古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第141話

 

 ザルツ地方のオーク討伐遠征の帰りは順調、特に問題も無く王都に帰る事が出来た。

 討伐成功の報は既に王都に知らされているので、デオドラ男爵の帰還は一寸した騒ぎとなって正門からデオドラ男爵の屋敷に辿り着く迄が大変だった。

 

 擦れ違う人達からの称賛や羨望、それは邪心なき本心からの言葉だった。

 

 流石はエムデン王国きっての武闘派の重鎮、人気の高さが伺えるな。

 僕は兜の面を下ろして顔を隠していたが、副官としてデオドラ男爵の直ぐ後ろに居たので注目されてしまった……

 事前に帰還を知らせて居たのでデオドラ男爵の屋敷では出迎えの準備は万端、正門から屋敷迄は使用人達が整列し玄関前にはルーテシア嬢やジゼル嬢、アーシャ嬢が左側に並び右側にはデオドラ男爵の正妻や側室の方々が並んで居る。

 正門から入れるのはデオドラ男爵本人のみで、僕等は裏口に廻って……

 

「リーンハルト殿、何をしている?」

 

「いえ、僕は裏から……」

 

 正門から皆さんの出迎えを受けて屋敷に入れるのはデオドラ男爵と一族でも上位の方々だけだ。

 

「お前は俺の自慢の娘婿、今回の討伐遠征が成功したのも半分以上はお前の功績だ。その立役者を裏に廻せる訳にはいかないだろ、だから早く来い」

 

 このデオドラ男爵の発言は色々と不味い、これは僕がデオドラ男爵家の一族になる事を当主自らが認めてしまった。

 今の僕はジゼル嬢の婚約者の一人で未だ娘婿じゃない、それを……

 

 いや、今はデオドラ男爵の面子を潰す訳にはいかない。

 馬を降りて彼の隣に並ぶ、嬉しそうに肩を叩いて玄関に向かう様に押し出すのですが、正妻や側室の方々の視線が痛い。

 失礼に当たらない様に兜を脱いで小脇に抱える、未だ少年の僕の顔を見て痛い視線が微妙に変わった。

 

「今帰ったぞ、報告は行ってると思うが今回の討伐遠征の一番手柄は俺だが、敵モンスターの全てを殲滅したのはコイツだ。お陰で暴れる事が出来ずに欲求不満だぜ、なぁ?」

 

「過分な評価を有難く思いますが、僕は露払いをしただけです」

 

 バンバンと肩を叩いて嬉しそうにしているデオドラ男爵に何て声を掛けたら良いのか分からないのだろう、正妻方の微妙な表情が辛いです。

 僕とデオドラ男爵の間を何回か視線を彷徨わして……

 

「流石は私の婚約者ですわ!ワイバーンやトロール、数百匹のオークを討ち倒したお話を是非とも聞かせて頂きたいです」

 

「リーンハルト様、ご無事でなによりです。私は毎日モアの神に祈りを捧げていました」

 

 ジゼル嬢とアーシャ嬢から暖かい言葉を貰った、デオドラ男爵も普通に笑って正妻と側室達を両手で抱えて屋敷へと入って行ったが、僕はこの後どうすれば?

 玄関先で立ち尽くすという微妙さを醸し出していたが、直ぐにメイド二人を従えたジゼル嬢が仕切り出した。

 

「先ずはお風呂に入って身嗜みを整えて下さい。

今夜は晩餐の用意をしています、明日はお父様が王宮に報告に行きますので同行して下さい。その後、申し訳有りませんが恒例の模擬戦です」

 

 何そのハードスケジュール?王宮に同行って僕が一緒に行くの?恒例の模擬戦って、そろそろデオドラ男爵の我慢が出来ずに……

 

「さぁさぁ、お風呂のご用意は出来ております。お前達、リーンハルト様のお世話をなさい」

 

「え?いや、ちょ……僕は一人で入れます」

 

「「ささ、此方へ!」」

 

 強引に大浴場へと連行され、あれよあれよと言う間に裸にされて浴室へ押し込まれた。この二人のメイドさんは前回もお風呂で世話になったんだ、今思い出した。

 

「さぁさぁ、此方に座って下さい」

 

「お湯をお掛けしますわ」

 

「いや、僕は一人で洗えますから……」

 

 問答無用で身体の隅々まで洗われてしまった、何か一つ男の尊厳を失った気持ちで一杯になった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「旦那様、あの様な子供に過大なお言葉を掛けるとは……」

 

 む、我が正妻殿はリーンハルトがお気に召さないのか?

 自分の息子が家督を継げないかと邪推しているなら、その考えは正さねばならない。

 武門デオドラ男爵家は既に実子の中から後継者候補を決めていてルーテシアの婿も後継者候補として競うのが当初からの決め事。

 リーンハルトは魔術師だから家督争いには対象外だ。

 

「アレは後二年もすれば宮廷魔術師になれるだけの逸材だ、この俺が戦場で信頼出来る数少ない男になるぞ。

奴は魔術師、武門デオドラ男爵家は継げぬが直ぐに自分の功績で爵位を賜るだろうな。俺の言いたい事が分かるか?」

 

 正妻殿と側室達を見回す、くだらん嫉妬で奴に手を出すなと釘を刺す。

 リーンハルトは戦場でこそ真価を発揮する男だ、一人だけの進軍に心を病まずに淡々と成果を出し続ける事が出来る奴が何人居る?

 普通は精神的に参るだろう状況なのに普段と変わらぬ精神状態を維持している、俺でさえ高揚したり不安になるのにだぞ。

 何度も凄惨な戦場を経験してきた俺だから分かる、奴の精神力は異常だ、何年も戦場を渡り歩いた俺と同じ強さを持っている。

 

「つまり余計な事はせずに、ジゼルとアーシャに任せろと言われるのですね?」

 

「それでは拘束が弱くないでしょうか?既にバーレイ男爵夫人が側室や妾候補を集めていると聞きます」

 

 二ヶ月と経たずに冒険者ランクCだからな、将来を有望視して女共が群がるだろう、アレで容姿は整っているし礼儀正しく気を遣えるタイプだ。

 だが色恋沙汰では奴は動かない、それは良く分かった。

 

「アレは色仕掛けでは陥落しないな、逆に距離を置かれて終わりだ。話は此処までだ、皆で風呂に入るぞ、支度しろ」

 

 妻達を率いて大浴場へ向かう、勿論だがリーンハルトを案内したのとは別のだ。

 久し振りに妻達を愛して満足させないと不要な暴走をしそうだ、今日は頑張るとするか……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 大浴場で隅々まで洗われて高そうな衣装に着替えさせられて客間に戻された、ルーテシア嬢は普通にジゼル嬢は余所行きの笑顔、アーシャ嬢は少し泣きそうな顔でテーブルに座っている。

 入口近くの壁には部屋付きのメイドさん二人と白いローブを着たウィンディアが無表情で控えているが……

 

「ただいま、ウィンディア。変わりはないか?」

 

 王都に戻ってもブレイクフリーのメンバーに連絡出来なかったので話し掛ける、漸く無表情から少し嬉しそうに笑ってくれた。

 

「リーンハルト君、イルメラさんもエレちゃんも変わり無いよ。でも、今声を掛けられるのは嬉しいけど立場上少し辛いかな」

 

 む?彼女はパーティメンバーだがデオドラ男爵家から派遣されているから、テーブルに座る女性陣は雇い主の令嬢達か……

 

「婚約者を差し置いてウィンディアに最初に声を掛けるとは、女心に疎いお方……リーンハルト様、ご無事でなによりです。

お父様からの手紙で詳細は聞いていますわ、『上級モンスターを独り占めにしたのが腹立たしかったので帰ったら模擬戦だ!』って報告書の筈が不平不満で埋まってましたわ」

 

 久し振りにジゼル嬢のため息姿を見たな、確かにワイバーンもトロールも殆どのオーク共も僕が倒してしまった。

 デオドラ男爵は人質の対応って面倒臭い事を押し付けた、何故なら僕もレディセンス様も爵位が無いから偉そうな人質達には対応出来なかったから……

 

「今回の遠征でモンスターを倒し捲ったのでレベル30になりました、欲求不満なデオドラ男爵の相手も何とか務まるでしょう。

しかしジゼル様のため息姿を見ると王都に帰って来た気持ちになります」

 

 女性陣の向かい側の椅子に座る、直ぐにウィンディアが紅茶を淹れてメイドがケーキを切り分けてくれる。

 

「今のお言葉でリーンハルト様の私に対するイメージが分かりました、つまり婚約者の私に苦労を強いている亭主関白な殿方。

エルナ様に相談しなくてはなりませんわね」

 

「それは困ります、今でさえ側室や妾候補を選定し顔合わせしようと凄いのです」

 

 紅茶にレモンスライスを浮かべて掻き回す、討伐遠征中は水かワインしか飲まなかったな……

 一口含めば渋味が強いが豊潤な味わいを楽しむ、これが戦場から帰って来た余裕だろうか?

 

「美味しそうに飲まれますわね、見ていて楽しいですわ」

 

「そうですか?討伐遠征中は紅茶など嗜好品を楽しむ暇は無かったので……これが平和の味わいなのでしょうか?」

 

 ケーキをフォークで一口分切り分けて食べる、クリームの甘さが身体に染み渡る……

 

「その、危ない事は無かったのでしょうか?手紙にはワイバーンやトロール等と怖い事が色々書かれてましたわ」

 

 ヤバい、アーシャ嬢が泣きそうだぞ!

 目に涙を浮かべているし、もう一押しで決壊し溢れ出しそうだ……助けてくれ、兄弟戦士!

 

 何だと?『涙を人差し指で掬って舐めろ』だと?そんな非衛生的な事が出来る訳ないだろ!

 

「あ、危ない事など何も無かったです!

ワイバーンなどドラゴンっぽいトカゲだから飛んできてもアイアンランスで蜂の巣だったし、トロールだって身長は精々4m位だから6mのゴーレムルークからすれば子供同然。

オークだって百匹や二百匹なら問題など無いのです、全然危なく無かったんです、だから泣かないで下さい。アーシャ様に泣かれる方が辛いですから」

 

 両手を突き出して振りながら何とか宥めようとするが、言ってる事が支離滅裂で果たして彼女に伝わってるか分からない。

 助けを求めてルーテシア嬢を見れば口を開けて茫然としてる、ジゼル嬢に視線を移せば目の間を揉んでいるし……

 ウィンディアは立場上話し掛けるのを躊躇う。

 

 何だと?『貴女に会えなかった方が辛かった』と言えと?

 

 それは……いや、それ位なら何とか言えるか?もうアーシャ嬢の両目に溢れた涙は決壊寸前だし。

 

「その、アレです。毎日オークばかり見ていたので、こうして久し振りに貴女方を見れて嬉しいですよ?」

 

「リーンハルト様……うっ、うう……」

 

 駄目だ、外した……恥ずかしい思いで言ったのに、完全に外してしまった。

 ジゼル嬢がハンカチでアーシャ嬢の涙を拭いている、チラリと視線を投げて来たが何て言えば?

 

 何だと?『久し振りに貴女の温もりを感じさせて下さい』と言えと?

 

 馬鹿か?久し振り以前に彼女の温もりなど知らん!

 所詮僕はワイバーンやトロールには圧勝しても女性一人泣き止ませる事も出来ない程度の詰まらない男か……

 

「その、アーシャ様に泣かれると僕も悲しくなりますから」

 

「すみません、無事に帰って来てくれたのに、こんな醜態を……ぐすっ」

 

 彼女が泣き止むまで黙って見詰めるという絞まらない終わり方になってしまった……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 お父様から頂いた手紙の内容に驚いたわ、ワイバーン三匹にトロールも三匹、オークに至っては三百匹近くを単独行動の五日間で倒してしまったと。

 アーシャ姉様が泣き止むのをオロオロと見ている気の利かない殿方とは結び付かないわ。

 

 これだけの成果をリーンハルト様は『ただ露払いをしただけ』と言った、普通は苦労を訴え報奨を引き上げるのに本当に大した事はしてない感覚なのだろう。

 彼の常識と私達の常識は違う……

 

 確かにお父様も同じ事が出来るし、同じ事が出来る方々も沢山居ます。

 リーンハルト様とその方々が違うのは年齢、同様の戦果を上げる事が出来る方々は若くても二十代半ば、彼は未だ十四歳。

 経験も訓練も圧倒的に少ない筈なのに実戦で此処まで大戦果を上げても淡々と謙遜出来るのでしょうか?

 お父様は彼が本当に大した事はしてないと思っていると感じたそうです。

 何れリーンハルト様が戦場で信頼出来る数少ない男になるとまで見込んでると……

 

 今でも私は彼が怖い、得体の知れない私の常識が通用しない殿方。

 ですが彼が私達に誠意を持って接してくれているのに、我が家との橋渡しを任されている私が、そんな考えでは駄目なのは分かっています。

 

「はぁ、私は本当にどうしたら良いのでしょうか?」

 

 リーンハルト様の事を好きになり結ばれれば万事解決なのですが、やはり私は彼が恐ろしい。

 いっそ秘密を全て教えて貰えれば……いえ、余計怖くなって駄目かしら?

 


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