「最悪に備えるのが国政を担う者の務めだ、楽観的な平和主義など今は必要無い、それは世の中が平和になってからの贅沢な余裕だろうな」
派閥トップ三人が着替える為に別室に向かった事を契機に楽団が演奏を始めた、だが僕はもう誰かをダンスに誘う気持ちは無くなった。
アーシャ嬢がお色直しから戻って来たらラストワルツを踊って終わりだ……
◇◇◇◇◇◇
舞踏会が盛り上がっても踊りっぱなしでは喉も渇くしお腹も減る、だから別室に立食形式の会場が有りお酒と料理が供される。
隅にはテーブルと椅子も用意されて休憩する事も出来るのだ。
ルーテシア嬢もジゼル嬢も退出したので相手をしてくれる親しい相手は居ない、父上とインゴは先程帰った。
「めでたいな、リーンハルト殿よ。まぁどんどん飲め」
「はい、頂きます」
所属する派閥の長がワインボトルを傾けるので一気に空けてから差し出す。
「男に必要な物は力だ、それは物理的な攻撃力や政治力、胆力でも精力でも構わんが酒に強いのも必要だぞ」
ダバダバとワインを注ぐ酔っ払いだが上司だから仕方ない、注がれたワインを一気飲みして返杯する。
「そうですね、僕はそれに魔法力も足したいと思います。ささ、一気にどうぞ」
「む、そうだな。頂くか……しかし強いな、リーンハルト殿は。三人掛かりでも酔い潰せないとは変じゃないか?」
僕の義父は早々に酔い潰れてリタイア、父上の上司は酩酊して隣で潰れている、規則正しく寝息が聞こえるから大丈夫だろう。
「ドワーフ族の工房『ブラックスミス』のヴァン殿が飲ませてくれた秘酒『火竜酒』に比べれば飲みやすいですよ、未だ大丈夫です」
返杯されたが、そのまま一気飲みする、酔わない秘密は体内のアルコール成分を水属性魔法で消しているから、ついでに胃腸に貯まった水分もある程度は分解出来る。
元々は戦場の悲惨さに精神が参ってアルコール中毒になる兵士達の治療用の魔法だ、欠点は酔いは醒めるがやはりトイレは近くなる。
「ぐぬぬ、俺が酒で負けるなど認められない」
「勿論です、まだまだ余裕ですよね?あと十本くらい追加しましょう」
視線を近くに控えるメイドさん達に向けると直ぐに近付いてくれる、その前に彼女達は視線で誰が行くのかを押し付け合っていた。確かに誰だって酔っ払いの相手は嫌だろうな。
「リーンハルト様、何かご用意致しますか?」
職業柄笑顔で対応してくれる、デオドラ男爵家の人達は良く教育が行き届いている。
「バーナム伯爵、取り敢えず二本で良いですか?」
「ああ、いや……ぐっ、それで良いぞ」
「銘柄は任せます、赤ワインを二本お願いします」
「直ぐにお持ち致します」
酔っ払いの追加オーダーにも笑顔で対応してくれるとは嬉しい、微笑み掛けると真っ赤になって慌てて下がったぞ。
突然バーナム伯爵がテーブルに突っ伏したので手酌でワインをグラスに注ぐ、半分くらい飲み干して思う、酔えない飲酒は拷問だな。
「すまない、俺の負けだ……負けで良いから、もう勘弁してくれ」
何とか飲み干したグラスにワインを注いだら漸くギブアップしてくれた、四人でワインのフルボトルが……五十二本か。
「分かりました、暫くお休み下さい」
これで全員酔い潰したので舞踏会の方に戻るか、時刻は既に夜の十時を廻ったし、誕生日パーティーの締め括りには丁度良い時間だな。