エルナ嬢主催の二回目のお茶会、今回は年上の二人組とオマケだった。
共に才媛と評判だが、底の知れない情報収集能力が有る、東洋の諺に『年上の妻は黄金の靴を履いても捜せ』と有るが……
僕の二ヶ月間何々の行動や収支まで知っていそうで怖い、しかも側室話は既に了承済みな流れだ。
確かに使える物は何でも使わなければ成り上がれないのが宮廷魔術師だ、成功すれば見返りとしては十分なのだろう。
だが本命の二人にプロポーズすらしてないのに、何故に側室話だけが先行するのだろうか?
それにアシュタル嬢もナナル嬢も何か秘密が有りそうだ、裏を調べないと信用出来ない。
◇◇◇◇◇◇
「宮廷魔術師を目指すなら多くの力が必要な筈です、私達を拒む理由は何でしょうか?」
アシュタル嬢とナナル嬢の追求が止まらない、だが二家の実家は新貴族の男爵位、共に聖騎士団員なので強力なサポートにはならない。
だが強気に攻める裏付けって何だろう?
「返答に窮するのはジゼル様に気を使ってかしら?親が決めた婚約者の割には随分と仲が良いみたいですわね、自作のブレスレットを贈ったりとか」
「いえ、彼女とは無関係です。確かにサポートは多い方が良いでしょう、しかし色々と派閥や利権も絡みます。
それに今後の事はユリエル様とアンドレアル様、それと我が師であるバルバドス様と相談して決める予定なのです」
彼等現役ないし元宮廷魔術師達と相談する前に勝手に味方(とも分からない)を増やす事は出来ない、そう言うニュアンスを含ませたがグレース嬢は読み取れなかったのか?
あの女が悪いとか邪魔とかブツブツ言っているのが聞こえる、アシュタル嬢達も白い目を向けてるし……
「リーンハルトさん、私は聞いてませんわ、宮廷魔術師を目指すとか!」
珍しく語尾が大声になったエルナ嬢を見る、何故か泣きそうだ。
最近色々暗躍し過ぎて急展開な話についていけないからだろう、身内が義理とはいえ我が子が宮廷魔術師を目指すなら教えて欲しいのは当たり前だろう。
「先日バルバドス師から言われまして今日報告に来ました。急な話故に悩みましたがパトロンであるデオドラ男爵とも相談し、今後のエムデン王国の為にもと努力するつもりです」
姿勢を正し一礼する、真実の一部を隠したが嘘は言ってない。
どちらにしてもウルム王国と開戦すれば強制徴兵だから立場を固めないと使い潰される、最悪は宮廷魔術師候補でも構わない。
「お国の為に、そこまで考えていたのですね。分かりました、旦那様と相談して助力を……」
「それは駄目です、その助力は僕では無くインゴの為に使うべきです。バーレイ男爵家はインゴが相続するのです、廃嫡される僕に使うべきじゃない」
バーレイ男爵家及びアルノルト子爵家はインゴの後見人だ、僕と絡むと揉めるだろう、家督争いは避けたい。
廃嫡予定の長男が宮廷魔術師を目指す、家督相続の次男は聖騎士団員を目指す、我がバーレイ男爵家は武門だが、どちらが家に有益かは揉めるだろう。
その後、重たい空気を払拭する為にエルナ嬢が話題を変えて時事ネタ話をしたり貴族社会での噂話をして二時間が過ぎた、お茶会も終了だ。
「楽しい時間とは過ぎるのが早いですね、そろそろお開きでしょうか?」
「あら、もうそんな時間ですか?」
僕の振りにエルナ嬢が応える、話題も少なくなったし時間的にも良いだろう、二回目のお茶会で終了して欲しいものだ。
具体的な事は一切避けた、来年成人した後の話であり宮廷魔術師の件もユリエル様達と相談次第、実際には彼女達に助力は頼まないだろう。
「リーンハルト様、今度は私の家にご招待しますわ」
「そうですね、私もご招待しますわ」
アシュタル嬢とナナル嬢は連携してるな、彼女達の関係は調べてないが裏では繋がっていそうだ。
慌ててグレース嬢も誘ってくれたが、僕はアルノルト子爵を敵と見做している、かの家を訪ねる事は無い。
笑みを貼付けて無言で応える、招待状を送られても丁寧な詫び状で対応する事になるかな。
玄関先まで見送りしたがアシュタル嬢とナナル嬢は同じ馬車で帰った、やはり繋がりが有ったか……
◇◇◇◇◇◇
「どうだった、ナナル?」
「正直な事を言えば引いたわ……」
バーレイ男爵家からの帰宅途中、私達に側室話を持ち掛けた少年を初めて見たわ。
前情報と違い彼は側室など望んでいない、あの馬鹿女が乱入したお陰で私達の評価が混ざるのは勘弁して欲しい。
背もたれに身体を預けて伸びをする、正直緊張したわ。
「何それ、良い意味かしら、悪い意味かしら?」
私のギフト(祝福)は『能力査定』、あのジゼル様の『人物鑑定』と同系統だけど心を読めるのと違い私のは相手の能力を数値化して読み取れる。
何度も確認の為に調べ直したけど、結果は毎回同じだった。
「両方と取れるかしら。リーンハルト様の能力は現役宮廷魔術師と遜色がないのよ。魔力量も制御能力も修練度も下手したらアンドレアル様よりも多いわ」
直接話した事は無いけど上級貴族主催のパーティー等で遠くから御見かけした事はある宮廷魔術師達と遜色の無い能力、正直今でも信じられない。
「未だ成人前よ、そんな事が有り得るのかしら?勿論ナナルのギフトを疑ってはいないわよ、でも……」
アシュタルの言葉が詰まった、魔術師の頂点たる現役宮廷魔術師よりも多い技量と魔力量と修練度、それが意味する事は大きい。
彼は宮廷魔術師を目指すと言ったが最初は笑い話と断じたかった、だけど実際は既に能力面ならクリアーしていたわ。
しかも現役宮廷魔術師とも繋がりが有ると言ったわね、既に具体的に動いているのかしら?
「でも私達の旦那様としては申し分無いわ。
あれだけの能力を持ち、既に国王と謁見済み、しかも王族であるミュレージュ様に相当気に入られているとの噂だし将来性は確かよ」
最近になり漸くミュレージュ様が社交界に出られる様になった、王族であり近衛騎士団員の彼は高嶺の花、下級貴族の私達では近付く事さえ許されない。
高い能力を持つ者は総じて爵位も高い、又は既に紐付きだわ。
そんな時に現れたのがリーンハルト様よ、新貴族の男爵家の長男だけど血筋が悪く来年成人と共に廃嫡、普通なら見向きもされない立場。
だが彼は自分だけの力で成り上がろうとしている、今なら私達でも手が届く位置にいるのよ。
「確かにそうだけど、性格は悪そうよ。私達の事を表面上は配慮してたけど、女性としては全く見てないわ。
あれ位の年齢なら女性に興味津々な筈なのに、婚約者が居る余裕とも違う無関心さはね」
「そうよね、確かに変な対応だわね。私のギフトは思考は読めないから何とも言えないのだけど……」
十代半ば、普通なら性に興味が出る年頃で私達は見た目は悪くない。
そんな私達を側室に迎えれば、この身体を好きに出来るのだから色々と考える筈なのに一切無かったわね。
ポーカーフェイスなら大した物だけど一回も視線が胸元とかに行かなかった、未だ成人前の少年が徹底して自制出来るのか疑問だわ。
「まさか、幼女趣味じゃないわよね?確か最初のお茶会は未だ八歳前後の二人組だったとか、年下趣味なら私達は対象外よね」
「最悪ね、ロリータ趣味の少年魔術師か。
でもそれは無いわ、単純に婚約者のジゼル様への配慮ね、あの冷静沈着な彼女がリーンハルト様の成果を惚気で話すのよ」
何度か礼儀的に会話した事があるデオドラ男爵の愛娘の事を思い浮かべる、私達以上に才媛と人気の落ち着いた年下の女。
あの澄ました顔の女が嬉しそうに話すのは決まって婚約者であるリーンハルト様の事、正直に惚気がウザイ。
「最愛の婚約者は最大のパトロンの愛娘、結婚する迄は浮気は御法度ね」
「既に尻に敷かれているのかしらね?
でも家の弟と同い年には見えないわ、あの馬鹿はお付きのメイドに手を出して謹慎中よ。
でもそれが貴族として普通の行動、選ばれし高貴なる存在と勘違いしているお馬鹿さんばかり……」
新貴族の男爵家の長男は正直に言えば貴族社会の最下層、でも平民と比べたら雲泥の存在。リーンハルト様には選民意識は希薄なのかしら?
「そんなお馬鹿さん達からの強制求婚を跳ね退けて来たけれど、そろそろ辛いわね。
私達も結婚適齢期ギリギリに近付いている、高く売り付ける相手は限られてきたわ。最年少宮廷魔術師が旦那様なら文句は無いけど、ジゼル様の存在が邪魔ね」
「大丈夫よ、お馬鹿なグレースさんに入れ知恵をしたでしょ?元々アルノルト子爵家には悪い噂が有った、政敵の殆どが暗殺されたと……
リーンハルト様の実母であるイェニー様も、隠蔽されてはいるけど暗殺された可能性は高いのよ」
愚鈍なインゴ様より血筋は悪くても能力が高いリーンハルト様を押す動きが有った、それとバーレイ男爵は本妻のエルナ様より側室のイェニー様の方を大切にしていた。
政略結婚の相手より苦楽を共にした相手の方が大切なのは当たり前、でもイェニー様の暗殺に成功したなら次はリーンハルト様の筈だった……
だけど彼は生きていてアルノルト子爵絡みの暗殺事件は止まった。
「アシュタル、もう少しリーンハルト様の事を調べさせましょう」
「もう既に金貨三百枚も使っているのよ、これ以上何を調べる事が有るの?」
そう、私達は二ヶ月前まで遡りリーンハルト様の事を徹底的に調べたわ。
最短距離で成果を出し続ける有能な冒険者だけど、彼の秘密はもっと前に有る筈よ。
あのギフトで読み取った修練度は何年も鍛練を重ねないと無理な数値、つまりリーンハルト様は何年も前から土属性魔術師として厳しい鍛練をしていた筈なの。
そこには必ず師が居るのだけれど、バルバドス様と師弟関係を結んだのは最近だわ。
あそこまで才能を伸ばすには優秀な師が必要、一応母親の知り合いであるロータルと言う老魔術師に師事したらしいが彼は土属性魔術師じゃない。
「もしかしたら早い段階からバルバドス様と繋がりが有ったかも知れないわ、エムデン王国で最高の土属性魔術師はバルバドス様だから無関係とは考え辛い」
「確かにバルバドス三羽烏からの一連の出来事は最短距離で物事が進んでいるわね。
三羽烏の決闘からバルバドス様の屋敷への招待、門下生との模擬戦から研究の手伝い、出来過ぎよ」
バルバドス様には後継者が居ない、後妻は居れども実子が居ない。
「まさか、リーンハルト様はバルバドス様の隠し子?」
「それは飛躍し過ぎよ、時期的にも状況的にもバルバドス様とイェニー様との接点は無いわ。
だけど養子としてなら同じ土属性魔術師で優れたリーンハルト様は理想的よね」
あの偏屈老人と噂のバルバドス様が親しくする事が疑問だったけど、なる程と思える根拠にはなる。
だけどバルバドス様の養子となるには所属派閥を変える必要が有る、ジゼル様と結婚すれば自動的にデオドラ男爵と同じバーナム伯爵の派閥になるわ。
でもバルバドス様はニーレンス公爵の派閥に属する、そこが説明がつかない。
「謎が多い子ね、でも諦めはしないわ。
グレースさんが馬鹿な行動をジゼル様に実行しても成功はしないでしょう、彼女の方が何枚も上手だから。
でもリーンハルト様に危機感を与える事は出来る、力が不足してると思わせる事が……」
「大事な婚約者を守る為に私達の力を利用しなさいと唆す訳ね、万が一ジゼル様に危害が加わっても構わない、最愛の女性を襲ったのがグレースさんだと教えて恩を売るのも一興ね」
あの手の有能な男は他人に頼る事をしないのよね、だから危機感を与えないと取り入る隙が無いの。
自分の為に私達を求めたなら負い目を感じる、こちらの立場が上になる。
「私達、悪い女よね?」
「佳い女には棘と秘密が有るのよ、あれだけの好物件を逃す訳にはいかないでしょ?
でも私達は良妻賢母になれる自信が有るわ、両者にとって有益な関係を結べるわよ」
ふふふ。リーンハルト様、絶対に捕まえて逃がさないんだから!