古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第165話

 久し振りに実家に帰り家族と話が出来た、インゴは訓練で疲れ切っていて話す事は僅かだったがバーレイ男爵家の後継者として頑張っている。

 ライル団長の指名依頼も父上に迷惑を掛けずに大丈夫な事を確認し安心する事が出来た。

 後はエルナ嬢のお茶会だが、側室か妾候補の二人に引き合わされたが未だ幼い子供だ。

 生々しい話になるのは五年以上は先なのでホッとしている、交易商人との繋がりは大事だが彼女達を介して普通に良い付き合いが出来そうだな。

 一応お茶会に一回は参加した、これで暫くは避けても良いだろう。

 次はデオドラ男爵かバルバドス師にするか悩むなぁ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「おはようございます、リーンハルト様」

 

「おはよう、リーンハルト君」

 

 最近はイルメラだけでなくウィンディアも家ではメイド服を着ている、家事が楽だからとは言うが似合ってはいる。

 

「うん、おはよう。今朝も美味しそうだね」

 

 食卓には焼きたてのクロワッサンにジャガイモと挽き肉のオムレツ、香草のサラダにクランベリーのヨーグルト和え、飲み物は紅茶だ。

 席に座れば直ぐにカップに紅茶が注がれ料理が取り分けられる、幸せだ……転生前の王族の時の方が遥かに贅沢だったが心が満たされる意味では今の方が断然良い。

 マナーが悪くならない程度に会話をはさみながら食事をする、贔屓目無しに料理は美味しい。

 向かい側に並んで座る彼女達には感謝し切れないだろう、僕の快適な生活は彼女達に支えられている。

 僕とイルメラは同じ位の量だがウィンディアは気持ち多く食べる、デオドラ男爵家のボリューム有る料理を食べ慣れているからか?

 

「リーンハルト君、今日はどうするの?」

 

 食後のデザートを食べている時にウィンディアに聞かれる、彼女と共にデオドラ男爵に会いに行かねばならないんだ。

 聖騎士団とライル団長の件もデオドラ男爵の耳に入れておかないと駄目だし、エルフの里への買い出しの日程調整、ジゼル嬢に頼まれたブレスレットも渡したい。

 だが必ずデオドラ男爵との模擬戦とセットだろうな、何回か免除して貰っているが、そろそろ我慢の限界だろうガス抜きは必要だ。

 

「デオドラ男爵に会うかバルバドス師に会うか……実は悩んでいる」

 

 正直に話す、どちらも問題を含んでいて先延ばしは出来ないのも理解している。

 

「私は今日は教会の方に行きたいのですが宜しいでしょうか?」

 

 イルメラは教会か、最近稼ぎが良いし孤児院への寄付と子供達に差し入れをしよう。

 

「そうだね、僕も久し振りにニクラス司祭に会いたいし教会に寄ってからデオドラ男爵に会いに行くか……

ウィンディア、先に行ってて貰えるか?デオドラ男爵が不在でもジゼル嬢に相談すれば大丈夫だと思うから」

 

 アルクレイドさんとジゼル嬢に状況を伝えておけば本人に直接話さなくても上手く調整してくれるだろう、彼女の手際の良さは理解している。

 それにジゼル嬢にはブレスレットも渡したい。

 

「分かったわ、私が教会に行っても余り役に立たないし久し振りにルーテシアとも話したいし先に行ってるね」

 

 多分だが昼間はデオドラ男爵が不在の確率が高い、模擬戦をせずに済んで空いた時間でバルバドス師に会いに行けば一日で済ませられる。

 もう二日位はバンク五階層のボスであるリザードマンを狩って鋼鉄の槍を手に入れよう、その後で六階層に下りる。

 

 食事を済ませ各々が準備をして家を出て途中までは一緒に行く事にした。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 モア教の教会、どんな地方の街や村にも必ず有るエムデン王国の国教でも有る大陸の主要な宗教だ。

 所属する司祭や神官達は清貧で慈悲深く、神の奇跡である僧侶魔法を使い熟す。

 水属性を持つ魔術師よりも遥かに回復力の高い数々の奇跡はパーティには必須だが冒険者と行動を共にするのは少数だ。

 民を救う大前提が有れば教会を離れ活動する事を許されているので冒険者の僧侶は奪い合いになるそうだ。

 それ故に僧侶が居るパーティは周りから優遇と信頼をされる、悪事を働く様なパーティに僧侶は所属しない。

 中には例外も居るらしい、ワイルドカードに属してる僧侶みたいに……

 

 久し振りに訪れた教会はまた孤児達が増えたそうだ、治世は安定しても下層に位置する人達の暮らしは大変だ、我が子を貧困で死なすよりはとモア教の教会へと捨てる。

 教会で育てられた子供達は適性が有れば僧侶となり働きに出て稼いだお金の何割かを寄付し孤児院を助ける、僧侶になれなくても社会に出て働き教会を助ける。

 だからこそモア教は広く支持される宗教となった。

 イルメラも教会の前に捨てられた孤児であり例外ではない、自分の収入の二割を毎月教会に寄付しているし僕も同額以上は寄付をしている、ニクラス司祭は彼女の大切な恩人なのだから。

 

「リーンハルト様、あの赤髪の方は……」

 

 孤児の子供達にお菓子を配っているのは最近知り合った貴族令嬢だ、天武の才に恵まれながら女性故にその力を十全に発揮出来ない悲劇の戦士。

 

「む、ルーテシア様だな。デオドラ男爵の御令嬢だ」

 

 前回は知り合ってなかったから避けたが、今回は知らん振りは出来ないだろう。

 

「ルーテシア様、こんにちは」

 

 なるべく驚かさない様に声を掛けたのだが、恐る恐る僕を見ると凄く驚いた顔をされた。

 

「あっ?ああ、リーンハルト殿か。なっ何故、この教会にぃ?」

 

 凄い動揺だし語尾も変だが、そんなに秘密にしたかったのか?まぁ確かに貴族令嬢がモア教の教会とはいえ孤児と触れ合っているのを見られたら大変なダメージだ。

 

「はい、ニクラス司祭に会いに来ました。僕等も定期的にこの教会には来ています」

 

「その、だな。私がこの教会に来て子供達と遊んでいた事はだな」

 

「ええ、勿論ですが内緒にしますよ。ルーテシア様はこの子供達の恩人ですからね、大丈夫です」

 

 気を利かせたイルメラは子供達と共に建物の中へ入って行った、勿論大量のお菓子も持たせた。

 焼き芋に揚げパンと腹持ちの良い物を重点的に用意してある、育ち盛りの子供達は常に空腹だ。

 

「リーンハルト殿も、この教会には良く来るのか?」

 

 未だ少し顔が赤いが内緒にすると約束したので落ち着いたみたいだ、孤児院に居る所を誰かに見られてもマズいので教会の礼拝堂へ向かう。

 

「ええ、毎月一度は必ずイルメラと共に来ます。彼女は此処の出身で僕は彼女と引き合わせてくれた、この教会に感謝していますから」

 

「あの僧侶の少女の為にか?それは色々と問題……」

 

 人差し指を自分の口に当てて、その先の言葉を言わせない。

 

「今日の事はお互い秘密にしましょう、では失礼します」

 

 貴族的礼節に則った一礼をして彼女と別れる、僕とイルメラとの関係に気付いたかもしれないな。

 だが誰よりも大切な事には変わらないし彼女はその事について煩くは言わないだろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 イルメラとモア教の教会で別れて、辻馬車を拾いデオドラ男爵家へと向かう。あの場所でデオドラ男爵家へ向かうと聞けば彼女の送迎馬車に同乗する事となっただろう、流石に彼女とは距離を置かないと駄目だから黙っていた。

 先に教会を出たのでバレる事は無いが念の為に近くで辻馬車を降りて徒歩で行く。もう門番も顔パスだ、笑顔で門扉を開けてくれるし既に一族扱いも本当なのだろう。

 思惑通りにデオドラ男爵は不在、予定外はアルクレイドさんも居ない事、応接室にはジゼル嬢だけがやって来た。

 勿論だが未婚の女性と二人切りではなく彼女付きのメイドさんも居る、紅茶を用意したら壁際で立って控えている。

 

「すみませんがお父様は所用で出掛けております、今日は何か有りましたか?」

 

 ジゼル嬢も機嫌が良さそうだ、取り敢えず当日にウィンディアにアポイントを取らせた非礼を詫びた。

 残念ながらウィンディアはルーテシア嬢と話せなかったみたいだが他にも彼女には仕事が有る、主に僕に関する報告とか……

 

「はい、頼まれていたブレスレットが出来ましたので」

 

 そう言って空間創造からブレスレットを取り出す、金を地金にジゼル嬢の好きな薔薇を花と枝葉が絡み合う様にしたデザイン、手首の部分にルビーを配して絡み合う茎の間には小さなエメラルドを入れた。

 当然だが固定化の魔法を重ね掛けしたので落とした位じゃ壊れない強度が有る。

 

「まぁ?素敵なブレスレット……付けて下さる?」

 

 差し出された彼女の左手首に装着する、白い肌に金のブレスレットは似合う、この謀略系少女も黙っていれば間違いなく美少女だから悔しいが何でも似合いそうだ。

 手を目の前に翳してブレスレットを確認している、念入りだな……

 

「早いですね、でも出来栄えは素晴らしいの一言ですわ」

 

「有り難う御座います、凄く似合ってますよ」

 

 含みの無い笑顔が本心から喜んでくれるのが分かる、土属性魔術師として作った物を喜んで貰えるのは嬉しい瞬間だ。

 だがルーテシア嬢が気分を悪くしなければ良いな、流石にこのグレードの装飾品を贈るのはマズい、アーシャ嬢は誕生日の依頼品でジゼル嬢は僕の婚約者だから可能なんだ。

 

「これを渡す為だけじゃないですわよね?わざわざお父様が在宅かウィンディアに聞かせたのですから」

 

 僕に向ける笑顔が含み有る方に代わった、此処からは気持ちを切り替えろって事だろう。

 

「お察しの通り仕事絡みです、デオドラ男爵からの指名依頼であるエルフの里に行く日程調整が一つ。

もう一つはライル団長からの指名依頼である聖騎士団との演習を請けた事の報告、この二つがデオドラ男爵への相談と報告です」

 

 少しだけ考え込む様に右手人差し指を自分の頬に当てている、見た目は可愛いのだが頭の中はグルグルと色々な事を考えているのだろう。

 彼女の考えが纏まるのを紅茶を飲みながら待つ。ああ、お茶請けのクッキーですか?有り難う御座います。

 メイドさんが焼きたてだろうクッキーを用意してくれた、香ばしい匂いからしてバターたっぷりの正統派クッキーだな。

 一枚取って食べる、サクサクとした歯ざわりにバターの風味が堪らない。

 

「エルフの里に行く日程は調整し連絡します、一日で済みますから安心して下さい。

ライル団長の騎士団との演習については少々お時間を下さい、聖騎士団といえども団員は各々の派閥に属しています。

演習に託(かこつ)けて良からぬ事を考える方も居るでしょうから注意は必要です、特にリーンハルト様はライル団長と仲の良いお父様のお気に入りです。

派閥の違う方々からすれば気に入らないでしょう?」

 

 疑問形で返されたが確かに聖騎士団も一枚岩ではなく複数の派閥から構成されていて、先のオーク討伐遠征も人員調整が大変だったと言っていたな。

 だが調べるという事は相手にも調べられている事が知られる可能性も有る、僕やデオドラ男爵に直接的に害する事は難しい。だが彼女だったら?

 

「ジゼル様、三分間だけ人払いをお願い出来ますか?」

 

「リーンハルト様?」

 

 突然の申し入れに戸惑うが僕の真剣な目に何かを感じてくれたのかメイド達を下げてくれた。

 

「何でしょうか?人払いまでする話とは……リーンハルト様?」

 

 席を立ち彼女の前に行き跪き黙って彼女の右手を握る、錬成するのは今回が初めてだが大丈夫だ出来る。

 

「ちょ、リーンハルト様?」

 

 慌てる彼女の右手首に直径3cmの白銀の玉が六個連なったブレスレットを錬成する。

 

「もしジゼル様に危険が迫った時、このブレスレットを引きちぎり床に落として下さい。

六体のゴーレムナイトがジゼル様を中心に陣を組みます、ジゼル様の動きに合わせてゴーレムナイトも動きますが近付き攻撃する相手には反撃します。

三時間は維持出来ますし、ある程度は自動修復もします。危険が迫れば躊躇無く使って下さい、発動すれば僕には分かるので直ぐに助けに向かいます」

 

「リーンハルト様、貴方という人は……全くお馬鹿さんですわ。こんな国宝級のマジックアイテムを……」

 

 自分の安全の為に自重して彼女を危険に曝すのは嫌なんだ。


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