古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第188話

 どうやら賊については彼に任せても大丈夫だ、二度目だが三十人程度の賊を瞬殺とは驚きですね。

 ですがボーディック卿やべリスの話によれば彼以上に大量殺戮が可能な連中も存在するそうですね。

 雑兵を百人単位で倒す魔法や武術を行使する達人達、例えばリーンハルト殿のパトロンであるデオドラ男爵もオークの群れ百匹以上を一撃で屠れる、僕等みたいな普通の人間には理解不能な連中で良いだろう。

 

「ヘリウス様、奴が居るなら護衛させて王都に戻りましょう」

 

「そうです、無理に此処に留まる必要なんてない。早くローラン公爵家に帰りましょう」

 

 窓から見ていた戦いの内容に何も感じないのか?

 どう見てもリーンハルト殿の戦い方は待ち伏せタイプ、拠点防御に優れているのは分かるだろう。

 移動する騎馬か馬車の上でゴーレムを召喚しては制御もままならない、距離が開けば更に難しくなる。

 全く有能な者の多くは叔父上に取り込まれ、僕の周りに残っている者達で使える奴は少ない。

 リーンハルト殿も戦力としては優秀だが謀略渦巻く家督争いには不向きだ、切実に参謀が欲しい。

 

「既に夜になり視界も悪い、賊は包囲網を敷いているとの情報も有ります。

地理にも詳しくないのに今ボルガ砦を出るのは下策です、バッゾ達が応援を呼んでいますし今は此処で踏ん張るべきでしょう。

血の気が余ってるなら貴方達二人も騎士の端くれとしてリーンハルト殿と共に賊共と戦いますか?」

 

 役に立たずに僕の苛々を募らせるだけなら、せめて黙っていて欲しいのです。

 

「ヘリウス、言い過ぎですよ。彼等も貴方の為を思っての提案なのです!」

 

 姉さん、その提案が的外れなのです、苛々するのです。

 しかし感情的になった姉さんは頑固で泣き虫、コーラル男爵と結婚する事が決まり少しは女性らしくなって来たのに……

 

「すみません、言い過ぎました。でも現状は戦いをリーンハルト殿一人に任せ切りなのですよ。

応援を頼みに行かせたバッゾ達が戻って来るのは最短でも明日の昼前後、それまで彼が持つのかが心配なのです」

 

 王都まで馬車で八時間、早馬でも六時間、急いで準備をして向かっても十五時間は掛かる計算、彼が不眠不休で戦い続ける事が出来るのか心配なのです。

 

 ああ、あの時もっと考えて返事をすれば、叔父上の奸計になど引っ掛かる事などなかったんだ。

 姉さんが途中でボルガ砦に立ち寄り、久し振りにコーラル男爵に会いたいってお願いされなければ……

 

「いや、決断したのは自分の責任、言い訳は生き残ってからだ」

 

 リーンハルト殿、頼みますよ、生き残った暁には褒美は弾みますから。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 二回目の襲撃から三時間以上が過ぎた、既に月は真上から傾いた、一番夜が深まる時間帯だ。

 ロップスさんと警備兵が色々と動いてくれて集落の男衆を集め見張りを増やしたり、篝火を焚いて襲撃に備えてくれた。

 女衆は炊き出しをしてくれて暖かい夜食も振る舞われた、ボルガ砦の備蓄を放出してくれたので助かった。

 ボルガ砦の料理人はローラン公爵家の人達の持て成しで苦労している、上級貴族の食事など作った事もない筈だが緊急時だから口に合わなくても不敬にはならない……と思う。

 倒した連中は一カ所に纏めて押し込んで有る、賊だし僅かだが懸賞金も貰えるだろう。

 

 正面口は未だ開けたまま、無事ならコーラル男爵達が一旦戻って来ても良い時間だが……罠に嵌められて捕まったか殺されたかしたか?

 騎士や守備兵ではハボック兄弟のロックゴーレムには勝てないだろう。

 

 あの女性はコーラル男爵と恋仲みたいだったし心配してるだろうな……

 

 用意された椅子に座り毛布を被り熱いスープを啜る、豆と雑穀のスープばかり飲んでいたから玉葱とトウモロコシのスープが妙に美味く感じる。

 近くには焚火も用意されて暖も取れる、ロップスさん達の好意が有り難い。

 応援が来るのは明日の昼過ぎ、だが朝になり旅人達がボルガ砦の異変に気付けば賊共も長居は出来ない。

 必ず大規模な襲撃が有る筈だ……

 

「リーンハルト殿、少し宜しいですか?」

 

 む、この声は!

 

「ヘリウス様?危険ですよ、貴方は狙われているのですから、賊から姿が見える場所に現れるのは……」

 

 慌てて椅子から立ち上がり一礼する、何故このタイミングで話し掛けて来たんだ?

 周囲には配下の騎士も女性も居ない、一人だけで出て来るなんて危機感が無いのか?

 

「座って身体を休めて下さい」

 

「お気遣い有り難う御座います」

 

 お互い椅子に並んで座り正面口を見る形になる、家督争いで狙われている上級貴族の跡取り息子、ローラン公爵は体調不良で床に伏せっている、噂では重病で助かる見込みは低い。

 この同い年位の金髪碧眼の華奢な少年は自分の叔父に狙われていると言っていた、彼が死ねば家督は継承権第二位以降に移る。

 

「わざわざ外に出るなど、何か有りましたか?」

 

「少しリーンハルト殿と話がしたくて……貴方も僕と同じく家督争いで苦労してると聞きました」

 

 同じ身の上だから親近感が沸いたか単に同情を引き出したいのか、横目で見るヘリウス様の表情からは読み取れない。

 

「僕の場合は簡単ですよ、弟のインゴは本妻の息子、僕の母上は側室、血筋が悪かった。

それにバーレイ男爵家は騎士の家系、僕は魔術師ですから継ぐ事は出来ない。だから冒険者として家を出て独り立ちする事を両親に認めて貰いました」

 

 貴方と違い僕は円満解決、家督争いや相続争いなど無関係なのです。

 

「そうですか、羨ましいですね。僕は父上が倒れてから周りの殆どが敵になりました、頼れるのは数名だけ、だが有能な者は少なく日和見な連中ばかり……」

 

 顔を伏せて絞り出す様に話した、最後は語尾も小声で途切れる様に。

 これは同情を引き出したいと考えて良いな、上級貴族が格下に弱音を吐くなど考えられない、彼等はプライドが高く弱みを見せないのが普通だ。

 弱さを見せる相手は限られる、身内か信頼する者だけで出会って半日の殆ど会話もした事が無い相手にとは考えられない。

 

 相当追い詰められているんだな……

 

「それでも頼れる人が居るならば大丈夫でしょう、人は一人では大した事は出来ませんが仲間が居るなら何とかなります。

僕にも冒険者として頼れる仲間達が居ます、彼女達の為にも必ず生きて帰るのです」

 

「彼女達?ふふふ、リーンハルト殿は見掛け通りに甲斐性が有るのですね。

噂ではデオドラ男爵の愛娘であるジゼル嬢とも婚約しているとか?華やかで羨ましい、僕にはそんな相手など居ませんから」

 

 親しみを込めた笑みを浮かべたな、本心なら大した善人だが公爵家の跡取りなら見合い話も数多舞い込むだろう、下手したら許婚が複数居ても可笑しく無いぞ。

 

「ジゼル嬢には心配ばかり掛けています、僕は不甲斐無い婚約者ですよ」

 

 夜風が強くなり少し冷えて来たな、敵が攻めて来るなら明け方近くが定番、徹夜で一番辛い時間だから。

 向こうも悠長に時間は掛けられない筈だ、既に王都に応援を呼びに行かせた。

 ローラン公爵家の不祥事とはいえ国防を担うボルガ砦を賊に攻められているんだ、最速で騎士団が増援に駆け付ける筈だ。

 

「このボルガ砦は王都を守る最終防衛線です、左右は険しい岩山の谷間に位置しているので背後に回り込んだ連中も数は少ないでしょう。

擁壁も4mと高く頑丈ですので簡単には壊せず登れない、攻め難く守り易い構造になってます。

だから安心して下さい、夜風が強くなってきました、そろそろ……」

 

 そろそろ宿舎に戻って休んだ方が良いと言おうとしたが、急に西の方が明るくなったぞ。

 

「あれは付近の集落の方向だ!賊共め、集落に火を放ったな」

 

 揺らめく明かりは燃え盛る炎の明かりだ。奴等め、集落を略奪して火を放ったんだ。陽動か挑発か、何かしらの作戦なのか、だが集めた村人は動揺するだろう。

 

「罪の無い村人の家を焼くのですか!賊共とはこんなに非情な事が出来るのですか、リーンハルト殿!」

 

 本気で怒っているみたいだ、少なくとも領民達の事は大切にしていると見て良いか?

 

「落ち着いて下さい、賊と言う連中は正々堂々など有り得ないのです。

多分ですが僕等に対する揺さ振りでしょう、動揺して集落に向かえばボルガ砦の守りは薄くなる。

ヘリウス様は建物に戻って下さい、そろそろ奴等も痺れを切らして本格的に攻めて来ます」

 

 いよいよだ、包囲網が完成したのだろう、一斉に攻めて来ると見た。だが左右は岩山だ、実際は前後二方向からの強襲だろうな。

 仮に擁壁を越えて来ても守る人達は数棟の宿舎に集めて有る、攻め込む奴等を倒す様に指示したゴーレムポーンなら半自動制御で戦える。

 僕は敵の本隊に対処すれば負ける事は無い、残り百七十人程度なら大丈夫だ。

 そして本隊は正面口から来る、わざわざ険しい廻り道をする意味が無いしヘリウス様の身柄を捕獲したら逃げ出すのは王都の反対側だろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「リーンハルト殿、村が焼き討ちに。畜生、村人は無事でも家財道具や家畜は残して来たんだぞ」

 

「今からでも行けば少しは……」

 

 村の男衆の動揺が酷い、明日から生活出来なくなる可能性が高いんだ、動揺しない方が無理だ。

 だが行けば待ち伏せされて殺される、時間に余裕は有ったし着のみ着のままで避難させたのは失敗だったか?

 

「落ち着いて下さい、損害はローラン公爵家が責任を持って保障します。だから安心して此処に居て下さい」

 

「ヘリウス様、宜しいのですか?」

 

 大貴族が平民に保障するなど聞いた事が無い、確かに原因はヘリウス様だが大丈夫なのか?

 周りの連中も半信半疑だが貴族の若様の言葉に疑問は挟めない、予想外の出来事に驚き取り敢えず落ち着きはした。

 

「リーンハルト殿が教えてくれたのですよ、為政者とは領民を守るのだと。

この襲撃の原因は僕がボルガ砦に逃げ込んだからです、ならば保障はしましょう。生き残れたならば必ず……」

 

 生き残れたならか、重たい責任を背負わされた、公爵家の人達の他に村人の生活まで僕の両肩に乗ってしまったか。

 

「では絶対に勝たねばならないですね、見張りを増やして下さい。

賊は必ず襲って来ます、女子供は建物の中に入って下さい。ヘリウス様も建物の中へ、後は僕等が守ります」

 

 何か言いたそうな騎士二人と女性に騒がれない様にヘリウス様を建物へと行かせた、あの女性にだが凄く睨まれた。

 領民は守るべきと僕が彼に教え込ませた事になったからな、貴族様万歳の思考の持ち主なら余計なお世話だったろう。

 

「無事に生き残れても面倒臭い事に巻き込まれたかも知れないな。ああ、ハボック兄弟が出て来たな」

 

 前方に一度見た巨大なロックゴーレムが見えた、前回よりも大きいぞ、5m以上は有るか?

 そのロックゴーレムが何かを掴んで投げる?しまった、投石攻撃か!

 

 距離にして未だ80m以上だがロックゴーレムが1m位の巨石を放り投げて来たのは見えた。

 岩は放物線をなぞり正面口を破壊した、折角直したのにだ。

 だが擁壁から僕等の場所迄は100m近く有る、ハボック兄弟は砦の内側まで来ないとロックゴーレムの制御は出来まい、巨石の飛距離も20mがやっとだった。

 

「陽動だな、正面に注意を引き付け裏側から強襲部隊を投入する、ならば……クリエイトゴーレム!ゴーレムポーンよ、裏側に周り近付く敵を倒せ」

 

 五十体のゴーレムポーンを錬成し裏側に向かわせる、半自動制御で動きが悪い分は数で補えば良い。

 ゆっくりとロックゴーレムが近付いて来る、魔力のラインを目で追えば後方に三本延びている、真後ろだとハボック兄弟が視認出来ないな。

 

「クリエイトゴーレム!ゴーレムポーンよ、様子を見るぞ」

 

 十体のゴーレムポーンを前方に展開する、奴等がロックゴーレムの力を過信して近付いてくれば『リトルキングダム』で真横にゴーレムポーンを錬成して捕獲する。

 警戒して近付かなくても背後の奴等が全滅し安全を確保したら突っ込む、さぁどうする?

 


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