我はツアイツ・フォン・ハーナウ、今は無きルトライン帝国の宮廷魔術師の筆頭だった。
王族の末端、4人目の側室の次男という微妙な位置に生まれた王位継承権第11位の王子だった。
王位継承権も二桁にもなれば誰も次期王になれるとも思ってないし母親の親族も権力争いの中で徐々に宮廷の中での権力を失っていった。
どうでも良い王族として、この先他国への人質か婚姻外交の駒として実の父親からも思われていた籠の鳥が幼少時代の我だ。
だが人生の転機とは意外な所からやって来た。
人質として送られたハンザ共和国で知り合った一人の老魔術師に出会い、そして魔術の素質を見出され彼に師事した。
ブルクハルト先生は人質だった我に惜しみなく魔術を教えてくれた。まるで我が子に対するような親身さで……。
我は親の愛情を知らないで育ったので、ブルクハルト先生を師とも父親とも思い人一倍努力した。
皮肉にも、この人質時代の5年間が我の人生で一番幸せだった、輝いていた。
尊敬する師の下で魔術を学び、誰にも期待されていなかった我が徐々にだが周りから認められていった。
気が付けばブルクハルト先生の弟子達の中で一番になっていた。
だが人生とは皮肉なもので魔術師として一人前として名乗れる程になった頃、突然の祖国への帰還命令。
そして我が祖国ルトライン帝国はハンザ共和国に宣戦布告、我は戦場で師と戦う事となった。
結局、我はルトライン帝国にいいように使われた人生だった、幾多の戦場に駆り出され妻さえも権力争いの道具として負かした国の姫を娶った。
自分の国を蹂躙した相手に身を任せる忌まわしさの為に最初の妻は新婚初夜の翌日に自害した。我に恨み言を綴った手紙を残して……
結局我の最期も我の力を恐れた王が周辺諸国を統一した後に、戦争の全ての罪を濡れ衣という形で我に被せて処刑し、国民の不満を我に押し付けて自分の政治基盤を強固にしたのだ。
王が我を疎ましく思っているのは分かっていたのだが、血の繫がった息子を殺すとは考えてなかった。この甘さが命取りになった。
我とて黙って殺される心算は無く、この魔法迷宮を造り死後の魂を腕輪に封じ込めた、何時の日かこの迷宮を制覇した者に憑依し転生する為に。
我には神より授かった
この魔法迷宮に財産の全てを収納し魂を封じた腕輪を残した。何時か誰かがこの魔法迷宮に訪れると信じて……
魂の抜けた我の肉体は普通に処刑されたみたいだがな。
だが300年以上も待って初めて現れたのが、この眼下に眠る連中だ……。
「戦士か、魔術師としての我の父親としてどうなのだ?
我はもう権力争いなど懲り懲りだ、第二の人生は自由気ままに生きてみたいから丁度良いか?
地位も権力も邪魔でしか無い、溜め込んだ私財は豊富だから生活には困らない。冒険者として生きるのも一興か?」
いくら転生しようが永く生きようが甘い性格を矯正する事は出来ないかも知れないが、次は自由な生き方がしたいのだ。
◇◇◇◇◇◇
戦士の記憶を読む……。
「ふむ、男爵家の次男か……微妙だが王弟からの依頼を達成したとなれば地位は上がるやもしれんな。だが逆に我が転生し魂が定着するまでの無防備な10年間を無事に守り過ごすだけの力は有るだろう」
我が転生する為には、この者の子供として生を受けねばならぬが元々の子供の魂と融合しなければならない。
だがそれには10年以上の歳月が掛かるのだ、その間の我の自我は無いに等しい、故に無防備だ。
「それに亡国の危機だ、貴族ならば攻め滅ぼした敵国から粛清される可能性も有る……」
次の訪問者を待つには我の時間が少ない、今回は緊急措置で封印指定された我が迷宮に入ったのだ。
捜索隊を待つ? いや大人数で来られたら逆に問題だ!
転生の儀式には時間が掛かるし邪魔が入ったら失敗の可能性が高い。
「分の悪い賭けは嫌いじゃないな、良かろうディルクと申したな。
我が父上となって貰おうか。
それと亡国の危機の対処は現王を殺す事で対応しよう。幸い王弟は有能らしいからな。我の財宝の半分を残せば戦争にも勝てる可能性が高いだろう。
全く似非(えせ)仁君など平和な時ならいざ知らず、亡国の危機には障害でしかないわ」
我の魔力の半分以上と魂の一部を注ぎ込みクリエイトクリーチャーの呪文を唱えて、使い魔スカラベ・サクレを造り出す。
この体長5cm程の昆虫だが、その身体にはドラゴン種も即死する程の強力な毒を持っている。
後は如何に現王の下に辿り付くかだが、騎士の記憶に有る現王の姿を転写すれば勝手に王宮に潜り込み目標を探して始末してくれる筈だ。
そして魔力を失うまで転生した我を守る事を命令する。
「さて、方針が決まれば後は辻褄合わせだな、お前達がギルドの依頼を達成した事にしなければ全てが水の泡になってしまう。
お前達が到達したら此処は財宝が山積みだったのだ。
そして財宝を全て運び出したら、この魔法迷宮は消滅する……このシナリオで行くか」
騎士・女僧侶・魔法使い・盗賊の順に記憶を弄り嘘の情報を与える、お前達は救国の英雄になったのだ。
「フハハハハ、では転生の秘儀を披露しようぞ……モータル・モータル・ン・ディ・トゥー……」
一瞬室内に膨大な光が生まれ、そして静寂が訪れた。
◇◇◇◇◇◇
「ディルク様、やったわ。凄い財宝よ」
イェニーがディルクに抱き付く。それは仕方が無い事だろう。部屋に埋め尽くされた財宝の数々、これなら軍を動かす資金としては十分な筈だ。
「ああ、そうだな……まさかの依頼達成だな、しかし封印指定の魔法迷宮とは財宝置場を隠していたのか?」
「早く工兵を呼ぼうぜ。この何だか分からない魔法迷宮が消滅しない内に財宝を運び出そうぜ」
「そうだな、俺達は依頼を達成した。これで戦費の足しにはなる。我がエムデン王国はコトプス帝国に勝てるだろう」
この日、エムデン王国は沸いた、亡国の危機が回避されるだろう財宝を王弟アウレールが発見したからだ。
ギルド依頼の仕事だから達成すれば当然話は広まる。見付けた財宝を運び出せば嫌でも国民に知れ渡る。
そして国民も不満に思っていたのだ。
いきなり侵略され家族や知人を殺されたのに現王は敵を国外に押し返しただけで満足し、しかも敵国民までも救済している。
普通は自国民を優先するべきだし報復だってするべきだ、やられっぱなしは納得出来ない。
現に軍隊は健在であり直ぐにでも侵攻する事が出来るように国境付近に展開している。
現王が命令を下せば、彼らは敵国に侵攻する事ができ、国土を奪えば自国は豊かになる。
この時代は戦争とは如何に国土を増やすかが最大の目的で、領土を拡張し国民を増やす事が富国強兵だったのだ。
しかし現王アレクシク三世は、その財宝を復興支援に使うと言い出し更にコトプス帝国に対し停戦の申込みをすると発表した。
「戦いは戦いを生むだけだ。誰かが矛先を下さねば永久に憎しみの連鎖は止まらない。我々はそれを望まない」
ご立派な高説だが、そんな物で実際に負担を強いられている貴族連中や国民が納得いく訳がない。
既に戦争で疲弊した国力を回復するにはコトプス帝国を支配下に置き金や資材や奴隷を接収しなければ駄目なのだ。
いくら財宝を見つけたとはいえ戦費全てを賄える筈も無い。もはや誰が何を言っても自分の主張を変えないアレクシク三世に国家を纏める資格は無い。
そんな時、突然アレクシク三世が亡くなった……突然の崩御だった。
毒殺という誰が見ても分かり易い他殺だが、王弟アウレールは犯人が分からない段階でコトプス帝国の間者の仕業と決め付け大々的に国内外に発表。
直ぐに報復として国境に展開していた軍をコトプス帝国内に侵攻させた。
「停戦を模索していた王を暗殺するなど言語道断だ。大義は我々に有る!」
と声高々と軍を鼓舞し自ら最前線へと赴いた。
同時に隣国であるバーリンゲン王国とウルム王国に使者を出し(捏造した)証拠を提示し我が国の王を暗殺したコトプス帝国に協力するならば容赦はしないと警告した。
本来は国家間の戦争には建前がないと只の侵略戦争になってしまうのだが、コトプス帝国はウルム王国と裏で結託してエムデン王国に侵攻したのだ。
バーリンゲン王国は隣国四国の中で一番国力が低いので、同盟を組んでいるコトプス帝国とウルム王国の二国には逆らえない。
コトプス帝国は勝てば官軍のノリでエムデン王国に侵攻したが、王位を継いだアウレール一世により敗北、コトプス帝国は地図から姿を消した。
敗戦国である旧コトプス帝国の国民は賠償を求められた。
敗戦国の国民は悲劇だ。私財の全てを奪われ奴隷として扱われる。
だがそれぐらいの接収をしなければ侵略されて国力の低下したエムデン王国の復旧は目処が立たなかったのだ。
愚かな侵略者の皇帝の最期は一族郎党全員公開処刑だった、ここにコトプス帝国は建国50年という短い命を消した。
◇◇◇◇◇◇
「我、転生せり……」
魂の定着が終わった為に、我の意識が蘇った。
周りを確認すれば此処は寝室で我はベッドに寝ている、周りに人の気配は無い。薄暗い室内は天蓋付のフカフカなベッド、それなりに豪華な家具や調度品が置かれている。
「どうやら我が父上は出世したらしいな……」
フカフカなベッドに横たわり仮初の自分の記憶を手繰っていくが、実は今の我の立場は最悪一歩手前だ。
あの後、我が父上は戦争にも参加し勝利に貢献した。
戦争で貴族階級からも沢山の死人が出た事も有り、国王アウレール一世は戦争で活躍した者達を新貴族とし子爵以下の爵位を授けた。
父上も男爵となったが領地は貰えずに城勤めの騎士団副団長として今も勤めている。
従来の貴族と戦後の特例による新貴族には歴然とした身分差が有るが、我が父上は余程戦争で活躍したのだろう、従来貴族であるアルノルト子爵より次女のエルナ嬢を正妻として娶っている。
我の母上は、どうやら我の魔法迷宮に共に参加した女僧侶イェニーであり側室として迎えたが既に病死。
この病死も非常に怪しい。高位神官の彼女が簡単に病死など不自然過ぎるだろう。
貴族連中の闇を垣間見た気がするが、転生前の我も宮廷貴族の魑魅魍魎共を間近で見てきたので驚きは少ない。
我は長男として産まれたが平民の側室の子であり、本妻のエルナ嬢は1歳下の次男インゴを産んでいる。
「コレは不味い、非常に不味いぞ」
貴族とは血筋が大きく物を言う。つまり我はバーレイ男爵家の長男として高待遇を受けてはいるが血筋は悪い。
それに比べて次男のインゴは正妻であるアルノルト子爵家の次女エルナ嬢との間に儲けた由緒ある血筋だ。
今の我の立ち位置は、父上であるディルクが強く我を跡継ぎにと周りに言っているからに過ぎぬが、現実問題として我がバーレイ男爵家を継いでも問題しか無い。
このバーレイ男爵家で我の味方は父上と元母上付きのメイドで、今は我専属のメイドのイルメラのみ。
イルメラは母上が教会で世話していた孤児を引き取って面倒を見ていたので、我に対しても忠誠心は厚い。
それに彼女は僧侶として少しだけ冒険者としても活動していたみたいだ。
「そうだ、使い魔のスカラベ・サクレは何処だ? スカラベ・サクレ!」
我の呼び掛けに応えるように天井からスカラベ・サクレが飛び出し室内を数回旋回した後で毛布の上に現れた。
「スカラベ・サクレよ、我の許に……」
使い魔を両手で包み込むようにして、その記憶と魂と魔力の残りを吸収する。
だが使い魔から齎された大量の情報で、我は熱を出して布団に倒れこんだ。
「むぅ、昔のように行動出来ぬスペックの低い我が肉体が恨めしい……
先ずは鍛え直さねば……」
◇◇◇◇◇◇
気が付いたらイルメラが僕に縋って泣いていた、本気泣きだ。
彼女を宥めすかして家族には報告しないように頼み込んだ。幸い父上は当直で城に詰めているので家族を誤魔化すのは問題無いだろう。
仮初の我も今の我も何故かイルメラには強く言えない。
泣きそうな顔で栄養満点スープを僕に飲ませるイルメラを見て、こんなに心配された事が無かったので凄く新鮮に感じて嬉しく思う。
「はい、アーンです」
「む、自分で飲めるのだが……」
「駄目です。はい、アーンです」
「いや、恥ずかしいのだが……」
「私のお世話はお嫌ですか?」
ウルウルと瞳に涙を溜められては、元宮廷魔術師筆頭の我であっても降参するしかなかった。
「む、あ……アーン」
我が人生初めてのアーンだった。