古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第116話

 デオドラ男爵から依頼されていたアーシャ嬢の装飾品作成依頼の件について、今日ドレスの仮縫いが終ったので実際に彼女が着ている所を見て欲しいと呼ばれた筈だった。

 

「ねぇ、ジゼル様。屋敷に呼ばれた筈なのに、その場で馬車に乗せられて騎士団の練武場に移動って変じゃない?」

 

 にこやかに向かい側の座席に座る令嬢に尋ねる、六台の馬車に分乗しているが同乗者は彼女だけ。

 アーシャ嬢は着付け中だから当然としてルーテシア嬢もウィンディアも屋敷で留守番、デオドラ男爵の他に一族の若手達が同行している、嫌な予感しかしない。

 

「前回リーンハルト様が仰ったのですよ。僕達の模擬戦には中庭は狭過ぎる、もっと広い場所を用意しろと」

 

「そんな挑発的な台詞を言ってませんよ、今回は一族の若手達と集団戦も含むのですか?」

 

 ジゼル嬢の無言の微笑みを見て深い深いため息を一つ、幸せが逃げて行きそうだ……

 

「ウィンディアから聞いています、彼女からお父様の鎧兜の製作を頼まれて了承したそうですわね。

お父様はルーテシア姉様のブレスレットの件で自分も何か欲しいと騒いでましたから大変な喜び様でウィンディアの評価は上がりました。

彼女の事を大切にして頂いて有り難う御座います」

 

 深々と頭を下げられた、ウィンディアのお願いじゃない事がバレてるのか?

 

「いや、僕は彼女から頼まれただけで……」

 

「ウィンディアが貴方の負担になる事をわざわざ頼む事はしません。

それを承知で彼女の功績の為に動いたのでしょう?全く婚約者の私よりも他の女に気を遣い過ぎですわ」

 

 作り笑顔と共に愚痴を言われた、彼女には苦労しか掛けてないから仕方ないか。

 

「それは申し訳ない……」

 

「それにです、メディアから手紙を貰いました。我が姫、美しき姫と言われたと惚気られた上に私のナイト様は預けておくから大切にしろと。

婚約者の私ですら言われた事が無い台詞が山盛りな上に、彼女の為に宮廷魔術師であるアンドレアル様の御子息を負かせたそうですね。

我が姫に歯向かう愚か者と啖呵を切って圧勝したとか?」

 

 言葉を阻まれた上に偉い誤解が盛り捲った話をされたぞ、睨まれてるし。

 確かに手紙に書かれた通りの事は言った、言ったが状況的には仕方が無かったと言い訳させて欲しい。

 

「それは……」

 

「その他にバルバドス様とアンドレアル様からも親書を頂きました。

前者はパトロンであるお父様に対して派閥の違うリーンハルト様を巻き込んだ事のお詫び、後者は我が儘な馬鹿息子に喝を入れてくれたお礼とお詫び。

その後フレイナル様を相当絞って改心させたから大丈夫との報告です」

 

 また言葉を阻まれたが、バルバドス師達がフォローを入れてくれた助かった。

 

「ええ、見過ごすと僕に飛び火しそうだった……」

 

「しかしです!

偏屈老人のバルバドス様や親馬鹿のアンドレアル様から大層気に入られた事が問題です。

しかもその後にユリエル様からも親書が来ました、実績を積みさえすれば然るべき時期に宮廷魔術師へ推薦しても良いのではと匂わす様な内容でしたわ。

最年少宮廷魔術師様の誕生ですわね、おめでとうございます」

 

 言葉を阻まれた、三度目だ。

 

「いや、僕は宮廷魔術師などにはならない!」

 

 きょとんと僕を見ているが強く否定し過ぎたか?だが宮廷魔術師になるなど人生の焼き回しみたいでお断りだ!

 

「宮廷魔術師は魔術師の憧れで頂点、殆どの圧力を跳ね返す事が出来ます。国王でさえ一目置く存在、リーンハルト様の望む自由な……」

 

「そこに自由など無い、国家の為に磨り潰されるだけだ!」

 

 転生前は筆頭まで上り詰めても謀殺されたんだ、バルバドス師でさえニーレンス公爵に逆らえない。

 確かに扱える権力は桁違いだが降り掛かる厄災も桁違いだろう、その役職の権限以上の無理難題を言ってくるのだ。

 クソッ、転生しても僕には自由な生き方など無理なのか?

 

「そんなに怒らないで下さい、そこまで嫌がるとは思ってませんでした」

 

 少し怯えたみたいに頭を下げてきた。失敗した、僕は只でさえ彼女から恐れられてたのに……

 

「いや、僕も言い過ぎました……ですが僕は宮廷魔術師になるつもりは絶対に無いのです」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 この有能だけど問題児に文句を言う為に二人だけで馬車に乗れる様に手配した、お父様も現役と引退した宮廷魔術師達からの親書に頭を悩ませているわ。

 間違った対処で無かった、最優でも無かったけどアンドレアル様の事を思えば仕方ない。

 下手に傍観していれば必ず飛び火しただろう、憎むべきはメディアの取り巻きめ!

 自分で火種を蒔いて更に後始末まで押し付けるなんて、なんて無能。必ず仕返しはしておくわ、メディアも黙認するって約束させたし……

 

 でも何故あれ程迄に宮廷魔術師になる事を嫌がるのかしら?

 アルクレイドも嫌がったけど普通は魔術師の頂点だし憧れる筈、彼は廃嫡する前に力を求めたのだから……

 

 それに嫌な考えが頭の中を巡っている、一連の出来事が全て繋がっている様で……

 先ずバルバドス塾の塾生とトラブルを起こす事でバルバドス様本人に呼ばれ面識を持つ、その時に力の片鱗を見せて興味を持たれる。

 次に徐々に有能さを知らしめて頼りにされる位まで親密になった、元宮廷魔術師に十四歳の子供が研究の手伝いを任されるなど普通は有り得ない。

 最後はバルバドス様の伝手で他の現役宮廷魔術師達と面識を持って自身の力を示した。最短で事が運んでいるのは本当に偶然かしら?

 

 それに今の宮廷魔術師達は世代交代の時期で若く有能な魔術師が求められているし唯一の土属性魔術師だったバルバドス様は引退したばかり。

 更に言えばバルバドス様は後継者が居ない、次期宮廷魔術師へと推薦する程に親密なら同じ土属性魔術師のリーンハルト様を養子に迎えて送り出す事は十分に考えられる。

 同じ土属性魔術師だし養子が宮廷魔術師なら悪くない。

 

 悪意を持って考えれば全て繋がってしまう、なのにリーンハルト様は宮廷魔術師になる事を否定した、何故?

 悪いとは思いつつもギフト『人物鑑定』を発動、表層だけでも確認すると……

 

「後悔と恐れ、それに諦めと嫌悪感……何故ですか?」

 

「ギフトを使ったのですか?」

 

 初めて見ました、此処まで辛そうな顔は……私なんて事を。

 そして初めて責める様な顔もされました、心の奥に凄い罪悪感が芽生えます。やはり私は彼が怖い、理解し難い。考えれば何故しか浮かばない彼が本当に怖い。

 

 でも此処で手放す危険も理解している、今突き放して手放せば直接的な敵対はしないと思うけど間接的な被害は莫大だと思う。

 打算的に考えても心情的に考えても、彼を繋ぎ止めなくては……

 

「すみません、でも不安を拭い去るには確かな根拠が欲しかったのです」

 

「平民になる僕が宮廷魔術師になる事は現実的には無理でしょう、実績を積むと言っても冒険者ギルドの依頼じゃ難しいですよ。

国益を出してこその実績でなければ……それなら僕より相応しい人は沢山居ます、例えば白炎のベアトリアさんとか有力でしょう」

 

 この人は自分の価値を低く見過ぎる傾向が有るわ、確かに国益が絡む実績が必要だけど既にマジックアイテムの作成技術だけで条件を満たしている。

 後は騎士団主催の討伐遠征に数回同行し、それなりの成果を出せば問題無いと思う。

 

「そうですわね、最もAランクに近い彼女や既にAランクの魔術師達の方が可能性が高いわね」

 

 漸く私達の為に秘密を明かしつつある彼と不仲になるのは愚策、更に絆を深めれば最悪宮廷魔術師になっても関係は続く。

 一番良いのは私かアーシャ姉様が本妻として嫁ぐ事だけど、それは望み薄かしら……

 男女間の恋愛に消極的、いえ禁忌感が有りそうだし政略結婚を否定した。

 

 何か、何かもう一手欲しい……この男を拘束する何かが。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 馬車の中が微妙な雰囲気になってしまった、無言で見詰めてくるジゼル嬢はずっと何かを考えている顔をしていた。

 僕が宮廷魔術師とか突拍子も無い事を言っていたが、宮廷魔術師は実力だけではなれない。

 戦時中なら兎も角、平時は派閥のバックアップが必要な政治的意味合いの強い役職だ。

 僕は来年成人と共に廃嫡する予定だし平民が頑張ってもランクがBやAじゃない限り宮廷魔術師へ推薦など無理だ。

 バルバドス師達の推薦と言うが、僕はニーレンス公爵の派閥に属していないから無理だ。

 他の派閥の連中を高位の役職に推薦などしない、実力が伴わなくても派閥の中から選ぶ。

 本当に力は有るが身分の低い者達は彼等の下で働かせれば良い、つまり魔導師団員だ。

 彼等なら長年勤めて実績を積んでパトロンを得れば、宮廷魔術師へとの話も有り得るだろう。

 

「到着しましたね、僕は派閥を変えたりはしませんから安心して下さい」

 

「本当に安心させたいならアーシャ姉様を押し倒す位して下さい」

 

 冗談で返されたので笑って応えておく、建前とはいえ婚約者以外の女性を押し倒したら大変だ。

 先に馬車を降りて彼女に手を差し出し馬車から下りるのを手伝う、周りが騒つくのはデオドラ男爵一族の若手からは嫌われてるって事かな。

 ボッカ殿他を負かせたからな……と思い同行した彼等を見回すが初めて見る連中だ。

 

「リーンハルト殿、先ずは騎士団長のライル殿に挨拶に行くぞ」

 

「はい、分かりました」

 

 ライル様は父上の所属する騎士団の団長だ、僕の廃嫡を何故もっと早くしなかったのかと父上に言ったと聞く。

 練武場は日常的に騎士団が練習する場所で僕も何度か利用させて貰っている、軍馬に乗せて貰ったり……

 

 慣れた感じで先に歩くデオドラ男爵の後に着いて行く、因みに僕の服装はハーフプレートメイルの上にローブを羽織っている。

 これはジゼル嬢から強く言われた、デオドラ男爵一族は武闘派故に鎧を着て欲しいそうだ……何故だかは何と無く分かる。

 建物の中に入る時も入口の警備兵も何も言わない、所謂顔パスだな。

 団長室に行く迄に何人かの騎士団員に会ったが全員その場で立ち止まり会釈してくる。流石は武闘派の重鎮だ、騎士団員からの信頼は半端無いな。

 団長室の前に警備兵が居て簡単な遣り取りの後に直ぐに部屋に通された。

 

「久しいな、ライル殿」

 

「おお、デオドラ男爵。偶には顔を出せ、団員も喜ぶ」

 

 握手をして肩を叩き合う姿を見れば友好的なのが分かる。

 

「後ろの少年が例の?」

 

「ああ、俺が面倒を見てる奴だ」

 

 話題が僕に振られたので貴族的作法で挨拶をする。

 

「お初にお目にかかります。バーレイ男爵が長子、リーンハルト・フォン・バーレイです」

 

 深々と頭を下げる、父上の上司だが直接会った事は無いんだ。

 

「ああ、話は色々聞いている」

 

「俺のお気に入りだ、横取りすんなよ」

 

 ソファーを勧められ世間話から入る二人を見ながら、何故僕が同行してるかを考える。

 デオドラ男爵の事だから単なる顔見せじゃないだろう、ジゼル嬢も同行させて騎士団の駐屯所じゃなく練武場で顔見せ……何故だ?

 

「それで、お前も今日はウチの連中を揉んでくれるのか?」

 

「いや、今日はコイツと模擬戦だ。屋敷は狭すぎて此処を借りる事にした」

 

 急に話を振られたが騎士団団長と騎士団員の前でデオドラ男爵と模擬戦だと?

 

「ほぅ?何度かヤッてるのか?」

 

「ああ、一勝二分。前回は本気を出して勝ったがコイツは本気を出して無い、後ろに守る連中が居たからな」

 

 スッと目を細めるライル様だがデオドラ男爵がそんな言い方をすれば警戒して当然だろう。

 

「いえ、何時も全力で立ち向かっています」

 

「なら今回も全力で来い、お前は常に周りを気にし過ぎているからな。此処なら周りを気にする必要は無いぞ」

 

 いえ、余計に気を遣わないと駄目でしょう。

 エムデン王国騎士団の団長と団員の見守る中でデオドラ男爵と戦う……注目され過ぎる、手も抜けないし勝っても負けても今後は大問題になる。

 多分だがオーク討伐遠征の布石にするつもりかな?


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