古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

132 / 996
第132話

 ループの街で聖騎士団本隊よりも先に出発する事が出来た、もとより馬と馬車の混成部隊だから整備された街道を進むのは早い。

 冒険者ギルドの職員らしい『無意識』から報告を受け周辺の大まかな地図を貰ったので、ある程度は案内人無しでも進軍出来る。

 

 しかし……ラデンブルグ侯爵とニーレンス公爵から精鋭部隊が派遣されている。前者は領地を治める者のプライドとして、後者は裏切り疑惑を究明し問題が有れば抹殺する為に。

 僕はパトロンたるデオドラ男爵自らが出陣し、副官という立場からも成果を出さねばならない。具体的には彼等を出し抜き先に敵の本拠地を急襲し、首謀者達を捕縛又は殲滅する事。

 

「これは意外と厄介な事になるかも知れないな……」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ループの街を出発してから三日目、僕等はオーク共に襲われた村を訪れた。

 

 この『ニレの村』は山間に有る寒村だ。村人は百人を切る位で主に狩猟と伐採で生計を立てていた。

 

「襲撃された後みたいだな……」

 

「それも最近ですね、昨夜かな?未だ篝火が燻っています」

 

 目の前の惨状……半壊した家、燃えている家……周囲に倒れている村人は部分的に欠損している、つまり食われている。

 見渡す限り破壊し尽くされているが、それでも生存者を探さなければならない。

 デオドラ男爵の指示に従い、警戒しながら破壊された村を捜索する。暫らくするとケン隊長が生存者を発見したと叫んだ。

 

「生き残りが居ました!」

 

 慌てて駆け寄れば半壊した家の下敷きとなり難を逃れたみたいだが、両足が完全に瓦礫の下敷きだ。

 僅かに呻き声が聞こえるので生きているのは分かる、だが瀕死の状態には違いない。

 ウォーレンさん達が瓦礫の撤去を始めたが、家一軒分の瓦礫は直ぐには退かせない。梃子の原理などを駆使しているが時間が掛かるだろう。

 

「クリエイトゴーレム!ゴーレムルークよ、瓦礫を払い除けろ」

 

 全長6mのゴーレムルークを錬成、瓦礫の撤去を行わせる。

 ゴーレムルークはパワータイプで動きは鈍いが2ton程度の物迄は動かす事が可能だ、瓦礫の山に向かい生存者の足を挟む瓦礫の中に手を差し込む。

 

「ゴーレムルークが持ち上げたら生存者を引き抜いて下さい」

 

「うぉ?分かった。しかし、凄いゴーレムだな……攻城戦用か?」

 

 ケン隊長がゴーレムルークを見上げて呆然としているが、今のエムデン王国でも最大級の人型ゴーレムだろう。次点でバルバドス師のキメラかな?

 

「準備は良いですか?ゴーレムルークよ、瓦礫を持ち上げろ」

 

 ゆっくりと瓦礫に差し込んだ腕を持ち上げる、隙間が出来た所で急いで生存者を引き抜く。

 脚の具合だが……大丈夫だ、千切れてないし潰されても原型を留めている、ハイポーションを飲ませれば回復するかな?

 

 瓦礫から引き抜かれた生存者の上半身を支えて起こす。

 

「苦しいでしょうが、ハイポーションを飲んで下さい」

 

「あ、ありが……とう」

 

 念の為にハイポーションを二本飲ませると脚の怪我は粗方治った、だが粉砕骨折してそうだから暫らくは安静が必要だ。

 ハイポーションとはいえ万能回復薬じゃないから無理は禁物、出来れば教会に行ってヒールを掛けた方が良いだろう。

 少しだけ落ち着いた生存者は、オーガスと名乗った……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「それでは状況を聞かせてくれるか?」

 

 デオドラ男爵の尋問に恐縮するオーガスさん。確かに瀕死の状態から助けだされたばかりで武闘派の重鎮からの尋問は堪えるだろう。

 

「オーガスさんの村を襲ったのはオークですか?何時襲われたか、何匹居たか、分かるだけでも教えて下さい」

 

何を答えれば良いか助け船を出す、状況からして昨夜遅くにオークに襲われたと思うのだが……

 

「あ?その……えっと」

 

 駄目だ、デオドラ男爵の威圧感が凄い、それにウォーレン隊長やケン隊長も歴戦の勇士っぽいから余計萎縮しちゃうんだろうな。

 

「もう大丈夫ですよ、安心して下さい。僕等はオーク討伐の為に遠征して来ました、奴等の情報を教えて下さい」

 

 しゃがんで相手の目線と合わせて話し掛ける、勿論兜は脱いで顔を見せながらだ。

 

「何か俺が悪者みたいじゃないか?」

 

「デオドラ男爵は見た目も厳ついし威圧感も半端無いっすからね、村人にゃ無理っすよ」

 

 ウォーレン隊長の的確過ぎる指摘にデオドラ男爵の顔が若干引き攣っている。

 

「ああ、その俺達は……」

 

 オーガスさんの話を纏めると、ニレの村周辺で度々オーク共が目撃されていて心配になった村長は近くで一番大きい『プランの街』に女子供を避難させた。

 

 生活も有るから男達は村に居残り畑の世話や狩猟を行っていた、夜は篝火を焚き警戒は怠っていなかったが……

 深夜に突然奴等が襲って来た、正確な数は分からないが三十匹以上は居たと言う。

 オーガスさんは家で寝ていたが、いきなり家が潰され瓦礫の隙間から惨劇を見た。

 気を失いたくても両足の痛みで気を失う事も出来ず最後まで見続けた、昨日まで仲間だった人達がオークに殺され連れ去られるのを……

 

 全てを話し終えるとオーガスさんは気絶してしまった。

 

「デオドラ男爵、不味い事になってますね」

 

「そうだな、あの村には大人の男しか居なかったのにオーク共は餌として連れ去った、女子供が好きな奴等がだ。つまりこの周辺には食べる物が不足している」

 

 敵の本拠地からビーストティマーにより一定の間隔でオークの群がエムデン王国へと進攻している、最初は森にも獲物が居たからビーストティマーの指示通りにエムデン王国を目指した。

 だが後発組は獲物が少なくなり人を襲うようになった、普段は食べない大人の男も構わずに餌とする。

 

「敵は大規模な討伐隊が編成された事を知っている筈です、でも我々は街道を真っ直ぐ進んでいるのにオーク共と遭遇していない。

つまり迎撃要員として本拠地周辺に居る可能性が有ります」

 

「そして餌不足の為に『プランの街』を大挙して襲う可能性が有るな。リーンハルト、迂回になるがプランの街に寄るぞ」

 

 勿論賛成だが我々は少数精鋭部隊、極力目立つ事は避けて奴等の背後を突かなければならない。

 それを理解しながら国民を守る為に行動する、安っぽい正義や倫理感では無いだろう。

 実際にデオドラ男爵は偽善家ではない、しかも此処は敵対派閥の領地だ。

 

「僕も賛成ですが宜しいのですか?我等は敵に見付からずに背後を突かなければなりません。敵の本拠地に近い街で目立つ行動になります」

 

 腕を組むデオドラ男爵に提案する、嫌な役目でも副官として言わねばならない。

 チラリと横目で僕を見るが、少しだけ不機嫌さを感じる。偽善的だと思われたのが嫌なのかな?

 

「まぁな、オーク共がプランの街に集まれば警戒網に穴が開く、我等が侵入し易い。

だがな、敵はエムデン王国の弱体化を狙ってるんだぞ。国民を見捨てたりすれば人口は減り民意も下がる。自分達を見捨てる施政者に誰が付いてくる?」

 

 凄く真面目な顔で言われた。これは本気でそう思っているんだな。流石は領地持ち、施政者に必要な事を理解しているんだな。

 領民を馬車馬の様に働かせて搾取するだけの貴族も少なからず居るのだが……こんな戦闘狂でも人気が有るのは善政を行っているからか?

 

「全くその通りです。流石はデオドラ男爵、見捨てる提案をした僕は恥ずかしいです」

 

 そう言って頭を下げる、素直に感心した。普段の模擬戦大好きな戦闘狂の面だけではなく、きちんと領民を大切にしているのだと理解できた。

 

「嫌な事を言わなければならないのも副官の務めだ、追従するだけじゃ駄目だからな。…おい、怪我人を馬車に乗せろ、プランの街に行くぞ」

 

 腹を空かせたオーク共が周囲に居るのは確実だ、警戒を緩めずに急げるか?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 近いとはいえプランの街が見える頃には日も完全に落ちてしまった。既に時刻は夜の八時過ぎだ。

 どうしても周囲を警戒しながら進む為に遅くなってしまった。途中も僅かな休憩しか入れてないので疲労困憊で口数も少なくなる。

 漸く街の灯りが見えた時には誰もがホッとしただろう……

 

「無事みたいですね、未だオークに襲われていないし警戒もしている」

 

「そうだな、篝火が焚かれていて警備の連中も見えるが……貧相な装備だな」

 

 目の前のプランの街は数多くの篝火が焚かれているが門を守る警備兵は鎧も着ていないし武器も槍だけみたいだ、しかも見えるのは四人しかいない。

 門が閉ざされていないのも疑問だな、普通は夜になれば閉じるだろうに……

 

「確かに少し変ですね。オークが攻めて来ようとしているのに無防備過ぎます。農民兵が四人じゃオーク一匹でも苦労しますよ」

 

 僕等の話を聞いてウォーレン隊長とケン隊長が縦列体形から横に広がった。密集隊形は弓に弱い、背中に背負った盾を構えて弓に備える。

 だけど僕等を見付けた警備兵達は妙に嬉しそうに手を振りだした?

 

「罠でしょうか?」

 

「あるいは既にオークの襲撃を受けていて戦力が低下してるかだな。俺達は完全装備の騎兵だから野盗共と勘違いはしないだろう」

 

 待ち望んでいた増援だと思われていたのなら、プランの街は危険な状況だな……この広い街を僕等だけで守り切れるのだろうか?

 

 門に近付くと直ぐに農民兵達が近付いて来た、警戒はするがどうみても戦いは素人だろう。

 持っている槍も良く見れば只の棒の先端にダガーを結び付けた急造品で、とてもオークに通用するとは思えない。

 

「ようこそ、プランの街へ!どちらの騎士様でしょうか?」

 

 揉み手をしながら下手に出てくるが、妙に卑屈なのが気になる。馬を下りて迎えてくれた相手の前に立つ、やはり素人だな……

 

「デオドラ男爵以下三十一人、ザルツ地方で異常繁殖したオークの討伐に来た。

途中ニレの村に寄り生存者を救出してきたので連れて来た。聞けばニレの村から避難して来た者達が居るのだろう?」

 

 口調が固くなるのは仕方ない。今の僕は副官なのでそれなりの態度を取らないと駄目だから。

 

「デオドラ男爵様ですか?今日は凄いです、先程ラデンブルグ侯爵様の配下の方も来た……いえ、来ました」

 

「それはそれは……今は何処に?それと貴方達は自警団ですか?」

 ラデンブルグ侯爵の精鋭部隊が先に来ているのか。なのに門番が素人とは、他の戦闘職の連中は居ないのだろうか?

 

「自警団は既に壊滅です。冒険者パーティも……殆ど全滅か逃げましたです。もう俺等みたいな農民しか戦える者は……

良かったらプランの街の代表に会って下さい。他の貴族様達は街を出て討伐に行かれましたです」

 

「街を守らずにですか?それは何故です、ラデンブルグ侯爵の配下ならば……」

 

 凄く困った顔をしているな、何か事情が有るのか?領民を守らずに敵を探す為に夜に討って出る意味って何だろう?

 

「ニーレンス公爵様の配下の方と、その……競う様に討伐をされています。我等が周辺に徘徊するオークを倒すから心配するなと言われてますです」

 

 不味い、既に警戒していた精鋭部隊が二つ共先に行動している。

 僕等は三番目、ラデンブルグ侯爵とニーレンス公爵の精鋭部隊は面白くないだろう。

 後は彼等の指揮官の爵位次第だな、上位貴族だと此方の立場が弱くなる。

 

「どうしますか?取り敢えずプランの街の代表に会いますか?」

 

「状況を整理する為にも会わねばなるまい、案内しろ」

 

 恭しく頭を下げてから先導する男の背中を見ながら今後の対応を考える……

 

 この街を拠点に二つの精鋭部隊が活動している、街を守らずに周辺のオークを探して倒している。

 彼等の目的は討伐数じゃない筈だ、片や裏切り者の始末、片や原因の排除、どちらも呑気に討伐数争いなどしている暇は無い。

 

「何か理由がありそうですが怪しいですね」

 

「ああ、街を守らず夜に森を徘徊?確かに原因の排除は間違いではないが本末転倒だな、領民を守らずにどうするんだ?」

 

「競ってまで急がないと駄目な理由とは何でしょうか?」

 

 今後の三つ巴の展開に一抹の不安を覚えてしまうな……


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。