ローラン公爵家の人達がボルガ砦に逃げ込んで来た、女性と少年がローラン公爵家の関係者なのは間違いない。
そしてボルガ砦の責任者であるコーラル男爵と女性の方は親しい間柄みたいだ、公衆の面前で抱き合う位だから妻か恋人だろう。
問題はローラン公爵家は現当主が病に倒れ親族達が家督争いをしている、今エムデン王国で一番きな臭い一族と噂されている。
彼等を襲った賊が只の野盗なのか誰かに雇われた傭兵なのかは分からない、だが最近になってボルガ砦周辺に野盗共が集まっているのは事実。
そして砦の擁壁を壊せる奴が居るのも事実だ。
コーラル男爵は討伐に二十人の警備兵を連れて行った、残された戦力は警備兵十人と僕等土属性魔術師が四人。
だが二人は戦闘能力が無く一人は囮程度、もしもコーラル男爵が負けるか討伐隊と擦れ違ったりすれば大変な事になる。
「でしゃばるのは良くないが仕方ないか……」
◇◇◇◇◇◇
後悔しない様に自分に出来る事をするしか無い、先ずはボルガ砦を守りコーラル男爵達を待つ事だ。
「荷物を纏めて直ぐに逃げれる様に準備してくれ、コーラル男爵が勝てば問題無い。
だけど負けたら王都に逃げる事になる、ローラン公爵家の人達を守りながらね。僕は正門口で待機、野盗共が来たら戦うよ」
優先順位は悔しいがローラン公爵家の連中、次がロップス達魔術師、そして警備兵で最後が集落の人達だろう。
本当なら集落の人達に避難する様に伝えたい、だがコーラル男爵自らが討伐に出たのに逃げる算段は出来ない。
それはコーラル男爵が野盗共に負けると思ってると取られる、下らない面子の問題だが貴族達にとっては重要だ。
「逃げる準備って、他の人達には?」
「コーラル男爵と警備兵が討伐に出撃したよ、大丈夫じゃないの?」
ミリアンとマックスが怯えている、未だ実戦の経験は無いのだろう。
「ローラン公爵家の人達や周辺集落の連中は?僕も戦うよ、逃げる事はしたくない」
ロップスの目には覚悟を感じる、これは頼りになるか?
「万が一に備えてだ、勿論コーラル男爵が勝てば良いが負けたり擦れ違ったりして野盗共がボルガ砦に攻めて来たら……
優先順位はローラン公爵家の連中で次が君達魔術師だ、その次に警備兵と集落の人々になる」
「間違っては無いがクソッたれな現実だね、君の判断は正しいよ。でも自分は最後まで残る気だろ、だから僕も残る」
反省だ、ロップスさんを甘く見ていた、現状を理解して判断力も勇気も有る人だ。
「ごめん、ロップスさん。甘く見てた」
「構わない、冒険者ランクCでレベル30の君が最大戦力だ。ローラン公爵家の人達に何か有れば僕等は問答無用で首を切られる、だから足掻くしかない。
でもミリアンとマックスは未だ幼い、彼等に預けて一緒に逃がすべきだろう」
「ロップスさん、僕は……」
「みんな一緒じゃなきゃ嫌だよ」
涙ぐむ少年二人の肩を叩いて落ち着かせる、多分だがコーラル男爵達では勝てないと思う。
もしこの襲撃が計画的だったら敵はボルガ砦の戦力も調べているだろう、怪我なら良いが最悪は討ち死にだ。
そして奴等は包囲網を敷いてからボルガ砦に攻めてくる、ローラン公爵家の関係者、いや後継者候補を殺す為に……
「居残りの警備兵と打合せをしよう、彼等との連携が大切だ」
「そうだね、大人の正規兵は心強いよ」
◇◇◇◇◇◇
コーラル男爵の執務室の周辺に五人の警備兵が集まっている、残りの五人は見張りで散らばっているのだろう。
「今晩は、留守の責任者は誰ですか?」
警戒されない様に10m手前で声を掛ける、ピリピリとした雰囲気だ。
「何だ、君等は宿舎に居て大人しくしてるんだ」
「大丈夫だ、コーラル男爵が討伐に向かったから安心してお前達は待ってろ」
厳つい中年男性が二人、だが言葉は乱暴でも気遣いを感じる。
彼等は完全武装しているロングソードにナイフ、背中に盾を背負いスピアまで持っていて戦争に行く出で立ちだ。
「手伝います、これでも僕は冒険者ランクCのゴーレム使いです」
冒険者ギルドカードを見せて身元を明らかにしておく、食い入る様に見ているが信じて貰えたみたいだ。
「助かる、実際に十人じゃボルガ砦は守れない。出来れば門を閉めて篭城したいがコーラル男爵は開けておけと言われた」
「正規兵二十人ですから負ける事は無いと思いますが、擦れ違いや別動隊が居たら厄介です。
正面口は僕が守りますので周辺の見張りをお願い出来ますか?僕は完全武装のゴーレムを三十体操れますから大丈夫です」
本当は五十体だが三十体と少なめに数を申告する、本職の兵士に対して戦闘は僕に任せろって言ってしまったが大丈夫だろうか?
「分かった、頼む」
良かった、もし駄目だって言われたらどうしようかと……
「待て、そんな魔術師が居るなら我等を守れ!我が主の側に居ろ、わざわざ離れるのは許さんぞ」
いや、面倒臭い奴が扉を開けて騒ぎ出した、見れば護衛の騎士だと思うが頭と左手に包帯を巻いている。
その後ろには更に二人の騎士が立っているが無傷な者は居ない、自分の主を守る為に戦力を集めたいのは分かる。
だが自分の周りに戦力を集めるだけでは勝てないんだぞ。
「それは効率が悪いです、僕が最前線に出ないとゴーレムを制御出来ない」
「黙れ!此処に居るのはローラン公爵家の長男で後継者第一位のヘリウス・ド・ローラン様だぞ!お前等は死んでも俺達を守るんだ」
途中で言葉を遮られた、しかも口から唾を飛ばしながら捲し立てる、自分達を守れと……
最悪だ、後継者第一位なんて全員から狙われる奴じゃないか!
しかし長男と言っても同い年位だがローラン公爵はデオドラ男爵よりも年上の筈だ、他の兄弟姉妹はどうした?
「それは……」
「敵襲だぁ!」
警備兵の叫び声に振り返れば正面口を守っていた二人が馬に乗った賊に切り殺されたのが見えた、コーラル男爵が砦を出てから十五分も経ってない。
「クリエイトゴーレム。ゴーレムポーンよ、一斉射撃だ!」
横十体三段構えの合計三十体によるロングボゥの一斉射撃に門を潜って突撃してきた賊を狙い撃つ。
伊達に魔法迷宮バンクでボス相手に弓と槍投げの練習をしていた訳じゃないぞ!
「二射目、構え……撃て!」
賊は突破力の有る騎兵が十人、その後から徒歩で二十人以上が走り込んで来たが先頭が成す術も無く殺されたのを見てパニックになった。
逃げ出されては厄介だがロングボゥの水平撃ちの射程距離から外れたか……
「ゴーレムポーンよ、構えろ……撃て!」
構えを水平撃ちから斜め上45度に変えて一斉射撃、矢は弓なりに飛距離を延ばして逃げ出す奴等の先頭集団を射抜き更に先の地面に突き刺さる。
「二射目、構え……撃て!」
距離感を掴んだので調整し、逃げ出す奴等の背中に三十本もの矢が降り注ぐ、暗いので何人か逃したか分からない、だが感触は掴んだぞ。
「賊が、三十人からの賊が瞬く間に全滅だと……」
「化け物、こんな事が一人の魔術師が出来るのかよ」
ローラン公爵家の騎士達が呻いているが上位魔術師ならもっと凄惨な事が平然と出来るぞ。
「負傷者の手当てを、ゴーレムポーンは生き残りを連れて来い。
この襲撃は計画的だ、コーラル男爵達をやり過ごして攻めて来た、暗いのに騎兵で攻めて来たんだ。
何処かで馬を静かに宥めながら待機して正規兵に襲い掛かる、普通じゃない」
周りの僕を見る目に畏怖が含まれる、特にローラン公爵家の騎士等は……
逆に警備兵達は普通だしロップスも表面上は普通だ、彼等は魔術師の大量殺戮能力を知ってるから。
「見張り二人は駄目だ、即死だったろう」
悔しそうに警備兵が仲間の死を悼む、門さえ閉じていれば防げる奇襲だった。
「生き残りは五人か、無傷な奴は居ないが早く始末しようぜ」
抜き身のロングソード片手に生き残りの警備兵達が賊に詰め寄る。
ゴーレムポーンに押さえ付けられて騒いでいるのは五人、一人だけ先頭で突っ込んで来た奴はリーダーらしかったので致命傷を避けた、後は偶然の生き残りだ。
未だ十代後半から四十代迄バラバラだ、汚れた皮鎧を来て無精髭を生やしている、目だけがギラギラして僕を睨んでいる。
「どうせお前達は皆殺しだぜ、俺達を逃がせば御頭に助ける様に頼んでやるぜ」
「早く放せ、死にたいのかよ!」
ふむ、威勢が良いが他にリーダーと仲間が居るのは確実みたいだ。
「お前達の目的は?誰に頼まれた?他に仲間は何人居る?」
先ず最低限の知りたい事だけ聞く、余り深入りすると危険だ、後継者争いの為に誰から誰を殺す様に頼まれたとか巻き込まれるから知りたくない。
「教える訳ねぇだろ、死にたくなければ俺達を解放しろ!」
威勢が良いのは本当に他に仲間が大勢居るのと、僕が子供だからと舐めているのだろう。
尋問は苦手なんだよな、他に得意な奴が居たし……懐かしい奴を思い出した。
自らを拷問執行人と言い真っ黒な鎧兜にマントを羽織ったグリューム、見た目は普通なのに淡々と拷問する姿は怖かった。
彼の真似をしてみるか……
「言わなければ順番に死ぬだけだよ」
「何をする?グハッ!」
一番左側の男の首をゴーレムポーンに折らせた、刃物は血が飛び散るから止めた。
「お前、だれが言うか!」
頑張るな、生き残りは後四人か。二人目の首を同じ様に折る。
「止めて、助け……グゲッ!」
周りの恐怖心を煽る為に命請いをさせてから淡々と殺す。
「お、お前何考えてるんだ?死にたいのか、早く逃がさないと皆殺しなんだぞ!」
「狂ってる、コイツは狂ってるぞ!」
自分達だって略奪したり無抵抗の人達を殺したりしてるのに自分勝手だな。
「後三人、言わなければ順番に殺すよ。最後の奴は簡単には殺さない、言わなければ両手両足を砕いて次に目を潰す、殺してくれって頼んでも言うまでは……」
大分汗をかいて呼吸が早くなっている、焦りと後悔と生きる為に何をするか一生懸命考えている、あと一押し希望を持たせれば喋るかな?
「最初に喋った奴だけ助ける、残りは拷問するよ、仲間の仇だし手加減はしない」
そう言って予告無く三人目の首を折る。
「言う、言います、喋ります、だから殺さないで!」
墜ちたな、嫌な事だが自分達が生き残る為だ、後悔はしない。目で次の言葉を促す、早く教えろと。
「全員で二百人以上は居るぞ、他の連中は迂回して退路を絶つのと討伐隊を襲うのと砦を襲うのに別れた、俺達は砦を襲う先発隊だ。
傭兵とハボック兄弟も参加してる、俺等は馬車に乗ってる餓鬼を殺して死体を持って行けば金貨一万枚って言われたんだ。
知ってる事は全て話した、だから助けてくれ」
良く息継ぎ無しで喋ったな、だが知りたい事は大体分かった。
二百人以上もの野盗や傭兵を集めて同じ行動をさせるには纏め役と扇動役が複数居る、しかも死体を持って来いとなると依頼人に近い奴が居る。
迂回し後方で退路を絶つなら今から馬に乗って急げば包囲される前に突破して助けを呼べる、後は此処を拠点に守れば何とかなるか。
馬車で逃げても追い付かれる心配の方が強いな、僕は移動するより拠点で動かずゴーレムを動かす方が得意だ。
「先発といったな、後発組はいつ頃で何人居るんだ?」
「未だだ、まだ来ないと思う、十五分くらい後だ、数は三十人だ。傭兵団の、あ、赤月(あかつき)が来るぞ」
赤月?確か金さえ払えば何でもやる傭兵団だったかな、しかし寄せ集め集団じゃないから厄介だ。
「教えた、全部教えたぞ。た、これで助けてくれるんだな。ははは、助かったぜ……」
「おい、コイツ等を逃がすのかよ?仲間が殺されたんだぞ」
賊と警備兵の両方から詰め寄られたが、答えは一つしかない。
「ええ、僕は手を下しません。ですが貴方達の敵討ちも止めもしませんよ」
「貴様っ!騙したな、騙しやがったな」
これで生き残る道筋は見えた、後は手順さえ間違えなければ大丈夫だ。