古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第144話

 ミュレージュ・ド・ガルバン殿、王位継承権第六位の弱冠十五歳にして最年少近衛騎士団員。

 王直轄の近衛騎士団は能力は当然だが家格も重要、新貴族ではまず無理、従来貴族でも実績が必要。

 彼は十五歳にしてデオドラ男爵に迫る強さを持っている、何れはデオドラ男爵の年齢による衰えで抜き去るだろう。

 

 王宮から帰ってイルメラとウィンディアの手料理を食べて、その後に紅茶と焼き菓子を食べながら討伐の話をして寝てしまった。

 何時の間に部屋に戻ってベッドに潜り込んだのかも分からない、だから……

 

「何故、二人と一緒に寝てたのだろう?」

 

 巷では川の字で寝ると言う諺が有る、両親の間に子供が寝るからだ。

 だが今の状況は違う、右側にイルメラ、左側にウィンディア、共にメイド服を着ているし乱れてもいない。

 だが僕の両手は彼女達が抱き付いていて気持ち良さそうに寝息を立てている、窓の隙間から光は射し込んで無いから未だ夜明け前か……

 

 唯一自由に動くのは首だけだが、彼女達の顔が近い、近過ぎる!

 

「男に寝顔を見せるなと言った筈だぞ、全く無用心だな」

 

 小声で注意するが一週間以上も家を空けたのだ、彼女達に寂しい思いをさせた事を考えれば我慢するか。

 未だ朝まで三時間以上は有るが、彼女達に寄り添われて寝るのは嫌じゃないから混乱するんだ。

 

「おやすみ、二人とも」

 

 呟く様に言うが……

 

「「おやすみなさい、リーンハルト様(君)」」

 

 ちゃんと返事が帰って来た、二人共起きてたのかよ!

 

 更に力を込めて抱き付くのは遠慮して欲しい、僕も男だから我慢にも限度が有るんだぞ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 我が家のメイド達と一緒に寝てしまったが不思議と安心して良く寝れた、目覚めも悪くない。

 午後一番でデオドラ男爵の屋敷に行くと約束していたのだが、昼前にジゼル嬢が迎えの馬車と共に来た。

 今回はデオドラ男爵の家紋の付いた高級馬車だ、もう対外的にも遠慮は無いんだろうな。

 

「おはようございます、リーンハルト様。お迎えに参りました」

 

 わざわざ馬車から降りて貴族的マナーで僕に対して一礼、見事な所作と笑顔。

 次に共に出迎えたイルメラとウィンディアに向けた笑顔、そう言えばジゼル嬢とイルメラは初顔合わせだったな。

 

「おはようございます、ジゼル様。お手数を掛けます」

 

 互いに見惚れる笑みを浮かべて視線を逸らさない張り詰めた雰囲気、思わずイルメラとジゼル嬢の間に割って入る。

 するとイルメラが一礼して一歩下がった、貴族と平民の身分差は有れど今のはセーフだ、お互いに微笑み合っただけだぞ。

 

「凄い忠誠心と愛情、貴女がリーンハルト様の心の支えのイルメラさんね?」

 

「いえ、滅相も御座居ません。私はリーンハルト様だけにお仕えするメイド、ただそれだけです」

 

 ジゼル嬢は人物鑑定のギフトを使ったな、だがイルメラに二心は無い。彼女の忠誠心は本物だし僕を支えているのも間違い無い。

 

「ジゼル様、その辺で終わりにしましょう。

確かに僕は彼女の支え無しでは此処まで来ませんでした、冒険者としてメイドとして家族として……僕はイルメラを大切に思っています、何事にも代えられない程にです」

 

「ふふふ、アーシャ姉様も大変ね……イルメラさん、今後とも宜しくお願いしますわ。

しかし、あの言い寄る女性達を路傍の石の如く冷めた目で見ていたリーンハルト様に、此処まで大切にする女性が居たとは驚きですわ」

 

 良く分からないが凄く嬉しそうに笑うジゼル嬢を見て思う、仮初めとはいえ婚約者の前で他の女が一番大切だと宣言したのだが……

 流石に自分に仕えるメイドが大好きはマズい、色々な意味でマズい。

 

「あの?勿論ウィンディアやジゼル様、アーシャ様も大切に思ってますが……」

 

 手遅れかも知れないがフォローしておく、イルメラ以外でも大切に思っている人は居るから……

 女性の笑顔は質により嬉しかったり恐かったりするので何を考えているのか分からない、全く女性関係での僕のレベルは一桁だろうな。

 

「私もです、でもリーンハルト様にも普通の感情が有る事が分かり嬉しかっただけです。ではイルメラさん、また会いましょう」

 

「はい、お待ちしております」

 

 何かの合意が有ったのか今度は双方優しい笑みを浮かべてイルメラが深くお辞儀をした。

 ウィンディアは頭にハテナを浮かべているな、会話にも混ざれずに困惑気味だし僕も悩みの種が増えた気がする。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 送迎の馬車に乗り込む、今回ウィンディアは留守番だ、そして馬車はデオドラ男爵家に向かっている。

 次回の模擬戦ではリトルキングダム(視界の中の王国)を使えって言われたので問答無用で騎士団駐屯地にでも連行されるかと思ってた。

 

「騎士団駐屯地にでも強制連行されると思いましたか?」

 

 にこやかに考えを指摘されたがギフトを使った様子は無いし顔にでも出てたかな?

 

「いえ、そんな事は全く考えてません」

 

「確かにお父様は模擬戦と騒いでいましたが、今のリーンハルト様は貴族や冒険者を問わず注目されています。

今回の王宮での模擬戦ですが既に噂になってます、そんな貴方が騎士団駐屯地など人目につく場所でお父様と戦うと?」

 

 うわぁ?見惚れる様な微笑みを僕に向けてくれるが額に血管が浮いてますね。

 確かに話題の魔術師が立て続けに模擬戦、しかも相手はエムデン王国の武の重鎮デオドラ男爵とソコソコの戦いをする。

 それは大問題だな、噂の裏付けを示してしまう。

 

「確かに問題ですね、此処でデオドラ男爵とソコソコの戦いを見せたら問題でしたね」

 

 む、向かい合わせに座っていたのに隣に移動して膝に手を置かれたぞ。

 

「ソコソコ?お父様と貴方の戦いがソコソコ?もう少し自分を知って下さい、本当にお願いしますわ」

 

「いっ?」

 

 膝をツネられた、無様に声を上げる事は我慢したが結構本気だったぞ。

 

「リーンハルト様は自分を低く見過ぎですわ。

お父様から聞きました、騎士団一個中隊でも被害甚大なワイバーンやトロールを倒しオーク数百匹を倒しても大した事はしていないと思っていると……

実際にアーシャ姉様を慰める時に言われました、ワイバーンなど大きなトカゲ、トロールなどゴーレムルークなら赤子同然、オークなど脅威にならない雑魚。

この言葉を当然の様に私達に言いましたわ」

 

 身を乗り出して顔を近付けて来た、僕の自由奔放さ?が彼女の怒りに触れたのか?だが無闇に成果を誇ってはいない筈だぞ。

 

「えっと、その申し訳無いです。ですがオーク討伐については僕は囮として敵戦力を引き付け殲滅する必要が有ったのです」

 

 あの場合は敵を倒さねば自分がやられていたのだから大目に見て欲しい。

 

「分かっています、本当は私の八つ当りだと自覚しています。

本来ならば婚約者である貴方の成果を共に喜ばねばならないのです、お父様の無茶振りを簡単に遣り遂げる貴方が私は怖いのです」

 

 胸に頭を押し付けられて泣かれてしまった、僕が怖いと言うが僕も君が怖いよ。互いが互いを怖いと思っている、不思議な関係だな……

 声を殺して泣くジゼル嬢の髪を撫でる、縋って泣かれた事など殆ど無い僕には辛いシチュエーションだ。

 

「僕は君達を裏切らないし敵対しない、ジゼル様が僕の為に色々と動いてくれてるのも知っている。

互いが互いを怖いと思っているなんて滑稽な関係だけどさ、僕は君が嫌いじゃないから安心して欲しい」

 

「なら私かアーシャ姉様を今すぐ押し倒して下さい、正式に家族となるなら安心します」

 

 無茶振りが来た、ジゼル嬢も怖いと思っている男に嫁げるのだろうか?

 

「いや、それは……」

 

「それとリーンハルト様も私が怖いと言いましたわね?こんなに献身的に尽くす婚約者を怖いとは何事ですか?」

 

 漸く上を向いてくれた、涙で溢れる瞳に空間創造から取り出したハンカチを軽く当てる。

 

「大事に思う人から叱られるのは嬉しくも有りますが、不甲斐無いとか情けないとか怖いとか色々な感情が芽生えるのです」

 

 ジゼル嬢から少し距離を取る、知らない人が見れば寄り添い愛を語る恋人同士に見え無くもない。

 

「リーンハルト様、貴方は秘密にしていても力を周りに示し過ぎました。

僅か二ヶ月で冒険者ランクCまで上り詰めた十四歳の少年魔術師、国王に謁見し御前で模擬戦を披露して褒美を賜わりました。

穿った見方をすれば宮廷魔術師に推薦される程の魔術師を国王が認めたと思われています。

もう暫くすれば貴方に私以上の相手からの縁談が数多く舞い込む事でしょう。もう時間は僅かしか残されてません、良く考えて下さい」

 

 凄く真面目な顔で言われてしまった……

 

「成人前に婚姻による派閥取り込み争いか、やってられないな……」

 

 従来貴族の男爵の娘よりも高い地位の娘って何だろう?

 廃嫡し平民の冒険者に嫁ぐのだぞ、いくらランクCとは言え早々無理だと思うぞ、だがジゼル嬢の判断は違うし彼女がそう思うなら間違い無いだろう。

 少し腹黒いが謀略系令嬢の判断は信用出来る、つまり状況は悪化し時間が少ない。

 

「本当に直ぐにでもアーシャ姉様を押し倒すか私と仮面夫婦になるかですわ。

もうイルメラさんを本妻に迎える事は不可能と思って下さい、彼女の為にもです。側室や妾なら何とかなると思いますが流石に本妻ともなれば煩い者達が動き出しますわ」

 

「分かっている、母上の様にはしない、絶対に守ってみせるさ」

 

 母上を殺したアルノルト子爵の様な連中が現れるなら、僕はイルメラを守ってみせる。

 

 その後はお互い無言となり暫く後にデオドラ男爵家に到着した。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 屋敷に到着するとアルクレイドさんが出迎えてくれた、デオドラ男爵は急にバーナム伯爵から連絡が入り出掛けて行った。

 バーナム伯爵はデオドラ男爵と僕の父上の所属する派閥の長、このタイミングで呼び出し?

 思わずジゼル嬢を見るが目を合わせると頷いた、どうやら同じ考えみたいだな。

 遂にエムデン王国を割る派閥の長にまで僕の話が持ち上がった、だが未だ大丈夫だろう。

 僕と同じく近年に活躍した冒険者、ワイバーン三匹を倒した『豪槍のカディナ』カフラン砦攻防戦でトロール十三匹を倒した『炎熱のルナル』オーガーの群を倒した『疾風のナーガス』の三人も既に冒険者ランクCだが勧誘に負けて派閥に組み込まれた位だ。

 僕は既にバーナム伯爵の派閥に所属している、エムデン王国でも複数ある派閥の上位に食い込んでいるバーナム伯爵が僕を他の派閥に取らせる訳がない。

 

「リーンハルト殿、わざわざ来て貰ったがデオドラ男爵は不在だ。アーシャ様の所に顔を出してくれ、そろそろアクセサリーの件も纏めたい」

 

「了解しました、殆ど出来てますからサイズ合わせと最終調整を行います」

 

 三週間後にアーシャ嬢の誕生日パーティを控えている、社交界デビューの替わりに盛大に執り行う予定だ。

 婿候補への御披露目も兼ねていて父上の他に弟のインゴも呼ばれている、パーティ後には見合い話が殺到するだろう。

 ジゼル嬢は用が出来たと居なくなり案内係は前回話し掛けて来た彼女付きのメイドさんだ、美人だが性格のキツい感じで今日は穏やかな表情をしている。

 

「ご案内致します、此方へ……」

 

 深窓の令嬢の部屋に直接行ける訳もなく応接室に通されて待つ事になる、通されたのは一番上等な応接室だ。

 来客の格や重要度によりランクの違う応接室に通されるのだが、もう殆ど娘婿扱いだ。

 直ぐに別のメイドが複数で紅茶を用意してくれて終わると壁際で待機、さり気なく此方の様子を伺っている。

 

 待つ事十五分、気合いを入れて着飾ったアーシャ嬢がメイドを伴い現れた。

 洗練された所作で向かいのソファーに座る、機嫌は良さそうだ。

 

「二日続けていらっしゃるとは、どうかしたのですか?」

 

 デオドラ男爵に話が有ったがバーナム伯爵に呼ばれて暇なんですとは言えないな。

 

「はい、アクセサリーが出来ましたので最終調整に……」

 

 笑顔で誤魔化す事にした。

 


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