古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第137話

 五日目の早朝、決戦の日だ。

 朝日が野営場所に差し込む、流石に冷え込みは酷く吐く息は白い。

 朝露が毛布を少しずつ湿らせている、地面に敷布を敷いただけの簡素な寝床から起き上がり軽くストレッチをして筋肉を解す。

 固い地面に直接横になっていたので節々が痛い、だが少しは熟睡出来た為か魔力は完全に回復している。

 やはり他の人が見張りをしてくれた安心感は違う、一人だとどうしても警戒や緊張が解けなくて少しずつ疲労が蓄積されていくんだよな……

 見回せば他の連中も起き出して身体を解したり鎧兜を着込み始めた、敵襲に備えて鎧兜を着て寝ろよとか思うかも知れないが筋を痛めたりして逆効果だ。

 皮鎧とか比較的柔らかい素材なら別だけど……

 

 レディセンス様のお供の方に朝食の材料を渡す、材料といっても乾燥させた肉と堅焼きパン、それにワインボトルだ。

 夕食程時間を掛けられないので簡単に食べれる物にした、後は湯を沸かして温かいスープか飲み物が有れば良い。

 

「早いな、リーンハルト」

 

「おはようございます、レディセンス様。僕はそろそろ渓谷に向かいます、今日は派手に暴れる予定です」

 

 眠そうに髪の毛をガシガシと掻き毟るレディセンス様は朝は弱いタイプ?まさかな。

 

「朝から元気だな……敵は渓谷で待ち構えているぞ、俺達の時もそうだった。

坂の上から駈け降りて来るオーク共の他に、崖の上から投石や棍棒を投げ付けられる。

俺達も最後は数と勢いに負けた、渓谷の幅は20mは有り周辺の崖の高さは10m、全長1㎞をどうやって攻略するんだ?」

 

 ふむ、渓谷の真ん中に陣取れば崖の上迄の距離は30mも無いか。今の僕のゴーレム召喚範囲は半径100m、十分に崖の上にもゴーレムを召喚出来るな。

 

「特に問題は無いと思います、トロール対策も考えてますから」

 

 最大三匹のトロールが同時に攻めて来ても二匹はゴーレムルークに任せて残り一匹を自分で相手をすれば良い、アイアンランス乱れ打ちで倒せるだろう。

 だが前情報で聞いていたオーガーは居なかったな、ガセネタか本拠地の直掩かな?

 配下の方から食事を渡される、干し肉と堅焼きパンを刻んで煮込んだ粥みたいな料理だが寒い明け方には嬉しい。

 濃い目の味付けが一日の活力源になるだろう、多分だが昼食を採る暇は無いな。

 レディセンス様と並んで渓谷を睨みながら粥を啜る、不思議な空間だ。

 

「リーンハルト、お前ならどう攻める?」

 

「集団戦の基本通りにゴーレムポーンを前面に押し出して進みます、崖の上からの攻撃は魔法障壁で防げる程度でしょう」

 

「前情報ではトロールが三匹は居るぞ」

 

「集団戦用のゴーレムポーンの他に拠点防御用の大型ゴーレムルークが有ります」

 

「可愛くねぇな、トロールが来ても負けませんってか?だからこそ、デオドラ男爵はお前の単独行動を認めたって訳か……」

 

 自然な会話に僕とデオドラ男爵との関係を示唆して言質を取ろうとする、油断出来ないや。

 横目で見るとニヤニヤしているし、俺は分かってるんだよって意味だな。話を逸らす為に粥を啜る、未だ熱く冷えた身体が徐々に暖まってくる。

 

「別に一人で殲滅してしまっても構わないですよね?」

 

「駄目だな、俺も混ぜろ。お前本当に成人前の十四歳かよ?

俺もお前と同じ歳の時に初めて戦場に行ったが恥ずかしい結果だった、死を覚悟して泣き喚いたんだぞ。なのにお前は淡々と強大な敵に一人で立ち向かおうとしている」

 

 ああ……凄いな、この人は。

 

 自分の恥ずべき過去を引き合いに出せるほど精神がタフなんだな、僕の初陣は酷いモノだった……

 腐っても王族、最初の頃は後方で護衛に囲まれて本当に参加しただけだった。

 それでも戦場の独特な雰囲気に呑まれて怯えてしまったっけ、数回後に漸く前線に近付き最後は最前線で戦わされた。

 だが転生前の話をしてもレディセンス様は本気にしないだろう。

 

「僕の母上は側室で相続争いに巻き込まれて毒殺されました、生き残った僕も邪魔だったんでしょう、何度も暗殺されかけて敵を倒し続けたら……こうなりました。

自分を狙う敵に情けは必要無いし人を殺す事の禁忌感なんて直ぐに擦り切れました、異常と思って頂いて構いませんよ」

 

 ちょ、物凄い殺気だが嘘じゃないぞ、確かに暗殺されかけてスカラベ・サクレが総て返り討ちにしたし……

 だがレディセンス様から滲み出る殺気は濃度を増すばかりだ、ここは謝ってしまうか?

 

「ああ、救国の聖女イェニー様の死は毒殺だったのか……相続争いって事は敵はアルノルト子爵だな、潰してやる」

 

 母上、バルバドス師も言っていましたが救国の聖女って二つ名なんですか?どんな絡み方をしたらレディセンス様が此処まで怒り狂うのでしょうか?

 それに暗殺の容疑者にアルノルト子爵家が上がってなかったのかな、僕が言うと皆さん驚くし……

 もしかして母上の死の真相は対外的に隠蔽か偽装されてたのか?

 

「それで人を殺す事に躊躇しなくなったのかな?暗殺者に同情も哀れみも感じませんし……身の上話は此処までにしましょう」

 

「お前、子供なのにハードな人生だな。有能な魔術師を廃嫡させるってバーレイ男爵は何を考えているんだか……」

 

 この話は同情を誘う様で嫌なんだよな、お付きの方々の妙に優しそうな目が辛い、レディセンス様も小石を蹴ったりして変な雰囲気を醸し出しているし。

 

「父上の跡継ぎは聖騎士団に入団が条件、僕は魔術師としては自信が有りますが騎士としては素質は低いのです。

それにアルノルト子爵には思う所が有りますが、エルナ様は第二の母上と思っています、弟のインゴ共々愛すべき家族ですから」

 

「だがよ、いやアレか、お前が納得してるなら他人が口出しする事は無いが……」

 

 レディセンス様も基本的には善人なのかもな、ご自身だって七男だと色々と立場も微妙だろうに。

 特に武に秀でた者は財務系のニーレンス公爵としては使い辛いか……

 

「僕は悲劇の主人公を気取るつもりはないのです、自由は自分の手で勝ち取れば良いのですから……

それに良き出会いも有りました、僕は今幸せだと思ってます」

 

「メディアの嬢ちゃんやエルフのレティシア殿もか?あの気難しいエルフの嬢ちゃんがよ、お前の事を名前で呼ぶんだぜ。

メディアの嬢ちゃんも目を丸くして驚いてたな、お前はレティシア殿の探している奴に師事してんだって?」

 

 いえ、探している張本人です。三百年待たせてしまって転生したら弱体化して更に待たせる事になりました……

 

「ははは、ご冗談を……メディア様はジゼル様の大切な喧嘩友達ですから、悲しませる事は出来ません」

 

 ニーレンス公爵が僕に興味を持ったのはレティシア殿の態度の軟化も原因か?参ったな、派閥違いとはいえ実の息子のレディセンス様とも行動を共にしているし……

 

「そろそろ渓谷が見えてきました、お付きの方々は安全の為に下がっていた方が宜しいかと思います」

 

「ああ、楽しい楽しい戦いの始まりだな!」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 レディセンス様と世間話をしながら進んだが目的の渓谷に到着した、朝日を浴びて赤茶色の岩肌が浮き上がっている。

 なる程、幅20m高さ10m程度の崖の上にはオーク共がチラホラ見える、坂の上にはオーク共が……百匹以上は居るかな?

トロールは見えないな、事前情報のオーガーも見てないがコイツ等は先発隊か?

 

「のっけから大軍だな、どうするよ?」

 

 どうする?先に崖の上の五月蝿い奴等から片付けるか……

 

 空間創造からカッカラを取り出して一回転させる、宝環がシャラシャラと澄んだ音を奏でる、僕はこの音が好きだ。

 周辺に配置していたゴーレムポーンを一旦魔素に還す、準備は万全だ。

 

「勿論倒します。ふふふ、敵は守り易い立地だと思ってるかもしれませんが、この立地は僕にとっても都合が良いんです」

 

「何だって?おい、何でゴーレム消すんだよ?無闇に一人で進むなって!」

 

 レディセンス様を残して先に進む、先ずは様子見とレベルアップの恩恵で転生前に多用した陣が使える事になった、楽しみだ。

 レベル30になった僕のゴーレムの召喚範囲は100m、範囲内の見える場所に任意に三秒で百体のゴーレムポーンを召喚出来る。

 

「この場所は僕の間合い、僕の支配下……ようこそ、僕のリトルキングダム(視界の中の王国)へ!」

 

 左右の崖の上で屯するオーク共の上空に両手持ちアックス装備のゴーレムポーンを二十体ずつ錬成、落下する勢いを乗せてアックスを振り下ろす!

 初撃を受けたオーク共を崖から突き落とす、いきなり頭上から攻撃を加えられ陣形を乱したオークなど僕のゴーレムポーンの敵ではない。

 瞬く間に倒され崖下に突き落とされるオーク共は左右合わせて三十匹くらいかな?

 

「お前、何であんなに離れた場所にゴーレムを召喚出来るんだよ?何で見えないのに制御出来るんだよ?」

 

 慌てているレディセンス様だが周囲への警戒は解いてないだろう、だが鷹の様な雰囲気の彼が慌てる様は見ていて和む。

 

「半自動制御です、前からオーク共が来ます……百匹以上は居るかな、だが無駄な事を。自動人形達よ、無言兵団よ、集団戦の真髄を見せてみろ!」

 

 カッカラを頭上で一回転させてから振り下ろす、敵は200m先から駈け降りてくるオーク共!

 幅20m程の坂道に横並びに十体、三列で合計三十体のゴーレムポーンを錬成する。

 一度に三十体分の鎧兜のパーツを錬成し一気に組み立てるのは壮観だ!

 先頭は両手にラウンドシールドを装備、二列目はランス、三列目は両手持ちアックスを装備した定番の布陣。

 自分の前方30mに整然と並ぶ青銅の戦士達を見て力が漲って来た!

 

「押し戻せ、ゴーレムポーンよ!クリエイトゴーレム、立体的な攻撃を受けるのは初めてだろ?」

 

 先頭のラウンドシールドを装備したゴーレムポーンがオーク共の突進を受け止める、だが次々と押し寄せるオーク共の筋肉と脂肪の圧力は凄い。

 だから押さえ込まれたオーク共の上空に両手持ちアックスを装備させたゴーレムポーンを二十体錬成し落下させる、落下のスピードを上乗せして振り下ろされる両手持ちアックスの破壊力は凄まじい。

 オーク共の頭を潰し肩から胸まで圧し潰す、だが僕のリトルキングダムの脅威はこれからだ!

 一撃を加えたゴーレムポーンを直ぐに魔素に還し新たに上空にゴーレムポーンを錬成、同じ様に落下させて攻撃する。

 この一撃を加えて離脱(魔素に還す)させる攻撃は『雷雨』と名付けた懐かしくも多用した攻撃方法だ。

 敵の砦の上空に大量のゴーレムポーンを錬成し落下させ一撃加えて魔素に還し何度も同じ攻撃を繰り返す、敵は襲って来たゴーレムポーンが倒す前に霧散するので戦意が簡単に折れてしまう。

 マリエッタも僕らしい嫌らしく狡猾な攻撃だと感心してくれたな……いや、半分以上呆れていたっけ?

 

「何て攻撃だ、何てゴーレムの運用と制御、こんな攻撃をされたらどんな砦も要塞も陥落するだろうな……

ああ、オーク共が逃げ出したな、戦意が折れても無理ないな」

 

 勝てないと本能で感じたのか生き残り達が成り振り構わず後ろを向いて逃げ始めたが……一匹たりとも逃がさないぞ。

 

「一匹たりとも逃がさないぞ、クリエイトゴーレム!残敵を圧し潰せ」

 

 オーク共の逃げ出す方向に同じ三列三十体のゴーレムポーンを配置し前後から一気に圧し潰す、これで敵の第一陣は全滅だ!

 

「えげつねぇ、オーク百匹以上が二分と経たずに壊滅かよ……お前、俺の出番を無くすな!」

 

「先に進みましょう」

 

「聞けよ、俺の話を!」

 

 一旦ゴーレムポーンを全て魔素に還し倒したオークを空間創造に収納する、ギルドポイントが地味に貯まるな。

 今回の討伐証明部位のポイントを使えば僕だけならCランクに昇格出来るかもしれないな。

 まだオーク共は数百匹は居るしトロールも残っている、奴等の本拠地が見えるまで接近するか。

 場合によってはゴーレムルークで本拠地自体を破壊するのも有りだろう、囮として頑張らねば。

 

「オークの死体も残らず回収か……大した奴だが俺の出番を無くすんじゃねぇ!」

 

 そう言われて頭を叩かれた、バルバドス師も拳骨大好きだったし……

 

 僕は貴方達みたいな戦闘狂が好んで多用する肉体言語って奴は苦手なんですけど。

 


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