ボルガ砦への賊共の襲撃も凌いだと思われた朝、捕まったか殺されたかと思っていたコーラル男爵が一人で戻って来た。
特に怪我もなさそうだが同行した兵士二十人は居ない、本人も慌てたり焦ったりする様子も無い。
だがボルガ砦の責任者の無事は有り難い、指揮する人間が居るなら応援が来てもスムーズに話が進むだろう。
「コーラル男爵、ご無事でなによりです。他の兵士達はどうされましたか?」
一応状況を聞く、もしかしたら賊共を討伐し残党を捜索中かもしれない。
「ん?ああ、卑劣な賊共を倒したがな、念の為周囲の捜索に向かわせたぞ」
良かった、これで王都に向かう旅人の安全も確保される、残党は百人近いが半数位は倒したのかな。
「賊は何人くらい居ましたか?こちらでも百七十人近く倒してます」
馬から降りて警備兵に手綱(たずな)を渡しているコーラル男爵に尋ねる、それで大体の残敵数が分かる。
「ん?ああ、大体百人位だな。結構厳しかったが何とかなった。そんな事よりローラン公爵家の人達は無事か?何処に居るんだ?」
「無事です、コーラル男爵の執務室が有る建物にいらっしゃいます」
「そうか、良かった」
そんな事?仮にもボルガ砦を預かる責任者が賊共の事後処理をそんな事と軽く見るのか?
確かにヘリウス様に何か有れば物理的に首が飛ぶが、賊共の事を聞いたのに嫌な顔をされて話を打ち切られた……
いや恋人の無事を早く確認したいのだろう、だがコーラル男爵が無事で討伐に出た兵士達が周囲を捜索してるなら一安心だ。
後は王都からの応援を待って引き継げば僕等も解放されるだろう。
安心した為か疲れが纏まって来たな、徹夜で襲撃三回は流石に精神に来る物が有る、残りの紅茶を一気飲みしているとヘリウス様達が慌ただしく建物から出て来た。
しかも馬車の用意をさせているが、まさか今から王都に向かうのか?
王都側の方は残敵捜索をしていない、村を焼き討ちした連中が残ってる可能性も有る。
ボルガ砦の責任者としてコーラル男爵の仕事は山積みだ、一緒に行く訳じゃないよな?
「ヘリウス様、どうかしましたか?」
一応声を掛ける、最悪護衛として同行するしかないか?
「魔術師殿、私達はコーラル男爵と共に先に王都に帰ります。貴方達はボルガ砦に残って下さい」
お付きの騎士が答えてくれたが本人も納得してない疑問を浮かべた顔だな。
「王都側には未だ賊共が残っている可能性も有ります、昼には聖騎士団の応援も来ますので待たれた方が……」
ボルガ砦の責任者が自分の仕事を放棄して、ローラン公爵に点数稼ぎとも取られる事をするのか?
ヘリウス様も二人の騎士達も困惑気味だがコーラル男爵と女性は帰る気満々だな。
「お黙りなさい、コーラル男爵が自ら同行してくれるのです、危険なんて有りません!」
「悪いが任せてくれ。大丈夫だ、無事に届ける」
身分上位者に言われては無理に止められない、だが黙って行かせて賊に襲撃された場合の責任はどうなる?
コーラル男爵と騎士二人で賊を倒してヘリウス様を守れるのか、いや無理だ。
「では僕も護衛として王都まで同行します、これは譲れません」
「それは助かります、リーンハルト殿が同行してくれれば百人力ですね」
ヘリウス様が賛成してくれれば大丈夫だろう、だが残された村人達の護衛はどうする?
「必要有りません!ヘリウス、コーラル男爵が信じられないのですか?護衛は不要、私達だけで王都に帰ります」
姉とはいえローラン公爵家の長男に言える言葉ではない、ヘリウス様本人も驚いている。
何故未だ危険なのに王都に帰る必要が有る?何故護衛としては有能な僕の同行を拒む?
どうしてもヘリウス様をボルガ砦から連れ出す必要とは……まさか?
「コーラル男爵、僕は護衛として同行してもローラン公爵家迄は一緒に行きません、同行を許可してはくれませんか?」
手柄の独り占め、貴族なら格下の手柄を掠め取る位はするだろう、彼等にとって平民は搾取する相手。
ヘリウス様を独りで守り無事にローラン公爵家まで届ければ恩賞は思いのままだ。
「しつこいぞ!ヘリウス様、馬車に乗って下さい。安全にお送りします」
逆ギレか、だがヘリウス様の安全の為には後方に付いて行くしかないな。途中で応援の聖騎士団に会えれば護衛を頼もう、幾ら何でも無謀過ぎる。
「いえ、リーンハルト殿は同行して下さい。三度も命を救われたのです、恩には報いたいので我が家に招待します」
ヘリウス様も何か変だと感じたのだろう、恩賞目当てに最後の最後で危険に曝されては堪らないからな。
残り百人全て襲ってきても僕なら大丈夫だ、ハボック兄弟の事が気になるが王都に向かうなら途中でベリトリアさんにも会えるだろう。
「全く黙って言う事を聞いていれば無事だったのに、馬鹿な餓鬼だな」
「全くですわ、私達に任せていれば良かったのに馬鹿な子供達ね」
む、コーラル男爵と女性の言動は変だ、これはまさか裏切り者は彼等か!
コーラル男爵が素早く騎士二人を突き飛ばしヘリウス様を後から羽交い締めにして首にナイフを突き付けた。
女性は彼等の後に隠れた、状況は非常に不味い、ヘリウス様を殺すと脅されれば彼等の言う通りにしなければならない。
だが逃がせば確実にヘリウス様は殺される、後はローラン公爵の叔父の力で有耶無耶にされかねない。
最悪罪を被せられて殺されるぞ……
空間創造からカッカラを取り出してコーラル男爵に向けて構える、さてどうする?
「動くなよ、魔術師。少しでも動けばヘリウスを殺す」
身体をガッチリ抱え込んでいるのでアイアンランス等の射撃魔法は無理だな、その辺も理解しての密着だろう。
ゴーレムは三秒で錬成出来るが魔素の光で反応される、ゴーレムが彼等を押さえ込む前にヘリウス様は殺される。
実際はヘリウス様が死ねば自分達も逃げ切れないから実行はしないと思う、だが僕等はそれを信じて動けない。
衝動的にとか自暴自棄とか可能性が無い訳じゃない。
「構えた杖を捨てな、幾ら素早くゴーレムを錬成しようがナイフで首を切る方が早いんだぞ」
やはりコーラル男爵は僕のゴーレム錬成の素早さも理解している、確かに三秒も有ればナイフを動かせる、厄介だな。
「教えて下さい、連れて行った二十人の警備兵はどうしました?」
少しでも情報と隙が欲しい、ほんの僅かで良いんだ。
カッカラを奴等に向けて倒す、元々ブラフだ、杖が無ければ呪文を唱えられないとか効果が下がるか、その程度の油断を誘えれば良い。
「ん?ああ、全員死んだと思うぞ。賊が居もしない洞窟に捜索に行かせて生き埋めにした、流石に長年尽くしてくれた奴等だし直接切り殺すのは嫌だったんだ。俺って優しいだろ、くはははは!」
「全く我が旦那様はお優しいですわ、こんな愚弟にお情けを掛けてくれるのですから。うふふふふ」
下品に笑い合う二人、信じていた二人に裏切られたヘリウス様のショックは酷い、うなだれてしまった。
馬鹿みたいに笑う二人、茫然自失で倒れそうなヘリウス様を抱え直した時、喉からナイフが離れる、タイミングが勝負だ。
「ほら、ヘリウスしっかりしろ」
今だ、抱え直す為に片手で持ち上げた時にナイフが首から離れた!
「山嵐!」
「ぐはっ?手が、俺の手がぁ!」
「足が、私の足が……痛い、痛い痛い!」
山嵐は大地から多数の刃を生やす広域制圧用の大技、だが本数を絞れば任意の場所に正確に生やせる。
コーラル男爵のナイフを持つ手と後の女性の右足を鋭い刃が貫く、だが未だだよ!
「クリエイトゴーレム!ゴーレムポーンよ、二人を潰せ」
合計十体のゴーレムポーンを素早く錬成する。二体のゴーレムポーンがヘリウス様を強引に引き寄せ、残り八体が二人を大地に引き倒し両手両足を踏み付ける。
「きっ貴様、俺は男爵だぞ!」
「私はローラン公爵の縁者、この様な狼藉が許されると思ってるの?」
馬鹿が、最後の最後で油断したな、あの場合は有無を言わさずヘリウス様を殺して逃げるのが正解だ。
わざわざ危険を犯して連れて逃げるという怪しまれる行動を取るとは馬鹿で哀れだな。
勿論僕が山嵐を使えなければ、ヘリウス様を人質に取られて逃がした可能性は高い、彼を殺すという脅迫には従わなければ駄目だから。
「言い訳は貴族院か聖騎士団詰め所ででも言って下さい、貴方の愚かしい行動は叔父上と呼ばれる方も見放すでしょう。さて、ヘリウス様?」
しっかりして下さい、これからの行動が貴方の未来を変えるんだ!
「何ですか、リーンハルト殿?」
そうとうショックだったんだな、裏切り者を取り押さえても未だ大地に膝を付いて呆けている。無理もない、姉と慕う女性が裏切ったのだ。
「貴方を害する者は全て僕が潰しました、もう大丈夫です。
後は聖騎士団が来て事情を説明し堂々と王都に帰りましょう、貴方は敵対者の小賢しい罠を全て食い破ったのです。
もう叔父と呼ばれる男も簡単には手出しが出来ません、ヘリウス様が傭兵団赤月とハボック兄弟を倒し、敵に内通した愚か者を暴き捕らえた、良いですね?」
ここまで事が公になり存命中のローラン公爵本人が知れば必ず何等かの措置をしてくれる、ヘリウス様を正式に後継者に任命し貴族院が認めれば大丈夫だ。
「僕が、ですか?いえ、違います。僕の信頼するリーンハルト殿が全て僕の為に行ったのです。
有り難う、僕は……ヘリウス・ド・ローランはリーンハルト殿に最大の感謝を贈ります。貴方は僕の命の恩人で生涯の友です」
両手をガッシリと掴まれて何か変な事を言われた、目がキラキラして危ういぞ。これって危機的状況を救った僕に懐いたとか縋ったとか危険なパターンか?
「いえ、僕はその様な大それた事はですね?」
「父上に紹介します、今回の事も包み隠さず知らせます。絶対父上もリーンハルト殿に感謝します、恩賞も思いのまま……」
「落ち着いて下さい、そんな事はですね」
暴走したヘリウス様は止まらずに僕は暫く両手を掴まれて振り回された、恩に感じてくれるのは嬉しいが派閥が違うと色々面倒臭いんだ。
「ああ、またジゼル様に叱られる。全く貴方は毎回問題事を持って来ると叱られるだろうな……」
困った顔をして僕を叱る謀略令嬢の顔が思い浮かぶ。ジゼル嬢、本当に毎回問題ばかり起こして本当に申し訳ないです。
◇◇◇◇◇◇
興奮するヘリウス様を何とか宥めてボルガ砦の責任者が裏切り者の犯罪者となった為に滞った仕事をしなければならない。
先ずはボルガ砦を訪れる旅人達の安全確保だ、賊の残党共を駆逐しない限りボルガ砦から旅人達を通行させれない。
理由を話して砦内の宿舎に待機させる、王都から応援が来ないと十人にも満たない僕等は動けない。
次に洞窟に閉じ込められた二十人の兵士達の救出準備だ、時間を考えても遠くない場所の筈だ。
天然の洞窟か鉱山の坑道かは分からない、だがロップスさんが村人に聞き込みをしている。
地元民なら必ず誰かが知っている筈だ、場所が特定出来れば救出は可能、落石程度ならゴーレムルークで退かす事が出来る。
何故か僕がボルガ砦の責任者みたいな扱いで生き残りの警備兵も村人も全て僕に指示を受けに来る、全く解せない。
「魔術師殿、村人から有志を募り救助隊を編成しましたぞ」
「炊き出しの準備が完了っす、旅人にも提供出来るっすよ」
ああ、またですか。
「救助隊は待機、王都から応援が来たら引き継ぎして出発。炊き出しは村人から順次食べさせて下さい、旅人にも提供し砦が閉鎖で通行出来ない不満を解消して下さい」
嬉しそうに指示を聞いて走り去って行く兵士や村人を見て溜め息を吐く、どうしてこうなった?
そして太陽が真上に昇って昼飯が提供された時、待望の応援が現れた。
「リーンハルト君、ハボック兄弟は?」
騎馬に跨がり鋭い視線を向けるのは、白炎のベリトリアさんだった。