古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

196 / 1000
第196話

 ニールと言う女性の面倒を見る事になった、大貴族ローラン公爵の用意してくれた報酬を全て断る事は出来ない。

 面子の問題だ、俺の用意した物じゃ満足出来ないのかって事になる、しかも提示された報酬は破格。

 従来貴族の男爵位、しかも領地付きの条件を派閥の関係で蹴った、普通なら断らないから余計にローラン公爵も面子にこだわる。

 サリアリス様も派閥変えが嫌なら用意された美少女を一人面倒見ろと提案してくれた、此処が落し所だろう。

 宮廷魔術師筆頭の彼女の提案を受けるなら誰からも文句は出ない。

 ローラン公爵はニールの他にギルドポイントと報酬金貨二千枚、討伐した賊共の懸賞金の全てを条件として指名依頼を作成。

 冒険者ギルド本部から僕の担当者のクラークさんを呼び出して書類を作成、拘束期間を考えてボーンタートル討伐依頼はキャンセルとなった。

 帰り掛けにクラークさんがローラン公爵家に貸しを作れたので指名依頼のキャンセルは気にしなくて良いと言われた、その分魔法迷宮バンクを攻略してくれとの事だ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 昼食会の後、クラークさんと指名依頼書の取り交わしを終えてサリアリス様と魔法談議をしていたら夕食の時間となってしまった、有意義な話し合いは時間が経つのを忘れるな。

 夕食も本格的な物だったが主催はヘリウス様でローラン公爵は欠席、和やかに終わって少し歓談して別れた。

 執事に親書を二通届けるのを頼んだ、一通はイルメラ達に報告、もう一通はジゼル嬢に報告と相談。

 相談の内容は目の前に畏まっているニールさんについてだ。

 

 漸く客室に戻り休もうと考えていたら彼女が部屋に訪ねて来た、この時間に部屋に来るのはそういう事だろう。

 だが僕は彼女に手を出す事はしない、身の振り方も考えているが事情や彼女自身の事は聞く必要がある。

 備え付けのソファーを進めてメイドさんに紅茶の用意を頼みリラックスさせる為に焼き菓子を勧める、彼女はこのまま男女の関係になると考えているのだろう、凄く緊張している。

 簡素だが質の良い服装、だが肌の露出が少し多いかな。でも下品にはならないギリギリのラインだ。

 

「どうぞ、最近王都で有名なパティスリーワイズの焼き菓子です」

 

「は、はい。頂きますが、その……」

 

 酷い緊張で吃っている、彼女は男性を知らないのだろう、いきなり夜に少し扇情的なドレスを着せられ男の部屋に押し込まれれば仕方ない。

 聞けば彼女の実家は新貴族の男爵位、父親と兄がザルツ地方のオーク討伐遠征に貴族枠として参加したそうだ。

 結果的に彼女の父親と兄が参加した部隊は壊滅、責任を押し付けられた感じで実家は断絶させられた。

 多分だが生き残りが部隊壊滅の罪を押し付けたのだろう、当主を失った家は脆いから寄ってたかって没落に追い込まれた。

 そんな彼女にローラン公爵が声を掛けた、母親の面倒を見る代わりに身を預けたんだ。

 

「君の方が年上だ、そんなに緊張しなくて良いよ」

 

 彼女は今年十六歳、アーシャ嬢と同い年だ、改めて彼女を観察する。

 癖の無い金髪を肩口で切り揃えている、鋭い目と口元の右側に黒子がある、中肉中背で胸は薄い、何と無くだが薄幸な雰囲気を纏っているな。

 別の意味で身に纏う魔力は普通、制御も普通、魔術師としてのレベルは20未満だと思う、戦士の方がメインなのかな?

 

「ですが私は御主人様に身請けされた身です」

 

 は?御主人様?何を言ってるのだろうか、イヤそう言う教育をされたんだろうけど僕は君の御主人様になる気は無い。

 一旦紅茶を飲んで何て説明しようか考える、最高級茶葉だと思うがとても渋い、渋く感じる。

 

「僕は今夜君が考えている様な事はしない、今後の事だが君にはデオドラ男爵家に行って貰うよ。武術の研鑽を積んで貰う、魔法については僕が教える。

最終的に君には『ブレイクフリー』に参加して貰うかジゼル嬢の護衛として働いて貰うかだ。君の母親についての援助は僕の方で引き継ぐから安心して欲しい」

 

 悪い言い方をすれば母親はローラン公爵家に抑えられた人質と代わらない、だから僕の方で面倒を見る方が安全だ。

 

「え?この後一緒にお風呂に入って、同衾す、するのではないのですか?」

 

 顔を真っ赤にして何を言い出すかと思えば、やっぱりそう言う流れになる予定だったのか……

 

「僕は今日サリアリス様からのツバメ(愛人)の話を断った、その日の内に君を抱くって事はサリアリス様と君を天秤に掛けて後者を取った事になる。

女性としての魅力は君の方が……

それに此処はローラン公爵様のお屋敷だ、格下の僕が此処で色事に耽る事は失礼に当たるだろう。

だから君は大人しく部屋に帰ってくれ、明後日屋敷を出る時に同行して欲しい、そのままデオドラ男爵家に連れて行くよ」

 

 こじつけかも知れないが騒ぎ出す馬鹿は居る、何を格上の貴族の屋敷でしてるんだ、何をサリアリス様を断って若い娘に手を出すんだ。

 だから貴族って大変なんだ、ジゼル嬢に頼んで彼女を側に置いて貰おう。

 

「それって私には女としての魅力が無いって事ですか?私よりも他の四人の方が良かったのですか?」

 

 泣きそうになったが仮にも冒険者ギルドランクDで魔法戦士なら状況を把握して下さい。

 

「他の四人など眼中に無い、僕は君を選んだが男の欲望を満足させる為に選んだ訳じゃないよ。良く考えてくれ、僕に世話になるのが嫌なら断ってくれて構わない」

 

「いえ、お願いします。私は御主人様がザルツ地方からデオドラ男爵と共に凱旋する所を見て憧れました。

父上と兄上が倒されてしまったオーク共やワイバーンにトロールを倒した貴方に憧れたのです、だから今日会えて選んで貰えて嬉しかったのです」

 

 僕の遠征時の討伐成果が駄々漏れだ、もしかして結構広まってるのか?両手を胸の前で組んで祈る様にされても、僕は応える事は出来ない。

 

「有り難う、でも扱いは変わらないよ。それとベリトリアさんもそろそろ自分の部屋に戻って下さい」

 

 人のベッドに座って魔導書を読み耽る年上で格上の先輩魔術師に声を掛ける、緊張の為かニールさんは気付いてなかったな。

 既に先客が居たのですね、とか誤解を呟いてる。

 

「急に暇になったのよ、人生を賭けた敵討ちが達成出来たから予定が空いちゃった。リーンハルト君、何か依頼請けるなら無償で手伝うわよ」

 

 脚をバタバタ動かして淑女としての慎みが有りませんよ!

 

「残りの指名依頼はアクセサリーの制作だけです、後は魔法迷宮バンクの六階層攻略ですね」

 

 ボーンタートル討伐は時期的に無理となってしまったから残りの指名依頼はメディア嬢へのアクセサリー制作だけ、後はアーシャ嬢の誕生日パーティーに出席しメディア嬢のお茶会に参加だ。

 華やかな催しばかりと思うなよ、神経を使うんだから……

 

「なんだ、詰まらないわね。バーンとドラゴン退治とかしない?」

 

「依頼内容としては興味が有りますが今はパーティの底上げ中なんです。バンクの六階層でボス狩りしますよ」

 

 徘徊する鎧兜を倒してマジックアイテムを集める依頼を熟す、地味に資金が貯まるし盗賊ギルドのオークションにも参加したい。

 

「そっか、堅実よね。それで報酬は何が良い?」

 

 毛布を被って本格的に寝ないで下さい、早く部屋から出てって欲しいのですが……

 

「要りませんよ、この『蛇骨の杖』だけで十分です。数少ないオリジナルのマジックアイテムを貰って他に要求する程、僕は強欲でも恥知らずでも有りません」

 

 転生前の王族の時でさえ入手不可能なマジックアイテムを貰えたのだ、これ以上は要求出来ない。

 

「うーん、真面目よね。じゃお休みなさい」

 

 完全に頭まで毛布を被ってしまった、本気寝するつもりかよ!

 仕方なく執事さんに他の部屋を用意して貰った、ニールさんは固まっていたが仕方ないだろう。

 まさか冒険者ギルドランクAに最も近いと言われる白炎のベリトリアさんが、意外とフランクでだらし無い事を知ったのだから……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 翌日、朝食はローラン公爵とヘリウス様も参加した格式張った食事会となった。

 流石に宮廷魔術師筆頭サリアリス様に冒険者ギルドランクBのベリトリアさんが居るのだ、持て成す方も大変だろう。

 食後のお茶の時に聞いたが今日で全ての件について処理が完了するそうだ、お礼を兼ねた晩餐会を催し翌日解散となる。

 ベリトリアさんは魔法談議と言いつつ毒絡みの話しかしないので参加はせず、ニールは遥か格上なので畏縮してしまい不参加だ。

 

 天気が良いので庭に設えた東屋にて話し合う事にする。

 

「今日は毒による症状と思われる奇病についてだ」

 

「毒が原因と思われる奇病ですか?僕の知る限りでは『恐水病』でしょうか?」

 

 犬の様に這いつくばり口から涎を垂らし痙攣を繰り返す、身体に水や光や風を当てただけでも酷いショック症状を引き起こす原因不明の病気だが同じ症状を犬も引き起こす。

 この病に掛かった犬は狂った様に吠えるので『狂犬病』とも言われている、そして噛まれると発病するんだ。

 

「何故そう思うのじゃ?」

 

 む、この反応は答えが違う場合だな、だが根拠は有る。

 

「症状ですが始めに傷痕の痛み・頭痛・発熱・異常興奮と続き最後は呼吸不全で死亡します。これは筋肉弛緩を及ぼす毒素ではないでしょうか?

原因は同じ症状を発病した犬に噛まれると移る、犬被(いぬかぶ)れと恐れられています」

 

 言い終わるとサリアリス様は目を細めて笑ってくれた、これは間違いじゃないが足りないとかかな?

 

「ふむ、良く知ってるの。だが噛まれてうつるのは犬だけじゃないぞ、猿・猫・狼・狐・鼠に噛まれても同じじゃ。

儂は感染症だと思うが発病すると死亡率は九割以上、今のところ薬は無いな」

 

 三百年経っても特効薬が無いのか、この症例患者は少ないし発病すると一週間保たないので調べ切れないんだ。だが感染症なら迂闊に患者に触れない、注意が必要だな。

 

「儂が考えるのには、良く戦場で傷付いた兵士が傷口に泥が付着する事により発病する」

 

「ガス壊疽ですか?」

 

 確かにそうだ、最も恐ろしい症状は全身筋肉痙攣と麻痺を引き起こすのに精神には影響が無い、つまり意識混濁が無く正気を保ちながらジワジワと死に至る。

 

「古い言い回しを知ってるの、アレは怖いぞ。儂も少しずつ研究をしているが脳や脊髄に干渉する神経毒の作用と筋肉痙攣や麻痺を引き起こす溶血毒の作用が有る」

 

「なる程、しかし普通の土壌にも危険な毒素が潜んでいる可能性が有るのですね」

 

 サリアリス様の着眼点は凄いな、僕も知識としては持っていたが研究対象にはしなかった。

 言われれば確かに恐ろしい毒だ、もし抽出し濃縮出来れば恐ろしい毒となるだろう。

 こうして楽しく有意義な時間が過ぎて行く。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 漸くローラン公爵の御家騒動は収束した、流石は大貴族だけあり王家や貴族院にも根回しを行いヘリウス様が正当後継者となるも本人が回復したので爵位継承は無し。

 僕に対する褒美として今後も二ヶ月に一回程度、ローラン公爵家にてサリアリス様と会える段取りとなった。

 これは妙に僕に懐いたヘリウス様と自分の屋敷に宮廷魔術師筆頭サリアリス様が定期的に訪ねるメリットをローラン公爵が見出したからだ。

 僕としても嬉しい、ローラン公爵の派閥は僕が属するバーナム伯爵の派閥とは敵対していない、だから大丈夫と思う事にした。

 ベリトリアさんは早々に屋敷から飛び出し、サリアリス様は王宮から迎えが来るので待つ事に。

 僕はローラン公爵が馬車を用意してくれたので、ニールを連れてデオドラ男爵の屋敷に向かう事にした。

 親書を送り今日訪ねると伝えてあるので大丈夫だろう、確実に叱られるが甘んじて受けるつもりだ。

 

「御主人様、本妻様に私を預けるのですね?」

 

「未だ婚約者、結婚は成人後だよ。僕はニールを魔法戦士として期待しているんだ、デオドラ男爵は武の重鎮、得る物は多いと思うよ」

 

「そうですか、私の思い描いていた未来と大分違います」

 

 何がさ?

 




UAが200万突破しました、有難う御座いました。
素人小説なのに沢山の人が読んでくれてるのは励みになります。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。