古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第205話

 アーシャ嬢の誕生日パーティーだが僕の方にも色々と役目が有った、挨拶回りや御婦人方をダンスに誘わなければならない。

 

「インゴ様はリーンハルト様には全く似ていませんわね」

 

 そう微笑まれて言われても困る、腹違いだし僕もインゴも母親似だ。

 

「僕と違いインゴは心優しいからね、だがあと一年以内に心構えを強化しなければならない、武門バーレイ男爵家を継ぐのだから」

 

 オーク討伐遠征でインゴは逃げなかったが戦いもしなかった、だが未だ挽回させられる時間も有る。

 

「ふふふ、弟思いなのですわね。そろそろ舞踏会の始まり最初の曲が掛かりますわ」

 

 楽団が準備を始めた、方舞の始まりだ。

 来客の方々には事前にプログラムを説明している、最初にバーナム伯爵とアーシャ嬢、僕とジゼル嬢の二組が踊る。

 その後で同じ曲が続き男性陣がお目当ての女性を誘い踊りの輪に加わる、僕等は一旦踊りの輪から離れて待つ事になる。

 方舞が二曲続いて次にポルカとなる、ポルカもパートナーチェンジが有る曲で次に来るのが二人で踊るワルツになる。

 ポルカが何曲か終わって一旦踊りの輪が解散となり、いよいよ本命と長く踊れるワルツが一曲。

 ポルカ等のパートナーチェンジが出来る曲が三回、その後に二人で踊れる曲が一回のパターンを何回か繰り返して舞踏会は進む。

 パートナーチェンジのダンスでも曲の終わりに輪から離れても良いし、曲の始まりに新しいパートナーと参加しても構わない。

 そしてダンスの申し込みは男性からが普通なので誘われない娘達は壁側に立って見ている、これが所謂『壁の華』だ。

 

 この『壁の華』だが本人達に取っては辛いのだが、自ら異性に声を掛けて誘うのは淑女の行為ではないと考えられている。

 主催者側の男性は彼女達にも気を配り時にはダンスを申し込んで舞踏会を成功させなければならないのだが……

 デオドラ男爵家側からの男性参加者は何故かデオドラ男爵と僕だけだ、そしてデオドラ男爵は未婚の女性にダンスなど申し込まない。

 本来なら後継ぎや適齢期の子供達を出席させるのに、何か作為的な感じが拭えない。

 ジゼル嬢いわく対外的に僕達の関係が強固だと知らしめる為だそうだが……

 

「リーンハルト様、曲が始まりましたわ」

 

「ジゼル様、僕と一曲踊って下さいませんか?」

 

「ええ、喜んでお受け致しますわ」

 

 片膝を付いてジゼル嬢にダンスの申し込みをすると手を差し出してくれた、軽く握りホールの中央に歩いて行き男女で向かい合う形となる。

 互いに一礼してからジゼル嬢の右手を握り腰を軽く抱いてダンスの始まりだ、事前にジェニファー嬢と練習したのでダンス自体は問題無い。

 途中でパートナーチェンジとなり本日の主役のアーシャ嬢の手を握る、少し顔が赤いみたいだが大丈夫だろうか?

 

「その、リーンハルト様はダンスもお上手なのですわね」

 

「恥をかかない程度には仕込まれています、アーシャ様の方こそ観客の視線を独り占めですよ」

 

「そんな事は……私はリーンハルト様の……その、私だけを……」

 

 何かを言っているが小声で聞き取れない、彼女の細い腰を抱いてターンする、流石に深窓の令嬢はダンスも上手く殆どリードを必要としない。

 次に最初のパートナーにチェンジし暫く踊るとダンスは終了、最初の男女向かい合う位置に戻り一礼してホールの隅へと移動する、気疲れが酷くなってきた。

 

 ホール中で男性からのダンスの申し込みが聞こえる、女性陣全体の半数位が男性陣に申し込まれホールに誘なわれていく。

 誘われなかった女性陣は寂しそうに壁際へと移動していった……

 

 カクテルグラスを二つ取り一つをジゼル嬢へと渡す、本日の主役のアーシャ嬢はデオドラ男爵の側へと移動した。

 彼女を誘うにはデオドラ男爵の目の前で行わなければならず、女性には断る権利も有る。

 

「お疲れ様でした。流石はジゼル様ですね、僕の方がリードされてましたか?」

 

「いえ、リーンハルト様も大変お上手ですわ。魔法に傾倒してると言われながら一通りの事を熟せるのですね」

 

 壁側に用意された椅子に彼女を座らせ、その前に壁の様にして立って会話をする。

 だが周りに立っている女性陣が一斉に僕をチラチラ見るのには困った、ダンスに誘えって事だろうな。

 

「リーンハルト様、あちらの壁際にエロール様が立っています。次のタイミングでダンスに誘って下さい、その次のワルツのお相手は私ですからお忘れなく」

 

 先ずはバーナム伯爵の養女であるエロール嬢から誘う訳か、しかし派閥トップの娘を誰も誘わないのは何故だろう?

 

「分かった、でも誰も彼女を誘わない訳は?仮にも派閥トップの令嬢を壁の華にするのは問題じゃないのかな」

 

 ジゼル嬢が苦笑いをした、困った事情がありそうだな。

 

「それはバーナム伯爵もお父様と同じ様に強い男を求めるからです、模擬戦で恥をかきたくない殿方はエロール様を誘いませんわ」

 

 それって僕だって嫌なんだけど、脳筋の戦闘狂なんてデオドラ男爵一人だけで十分なんだけど!

 

「つまり彼女を誘うと父親から模擬戦に誘われる訳ですね、それは辛いでしょう」

 

「しかし舞踏会主催の関係者が誘う場合は当て嵌まりません、それでは永遠に壁の華ですから」

 

 それは当然だな、舞踏会を白けさせない為に誘う連中まで無差別に模擬戦に誘われたら嫌だろう。そろそろ演奏が終わるし誘いに行きますか。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「エロール様、僕と一曲お願いしても宜しいでしょうか?」

 

 壁際に近付くと並んだ女性達が僕を見詰めるが、視線をエロール嬢から逸らさずに真っ直ぐ近付き手を差し出す。

 彼女も僕が近付くのを見ていたから見つめ合う形となったが仕方ないだろう、因みにグレース嬢も壁の華をしていた。

 美人だが我が儘で金使いの荒い女性だから、男性陣からは敬遠されてるのだろう。

 

「私で宜しければ喜んでお相手致しますわ」

 

 優雅にスカートの裾を持ち上げて一礼してから手を差し出して来たので、軽く握ってフロア中央へと誘う。

 ダンスの輪の中に流れる様に合流する、彼女のステップは少しぎこちないが問題無くリード出来る。

 

「ホスト役として私を誘うとは殆どデオドラ男爵様の一族待遇なのですね?」

 

「一族と言うか僕はデオドラ男爵の愛娘を二人も嫁に貰いますから助力は惜しまないのです」

 

「ふふふ、近くで触れていると分かります。凄い均一で制御された魔力、私など殿方とダンスをする事に緊張して揺らいでるのに……」

 

 確かに彼女が身に纏う魔力は僅かながら揺らいでいる、自分で言う様に精神的動揺なのだろう。

 

「こればかりは慣れと鍛練しか無いでしょうね、魔法とは気の遠くなる反復訓練により精度を増しますから」

 

 彼女の腰を押さえて身体をのけ反らせる、引き上げてクルリと一回転させて腕の中に抱いてから離れる。

 

「今度魔法について御教授下さい」

 

「ええ、機会が有りましたら必ず」

 

 クルリと回り次のパートナーに送り出し自分も新しいパートナーの手を取る、年上の勝ち気そうなお嬢様だ。

 

「宜しくお願いしますわ、リーンハルト様。私はジュレル子爵の次女、オレーヌです」

 

「こちらこそ宜しくお願いします、オレーヌ様」

 

 右手を握り腰に手を回す、残念ながら少し彼女の方が背が高い。

 

「私、バイオリンを習っておりますの。リーンハルト様は何か楽器を嗜まれますでしょうか?」

 

 楽器、王族って何でも小さい頃から叩き込まれるよな、当時は嫌だったが今は助かるのか?

 

「それは偶然ですね、僕もバイオリンなら何とか人に聞かせられる程度は嗜んでいます」

 

 共通の話題を探すのは大変だ、下手に出ずに話を繋げなければならない、上級者はエスプリ(上品な冗談)をきかせて話を盛り上げるそうだが僕には無理だ。

 着飾った美しい女性達との会話より、サリアリス様との魔法談議の方が楽しいと感じている。確かに魔法馬鹿とは良く言ったものだ。

 

「優しく微笑まれて何か嬉しい事でも?」

 

 む、他の事を考えている事がバレてしまったかな?

 

「いえ、本格的な舞踏会は初めてなのですが何とか恥をかかずにエスコート出来てるなと思いまして」

 

「素敵な紳士振りですわ、今度我が家主催の音楽会にご招待致します」

 

 微笑んで回答を避けて次のダンスパートナーへと向きを変える、長い未だ四人か五人位は踊るのか……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 何とか無難にダンスを熟し曲の終わりと共に最後のパートナーと向き合い一礼してジゼル嬢の所に戻る、少し時間を置いてからパートナーチェンジの無いワルツになる。

 一回目の本命探し、周りの紳士淑女の恋の駆け引きをボンヤリと見る。

 

「お目当てのレディは居ましたか?」

 

「ええ、僕の側に居てくれてます」

 

 これは僕の側で支えてくれていると言う意味も含めた、側にいるジゼル嬢の他にイルメラやウィンディアの事もだ。

 

「咲き誇る華達には見向きもしないのですか?」

 

 これは周りで聞き耳を立てる紳士淑女への牽制か、場を良く使う謀略令嬢に感心する。

 

「自分の心の花園に大切な華は咲いている、それだけで良いんだ」

 

「それは、その……リーンハルト様は女性の扱いに慣れていませんか?」

 

 少し拗ね気味だが僕らしくない気障っぽい台詞だったかな、自分で言ってて恥ずかしくなった。

 

「何時の世も男にとって女性とは理解の追い付かないモノです、魔術の深遠の様に追い続ける事になるのでしょう。

さて、ワルツが始まりますね。我が姫よ、一曲お願いします」

 

 前にメディア嬢にしか言ってないと拗ねられた台詞だ、君は我が姫よりは我が軍師か参謀だと思うけどね。

 

「喜んでお受け致しますわ、私のナイト様」

 

 彼女の白く細い手を握りホールの中心へと進む、周りからの視線が集中するのは彼女の美しさか僕への怨嗟の感情からか……

 緩やかな出だしから始まるワルツの調べに乗って踊る、周りにも気を配らないと足を掛けたり体を寄せてきたりとステップを邪魔する奴が居るんだよね。

 恥をかかせるつもりだが宮廷魔術師筆頭として魔導師団を率いて他国に進攻し続け怨みを買い続けた僕は、同時に王族として多くの舞踏会にも呼ばれて慣れている。

 

 足を引っ掻けようとした見知らぬ貴族子弟を躱した後に軽く殺気を込めて睨む、動揺してステップが乱れたな。

 

「見事なステップですわね、リーンハルト様に不逞を働いた方々は全て覚えましたわ」

 

 顔を胸に押し付けて小声で怖い事を囁かれたが大分周りから反感を買っているな。

 

「これは一悶着有るな、アーシャ嬢の晴れの日を汚す奴等だから纏めて模擬戦で潰すかな……」

 

「怖いですわね、でも私も同意見です。何か有れば私が場を誘導しますから思う存分やって下さい」

 

 輝く笑顔で怖い事を言われたが、あからさまに仕掛けてくるのは脳筋故の馬鹿達だ。

 だから分かり易く力の差を分からせる必要が有る、その状況を我が姫(軍師)が設けてくれるのだ、後は全力で潰せば良い。

 

「リーンハルト様、物凄く好戦的な笑みですわ。少し抑えて下さい」

 

「ふふふ、そうですか?そうですね、僕にもデオドラ男爵一族と通じるモノが有る、それだけの事です」

 

 ジゼル嬢の耳元に顔を近付けて囁く、僕にも戦闘狂の資質が有ったとは東方の諺で『朱に染まれば赤くなる』と有るがソレだな。

 

「私、伴侶を間違えたでしょうか?知的で優しい殿方が理想なのですが……」

 

「魔導の真髄を教えて差し上げましょう、僕は家族には優しい男です、まさに理想ですね」

 

「貴方と言う人は……普段と全く違いますが、それが本性ですか?」

 

 丁度ワルツの調べが終わった、アーシャ嬢の誕生日パーティーを汚す奴等を潰す、方法と後の対処はジゼル嬢が考えてくれる。

 

「僕はですね、意外と狂暴で我が儘で独占欲が強く欲張りで堪え性も無いんですよ。ご存知の様に魔導の追求に歯止めが利かない男です、きっとジゼル様は呆れているでしょう」

 

 勿論私は知ってましたわ、とジゼル嬢に少しだけ呆れた笑みで言われてしまった。

 

 


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