旧コトプス帝国の残党がウルム王国との国境付近でオークを繁殖させエムデン王国内に侵入させている事件が発生した。
しかも旧コトプス帝国の国民で奴隷解放された女達をオークに与え繁殖させるという、かなり残酷非道な方法を用いての犯行だ。
諜報部隊が敵の本拠地を突き止めエムデン王国聖騎士団を派遣する事となったが、各貴族連中も高貴なる義務として討伐隊を編成し送り込んだ。
そして当主自らが参加したデオドラ男爵が、いち早く敵の本拠地に突入。
旧コトプス帝国の関係者を捕縛し彼等に捕われていた人質を解放、その際にニーレンス公爵の七男であるレディセンスが正面から囮として攻め込みデオドラ男爵を支援した。
その際にビーストティマーを捕縛したが同行していた敵の下士官らしき男を取り逃がしてしまった。
この作戦の中で一番の成果はデオドラ男爵だが、敵戦力の殆どを一人で倒した少年が居た事は一部の関係者には知られてしまう。
ワイバーン三匹、トロール三匹、オーク二百匹以上を一人で倒したゴーレム使いの土属性魔術師。
後に『ゴーレムマスター』の二つ名で呼ばれる異色の魔術師、リーンハルト・フォン・バーレイの事はエムデン王国の国王にまで知られる事となった……
◇◇◇◇◇◇
レディセンス様が残りの敵戦力を殲滅、狂った様に笑うビーストティマーを捕縛したが薬漬けにされて精神も肉体も病んでいた、長くは保たないだろう。
隣に居た若い男に逃げられてしまったのが残念だ、僕等を見た瞬間に逃げ出したので追う事が出来なかったのだ。
岩山を刳り貫いて拡張しただろう敵の本拠地の窓や出入口から黒煙が立ち上る、完全に消火する迄は中には入れない。
敵が証拠隠滅を図ったのか、ゴーレムポーンを突入させて生存者を探した方が良いかな?
「よう、五日振りだな。元気だったか?」
そんな黒煙が漏れ出す出入口からデオドラ男爵が飛び出して来た、この人煤だらけだけど火傷とか大丈夫なのか?
後ろにはグレッグさん達も居る、この火災の中に入り込んだのか?
「はい、大した事は有りませんでした。それよりデオドラ男爵の方が大変だったのでは有りませんか?」
空間創造から濡れタオルを取り出して渡す、男爵が煤だらけとは笑えない。
僕の後ろにはニーレンス公爵の息子であるレディセンス様も居るし、僕のパトロンとして最低限の身嗜みは整えて欲しい。
彼も唖然とした顔で濡れタオルで顔を拭くデオドラ男爵を見詰めている、確かにエムデン王国の武闘派の重鎮が突然煤だらけで現れて驚いたのだろう。
だがレディセンス様もデオドラ男爵が本隊として敵の本拠地を背後から襲ったのは予想していただろうに……
「お前は謙遜を程々にしろよな、ワイバーンやトロールを一人で倒して大した事は有りませんじゃないだろ?」
軽く頭を叩かれた、これもデオドラ男爵なりのスキンシップか?普通は配下や部下の叱責にこの様な事はしない、身内か近しい人に対する態度だろう。
「そうですね?でも最後のオーク共はレディセンス様が一人で殲滅したので、僕は見ているだけで楽でした」
後ろで咳払いとかして存在をアピールしているレディセンス様の為に話を振る、ニーレンス公爵家としての彼の立場も有るだろう。
この討伐遠征で部隊を半壊させても敵と戦ったのだ、この場に居る以上は功労者としてデオドラ男爵と交渉する権利が有る。
僕がしてあげられるのは此処まで、後は……討伐隊本隊を率いる聖騎士団のライル団長を交えた話し合いになるだろう。
「デオドラ男爵殿、久し振りです」
「確かにな、ゾーグ伯爵でのパーティ以来か?随分と腕を上げたと聞いているぞ」
武闘派の二人ならば話も盛り上がるだろう、僕は微妙な距離を維持して立ち話を続ける二人から離れた。
正直少し疲れた、リトルキングダム(視界の中の王国)は使える様になったが消費魔力が思ったより大きい、実用で使うにはもう少し訓練を積まないと駄目だな。
凝った肩を回して解しながら訓練プランを考える、魔法迷宮の探索とかも大事だが足りないモノを補う訓練も必要だと痛感した……
◇◇◇◇◇◇
敵の本拠地を急襲、制圧に成功した翌日、僕は身体中を蝕む疲労感に負けて倒木に座り込んだ。
デオドラ男爵は完全に消火した後も僕等が敵の本拠地に入る事を認めなかった、彼曰く……
「既に生存者は居ない、調べる証拠も隠滅されて何も無い、故に見る必要は無いのだ」
多分だが繁殖や食料として攫われた女性や子供達は全員が……だから僕には見せられない、デオドラ男爵の武骨な優しさを感じた。
だが戦争での悲惨さ、追い詰められた人間の本性は身を以って理解している、人は環境に流されて残酷な事を平気で行えるから。
少し離れた場所に防御陣地を構築、後続の本隊の到着を待つ。
流石にこれだけの拠点を維持するには大量の水が必要で、調べたら近くに小さな泉が有ったので其処を整備した。
僕等は人質だった連中を合わせると八十人近い、しかも人質と成りえる立場の連中だから僕より偉い連中ばかり……
助けられた安心感と解放感の為か色々と細かい注文が多くて正直面倒臭い、僕の空間創造に何でも入ってると思うな!
「やれやれ、全く助けられたのに恩を感じない連中が多くて嫌になるな」
あのデオドラ男爵がため息をついて僕の隣に座り込んだ、しかも愚痴を言ったぞ。
「たかが三日位なのに疲れました、食事が不味いとかなら分かりますが、まさか個室が欲しいとは……僕の錬金も万能ではないのです」
人質の殆どはラデンブルグ侯爵とニーレンス公爵の関係者だった、他にはフィリップ司祭の息子とか近隣の権力者達の家族だ。
この時代で人質に成りえるのは長男か後継者だけで、次男以降は切り捨てられただろう。
デオドラ男爵でさえ配慮しないと駄目な奴も何人か居た、敵に捕まり人質になったのに偉そうなのに驚いた。
彼等の為に敵に便宜を図った実家に思う事は無いのだろうか?
「殆どがマシな奴で自分の置かれた立場を理解している、だが何人かは……阿呆だな」
ラデンブルグ侯爵の甥のアレやニーレンス公爵の弟のアレとか、今まで押さえ付けられていた反動だと思いたいが要求が酷い。
レディセンス様が何とか宥めているが、何時まで保つか微妙だな……
「人は辛い時にはワインを愛でると幸せになると父上が言ってました、当時は分かりませんでしたが今は分かります」
空間創造から一本金貨十枚の秘蔵のワインを取り出す、父上から頂いた取って置きだ。
「それは世界共通だな、リーンハルトも分かる様になれば一人前だ、頂こう」
ワイングラスを二つ取り出して溢れるギリギリまで注ぐ、マナー違反だが今はそれで良い。
「悪いな、俺が注いでやる」
瓶を取り上げて僕の分を注いでくれた、マナー違反だが有り難い。
「「乾杯、早くライル団長(様)が来ます様に……」」
一気に飲んだ赤ワインは重たい渋味の強い種類だったので気持ちも沈んだ。
「ふふふ、こんな酒の飲み方は我が子とすらしてないな。リーンハルト、お前は本当に十四歳とは思えないぞ」
「そんなに老けてますか?未だ十分に若いつもりなのですが……」
転生前は二十代後半、三十半ばのデオドラ男爵とは実年齢は近い、だが転生の秘密を守る為に敢えて顔を擦って勘違いに見せ掛けた、あざといだろうか?
「お前は今回の件で更に名前が売れるだろう」
「僕は露払い、ただ目の前の敵を打ち倒しただけです。
本拠地の制圧も関係者の捕縛も人質の救出も全てデオドラ男爵の手柄です、僕は討伐部位証明による報奨金とギルドポイントだけで十分です。
ワイバーンとトロールの素材売却だけで金貨千枚にはなるでしょう」
今回の討伐数と実績の査定で僕だけならランクCになれる、それだけのポイントと功績は貯まった筈だ。
これで冒険者ギルドから、ある程度の恩恵を受けられる、だから今回の手柄は全てデオドラ男爵の物で良い。
僕は未だ目立ち過ぎるには未だ影響力が低過ぎるのだから……
「だがレディセンス殿は、お前の活躍を知っている。アレはお前が囮役としての手柄を譲っても良しとしない愚直なタイプだし実家に報告もするだろうな」
「愚直?いや義理堅く少し頭が固い方ですよ、僕は好ましいと思います」
悪い人間じゃない、今後付き合っても良いと思える人物だ。
「どちらにしても敵対派閥の人物だ、距離を良く考えてくれ。
それと帰ったら模擬戦だぞ、ゴーレムポーン五十体以上による立体的な攻撃、ゴーレムルーク二体の同時運用、お前はやっぱり手加減していたな!」
肩に置かれた手に段々と力が入る、固定化を重ね掛けした自慢の鎧が……
「いえ、それはですね。レベルが30に上がったので……」
デオドラ男爵に教えたのはレディセンス様だな?
「どんな技でも修得するのに鍛練が必要だ、それをレベルアップだけで簡単に使える訳がなかろう?『リトルキングダム』に『雷雨』だったか、聞くだけでも魔術の奥義に近い」
そうだ、僕は過去に使えていた技や呪文をレベルアップによる魔力上昇等の恩恵で再度使える様になったんだ。普通は長い鍛練の末に使えるのが普通……
「すみません、肩が痛いです!」
「帰ったら模擬戦だ、俺に新しい技を使って貰うぞ。只でさえ戦えずに阿呆共の世話をさせられているんだ、俺は我慢強く無い!」
自慢気に我慢強く無い、つまり短気で堪え性が無いって言わないで下さい!
「リトルキングダムは僕の視界に入る範囲で何処にでもゴーレムを召喚出来る多対一の制圧技ですから、雷雨を組み込んだ戦いをさせて貰います」
「だから視界の中の王国か?まさに小さな国の絶対権力者だな、ゴーレム運用技術の極みだぞ」
曖昧な笑みを浮かべる、確かに転生前の僕の究極奥義だった……
勿論ゴーレムの錬成可能範囲もゴーレムの操作数も全盛期の一割にも届かないが、後はレベルアップと訓練にて補える。
全盛期には一千体のゴーレムを半径3㎞にて集団運用出来た、これが魔導師団五百人で他国の軍隊と渡り合えた秘密だ。
多数のゴーレム兵に魔法による援護や補助を行う事で、どんな不利な状況も条件も跳ね返して来た……
「極みなどと大袈裟です、ゴーレム運用の可能性の一つに過ぎません」
空になったデオドラ男爵のグラスにワインを注ぐ、彼の目は獲物を見付けた狩人のソレだ。
きっと討伐遠征でも思いっきり戦えず人質達のお世話とストレスが半端無いんだろうな、ガス抜きしないとヤバいかも……
更に目付きがヤバくなっている、僕は眼力に負けて目を逸らした。
◇◇◇◇◇◇
デオドラ男爵とワインを酌み交わした翌日、漸くライル団長率いる聖騎士団本隊が到着、急遽天幕が用意され周囲を騎士団が警戒する中での報告となった。
参加者はライル団長とデオドラ男爵、それにレディセンス様と僕の四人、このメンバーでエムデン王国に報告する内容を決めなければならない。
聖騎士団団長ともなれば天幕も豪華で机や椅子も用意され従者の騎士見習いが紅茶まで用意してくれる。
騎士見習いの青年が何故お前が此処に居るんだ的な視線を送ってくる、僕だって出来れば遠慮したいが当事者だから仕方ないんだ。
先ずはデオドラ男爵が真実を語る、レディセンス様の前だが誤魔化さずに囮役と本隊に分かれて敵の本拠地を急襲した事を伝えた。
途中で囮役の僕の行動についても事実を話した、ワイバーンの件(くだり)では何故か盛大にため息を吐かれた。
「それで一人で囮役を引き受けて殆どのモンスターを倒したのか……」
「俺も驚いた、そんな楽しい出来事なら俺が囮役をやりたかったぜ」
上位者の会話に口を挟める事など出来ない、レディセンス様と共に黙って聞いているしかない。
デオドラ男爵、囮役を代わるのは立場上無理です、貴方が主役として手柄を立てたから何とか話が纏まる訳で、僕だったら手柄を横取りされた挙げ句に濡れ衣を着せられて処分されますって!