古代の魔術師達は己のゴーレムを宝飾品に変えて、危険が迫った時に自動制御で所有者を守る術(すべ)を編み出した。
それは木札だったり宝玉だったりと多種多様だったが常に身に付けてられる物としてネックレスやブレスレットが一般的となる。
元はドラゴンの魔力をその牙に宿らせて骸骨兵を召喚した別名『竜牙兵』だったらしいが古代の知識を持つ僕でさえ、ドラゴンの牙の利用方法など知らない。
だが目の前の謀略系令嬢は諜報という情報戦を行うので身の安全の為に敢えて渡す事にした、襲撃者は人目を避ける筈だから例え見られても言い逃れは可能だと思うから……
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「古代の貴き姫の護衛に『竜牙兵』という現代では再現不可能な護り手が存在したと聞きます」
「そうですね『竜牙兵』とはドラゴンの魔力をその牙に込めて骸骨兵として使役する伝説クラスのマジックアイテムです。
流石に僕でも再現は無理ですね、それは『召喚兵』とでも呼んで下さい」
全盛期は三十連のネックレスを作れたが今は六連で限界、だが製作のコツは思い出して来たので少しずつ増やしていけるだろう。
「この『召喚兵』のブレスレットは他に誰に渡しているのです?」
彼女は複雑な、嬉しさと困惑さが混じった顔でブレスレットを弄びながら聞いてくる。
ああ、複数個存在すると情報の秘匿が大変だからだな、流石に色々考えが回る。
「ジゼル様だけです。危険な事をさせている自覚が有りますので、貴女の安全の為に出来るだけの事をしたいのです」
デオドラ男爵の秘蔵っ子、そのギフト(人物鑑定)と合わせて僕等に必要で重要なのはジゼル嬢だ。
彼女を失う事は大きな損失であり襲撃者にバレてもデオドラ男爵が愛娘の為に手に入れたとでも思うだろう、誰も現代でも製造可能なマジックアイテムとか思わない。
「そういう台詞はアーシャ姉様に言って下さい。ですが……女として大切に思われる事は素直に嬉しいですわ。有り難う御座います、リーンハルト様」
丁寧に頭を下げてから控えさせていたメイド達を呼んだ、約三分間だから悪い事をしたとは思わないだろう。
仕切直しでお互いに向き合い新しく煎れて貰った紅茶を飲む、最近バルバドス師の影響か砂糖が多めの二杯になっている。
「ジゼル様、実はもう一つ報告と言うか相談が有りまして……その指名依頼にですね、魔術師ギルド経由で砦の修復依頼が来ました。
土属性魔術師として以前の依頼で野営陣地を作った事で、その……
それと現役宮廷魔術師達からも僕を参加させろと横槍が入ったらしくて、多分ユリエル様かアンドレアル様だと思います」
深い溜め息を吐かれた、だが仕方無いわね的に笑ってくれた。
「ふぅ、分かりました。私の婚約者様は人気者ですね、今度は魔術師ギルドですか?
私は魔術師ではないので魔術師ギルドの思惑は分かりませんが多分ですが情報収集でしょう、未だ成人前の少年魔術師が構築出来る陣地とは思えないので半信半疑なのです。
後は巨大なゴーレムルークについてとかですね、魔術師ギルドとしても興味深いので真偽を確かめたいのでしょう」
「僕の力の見極めの為の依頼だと?」
黙って頷かれた、確かにライラックさんの件で倒した盗賊の引き渡し等で騎士団と冒険者ギルド本部にライラックさんは後始末をお願いした。
構築した防御陣地は暫く残っていたし最後の戦いでゴーレムルークを目撃した人も多い、魔術師ギルドとしては是非とも調べてみたいって事か。
そう言えば野盗共の懸賞金をライラックさんが纏めて申請してくれて、配当金を金貨二十枚程貰ったな。
ベリトリアさんが野盗共を消し炭にしたから身元の判別が出来なくて買い叩かれたらしい。
「つまり今迄に行った事以上の事はせずに大人しくしてろって事ですね?
砦の復旧だから土属性魔術師として固定化が主な仕事なので目立つ事はしない、今は魔術師ギルドに深く関わるつもりは無いのです」
コレットの話を聞いて考えたが今の自分の能力査定を何かしらの方法で調べるらしい、僕の今のレベルと魔力量の多さは釣り合わない、色々と調べたがるだろう……魔術師の知的探究心を甘く見たら駄目だ。
コレは!と思う研究素材を見付けたら何としてでも調べたいのが僕を含む魔術師、今回は大人しくしていよう。
「それが良いと思いますわ」
優しく微笑まれた筈なのに『分かってるなら本当に大人しくして下さいね?』って伝わるのは何故だろう、僕はコクコクと頷く事しか出来なかった。
その後、ジゼル嬢とアーシャ嬢が入れ代わり雑談をした後、三人で昼食を共にしてからデオドラ男爵家をあとにした。
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午後の予定を考える、問題となる事はジゼル嬢と相談した事で方向性は固まった、僕も彼女の能力に依存してるのを自覚した。
魔術師ギルドの指名依頼は僕の能力査定の為か、確かに魔術師として少し普通の枠からはみ出ている、ならばランクCとはいえ力の弱い内に干渉して調べる魂胆か……
早急にランクBに上げたいがパーティ全員をランクCに上げる事を優先する、僕には指名依頼で単独行動が多いから普段はパーティ優先で良い。
方針が決まるとバルバドス師に会う必要性が薄れたな、ただでさえ力を付けろと言われているんだ。
まさか現役宮廷魔術師の干渉を止めてくれる様に頼むのは無理だな、バルバドス師なら可能かもしれないが相当無理をさせて迷惑を掛けるだろうし……
「予定が無くなった、イルメラは教会で奉仕活動、ウィンディアはデオドラ男爵家で本来の仕事とルーテシア嬢が帰って来たので友好を深めている……暇になったな」
一人迷宮探索もアレだし朝から酒場で酒を飲む事はしない、武器屋や防具屋を見て参考にする?
家に帰っても一人だしバルバドス塾に行っても塾生からは腫れ物扱い、バルバドス師が不在だったら直ぐ帰るとは言い出せないし居辛いだけだぞ。
何て事だ!暇一つ潰せない男だぞ、僕は……
「仕方ない、帰ってマジックアイテムでも作成するか」
道端で立ち止まって熟考するのは他人に迷惑だし邪魔だな、しかも此処は貴族街だから余計に目立つ。時間も有るし歩いて帰るか……
元々デオドラ男爵とバルバドス師に会う予定だったので身なりは悪く無い、貴族服の上から魔術師のローブを羽織っているが杖は持っていない。
午後の陽射しは暖かく人通りも多く行き交う人も多い、長閑な午後には出歩く人達も多いんだな。
ブラブラと周りを見ながら歩く、大体この貴族街に来る時は悩みか問題を抱えているので今日みたいにノンビリ歩く事は少ない。
観察しながら歩くと色々な事が分かるな……
豪華な屋敷、こぢんまりした屋敷、優美な建物や奇抜な建物、貴族にとって本宅は大切な場所、有る限りの財産と時間を掛けて造り上げるのだ。
暫く歩くと貴族街の外れに不思議な屋敷を見付けた、余り手入れをしていないのか建物には蔦が絡み庭は草が不揃いに生えている。
持ち主が居ない場合、管理者が最低限の手入れはするから持ち主が放置してるだけか?
正門の前で立ち止まり屋敷を見上げる……不思議な気持ちが沸き上がる、この場所に立ち止まりたくない、立ち去りたいと。
魔力干渉、凄く隠蔽されて分かり辛いが人払いか人避けの魔法陣が構成されている、これは転生前に流行っていた魔法陣だな。
重要な施設に掛けて無用な連中を遠ざけ、どうしても入り込みたい連中には心理的プレッシャーを掛ける。
僅かながらに絡み付く魔力を感じて手繰り寄せるが……
やはり建物内から感じるが魔法の効果が切れ掛けているな、やはり相当な時間手入れをしていない。
300年も前に流行った防御魔法陣を構築した建物か、良く調べれば門扉も塀も強固な固定化の魔法が重ね掛けされているな。
門柱に家紋が刻んであるな、これってブレイザーの……
かつて僕が率いていたルトライン帝国魔導師団に押し掛けて来た大貴族の跡取り息子だったブレイザーの実家の家紋だ、剣と麦穂を持つ勝利と豊饒の女神だから間違い無い。
モア教全盛の今と違い300年前は多数の宗教と神様が居て、この女神もその一つだ。
口の悪いセッタと良く喧嘩をして最後は魔導師団のオフクロ的存在だったバレッタに仲裁されてたな、懐かしい思い出だ。
「ブレイザー・フォン・アベルタイザー、懐かしい名前を思い出したな」
この屋敷については暇を見付けて調べてみよう、ブレイザーは大貴族の跡取り息子だったからルトライン帝国が滅んでも無事だったのかも知れないし。
かつての仲間の足跡を知る事が出来た、マリエッタの鎧にブレイザーの家紋の刻まれた屋敷か……
「少年、我が屋敷に何か用事かな?」
「はい、えっと……あの、申し訳ありません。蔦は凄いですが見事な造りの屋敷なので、つい足を止めて見入ってしまいました」
まさか隣の屋敷の持ち物とは知らず十分以上立ち止まって見上げながらブツブツ呟いていたら危険人物だろうな。
温和そうな小肥りな中年の男性、ブレイザーの子孫にしては魔力を全く感じない。
だが真後ろに警備兵が二人、腰のロングソードに手を掛けて僕の様子を窺っている、何故彼等じゃなくて屋敷の所有者と名乗る人物が直接声を掛けて来たんだ?
「私はレレント・フォン・パンデックだ」
パンデック?アベルタイザーじゃなくて?
「リーンハルト・フォン・バーレイと申します、パンデック様のお屋敷とは知らずご無礼をお詫び致します」
パンデック?この区画に屋敷を構えられるなら従来貴族だが名前が思い浮かばない、少なくともバーナム伯爵の派閥では無いしニーレンス公爵の派閥とも違いそうだ。
前にジゼル嬢から貰ったニーレンス公爵の派閥一覧にも無かった名前だ。
「ほぅ?今噂の少年魔術師殿か。この屋敷は我がパンデック一族が代々受け継いでいるのだ。だが曰く付き故に困っている」
何故、通りすがりの僕に一族の恥部みたいな曰く付きの屋敷の話をするんだ?
特に表情は普通、いや無表情と言っても良いだろう、つまり意図的に表情を抑えているんだ。
「曰く付き、ですか?」
曰くと言うか人払いか人避けの魔法陣だろう、この程度ならレベル30以上の魔術師なら気付くし解除も可能だろう。
「ああ、エムデン王国建国当時から有る貴重な建物だが人が住めない、いや人を寄せ付けないのだよ。呪われていると言い変えても良いな、実際に何人もの人間が死んでいる」
人が死ぬ程の呪いが有るのか?ブデューラ族の呪術師を思い出すな、実際は呪いではなくて精神に干渉する魔術だったが彼等は魔術の概念が無かったにも関わらず呪術という形で魔術を行使した。
「そうですか、早く立ち去りたい気持ちが不思議で我慢して見上げていましたが、そんな秘密が有ったのですね?では失礼致します」
深入りは禁物、一旦離れよう。
この屋敷は相当の侵入防止の罠や陣が組んであるだろう、手付かずには訳が有る筈だが呪いが原因と思われているならレジスト出来ない精神干渉系の魔法が掛かるのだろうか?
「ああ、危険な屋敷なのだ。放置して朽ちるに任せる方が良いだろうな……」
思わせ振りな台詞だが、百年単位で屋敷を維持している強固な固定化の魔法が掛けてあるから朽ちるのは未だ百年以上先だろう。
貴族的礼節に則った礼をしてパンデック氏の屋敷をあとにした、古代の魔術の痕跡が残る曰く付きの屋敷か。
過去の郷愁に捕われて手を出すには少々危険な感じがするな、暇が有れば調べる程度で良いだろう。
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思わぬ所で昔の仲間に繋がる情報を得られたな。
空を見上げれば未だ日は高く自由な時間は有り余っている、商業区まで歩いて来たが何をするか?
行き交う人々は生き生きとして忙しそうで、エムデン王国の治世が素晴らしい事を示している。
宛も無く歩き廻るのも考え物だが露店の前を通る度に新しい食べ物を買う事が癖になったな、美味しい食事は気力も体力も回復する万能薬と同じだから。
暫く歩くと最近覚えた名前を掲げる店を見付けた。
「モード商会か……」
想像以上の大商人なのを知って驚いた。