古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第204話

 本日の誕生日パーティーの主役であるアーシャ嬢が二階の階段前に現れた、フロア全体から見上げられる位置だ。

 周りから色々な感情が溢れる、称賛・嫉妬・賛美・畏敬……

 

 その全てを受けて尚、彼女は魅惑的に微笑んだ。

 

「中々どうして、肝が据わってるね。これだけの人間から色々な感情をぶつけられて自然に笑えるなんて凄い事だよ」

 

「リーンハルト様、気付いて下さい。アーシャ姉様はリーンハルト様しか見てませんわ」

 

 ジゼル嬢の言う通り視線が僕の方を向いている、さり気なさを装っているから分かり辛いけど。

 

「アーシャ姉様にとって来客の殆どは有象無象な存在、今日の誕生日パーティーは社交界へのデビューと共にリーンハルト様に嫁ぐ為の通過儀礼にしか過ぎないのでしょう」

 

「それは……」

 

 アーシャ嬢から目が離せずに応えに詰まる、今日の彼女は華やかな中に儚さを感じさせる美しさが有り主役に相応しい。

 淡いブルーのドレスに僕が作ったティアラとネックレス、更に鷹のブレスレットまで身に付けてくれている、グレードが違いすぎて不釣り合いだろうに。

 

 一歩一歩優雅に階段を下りる度に周りから溜め息や呟きが漏れる、誕生日パーティーの主役として誰もが見惚れる美しさだな。

 

「ジゼル様、僕等にも視線を向ける方々が多いですよ」

 

 善意だけでない悪意も感じるが転生前に慣れた視線だ、直接手を出せないが視線だけはって感じだな。

 

「リーンハルト様の品定めですわ、未成年で爵位持ち、既に新貴族街に自分の屋敷を構えられる財力。

そして冒険者ギルドランクCという誰もが認める強さを持つ貴方と、どうしてもお近付きになりたい紳士淑女が多いからですわ」

 

 コチラも見惚れる様な笑顔を浮かべ僕に顔を寄せてくる、だが会話の内容は甘さは全く無いし右腕を掴む指に力が入ってます。

 しかし何人かには僕の方からダンスの申し込みをしなきゃ駄目なんだよな、トロールやワイバーンに挑む方が気楽だよ。

 

 アーシャ嬢が一階迄下りて来てスカートの裾を摘み優雅に一礼すると拍手が沸き起こる、鳴り止んだ所でデオドラ男爵の挨拶が始まる。

 

『本日は我が娘であるアーシャの十六歳の誕生日を祝う為に……』

 

 デオドラ男爵の挨拶の後にアーシャ嬢の挨拶か、その後暫くは立食式のパーティーと挨拶まわり、僕はジゼル嬢をエスコートして……

 

『さて、この嬉しき日に更に二つの祝い事が有る。皆も知っていると思うが我が娘ジゼルの婚約者である、リーンハルト・フォン・バーレイ殿が爵位を賜る事となった』

 

 え?そんなサプライズ発表は聞いていませんよ、僕の前に居た来客達が左右に分かれて皆が僕に視線を向ける。な、何か僕も言わねばならないのか?

 

『リーンハルト殿は先日のローラン公爵家の御家騒動を解決した功労者の一人、故にローラン公爵から従来男爵位を領地付きで与えるとの言葉をうけたが、我等が派閥からの移籍を良しとせずに断った。

その厚い忠誠と義理堅さに報いる為に、我が娘アーシャを側室として嫁がせる事にする』

 

 一旦言葉を切った後に会場全体がどよめいた、たった今社交界にデビューした若く美しい令嬢が即日嫁ぐのだ。

 自分達が狙っていたのだから騒ぎたくもなるが、自分達の派閥の為に領地と爵位も断った僕に文句を言えば自分の品位と派閥への忠誠心を疑われる。

 上手い振りだが事前に言って欲しかった、ウェルカムスピーチで言わずにパーティーの最後あたりで言って欲しかったのは我が儘か?

 

「リーンハルト殿は既にジゼル嬢と婚約をしているだろう?」

 

 群衆の中から質問が飛んだ。

 

「そうだ、我が娘ジゼルは成人後に本妻として嫁ぐ事になるな」

 

「姉妹で寵を競わせるとは悪趣味ではないですか?」

 

 未だ若い貴族の男性から質問が続く、やはりアーシャ嬢狙いの連中か。

 

「前例が無い訳ではないな、止める理由にはならない」

 

「貴方の娘を二人も娶る資格が、リーンハルト殿に有るのですか?」

 

 資格と来たぞ、どんな資格が僕に必要なんだ?

 

「逆に聞くが資格とは何だ?自らの功績で爵位を賜り財力も有り力も有る、他に何が必要なんだ?」

 

「そっ、それは……その……」

 

 理由は自分がアーシャ嬢を狙っていたのに後から僕に横取りされちゃ堪らないって事だろう。

 未だ何人かが反対意見を言うがデオドラ男爵は取り合わない、流石にアーシャ嬢は自分が欲しいから反対だと本音は言えないか。

 根拠も説得力も無い事を言う男達に冷めた目を向ける女性陣、この後の舞踏会で結婚相手の品定めが始まるのに最初からマイナス評価は辛いだろう。

 一番人気は爵位も財産も相続出来る長男で次男以降は評価がグッと下がるらしい。

 

「そこまでだ!

折角の祝いの場に無粋な話も無いだろう、デオドラ男爵がアーシャ嬢を与えてなければ俺がエロールを与えていただけの話だ。リーンハルト殿、より一層の活躍を期待するぞ!」

 

「はい、肝に命じて精進致します」

 

 本日の主賓であり派閥の長であるバーナム伯爵の一言で場は収まった、この後は懇親を兼ねた立食パーティーだが挨拶ばかりで苦労しそうだな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 朝からコック達が準備をしていた料理が並ぶ、メニューは由緒正しき宮廷料理だ。

 目の前に有る大皿に見栄え良く盛り付けられただけでも、牛の脂と骨髄を刻み込んだ牛のパテとウナギのパテ。

 ブーダンと呼ばれる豚の血と脂の赤ソーセージ・ひき肉とジャガイモを詰めたパテ。

 玉葱と葡萄酒入りの兎肉シチューに空豆の濾し汁、牛と羊の大ぶり塩漬け肉。

 

 普通では食べられない王宮に伝わる懐かしき古式ゆかしいレシピに基づいた料理だ、だが料理を味わう前に主賓に挨拶に行かなければならない。

 ジゼル嬢をエスコートしながらデオドラ男爵と談笑するバーナム伯爵に近付く、直ぐに僕達に気が付いて身体ごと向けて待ち構えられた。

 周りの連中もさり気なく意識を向けている、妙に静まり返ったぞ。

 

「直接話すのは初めてだな」

 

「リーンハルト・フォン・バーレイです、以後お見知りおきを」

 

 貴族的礼節に則って一礼する、半歩下がったジゼル嬢も僕の動きに合わせて頭を下げる。

 

「固い話は良い、バーレイ男爵からリーンハルト殿の廃嫡の話を聞いた時は当然だと認めたのだが、僅か二ヶ月で爵位を賜る程に活躍するとは予想外だったぞ」

 

「良き出会いが有り、お陰で冒険者として何とか一人前として活動し始めたばかりです」

 

 そう言えば何故早く廃嫡させなかったのだと父上に言って落ち込ませた事が有ったな、基本的に僕はバーナム伯爵には直接の恩義を感じていない。

 父上とデオドラ男爵の為に今の派閥に残っている。

 

「ふむ、気負わずに真面目だな。そうだ、コイツは我が娘のエロール。養女だがリーンハルト殿と同じく魔術師なので宜しくしてやってくれ」

 

 バーナム伯爵の後ろに控えていた彼女を紹介された、因みに長男のゲッペルス殿は離れて女性陣に囲まれている、女癖が悪いとマイナス評判だが、それでも派閥の長の後継ぎは人気者だな。

 

「エロールと申します、宜しくお願い致します」

 

「リーンハルト・フォン・バーレイです、こちらこそ宜しくお願いします」

 

 この娘はダンスに誘わなければ駄目な主賓の連れだ、典型的なエムデン王国人の特徴を持っている。

 金髪碧眼、癖の無い髪を腰まで伸ばしている、ドレス姿なのに手には杖を持っている。

 バーナム伯爵の派閥の連中は必ず何等かの武器を帯びているが、これが武闘派って事か……

 

「リーンハルト様は杖を持っていないのでしょうか?」

 

 普段から武器を帯びる習慣は無いのだが彼女の中では僕の考えの方が普通じゃないんだな。

 

「はい、そうですね。常に手にはしていませんが直ぐに取り出す事は出来ます」

 

 エロール嬢の要望により空間創造からカッカラを取り出す、月桂樹の杖や蛇骨の杖は別の意味で問題になりそうだ。

 

「変わった杖ですわね、全金属製で何やら槍みたいですわ」

 

 じっくりと観察されて槍みたいと評価された、杖でも前提が直接攻撃の武器なのだろう。

 確かに棒術や杖術と言う武術も有るが、魔術師が直接戦闘は最後の最後の手段で率先して前線で直接攻撃は駄目だろう。

 

「そうですね、攻撃を捌く事に重きを置いた固定化を重ね掛けした物です。先端は尖ってますから確かに槍として代用も可能ですが……

ああ、次の挨拶の方がお待ちですね。また後程お話させて頂ければ幸いです」

 

 主賓を長く拘束しては不味いので話を切り上げて一礼し次の挨拶に回る、長い戦いになりそうだ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「どうだった、エロールよ」

 

「レベル30と聞いてましたが私と差が有り過ぎて何とも言えませんが、ユリエル様の言われた通りの強さは肌で感じました。

今の私では絶対に勝てない、身に纏う魔力の制御一つ取っても素晴らしいの一言です」

 

 ライル団長と談笑する若き魔術師を見る、俺よりもデオドラ男爵の為にローラン公爵の誘いを蹴った男。

 ユリエル殿が宮廷魔術師に推薦を考える程の男だが、僅か二ヶ月前には考えられない結果となった。

 あの歳で自らの功績で爵位を賜ったのは珍しい、普通は実家の助力が当たり前なのに一切無い。

 

「そうか、だが友好的にな。他の派閥に引き抜かれては困る、場合によってはお前を側室に送り込むぞ」

 

 他の派閥と比較して抱える魔術師が少ない俺達には必要な人材だ、エロールみたいに養女にしたりして集めてはいるが絶対数が少ない。

 

「最近噂が絶えない殿方ですが女好き、平民ハーレム、デオドラ男爵の腰巾着などのマイナス要素は感じられません」

 

 マイナスの噂とは大低の場合、本人を陥れる為の悪意有る嘘だからな、それを鵜呑みにして裏を取る事をしないのは馬鹿だ。

 

「英雄色を好む、奴の冒険者パーティは見目麗しい女性だけだが奴は最初にジゼル嬢を拒み、ローラン公爵から褒美で与えられたニールと言う女には手も付けずデオドラ男爵に預けた。

デオドラ男爵からも言われたよ、奴は色事では靡かないとな」

 

 なのにアーシャ嬢の側室話は受けた、どちらも遜色無い美貌だが妹の方が遥かに有能だぞ。

 

「ジゼル様は才媛故に感情は表に出しませんが、アーシャ様は頻繁にリーンハルト様に視線を送っています。

噂では婚約者のジゼル様と相思相愛と有りますが実の所その相手、アーシャ様の方なのではないのでしょうか?」

 

 我が養女ながら良く見ている、デオドラ男爵が娘二人を嫁がせる理由の一つかもしれないな。

 

「どちらにしても派閥から逃がすつもりはない、友好的に接してくれ」

 

 ユリエル殿が言う通りに宮廷魔術師にもなれる器なら良し、だが今でも十分に有能だ、どちらに転んでも構わない。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 あれからライル団長やユリエル様達の主要な来客達に挨拶を終えて漸く父上達の所に辿り着いた。

 

「父上、インゴ」

 

 向こうも挨拶回りを終えたのか、テーブルで料理を食べまくるインゴを見守る父上に近付く。

 

「ああ、リーンハルトか。お前も色々と大変だが、たまには実家に帰れよ」

 

「バーレイ男爵、インゴ様、ようこそいらっしゃっいました」

 

「ジゼル嬢も久し振りだな、インゴとは初めて会うのかな?」

 

 流石はジゼル嬢がそつなく挨拶をするが、インゴが呆けてる、皿とフォークは置いてくれ。

 

「あっ、はい。その、初めましてです」

 

 アラアラって優しく微笑んでいるが、インゴが食べ物以外に興味を持つとはジゼル嬢も罪作りだな。

 だがインゴだってバーレイ男爵家の正当後継者、舞踏会ではそれなりに人気が有ると思うが、真っ赤になって下を向いてしまっては先が思いやられる。

 

「お前、アーシャ嬢の話はエルナに直接説明しろよ。お前が屋敷を構えた事を相当喜んでだな、近々訪ねる話もしているぞ」

 

「はい、歓迎しますと伝えて下さい」

 

 家族の会話にすら周りからの注目度が凄い、だがインゴも社交界に慣れさせないと厳しいぞ。

 

「リーンハルト様、そろそろ時間ですわ」

 

「では父上、来週伺いますとエルナ様に伝えて下さい」

 もう直ぐ舞踏会が始まる、緊張するな。

 


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