古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第193話

「儂も長生きはしてるが初対面で泣かれたのは初めてじゃぞ。しかも一人前の実績を持ち今回のローラン坊やの息子を守った程の子供にな」

 

 うう、恥ずかしいなんてモノじゃないぞ。

 

 自分の為に冤罪を押し付けた相手に情けなくて悔しくて泣いてしまったんだ。ソファーに深く沈み込む様に座る、このまま沈んでしまいたい。

 

「本当に申し訳ないです」

 

 真摯に頭を下げるしかない、真実を伝えても信じてくれる内容でもないし、言ったら言ったで狂人扱いだ。

 

「本当にリーンハルト君に何かしたんじゃないの?

この子が泣くなんて有り得ないのよ、野盗の集団やオークの群れを相手に顔色一つ変えずに平気で殲滅する子なのよ。私の恩人なんだからね!」

 

 ベリトリアさんって僕の事をそんな風に思ってたのか、少しだけショックを受けたのは内緒だ。

 

「何て言うか本当に大丈夫です、未熟な所を見せてしまいお恥ずかしい限りです」

 

「だが面白い事も言ってくれたの、儂のこの節くれだった醜い指が魔導の研鑽の証で羨ましいとか?立場上おべんちゃらは多いが、そう言われたのは初めてだったぞ」

 

 本当に嬉しそうに手を擦っている、全然偏屈ババァには見えない、好々爺って感じだ。

 

「リーンハルト君は土属性魔術師だけど毒性学にも詳しいのよ、蛇骨の杖の秘密にも詳しかったわ」

 

 口では反発してるけど、この二人って実は仲が良いとみた、ジゼル嬢とメディア嬢みたいな関係かな?

 

「ほぅ?あの蛇骨の杖の秘密に詳しいとな?」

 

 もしかしてベリトリアさんの師匠ってサリアリス様なのか、師匠から蛇骨の杖を譲り受けたって言ってたし。

 でも火と土属性魔術師のベリトリアさんが風と水属性魔術師のサリアリス様には弟子入りしないよな、属性違いは大きな問題だ。

 

「お二方は子弟関係でしょうか?」

 

「私達が?まさか、私の師匠の師匠が婆さんよ」

 

「一応孫弟子の癖に失礼極まりない奴じゃ」

 

 何て言うか息が合ってるんだけど仲は良くないのかな、孫弟子って事は師匠の師匠?

 

「リーンハルト君は毒に詳しいけど一番詳しいのは婆さんよ、何か分からない事が有れば聞いてみたら?」

 

 何かと言われても急には思い浮かばない、エムデン王国最強の魔女に教えを請えるのに。紅茶を一口飲んで考える、大分冷えていた。

 ここでサリアリス様の分が無い事に漸く気付いて慌てて用意する、宮廷魔術師筆頭が急に現れた事で動揺してたんだな。

 

「えっと、何故此処に居るのですか?」

 

 言ってしまって恥ずかしくなる、間を置いたのに何をトンチンカンな事を言ってるんだ僕は!

 

「それはの、ローラン坊やが毒を喰らって死にそうだったからじゃ。

色々と手を廻して儂を引っ張り出したのだよ、嫌だったが珍しい毒で解毒は苦労したぞ。原因は珍しい鳥の毒でな」

 

「毒を持つ鳥なんて居ないわよ」

 

 いや、南方に赤・黄・黒の三色の百舌鳥の仲間に居るんだ、体内で毒は生成出来ないが餌となる甲虫の毒素を貯める種類が。

 攻撃に毒を使わないから一般には知られてないが、防御の為に筋肉に毒性を溜め込む、食べたら相手が死ぬ、だから食べられない。

 派手な羽毛は自分を食べると死ぬよって言う警告色だとも言われている。

 

「百舌鳥の仲間のピトフーイですね、その身に餌である甲虫の毒を貯めるので肉を食べるのが危険な有毒鳥類です。確かヤドクガエルと同じ神経毒ですか」

 

「そう、そうじゃ!ローラン坊やが食通を気取って珍しい鶏肉と言われてピトフーイの肉を何度も食べた。

馬鹿よな、食い意地に負けて自分の弟に殺されそうになったんだぞ。だが食材も流通ルートも料理人も押さえた。

コーラルの馬鹿たれが決定的だったな、これで相続争いも落ち着くじゃろ」

 

 今サラリと大事な事を聞いた、ローラン公爵が毒殺され掛かっていた事。

 

 それに気付き手を廻してサリアリス様に解毒して貰い、証拠を押さえ実行犯を捕まえて首謀者まで特定していた事。

 

 僕が捕まえたコーラル男爵やヘリウス様の姉の証言が決定打となり、首謀者であるローラン公爵の弟に責任を追及出来る事。

 

 そして歳は近そうだがサリアリス様はローラン公爵を坊や呼ばわり出来るのか、流石は宮廷魔術師筆頭だけあるな。

 

「長引き泥沼化するかと思いましたが、解決しそうで良かったです。安全の為に首謀者が捕まるまで、僕等は此処に待機になるのでしょうか?」

 

 最後の止めを刺したのは僕等だ、報復を心配して首謀者が捕まる迄は保護かな、それと話し合わせや口止めとかも必要だろうし……

 

「そんな所だが、それよりだ!

儂でさえ悩んだピトフーイの毒と言い当てるとは凄いな、確かに毒性学には詳しそうじゃ。では一番強い毒はなんじゃと思う?」

 

 ソファーに座っているのに身体を前のめりにしてきた、皺くちゃで糸みたいだった目もキラキラと光っている、何かのスイッチが入ったな。

 

 だが毒物談議か、受けて立とう!

 

「それは単純に毒性が強いと言う意味ですか?それとも解毒が難しい方ですかね?」

 

 毒性は弱くても解毒できなければ死ぬ、だが毒性が強くても解毒薬が有って適切な処置を素早く行えば死なない。毒殺とはいかに解毒出来ない、分からない毒を使う事が重要なんだ。

 

「おぃおぃ嬉しい切り返しじゃないか!

それじゃ先ずは毒性の強い方な、確かに有名な毒はそれなりに解毒薬も作られているから死なない場合も多いがな。自分が知ってる中で一番毒性が強い物を聞こうかの?」

 

 そう、幾ら毒性が強くても研究されつくした物は対処出来るから最強とは言えないんだ。

 

「単に毒性が強いならアンボイナガイ(芋貝)やヤドクガエルの毒を推します、濃縮すれば即効性も高いですし認知度も低い」

 

 海洋生物や両生類の毒は未だ未知の部分が多い、毒ヘビとか毒グモとか比較的手に入りやすい物から改良を加えるからな。

 

「ふむ、確かに生物由来の自然毒では上位じゃな。ヒョウモンダコやフグも中々じゃぞ、海洋生物は調査が不十分だから未発見の成分も多い、良い着眼点だの」

 

「確かに有名な毒蛇や毒虫は研究され尽くした感が有りますね、コブラやハブ、クモやムカデとかは研究の結果、上級のポーション類で緩和出来るから毒の進行を止めやすく助かる確率は高い」

 

 毒消しポーションは大低の毒にはそれなりの効果が有る、だから飲み続ければ時間は稼げるし治る場合も多い。

 

「そうじゃ、だから儂は最近植物の毒性を調べておる。身近に生えている植物でも死に至る物も多いぞ」

 

 植物性の毒は身近にあるのだが単体では弱いので抽出し濃縮し手を加える手間が掛かる、だが昔から薬草と毒草は紙一重で研究されていた。

 

「トリカブトは有名ですね、後はキョウチクトウにエンゼルトランペット、ジギタリスにスズランやスイセン等の観賞植物にも強い毒性は含まれる、アセビもですか?」

 

 この部屋の花瓶に活けてあるエンゼルトランペットも毒草だ、余り気にしないし触った程度じゃ大丈夫だが量を食べたりすれば効果が現れる。

 

「博識じゃな、儂が調べ始めている種類を殆ど全て言い当ておった。次は解毒され難い毒物、つまり余り知られてない毒殺に向いている奴じゃ。

儂からヒントを出すから当てたら何か褒美をやるぞ、成分はマイコトキシンじゃが、何から生じる毒か分かるか?

その存在は古文書にも数多く出てくるのだが名前以外は割と知られてないのだ、儂の研究も殆ど進んでいない状況じゃ」

 

 マイコトキシンだと?サリアリス様は三百年前に魔導大国ルトライン帝国の中心に居た僕よりも毒性学に精通してないか?

 転生前の僕でさえ、その存在を疑い始めたばかりだったのに……

 

「穀物や豆類に発生するカビの毒でしょうか?僕も未だ殆ど知りませんが……」

 

「そうじゃ!カビじゃ、カビから発生する二次代謝物だと儂は考えている。お主は目の付け所が他のボンクラ共と天と地程も違うな、気に入った、気に入ったぞ!どうじゃ、儂のツバメにならぬか?」

 

 ツバメ?何だろう、鳥には成れないから何かの隠語かな?ワナワナと肩を震わせるベリトリアさんに目線を送る、真っ赤になってるが恥ずかしい言葉なのかな?

 

「ツバメとは何ですか?」

 

「発情期かババァ!ツバメとは女が囲う男の愛人の事よ。歳を考えなさい、リーンハルト君は未だ未成年の十四歳なのよ!」

 

「十四歳じゃと?食べ頃じゃないか、女を知らぬ無垢な少年とは嬉しいじゃないか。どうじゃ、儂のツバメにならぬか?」

 

 ヤバイ、貞操の危機だったのか!

 

「申し訳有りませんが、ツバメの件は辞退させて頂きます」

 

 失礼にならない様に深々と頭を下げる、罪悪感は有るが愛人に迄はなれない、僕にはイルメラとウィンディアが居るのだから。

 

「む、ツバメ(愛人)が嫌なら再婚しても良いぞ。なに、儂は先に死ぬから十年も楽しませてくれたら財産は全てやるぞ」

 

 更なる追い撃ちが来た、現役宮廷魔術師筆頭の財産は気になる、金銭的な物はどうでも良いが魔導知識的な物が……

 

「重ねて申し訳ありませんが、既に心に決めた相手がいますのでお断りします」

 

「むむむ、欲望が薄いのか?死に損ないの婆など結婚してから毒殺すれば良いではないか?」

 

「それは流石に怒ります、冗談にしても酷いです」

 

 王族毒殺の冤罪を擦り付けられた本人が真犯人に毒殺しろとは冗談でも性(たち)が悪すぎるぞ。

 

「ふむ、ツバメは駄目か?だが折角話が合う坊やに会えたのに、ここで別れたらもう会うのは難しい。儂の立場とはな、それ程に厄介なのじゃよ」

 

 腕組みをして考えこんでしまった、魔術師の熟考は長いので三人の紅茶を煎れ変えた。

 確かに十年近く公の場に現れなかったのには理由が有るのだろう、今回はローラン公爵家のお願いだからこそ現れたんだ。

 たまたま僕等が訪ねただけで接点は限りなくゼロに近い、此処で別れたら次は会えないだろう。

 

「リーンハルト君が凄いって言うか変なのは分かったわ、だから偏屈ババァと馬が合うのかしら?」

 

「噂話は聞いた事が有りましたが全然違うと思います、サリアリス様は尊敬に値する魔術師だと思います」

 

 事実は言えないが彼女の知識や魔導に対する思い入れは十分に伝わった、本来ならば皆から尊敬される偉大な魔術師としてエムデン王国の歴史に残る筈だった。

 

「凄い買い被りだとは思うけど、あの偏屈ババァと有れだけ気が合ったのはリーンハルト君だけだと思うわよ。

それなりに居た弟子だってあんなに仲良く話し合う事は無かった、大低は無知と叱られ努力しろと言われるの」

 

 魔術師とは魔導知識の追及を生涯貫くもの、無知は罪だが学ぶ事を続ければ問題無い。知識を吸収する事が無上の喜びではないのか?

 

「いえ、魔術師とは生涯を通じて知識を得る事を喜びに感じる者ですよね?」

 

「え?それ本気?ああ、だからこそのゴーレム運用の習練度なのかしら?」

 

 あれ?ベリトリアさんは違うのかな?

 

「それじゃ!噂のゴーレムを見せてくれぬか?」

 

「あっ、はい。えっと、コレです」

 

 ベリトリアさんとのヒソヒソ話にいきなり割り込んで来たので驚いたが、リクエストされたのでゴーレムポーンを非武装で錬成する。

 

「ほぅほぅ、バルバドスの小僧よりも早いな……」

 

 ゴーレムポーンを撫で回す、指で軽く叩いたり最後は探査系の呪文を使い調べたが深い溜め息を吐かれた……合格ラインには届かなかったかな?

 

「コレを見たら坊やとは呼べないのぅ、錬成の速さ均一さは儂でも初めて見るレベルじゃぞ。

しかも鎧兜の完成度の高さ、中に充満する魔素の濃さに制御ラインの多さ、お主本当に十四歳か?何年をゴーレム技術の鍛練に費やしたのだ?」

 

 転生前は十七年、人生の三分の二を費やしても足りなかったんだ。

 

「未だ全然未熟、ゴーレム道の入口に片足掛けた程度です。生涯を費やして果たして足りるか悩みます」

 

 あと八年以内に転生前の力を取り戻し、レティシアに再戦する約束を果たす迄は鍛練を怠る訳にはいかない。

 

「これでお主の求めるゴーレム道の入口?ユリエル坊やが宮廷魔術師に推薦したいと騒いでいた気持ちが分かったぞ。

既に末席ならば十分に務まるだろうが柵が面倒じゃな、いっそ反対する奴を潰すか……」

 

 あの、独り言が怖いのですが?


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