古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第四部
第200話


 わざわざタイラントが馬車を仕立てて自ら迎えに来る程の緊急性の有る用事、思い当たる節は幾つか有る。

 普段から寡黙で言われた事以外は不用意に喋らないが、タイラントは祖父のバーレイ本家から父上に遣わされた有能な人材。

 その彼が此処まで緊張するとは……

 

 暫くすると馬車はバーレイ男爵家に到着、直ぐに父上の執務室に通された。

 

「父上、只今参りましたが何か有りましたか?」

 

 目を閉じて無言で椅子に座る父上に話し掛けると、漸く僕を見詰めてくるが表情は固い。

 

「まぁ座れ」

 

 言われた通り向かい側に座る、緊張して掌に汗をかいたのでズボンで拭く、一体何が有ったのだ?

 

「先程、王宮から勅使が来た」

 

「はい」

 

 王宮からの勅使とは只事じゃないぞ、サリアリス様かローラン公爵絡みだろうか?

 

「エムデン王国アウレール国王直筆の親書とお言葉を頂いた。

『リーンハルト・フォン・バーレイ、この度のローラン公爵家の騒動及びボルガ砦の件において重要な働きをした事を評価し新貴族男爵位を与える』とな」

 

「それは……」

 

 成人前の僕に爵位だと?

 前例は有るがアウレール国王自らが直筆の親書を書くのは珍しい、僕は男爵家の長男でしかなく普通は貴族院からの通達だけだ。

 

「めでたい事だ、だが今回の様にアウレール国王自らが親書を認めてくれた事の意味は重い。

しかも推薦人はローラン公爵とサリアリス様だ、ローラン公爵は返上した爵位を恩人たるお前に与えて欲しいとの事だ。

何でも派閥替えを嫌がり領地付きの爵位を蹴ったそうだな、国から賜る爵位なら派閥は関係無い。

ローラン公爵はそこ迄お前に配慮した」

 

 なる程、爵位を賜るのはめでたいのだがアウレール国王自ら親書を書く異例さと、敵対こそしてないが他の派閥のトップが推薦してくれた事が心配なんだな。

 

「確かにローラン公爵から報酬として爵位の件は話が有りました、領地付き男爵位と世話をしている女性を選べと……

僕は両方拒みましたがサリアリス様の執り成しにより報酬として金貨二千枚と魔法戦士のニールを選び、彼女はジゼル様の護衛としてデオドラ男爵に預けたのです」

 

「そうらしいな、詳細はサリアリス様の親書にも書いて有る。

お前、魔術師ギルドに入りサリアリス様の研究助手になったそうだな。

この件はサリアリス様が調整に動いた、ローラン公爵の他にはユリエル様とアンドレアル様にバルバドス様まで共同推薦者だ。

現役宮廷魔術師筆頭を含む四人に公爵、しかも爵位は返上した分が有るので空きがある。

しかし我等の派閥の長であるバーナム伯爵が何も絡んでないのが問題だ」

 

 父上の深い溜め息の意味を理解した、僕は現派閥トップのバーナム伯爵とは殆ど縁が無く直接話した事も無い。

 僕は派閥構成員の息子でしかなく、僕の義理は父上とデオドラ男爵に向いている、バーナム伯爵としてもいきなり他派閥の推薦で爵位授与とか面白くないだろう。

 

「けして軽んじていた訳では有りませんが、僕の立場で用も無く直接バーナム伯爵に会うのは無理が有りました」

 

 接点など何も無く向こうも関心が薄かった、いやデオドラ男爵が上手くやってくれてたのだろう。

 だが此処に来てアウレール国王まで巻き込んだ爵位授与の話なら無関係では居られない。

 

「そうだな、俺ですらお前の廃嫡の件の報告はバーナム伯爵本人にしていない」

 

 派閥の長など雲の上の存在だ、だがアウレール国王からの直々のお言葉なら断る事は出来ない、断るつもりも無い。

 

「今バーナム伯爵に使者を出した、授与式は来週だが既に告知はされたから周りの知る事になろう」

 

 来週か、アーシャ様の誕生日パーティーの後になるのか……そう言えば父上にアーシャ嬢を側室に貰う件を言ってなかった、だけど今言える雰囲気では無い気がする。

 

「それと爵位を賜るとなるとだな、それなりの準備が必要になる」

 

「準備と言いますと?」

 

 表情が少し柔らかくなった、バーナム伯爵の件は連絡待ちって事だな。

 ソファーに移りワインを取り出して注いでくれたが、コレってエルナ嬢が怒り出す駄目なパターンじゃないか?

 

「まぁ乾杯だ。お前が廃嫡する事になって悔しかったが、まさか自分の功績で二ヶ月程度で爵位を賜るとはな。我が息子ながら大した奴だよ」

 

 ワシワシと頭を撫でられたが最近は撫でられる事が多いな、サリアリス様も撫で癖が有るし。

 

「有り難う御座います、運と偶然の重なりでしょう」

 

 軽くワイングラスを持ち上げて乾杯、半分位を飲むが高級品なのが分かる。

 

「それで準備とは、何を用意すれば良いのでしょうか?」

 

 爵位を賜るなど初めてだから何が必要なのかも分からない。

 

「リーンハルト、冒険者として活動して二ヶ月だが幾ら貯めた?

流石にあの家には住めないぞ、仮にも男爵本人が商業区の民家住まいは駄目だ。貴族街の外れでも金貨五千枚は必要だぞ」

 

 え?自分の屋敷を構えろって事なの?

 

「何を呆けているんだ、最低限のメイドや執事も必要になるだろう。俺がお前に用意出来るのは金貨二千枚で一杯だ、悪いがな」

 

 アーシャ嬢を側室に貰うなら引っ越しは必要だとは思ったが、まさか貴族街に自分の屋敷を成人前に用意する必要が有るとは驚いた。

 

「普通なら既に屋敷を持っている位の活躍が無いと爵位など貰えないが、お前の場合は急だからな。

それにアウレール国王自らが活躍を認めて決めた爵位授与だ、まさか本人が商業区の民家に住んでますは無理だぞ」

 

 お金か、幾ら有るかと言えばローラン公爵から金貨二千枚、アグリッサさん達から鎧の代金で金貨千枚、デオドラ男爵から諸々の報酬で金貨二千枚。

 後は冒険者としての配当収入も多めに貰ってるから金貨二千枚、合計で七千枚は用意出来る。

 

 それと他の貴族への配慮や面子と見栄の問題だな、下手をすると反対派が貴族として相応しくないとか言い出しそうだ。

 普通なら問題無い事も僕の場合は特殊だから色々と考えなければ駄目なんだろう。

 

「手持ちの資金は金貨七千枚です」

 

 父上が少し引いた様に驚いた顔をした、まさか七千枚とか思ってなかったのだろう。

 

「合わせて九千枚、執事はタイラントを連れて行けば良いだろう。メイドはな、デオドラ男爵がアーシャ嬢付きのを二人連れて行かせるそうだ。

お前、彼女を側室に迎えるそうだな、持参金は破格の金貨一万枚だそうだぞ。

合わせて金貨一万九千枚なら大丈夫だ、明日屋敷を探しに行くぞ。候補は幾つか有る、後はお前が気に入るかだな」

 

 サラリとアーシャ嬢の事を言われたが、デオドラ男爵かジゼル嬢からの情報か?

 だが持参金が金貨一万枚って側室に迎えたら相応の暮らしをさせろって意味だ、家族を養う者の責任者が両肩にのし掛かる。

 

「父上、アーシャ様の事はですね」

 

 何故知っているんだ、未だ返事はしてない、先延ばしにしてるのに……

 

「成人後に本妻としてジゼル嬢を迎えるのだろ?

お前は男爵位を賜るが役職は無いから暫くは冒険者家業を続けると良い、後はしかるべき時期にサリアリス様が宮廷魔術師へと推薦してくれるそうだ。

既に実力は宮廷魔術師の末席なら直ぐにでもOKらしいな」

 

 話が進み過ぎて何が何だか分からないぞ、サリアリス様が暴走したのか?

 

「兎に角だ、今日は泊まって行け。明日朝一番で候補の屋敷を廻ろう。それとエルナが話したがっていたぞ」

 

 あはは、と笑ってごまかした。お茶会として五人と会っているのだから、もう終了にして欲しい。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 貴族が住む屋敷の売買にはいくつかの方法が有る。一つは複数所有してたり引っ越す予定の屋敷を譲って貰うのだが今回はタイミングが合わない。

 次はやむを得ない事情で手放した屋敷を管理している者から買い取る事、これは資産に余裕の有る貴族や豪商が相手だ。

 身の丈に合わない屋敷の維持は大変なのは理解した、父上でさえ執事が二人に住み込みのメイドが三人、他に通いの料理人が居る位だ。

 僕の場合だと自分とイルメラにウィンディアの三人の他にアーシャ嬢とお付きのメイドが二人、それに執事のタイラントが来てくれる。

 後必要なのは料理人と僕等用のメイドが二人、もうイルメラやウィンディアに家事は任せられなくなる。

 側室が専属メイドを連れてくるのにパーティメンバーが兼任は無理だ、最悪イルメラには僕専属として世話をして貰うか。

 単純計算で毎月タイラントに金貨三十枚、メイド四人で合計金貨八十枚、料理人二人として合計金貨三十枚、全部足すと毎月人件費だけで金貨百四十枚。

 屋敷の維持費、庭の手入れは専門の植木職人だし考えると溜め息が……

 

「何だ、溜め息など幸せが逃げるぞ」

 

「いえ、世の中の一家の大黒柱の苦労が分かった気がします」

 

「家族を持つとはそういう事だ。着いたぞ、先ずは一番お勧めの屋敷だ」

 

 馬車の窓から覗くと未だ新しい外観の二階建ての屋敷の前だった、正門から真っ直ぐ延びた途中に噴水が有り馬車は噴水の周りを回る様にして玄関前に付ける。

 馬の鳴き声で気付いたのか屋敷から商人風の中年男性が 出て来て深く頭を下げた。

 

「ようこそ、おいで下さいました。バーレイ男爵様」

 

「うむ、屋敷の中は見れるか?」

 

「勿論で御座います。ささ、こちらへ」

 

 此処は豪商が管理する屋敷か、つまり資金難で手放したんだな。

 玄関を入ると小ホールとなっており左右から上れる階段の踊り場は一寸したベランダだな、一階を見下ろす事が出来る。

 左右には廊下と扉が四枚ずつ、上は居住スペースで下は食堂等の共用スペースか、天井から吊り下がるシャンデリアは中々立派だ。

 

「どうでしょうか?残念ながら新築故に時の重みは感じられませんが、御子息様が新たな爵位を賜るならば丁度良いかと存じます」

 

「どうだ、リーンハルト?」

 

 第一印象は悪くない。

 

「はい、各部屋も見せて貰いたいですね」

 

「ささ、コチラへ。今話題の『ゴーレムマスター』様にご案内出来るとは光栄で御座います」

 

 凄い下手に出る人だな、まぁ父上はエムデン王国聖騎士団の副団長だし当たり前の対応か?

 その後部屋を全て見させて貰ったが寝室五部屋に客室が二部屋、応接室に執務室、大食堂に風呂が二つ、後は倉庫や使用人のスペースと中々の広さで金貨七千枚となる。

 因みに最低限の家具は揃っているが足りない物も多い、不足分はライラック商会に頼めば良いか。

 

「流石は父上、悪くはないですね。一応他の物件も見たいのですが、これ以下の物は不要です」

 

「そうか、一番のお勧めだったからな。これ以上となると後は一つしかないぞ」

 

 流石は父上の見立てだ、寝室五部屋は多いかも知れないが来年ジゼル嬢を迎える予定と言えば他の側室や妾は断れるな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 結局あと一つの方は規模が同程度で少し歴史が有る屋敷だったが売値は金貨一万枚、予算内だが見栄を張る必要も無いと思い断った。

 残りは規模が小さく売値も金貨五千枚と三千五百枚、共に新しい建物だ。

 今回購入した屋敷だが元は二百年近い歴史有る屋敷だったが老朽化と元々高価な造りでは無かったので解体し今風に新築した。

 現代風の為に設備も新しく使い易い、隙を見て固定化の魔法を重ね掛けすれば耐久性も増すし防犯設備も色々と計画している。

 

 ライラック商会に不足の調度品を頼んだら下見に来てくれるそうだ、お祝いとして格安にしますと張り切っていた。

 バーナム伯爵からの返事は爵位授与後に派閥のお披露目を兼ねたパーティーを催してくれる事で一件落着、デオドラ男爵の尽力が有ったそうだ。

 愛娘二人を嫁がせるのだから離反も二心も無い、有れば既に条件の良いローラン公爵の申し出を受けていると説明してくれたそうだ。

 

 アーシャ嬢の誕生日パーティー迄は昼間は魔法迷宮バンクの六階層のボス狩りを続けてマジックアイテムの収集と資金集めに奔走し、夕方から屋敷の手入れ……

 主に固定化の魔法の重ね掛けと防犯用の仕込みに費やした、下手な砦より強固な造りとなったが魔術師故に凝り過ぎたかな?

 


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