デオドラ男爵の元でザルツ地方に異常繁殖するオーク討伐遠征に副官として参加した。
この騒動の裏には旧コトプス帝国の残党達が蠢いていて僕等は奴等を倒す事が目的だ。
しかしザルツ地方の大半はラデンブルグ侯爵領だが、肝心の場所は敵対派閥のニーレンス公爵の領地で我々の侵入を拒んだ。
どうやら敵に内通する者が関係者に居るらしく弱味を見せられない為らしい。
当然だがニーレンス公爵もオーク討伐遠征部隊と言う名の粛清部隊を差し向けている筈だ。
それらを躱しながら敵の本拠地を敵国側から迂回して攻めなければならない。
かなり難易度が高い依頼だがデオドラ男爵本人が参加している限り結果を出さなければならないのだ。
◇◇◇◇◇◇
ヒスの村の村長宅に向かう、デオドラ男爵は何度か滞在しているので迷いなく村の中を歩いて行く。
擦れ違う村人達は武装集団に驚いているが整然とした行動が野盗共とは違うと思ったのか警戒しているだけだ。
家の外に出ていた子供を母親が急いで抱き締めて家の中に入れるのには少し心が傷付いた、そんなに危険人物の集団に見えたのだろうか?
狭い村だから直ぐに村長宅と思われる大きな農家が見えた、既に出迎えの準備の為に何人か門の前に集まっている。
「これはこれは、デオドラ男爵様。ヒスの村にようこそおいで下さいました、村を上げて歓迎致します」
入口周辺には篝火が焚かれ昼間の様に明るくなっていて、セタンさんと一緒に中年女性と青年二人が一緒に頭を下げている。
後で紹介されたが、奥さんと二人の息子達だそうだ……
「世話になる、今回は人数が多いが大丈夫か?俺と副官のコイツは個室、後は任せる」
「お久し振りです、セタンさん。前はお世話になりました」
兜を脱いで挨拶をする、僕を見てセタンさんは相当驚いたみたいだ。目を見開いて数秒固まっていた。
「お前、あの時の冒険者の小僧……いや、ブレイクフリーだったか、でしたか?」
前回は僕が未だ貴族だったりデオドラ男爵の関係者だとは知らなかったんだよな。
オークの買い取りで強気で攻めたりしたから好感度は低かった相手が、デオドラ男爵の副官じゃ驚きもするか……
「リーンハルトです、今回はパトロンであるデオドラ男爵の元で討伐遠征に参加しています」
「俺の娘婿の予定だ、何れは後継者候補になる」
予定を入れてくれたが、デオドラ男爵本人から言われたら確定と思うよな。
前は少し横柄だったけど今は凄く卑屈になっている、デオドラ男爵の影響力は凄いんだ。
◇◇◇◇◇◇
あの後、僕とデオドラ男爵の二人はセタンさん達と食事を共にした。ウォーレンさん達は別室で遇されて母屋の方に泊まるそうだ。
僕とデオドラ男爵は個室を用意されて別格の扱いを受けている。
街道沿いの街や村の責任者の家には良く貴族や豪商等の権力の有る者達が泊まる事が多いので、今僕が居る様な個室を必ず数室用意してるそうだ。
簡素だが手入れの行き届いた部屋を見回す、ベッドにクローゼット、机と椅子しか無いが広さも4m四方有り一泊なら十分だろう。
明日は早いので遇しは夕食だけで切り上げ、直ぐに部屋の方へと案内して貰った。
デオドラ男爵達は平気みたいだが、僕は今日の強行軍だけでも少し疲れた……
「はい、誰ですか?」
「お湯とタライをお持ちしました」
ノックの音に慌てて返事を返すと大きなタライと湯を入れた桶を持った少女が入って来た。
流石に村長宅とはいえ風呂は無いのでコレで身体を拭き清めてくれって配慮か……
「失礼します」
部屋の真ん中にタライを脇に桶を置いてくれた少女は少し年上だろうか?
何故か手にタオルを持って立っている、美人と言うよりはタレ目で可愛い部類だろう。
肩口で切り揃えられた髪型が似合っているが体型の起伏は乏しい、ちゃんと栄養を取っているか心配になる程に華奢だ。
「有り難う、終わったら廊下に出しておくよ」
彼女に労いの言葉を掛けて手早く身体を拭こうと……
「あの、自分で出来るから出て行ってくれるかな?」
「いえ、あの……お手伝いをさせて、頂きます」
真っ赤になって俯き両手でタオルを握り締めているが、自分も恥ずかしいから手伝いは要らないのだが……
もしかして、セタンさんに何か言い含められているのか?
「君、名前は?」
「り、リィナと言います。村長の三女です、お願いですからお世話を……」
涙を堪えながら僕を上目遣いで見てくるが、年頃の娘が同年代の異性の身体を拭くとか嫌だろうに……
ああ、アレか……僕がデオドラ男爵の後継者候補と聞いて自分の娘を宛てがって来たか。
単に世話だけなのか、ハニートラップなのか微妙だが遠征初日から疲れる事は止めて欲しい。
「リィナさん、僕は疲れているから早く寝たいんだ。
自分で身体を清められるから世話は不要だよ。セタンさんにも世話を強く断られたと言って構わないからね」
なるべく強い口調にならない様に世話を断る、実際婚約者候補に女性を宛てがってどうするんだよ?
これだけ言っても出て行こうとしないので仕方なく近付いて肩に手を置く。
ビクッと動いて涙目で見詰める彼女をクルリと後向きにしてドアの外へと押し遣る。
「あっ、あの?」
「じゃね、タライと桶は済んだら廊下に出しておくよ」
小さく手を振ってからドアを閉めたが彼女が深く頭を下げていたので、今回の件が強制だった事が分かった。
全く十四歳の餓鬼に対して何を仕掛けて来てるんだ、これからも同じ様な事が有りそうだな。
オークなんかより女性問題の方がよっぽど深刻だ……
疲れた身体を清める為に服を脱いでタオルで身体を拭く事にする、タオルは彼女が持って行ってしまったが空間創造に入ってるから大丈夫。
手早く身体を拭くとベッドに潜り込んだ、ドアには鍵を掛けたし警備のゴーレムポーンを窓際とドアの前に二体錬成する事も忘れずに行う。
「それでは、お休みなさい……」
◇◇◇◇◇◇
翌朝は日の出と共に起きる事が出来た、窓から差し込む日の光が今日も晴天だと教えてくれる。
ベッドの中で手足を伸ばして確認するが疲労は取れたみたいだし筋肉痛も無い、体力は完全に回復したみたいだ。
ベッドから起き上がり手早く身支度を整えているとドアを控え目に叩く音が聞こえた、控え目過ぎて寝てたら分からないぞ。
「はい?」
未だ朝も早いのでドアに近付いてから小声で返事をする、序でに脅かさない様に護衛のゴーレムを魔素に還す。
「おはようございます。あの……これで顔を拭いて下さい」
ドアを開けるとリィナさんが湯気が立ち上るオシボリを渡してくれた、冷水の方が目が覚めて良いのだが有り難く使わせて貰う。
「他の皆は起きたかな?」
思ったより熱いオシボリで目元を解す様に揉んでみる、気持ちが良い。彼女は立ち去る気配が無いのでオシボリを回収して行くつもりだろうか?
「はい、皆さん未だ寝ていらっしゃいます。その、部屋から音がしたので、リーンハルト様は起きたのかと思い……」
下を向いてボソボソと喋るのは人見知りなのか恥ずかしがり屋なのか……
特に他に会話も無く、拭き終わったオシボリを受け取ると朝食の用意が出来たら呼びに来ますと出て行ってしまった。
窓から外を見れば既に多くの村人が働き始めている、朝食の支度か家々の煙突からは白い煙が立ち上ぼり、男達は畑に向かう為に農具を馬車に積み込んでいる。
この周辺のオーク共は僕が倒したし冒険者ギルドからも常駐護衛のパーティが何組か滞在してるから安心なのだろう。
彼等は日の出と共に働き始め日没と共に早い眠りに就く。
明かり用の油とかも高いし夜更かし出来るのは生活に余裕が有る連中だけだ、未だに地方の生活は厳しいのだろうか?
三十分ほど待っただろうか、リィナさんが呼びに来たので食堂へと共に向かった。
◇◇◇◇◇◇
食堂には僕以外のメンバーが集まっていて、テーブルの上には料理も並んでいる。
メニューは豆のスープに黒パン、茹でたトウモロコシにジャガイモ、それにミルクだ。
男爵に出す料理としては質素だが、彼は遠征中は料理に不満を言わないそうだし遇しに対する対価はグレッグさんが金貨で払っている。
「おはようございます」
「ん?ああ、良く眠れたみたいだな?」
デオドラ男爵の含み有る言葉に昨夜のやり取りが知られているのかと勘ぐってしまうな。
空いている席に座ると直ぐに食事が始まる、村長であるセタンさんも同席しているのはホストだから。
普段は貴族と平民が同じ食卓を囲まないが今回は招待されているので構わない、この辺の見極めが難しいんだ。
「はい、すっかり疲れも取れました。体調は万全です」
「そういう意味じゃないんだが……お前、折角セタンが娘を部屋に行かせたのに手も出さなかったそうだな?」
ああ、やっぱりだ……既に昨夜の件を知っていたのか、誰から聞いたのかな?
ニヤニヤ笑いからしてセタンさんを咎めてはいないな、リィナさんも安心だろう。
「怯え怖がる女性に手を出すのは貴族として最低です、それに討伐遠征中に色事もないでしょう。リィナに罪は有りません、誤解しないで下さい」
「相変わらず男女の色事には真面目でお堅いな、お前は……」
何だろう、ため息をつかれたぞ。下ネタを喜ぶ中年を諫めたら呆れられた事にメンタルにダメージを受けた、何故だ?兄弟戦士よ、教えてくれ!
『据え膳食わぬは男の恥』だと?馬鹿な、節操無しの盛りがついた猫にでもなれと言うのか?
「僕は未だ十四歳ですよ、色事に走るには無理が有ります」
「俺がお前の年には既に側室を孕ませていたぞ、奥手なのも考え物だ。討伐遠征が成功したら褒美に……」
褒美に女性を与えるとかは勘弁して欲しい!
「女性は結構です!只でさえ母上から側室や妾候補が集まるお茶会への参加を頼まれているのです。正直、これ以上は遠慮したいのです」
「それが貴族だ、自分の血を継いだ子孫を残し家を繁栄させる。
お前は来年廃嫡されて平民になると思っているが現実は難しいぞ、少なくとも冒険者ランクB以上は確実と言われているんだ。
宮廷魔術師への推薦話も立ち消えてない現状では、お前が爵位を授かる可能性は高い。
貴族とは派閥と他家の繋がりが重要なのだ、時間は少ない良く考えろ」
セタンさん達の前で言ったって事は公式見解に等しい、僕の立ち位置って知らない内に加速度的に悪くなっているぞ。
下手したら人生の焼き直しの様に再び宮廷魔術師なのか……
「そんな顔をするな、なりたくてもなれないのが普通なんだぞ。
今は少しでも実績を作り発言力を高めろ、良い様に使われるのが嫌ならな。俺が力になってやる、不安な顔はするな!」
「はい、有り難う御座います」
まさかデオドラ男爵から励ましの言葉が貰えるとは思わなかった、セタンさん達も驚いているし……
廃嫡する予定の子供の未来がBランク冒険者とか宮廷魔術師とか驚愕の内容だが、情報元がデオドラ男爵だと一概に冗談とは言い切れない。
愛想笑いを浮かべながら朝食を済ませた、早く出発したいです。
◇◇◇◇◇◇
朝食を終えて一旦部屋に戻り鎧兜を装着する、僕の場合は人目に付かない部屋の中で錬金するだけだが……
部屋の中央に立ち両手両足を軽く開いて全身に鎧兜を纏うイメージをする、一瞬遅れて魔素が輝き鎧兜のパーツを錬成し組み立てる。
父上から頂いたロングソードを腰に吊しデオドラ男爵から頂いたサーコートを羽織る、魔術師なのに見た目は完全な騎士だな。
準備を整えて部屋を出ると目の前にリィナが驚いた顔で立っていた。
「呼びに来てくれたのかな?」
一歩下がったけど急に僕が部屋から出たから驚いたのかな?
「あの、皆さん準備が整ったそうです。それと、その……リーンハルト様の御武運をモアの神様に毎日お祈りします」
リィナさんが両手を胸の前で組んで今にも祈りだしそうな激励をしてくれたが、打算ない素直な感じだ。
フレイナさんの一見優しそうな、だけど裏が腹黒い感じしかしないのとは大違いだ。
「ありがとう、これ王都で人気の砂糖菓子だけど良かったら食べてね」
そういって空間創造からお菓子の包みを取り出して渡す、女の子ならお菓子は嬉しい筈だから……