デオドラ男爵とアルクレイドさん、それにジゼル嬢との四人でオーク討伐遠征の基本プランを纏めた。
ザルツ地方を治めるニーレンス公爵家より横槍が入った、彼の配下が敵に内通している可能性が高い。
だがデオドラ男爵自らが出陣するとなれば、相応な成果を上げないと駄目だ。
敵の本拠地の凡その場所は掴んでいるが最短ルートの山岳部の通行が出来ないので、中央の街道を進み敵国側から迂回して侵入する事にする。
問題点はニーレンス公爵家と揉める事なのだが、裏切り者か内通者を内々で引き渡せればベスト、捕まえずに知らんぷりがベターな対応だ。
僕等の目的は本拠地の壊滅と首謀者の捕縛、生死を問わず……
◇◇◇◇◇◇
デオドラ男爵から出陣前にアーシャ嬢に顔を見せてくれと言われた。
彼女の誕生日迄は約一ヶ月、それ迄に討伐遠征を達成し誕生日用の装飾品を作らなければならない、厳しいスケジュールだ。
幾らデオドラ男爵がアーシャ嬢に会えと言おうが、彼女の部屋を訪ねる訳にはいかない、応接室で待つしかない。
そして待ってる間にジゼル嬢が色々と資料を用意し説明してくれる。
「これがニーレンス公爵家の派閥構成員を相関図にした物です。今回のザルツ地方の代官はパッセル子爵です、コレが彼の一族の譜系図になります」
彼女から二枚の巻紙を貰った、かなり有効な情報だ、これで不意に遭遇しても変な柵(しがらみ)に悩む事も少なくなるな。
同じ派閥でも更に小さな派閥が有り反発している場合も有る、どの派閥に誰が属しているか知ってる人は多いが、その派閥内の力関係は中々分からない。
「ジゼル様、凄く助かります」
感謝の気持ちを込めて微笑みながら頭を下げる、これは僕では逆立ちしても調べられない情報だから……
「ふぅ」
む、お礼に対してため息をつかれたが、他に何か不安要素が有るのだろうか?
「何か心配事ですか?僕に出来る事なら……」
「出来過ぎる婚約者様だから困ってます。これを渡すか渡さないか悩んだのですが、結果必要になると思い渡しておきます」
テーブルの上に差し出されたのは親書だな、ご丁寧に蝋で封印し家紋を押しあてている、この百合の模様は……
「コレはニーレンス公爵家の家紋、それにサインはメディア様のですね。これは?」
ジゼル嬢が苦虫を噛み潰した表情をしている、額に青筋が薄ら見えるのは気のせいと思いたい。
思わず腰が引けてしまうが、今の段階でニーレンス公爵家令嬢の彼女がデオドラ男爵家所属の僕に親書を送る意味が分からない。
「私の、私のナイト様が討伐遠征の時にニーレンス公爵家に関係する誰かと揉めた時に、一度だけ融通を利かせる事が出来るそうです。
貴方は本当にメディアに気に入られたんですわね?またバルバドス塾で会いましょうって伝言まで頼まれました、この私にです!」
「それは大変ご迷惑をお掛けしました、申し訳ないです」
敵対する同性が自分の婚約者を優遇するって大変遺憾だろう、だけどジゼル嬢は僕に必要だから甘んじて受け取ってくれたんだ。
メディア嬢も直接僕にじゃなくジゼル嬢に渡す所がミソなんだろうな、僕をダシに彼女にプレッシャーを掛けたか……
「本当に不本意ですが、この親書は有効です。
ですが諸刃の剣でも有ります、使い方を間違えればリーンハルト様の引き抜きにも使えてしまうのです。十分に考えて本当に貴方が危険な時に使って下さい」
下手に要求すると自分に返ってくる、ハイリスクハイリターンか……ん?ハイリスク?
「ニーレンス公爵の行動と矛盾してるな、その親書の中身って『この親書の持ち主は討伐遠征後に派閥に入る者だから配慮しろ』って書いてありそうだな。
口封じを含めているからニーレンス公爵は親書に家紋を許した」
「そう思います、私達もリーンハルト様の命の危険が有るならば使わざるを得ない。あの女狐はそこまで考えて親書を私に託したのです。
渡さなければ渡さないで交渉のネタに使えた、貴方の安全の為に託された親書を渡さなかった……
討伐遠征が失敗した場合、その一言は大きな意味を持ちますから」
「もっとも僕が死んでしまっては意味は無いですが、討伐遠征に失敗してもデオドラ男爵と一緒なら最悪の事態は無いと考えたかな?」
依頼を失敗し派閥に居辛くなった所を引き抜きとは良く考えている、最悪の場合は妨害工作も折り込み済みか……
手に持つカップが空なのに気付いたがジゼル嬢自らが紅茶を注いでくれた。
「メディアはリーンハルト様の引き抜きをしないと約束しましたが、ニーレンス公爵は違うのでしょう。貴方のご活躍振りが耳に入ったと思いますわ」
宮廷魔術師への推薦云々の件だな、確かに公爵級でも魅力的な人材だろう……
僕は宮廷魔術師になる気は更々ないのに周りが動いてる気がする、早くバルバドス師に言っておかないと大変な事になりそうだ。
右手でコメカミを揉んでから深いため息をつく。
「宮廷魔術師なんかになりたくは無いのに……国家の為に磨り潰されるのはお断りなんだ、もう嫌なのに……」
「もう?」
ヤバい、悔しくて何故か泣きそうになっている。
耐えろ、馬鹿者が!
「リーンハルト様、そんな顔をアーシャ姉様には見せないで下さい……」
俯いてテーブルに乗せていた僕の手を包み込み様に自分の両手を重ねた、普段の彼女からは考えられない行動だ。
「もう大丈夫です。済みません、取り乱してしまい本当に申し訳ない。精神修養が足りないですね、オーク討伐自体は楽勝ですから安心して下さい」
やんわりと手を離して頭を下げる、転生しても第二の人生をやり直しても、全然成長していないな。
「全く貴方と来たら、的外れな励ましですわ」
何時もの彼女に戻った、クールで何でも知っているぞって感じの謀略系令嬢は少し呆れた感じの視線を僕に送る。
「それよりもジゼル様、母上に何を吹き込んだのですか?何故、僕が側室や妾を推薦されないと駄目なのです?」
「あら?私は義母様になるかもしれないエルナ様に貴方の事を色々と相談しただけですわ。
リーンハルト様が嫌がる事が分かっている側室や妾などけしかけていません」
心外ですって睨まれてしまった、確かに女性関係は嫌がっているのを知ってるからな……するとエルナ嬢の考えなのか?
横を向いて不機嫌さをアピールしているジゼル嬢を何とか宥め透かして最初の話に戻る。
「それで側室や妾の件ですが、それとなくエルナ様に止める様に言ってくれませんか?」
「嫌です、それでは私が嫉妬深くて嫌な女性になってしまいます。貴族の女性にとって夫を拘束するのは恥ずかしい行為なのです、諦めて貴方からお断りして下さい」
む、かなり本気で怒られてしまった……
貴族として生まれた女性は家の為に婚姻という絆を結ぶ事が大事だと教えられるんだよな、本妻も側室も同様。
つまり、それを拒む事は嫁ぎ先の家の繁栄を邪魔する事になる。
ジゼル嬢が納得して協力する訳は無いか……
そしてエルナ嬢が厳選した娘達とは、廃嫡し平民になる僕でも構わない、そして力添えが出来る娘達なんだろうな。
ゴールの見えない話をしていたがアーシャ嬢が来たのでお開きとなり入れ代わりにジゼル嬢は去って行った。
◇◇◇◇◇◇
「随分とお話が盛り上がっていませんでしたか?」
「ええ、討伐遠征の最終打合せをしていました。特に問題は無さそうです、デオドラ男爵が出張るのですから戦力的には過剰ですね」
彼女は深窓の令嬢だけあり危険な事に対して過剰に反応してしまう、だから安心させなければならない。
曇っていた表情も少し和らいだ感じだ、もう少しだな……
アーシャ嬢付きのメイドが紅茶を用意してくれるのを黙って待つ、もう三杯目なのでお腹がタプタプだが仕方ない。
テーブルに紅茶とマフィンが並べられる、バターの焦げた匂いが食欲をそそるな。
メイドが壁に下がりアーシャ嬢が紅茶を一口飲み終わってから話し掛ける。
「討伐遠征期間も一ヶ月は掛からないでしょう、僕等は本隊の聖騎士団とは別行動ですから成果を上げたら早々に引き揚げます」
「では私の誕生日パーティーには間に合いますわね?」
彼女のもう一つの心配事が自分の誕生日パーティーにデオドラ男爵と僕が不在じゃないかだ。
誕生日の当日に設定しているが、当日は身内で済ませて後日大々的に行う事も無くはないので大丈夫なのだが……
「勿論です、誕生日プレゼントの他に土産話も付けますよ。もっともデオドラ男爵の武勇伝になりそうですが……
あの人は必ずご自身が最前線に出て僕はフォローに回ると思いますけどね」
軽く笑いながら冗談ぽく言うが、絶対最前線に僕と二人で出張るだろう。
今回は少数で敵の本拠地を襲撃する、いわば電撃戦だ!
実質二人、瞬間的戦力は+ゴーレムポーン五十体、負けられない戦いだから出し惜しみは出来ない。
それに、あの戦鬼(オーガー)は未だ本気を出していない、実際の戦闘力がどれだけ有るのか分からない……
「まぁ?お父様の事をその様に話せるのはリーンハルト様くらいですわ」
上品に笑ってくれたが気分転換にはなっただろう、壁ぎわに控えるメイドさんも微笑んでいるから成功だ。
変に不安がられるより安心して待っていて貰った方が良いからね。
「そろそろ時間かな?ではアーシャ様、安心して留守番をしていて下さい。僕もデオドラ男爵も無事に帰って来ますから」
「それって……留守中に家を守る……つ、妻みたいですわね?」
何を真っ赤になりながら冗談を言ってるんですか!
メイドさんも人数が増えてニコニコしているし、僕は建前上はジゼル嬢の婚約者ですよ?
「未婚の令嬢には不適切な言葉でした、謝罪します。ではアーシャ様、行ってまいります」
席を立ち貴族的一礼をしてから部屋を出る、何故皆さん不機嫌なんでしょうか?
◇◇◇◇◇◇
「あら、リーンハルト様は出発なされましたか?」
「ええ、先程……」
珍しくアーシャ姉様がむくれているけど、リーンハルト様は何か失敗したのかしら?
彼女の向かい側に座り彼と何を話したのか聞いてみる、あの鈍感なのに男女間の事に複雑な思いを秘めている彼の対応が気になる。
「珍しくむくれていますが、リーンハルト様が失礼な事でも?」
普段は自己主張の少ない何か有れば自分が悪いと思ってしまうアーシャ姉様が、珍しく不機嫌で乱暴にカップを扱っているわ。
「えっ?いえ、その……安心して留守番をしていて下さいって言われたので……つ、妻みたいですわね?って返したのですが……その、謝罪されてしまいました」
今度は羞恥心をあらわにして最後は声も小さくなって真っ赤になり下を向いてしまったわね。
精一杯頑張った台詞をバッサリ切られたから落ち込んだのね、可愛いアーシャ姉様……
「それは仕方ないですわ。リーンハルト様は今は私の婚約者、色恋沙汰は御法度なのです。
逆に言葉を合わせて来たら下心有りと警戒しなければ駄目なのですよ。本当に恋愛関係には真面目で控え目な方、アーシャ姉様も苦労しますわね」
「そうですわね、そうだったんですね。
それなのに子供みたいな反応をしてしまって。私、リーンハルト様に嫌われてしまったのかも……」
俯いてしまったけど、これが普通の女性の反応なんだわ。
好きな人に関する小さな事で一喜一憂出来るのが普通、私には出来ない。返される反応に対して打算的に考えてから返してしまうから……
「大丈夫ですわ、全然嫌われてませんよ。逆に普段は大人しいアーシャ姉様の新鮮な反応に嬉しかった筈です、だから大丈夫。
アーシャ姉様はリーンハルト様と結婚する事はお父様も認めていますから、確かな実績を積めばデオドラ男爵一族に迎え入れる事が可能です」
もっと真っ赤になってしまったわね。
でもリーンハルト様は何れは宮廷魔術師にと推薦されるのは間違い無いわ、早くアーシャ姉様との仲を……