『野に咲く薔薇』は未だレベルも低い駆け出しの頃に声を掛けてくれたパーティ、Cランクで冒険者養成学校のOGでも有る。
メンバーのニケさんの所有する鎧の調整を頼まれたが、それは思い入れの有るモノだった。
かつて転生前に率いていたルトライン帝国魔導師団の正式鎧に刻まれたシリアルナンバーは238。
僕が妹の様に接していた若く美しい魔術師マリエッタの鎧だったのだ。
オークションで高値で落札したらしいが、僕と関連が有ると知って預けて貰っている……鎧を目の前にして泣けば関係が無いとは思わないだろうけどね。
お礼と口止めの為に自作のハーフプレートメイルをプレゼントしたので、そのメンテナンスにアグリッサさん達の家に立ち寄らせて貰った。
商業区のライラック商会の近くに彼女達の家は有ったが……
個人営業の武器屋の二階を間借りしていた、確か下級貴族の次女以降だと聞いていたので実家の援助は無いのだろう。
「さぁ上がって頂戴、遠慮はしないで」
店の奥に階段が有り、其処から二階へ上がるみたいだが毎回店内を通らないと部屋に行けないのも大変だな。
店の品揃えは悪くない、青銅製か鉄製が殆どの大衆向けの価格帯と仕様性能だが作った鍛冶師の腕は確かだろう。
石造りの頑丈な建物だし女性が住む部屋としては防犯的にも問題無さそうだ。
「お邪魔します……」
女性の部屋を訪ねるなんて転生後初めてなので妙に緊張するな。
「あらあら、アグリッサちゃんが男の子を連れ込むなんて初めてじゃない?アンタ、早く来てよ」
店番をしていた中年の女性がニヤニヤしながら僕を見てるが全くの誤解です。
「何だよ、俺は忙しいんだぞ。ほぅ……」
直ぐに店の奥から主人が出て来た、厳つい顔と身体付きの如何にも頑固親父って風貌だ。
筋肉質で皮のエプロンを着ているとなると彼が鍛冶師なのかも知れない。
「高性能で高そうな鎧を着てるけどよ、お前さんには……コレがお似合いだ!」
いきなり皮鎧を指差されたが何を言ってるんだ?アグリッサさん達を見ると呆れた顔をしているが新手のセールスだろうか?
「いえ、僕は客じゃないので……」
「その鎧を着るのは百年早いって言ってるんだ、坊主にはコレで十分なんだよ」
つまりこの鎧(自作)を着るのは戦士職としてのレベルが低いから皮鎧がお似合いって事か、単純に餓鬼が装備するのは未だ早いって事なのか?
確かに僕は魔術師だから同レベルの戦士職に比べたら技能は低いが、装備品のランクまで決め付けられる事は無いぞ。
装備品のグレードを下げる事は生死に関わる問題だから、どんな連中も少しでも良い品物を探すんだ。
「命懸けの冒険者稼業で装備品のグレードを下げさせる意味が分かりませんね、何を装備するか決めるのは自分で他人に言われる筋合いは無い」
この親父はアレだ、性能の良い装備品は俺が認めた奴しか着させないって職人系頑固親父に良く居るタイプだ。
だが自分の顧客に対してなら分かる、僕も嫌いな奴に自分の作った物を渡したりはしない。
だが他人の物にまで口を出すのは勘違いも甚だしい、無茶な扱いとかもしてないのだから……
「何だと、生意気言うなヒヨッコの分際で!どうせ親の脛を噛って買って貰ったんだろうが?その鎧兜が泣いてるんだよ」
「自分が作った鎧兜が泣く訳が無いでしょう、誰よりも理解しているのだから……悪いけど僕は帰ります、自作の鎧兜を着る資格が無いとか不愉快だ」
この手の頑固者は言葉では理解しない、自分の基準で納得しないと駄目な面倒臭い連中だ。だから関わらない、此方が合わせる必要も無い。
「ちょ、リーンハルト君待って。デガンさんも言い掛かりは止めて下さい。ニケの鎧兜は彼が作った物でメンテナンスに来てくれたんですから」
アグリッサさんが両手で頑固親父を奥に押し込もうとしてるが微動だにしない、此方を睨むだけだ。
振り返って出口を目指す、此処に居たら酷い事を言ってしまうかもしれないから早く立ち去らねば……
「アレをこの餓鬼が?馬鹿言え、あの鎧兜は俺だって作れないんだぞ!」
何かを言っているが帰るのを止めるつもりは無い、子供が自分よりも出来が良い鎧兜を作れる事が信じられないんだ。
同じ鍛冶師でもヴァン殿達は認めてくれたのに、人間って奴は悲しくなってくる。
「ちょ、一寸待ってよ、リーンハルト君。デガンさんも悪気は……」
引き留めようとして声を掛けてくれたが、コレは譲れない。
「悪気は無くても僕を信じる事もしないでしょうね、頑固親父気質なのは分かります。
ですが自分の顧客だけしか言えない事だ、僕も自分の仕事には誇りを持ってるので無神経な介入など断固断りだ。
申し訳有りませんが鎧兜のメンテナンスは僕の家の方に来て下さい」
普段より怒っているのは僕の錬金術が軽く見られてるからなのか自分の気持ちが良く分からない。
ただ知りもせず調べもせずに一方的に素人みたいに貶された事が腹に据えかねるんだろう。
◇◇◇◇◇◇
私達に一礼したら後は振り返らずに真っ直ぐ出て行った、相当怒ってたわね……
「ああ、怒って帰ってしまったわ。デガンさんも毎回初めて店に来る人には噛み付くけど、リーンハルト君はお客さんじゃないのよ!」
「普段は温厚な彼がアレだけ怒るなんてね……それだけ自分の作った鎧兜に思い入れが強いのよ。
言ってたじゃない、自分が作った鎧兜は誰よりも理解してるって。余計なお世話だったのよ!」
デガンさんも悪い人じゃないけど、相手の力量を見て売る物を決めるのはどうかと思うのよ。
冒険者稼業は命懸け、装備品に気を遣うのは当たり前の事、それで生死が分かれる場合が有るし……
「あんな餓鬼に武具や防具の何が分かるんだ?本当にあの鎧兜は奴が作ったのか?嘘じゃないのか?」
大体俺が人様に売れる物を作るのに十年以上修業してとか何時もの愚痴が始まったわ、鍛冶師は師匠の下で何年も修業して一人前になると聞いたけど、土属性魔術師の錬金とは別物なのを理解しない鍛冶師は多い。
一瞬で魔素を錬成してしまう魔術師と熱した金属を叩いて作る鍛冶師とは似ている様で全然違うのに……
だから鍛冶師達は直ぐに出来るが精度の低い錬金製の武器・防具を下に見る、自分達の方が高品質だと。
だけどリーンハルト君の防具は違う、熟達した鍛冶師が作った鎧兜よりも高品質で高性能。
私の着ている鎧兜はデガンさんの渾身の作だけど明らかにニケの、リーンハルト君の作った鎧兜の方が高品質で高性能。
初めてデガンさんに見付かった時は大騒ぎだったのよね、誰が作ったんだって。
リーンハルト君が高性能鎧兜を作れる事は秘密にする約束だったので口止めに苦労したのに、本人があっさりバラしたけど良かったのかしら?
「アンタ、今度来たら謝んな!あの子はアグリッサちゃんの友達なんだよ!」
台所からお玉を持ち出してデガンさんの頭を何度も痛打するマーサさん、本気で怒っている……いいぞ、もっとヤレ!
「痛い、痛いぞ!お玉で殴るな、マーサ」
「分かったって言うまで殴るのを止めないよ!」
頑固親父なデガンさんも妻のマーサさんには敵わない、先程迄の剣幕は既に無くなって只の恐妻家と成り下がった。
憎めないのだが迷惑な頑固親父でしかないのよね……
「ニケ、ライズ。リーンハルト君を追うわよ」
早く誤解を解いておかないと今後の関係に悪影響を及ぼすわ。
◇◇◇◇◇◇
一時の感情に身を任せて飛び出してしまったが、冷静に考えれば『野に咲く薔薇』の方々には悪い事をしてしまった、反省しよう。
だが戻る訳にもいかないので大人しく家に帰る事にする、兄弟戦士なら女性が給仕してくれる酒場に行って愚痴るらしいが僕は未だ十四歳。
正直少し気になるが一人で行くのは無理、だが兄弟戦士と一緒に行く事も憚られる、女性陣にバレたら面白くない事になるだろう。
埒もない事を考えていたら大分気持ちが落ち着いた、少し生き急いでいる所為か心に余裕が無いのだろうか?
「リーンハルト君、待って!」
「ごめんなさい、話を聞いて!」
アグリッサさん達に呼び止められた、どうやら追って来てくれたらしい。少しだけ息が乱れているが鎧兜を着込んで走っても大丈夫な基礎体力は有るんだな。
「アグリッサさん達を悪くは思ってません、折角ですから自宅へと招待します。そこでメンテナンスをしましょう」
振り向いて声を掛ける、ニケさんは鎧兜を着込んでいるから丁度良い、そのままメンテナンス出来る。
「私達って事はデガンさんには思う所が有るのね……良く言っておくわ、今はそれしか約束出来ないけどね」
人から言われても直さないだろうな、頑固親父は自分が納得しないと聞く耳は持たない。
だが次に絡む事も無いから曖昧に笑って自宅へと案内する、此処で引き摺っても彼女達との関係が悪化するだけだし……
暫く時事ネタの雑談や冒険者ギルド絡みの情報を交換しつつイルメラ達の待つ自宅へと案内した。
◇◇◇◇◇◇
「お帰りなさいませ、リーンハルト様」
「お帰りなさい、リーンハルト君。お客様だね!」
メイド服を着た二人が玄関で出迎えてくれた、何故かウィンディアまでメイド服を着ている……気に入ったのか?
そして何時もは笑顔なのに今日は真面目な顔をしている、来客だからか?
「知ってると思うが『野に咲く薔薇』のアグリッサさんとニケさん、それにライズさんだ。
ニケさんの鎧兜のメンテナンスに寄って貰った、客間に通して遇してくれ。僕は準備してくるよ」
私室に戻り着ていた鎧を魔素に還す、単純に考えたら途中で金属鎧からローブや皮鎧に着替えれば問題無かったのか?
人前で錬金鎧兜を装備したり解除したりするのは不味いから仕方ないか……部屋着に着替えて応接室に行けば、女性陣が会話に花を咲かせていた。
「お待たせしました。ニケさん、僕は此処で待ってますので別室で鎧兜を脱いで貰って良いですか。イルメラ、手伝ってあげてくれるかな?」
何と無くだが気を遣って僕の前で鎧兜を脱がない様にお願いする。
「リーンハルト君、こんな可愛い娘達を二人も家に引っ張り込むなんて……おませさんね!」
「済みませんが会話が噛み合いません」
「私が付き添うから大丈夫だ」
ライズさんは常識人みたいで助かります、口数は少ないけど信頼出来そうだ。それに比べて……
「ち、一寸ふざけすぎたかしら?」
無言で見詰めると謝ってきたけど僕の周りには落ち着いた大人の女性が居ない、同い年の大人びた女性は居るけと……
「はい、脱がせて持ってきたわ」
受け取った鎧兜を自立式のハンガーに吊す。
「先ずは魔力石の補充から……残り魔力は三割、緑色から変わったら言って下さい。
表面の細かい傷は有るけど汚れや陥没は無し、良く手入れをしてくれてますね。関節、可動部分の調整は……」
メンテナンスは15分程で完了、上級魔力石の交換を僕以外でも可能な脱着式に変更する。
半月で半分以上魔力を消費するって事は結構攻撃が当たってる、パーティの防御担当は伊達じゃないんだな。
「終わりました。変更点は魔力石の交換をニケさんでも出来る構造にしました。
留め金を外して嵌め込めばOKです、僕も依頼で王都を離れる場合も有りますから……
それとラウンドシールドを渡しておきます、元は既製品と大差ないですが固定化の魔法を重ね掛けしてるので丈夫です」
ニケさんはマリエッタの鎧兜と引き合わせてくれて、尚且つ僕に預けてくれている、恩には恩で報いなければならない。
「悪いよ、只でさえ鎧兜を作って貰ったのに盾まで……」
「いえ、貴重な鎧兜を預けて貰ってるのです。これ位は当たり前ですよ」
古代のマジックメイルの価値は今の時代では更に高い、僕も鎧兜を見直して思い出した技術も多いのだから彼女には感謝し切れないんだ。