バルバドス氏の屋敷に滞在して三日目、エルフ族のレティシアに転生の秘密がバレたり、キメラの改良が進んだりと内容の濃い出来事ばかりが続いた。
そして今は塾生達にゴーレムについて相談を受けて指導をしている。
自分でも何故こうなったか良く分からない、だが相談者が順番待ちなのが現実だ……
◇◇◇◇◇◇
「リーンハルト殿、次は僕のゴーレムを見て下さい」
牡牛使いのセイン殿の次は蟹擬(もど)きの甲殻類ゴーレムを扱う青年だ、横幅2m程度の足の短い沢蟹に似た形だったかな?
ゴーレムポーンの両手持ちアックスで半分に叩き割ったイメージしかない。錬成された彼の蟹擬きゴーレムを見て思う……
「何故、蟹にしようと思ったのですか?」
「それは……その……堅い甲羅に巨大なハサミ、強そうに見えませんか?」
強そう?美味しそうの間違いじゃないかな、コレの改良って難しい、彼の重要ポイントって甲羅とハサミか?
「申し訳ない、貴方は蟹に対して強い思い入れが有るのでしょうが効率重視で言わせて貰うと欠点が多い。
先ずは前に歩けない、唯一の武器のハサミは射程が短く攻撃範囲も狭い、自慢の甲羅の装甲も胴体は平らで薄いから叩き割り易い、戦闘を主目的にするには問題有りですね」
胴体の横幅が2mだけとハサミの着いた腕は1.5mも無いから死角だらけ。
それに、その場で旋回出来ないから自由な移動も無理みたいだ。唯一の武器のハサミも掴まなければ鈍器と同じで攻撃力は低い。
「だっ、だけど僕は『デスキャンサー』を何とか改良したいんだ!」
意気込みは立派だ、名前も立派だ、拳を握り締めて熱く見詰められても無理なモノは無理だ。蟹の利点って何だろう、何を強化したら良いのかな?
取り敢えずミニキャンサーを錬成する、最初は見本の通りに作り込んでみたが戦闘向きじゃない。
「唯一の武器のハサミを刃物にして右手だけ大きく長くしてみる、盾としても使えるな。
次はハサミで掴んだ場合の圧力を強化させる位かな、肉厚な刃にすれば鉄も紙の様に切る事が出来るかな……」
ミニキャンサーで試運転をして操作のコツを掴んだら見本と同じ2mサイズに巨大化させる。
「実際に戦ってみましょう、中庭に出ますか」
「僕の『デスキャンサー』より立派じゃないか……畜生、やってやるぜ!」
生きて動いている蟹って見た事ないから、蟹ゴーレムの歩き方が変だ。コイツはカウンター攻撃を基本としないと上手く戦えないな。
お互い20m程離れて向かい合う、名も知らぬ若者が審判を務めてくれるみたいだ。
「始めっ!」
審判の合図と共に『デスキャンサー』が横を向いて真っ直ぐに向かってくる、流石に動きは慣れたものだけど移動中は攻撃出来ないよね、ハサミでバランス取ってるし。
関節の構造上、真横には伸ばす事しか出来ないのだから攻撃する時は正面を向くか横に並んで側面を攻撃するしかない。
「ぶん殴れ!」
横走りに近付いてきた『デスキャンサー』を大きなハサミを水平に振り回してぶん殴る!
後ろに仰け反る『デスキャンサー』の腕の付け根にハサミをあてがい切断、攻撃力を奪う。
「ああ、ハサミが取れた……足が……」
皆さん関節の構造が単純で弱いんだよね、だから簡単に切断出来るんだよ。『デスキャンサー』の手足を全て切断する、こんなところかな……
「この子に拘るなら特性を生かしてハサミを巨大化し強化してはどうですか?」
「特性をだと?」
「そうです、必殺技にまで昇華させてみてはどうでしょうか?」
それ位しか手を加える部分が思い付かない、僕だったら30㎝程度のサイズにしてハサミを刃物に変えて数で攻めれば対人戦なら何とか使えるかな?
自分の蟹擬きゴーレムを魔素に還し屋敷へと戻る、今回は良いアドバイスが出来なかった。
◇◇◇◇◇◇
「あれ?君は確か、イヤップとダヤンと一緒に居た子だよね?」
メディア嬢のグループ外の三人組の女性陣の中に見覚えのある子が居た。
「アイシャ・フォン・ルフトです、ルフト子爵の長女ですわ。以後お見知りおきを……」
テーブルから立ち上がりスカートの両脇を持って軽く持ち上げてお辞儀をされた。
「ディルク・フォン・バーレイ男爵が長子、リーンハルト・フォン・バーレイです」
正式に名乗られては応じるしかない、ルフト子爵とは記憶に無いので僕の父上の派閥には居ない。
彼女は自称バルバドス三羽烏の最後の一人だが、あの二人の方が此処に居る連中よりレベル的には高かった気がする。
ヘカトンケイルとタイタンだっけ?少なくとも蟹擬きよりは断然マシだ。
「今日は例の二人は一緒じゃないのですか?」
あのバルバドス氏と関わる原因を作った二人が居ないのは、約束通り今後は絡まないって事かな?
「いえ、あの二人は街の方のバルバドス塾の方に……
知ってましたか?バルバドス塾は貴族専用と平民も入れる一般用と二つ有るんです。彼等は街の方のバルバドス塾に通ってます」
「街の方?一般用?」
ああ、コッチは貴族専用のサロンみたいな物で街の方に本当に魔術を学びたい連中が通う塾が有るのか、そう言えば平民のリプリーもバルバドス氏に学んでいるって聞いたっけ。
イヤップもダヤンも性格はアレだったが操るゴーレムは此処に居る連中よりも上だった、やはりあの襲撃の黒幕は彼女だったんだな。
「えっと、その……この間は、ごめんなさい」
軽く睨むと素直に謝罪してきたので驚いた、だが彼女の差し金であの二人が因縁を付けて来たのでバルバドス氏と知り合えたので今となっては強くも言えないか……
「あの二人にも、もう気にしてないと伝えて下さい」
両隣の友人達が怪訝な顔をしているので、この話はお終い。次の相談者は……
「リーンハルト様はアイシャとも交流が有りましたの?ジゼル様が嫉妬をしますわよ」
からかう様なメディア嬢の言葉に両隣の友人達が僕を睨む、婚約者持ちが貴族の独身女性と仲良くするなって事だとは思うが……
ニヤリと口の端で笑ったのは意趣返しなんだろうな、ジゼル嬢とは犬猿の仲らしいし僕には負けてるし。
「アイシャ様とお会いするのは今日で二回目です、前回は挨拶も出来ずに別れたので失礼だったかなと。勿論ですが、僕は婚約者が居る身ですから不用意な事はしません」
この手の恋愛絡みの話はスパッと切らないと尾を引くと兄弟戦士から学んだ、ゴーレム絡みならどんな相手にも挑めるが貴族の令嬢との会話には今でも尻込みする。
両隣の友人達は納得してくれたみたいで、会釈で謝意を表してくれたがメディア嬢は納得してない感じだ。
目で向かいの椅子に座る様に促される、専属メイドも椅子を引いて待っているし……
「その、失礼します。何か?」
周りの視線と無言の圧力に負けて椅子に座る、裁判の被告人みたいで嫌だ。または死刑宣告に怯える犯罪者か?
「先日、とあるパーティーでジゼル様とお会いしましたわ。
彼女の婚約者について、懇切丁寧に活躍振りを教えて頂きました。それはもう事細かく詳細にです」
ああ、ジゼル嬢は僕が怖いと言いながらライバルには婚約者として自慢するのですか?
「それ程の事はしてない筈ですが?」
貴族の令嬢同士の自慢話に冒険者としての活躍は含まれないだろう、僕は貴族的には何かをした記憶は無い。
「冒険者として自立し王都で噂になる程の活躍中の魔術師が私の婚約者。
僅か半月で冒険者ランクDまで駆け上がり将来を約束された殿方、その強さは武闘派の重鎮であるデオドラ男爵と二回も引き分け認められる実力者。
装飾品にも造詣が深く情熱の薔薇をあしらったブレスレットを彼女の両手を握り締めながら錬金なされたとか……
確かに見事な薔薇のブレスレットでしたわ。貴族同士の婚約なんて家の都合でしかないのに、リーンハルト様とジゼル様は相思相愛で羨ましいです」
思わず唸りたいのをグッと我慢する、傍から見れば確かにその通りなんだが辛い、凄く辛い。
正直に政略結婚の防止の為の嘘の婚約者とも言えない、彼女の努力を踏み躙る最低の行為だ……
「僕ごときが彼女と釣り合うのか甚だ疑問ですけど、精一杯頑張っています」
来年成人して廃嫡手続きを終えて冒険者ギルドランクがCになったら解消するから、今は僕の方が未練がましい風に装うしかないな。
ジゼル嬢が執着してたのに婚約破棄は不味い、僕が捨てられた事にしなければ駄目なんだ。
「本当に熱々ですわね、全くもって忌々しい、あの女狐め!」
あれ?今さらりと毒を吐かなかったか、体面を気にする公爵令嬢は?
僕は苦笑いを浮かべながら愚痴を聞き続けた、彼女達は仲は悪いが憎しみ合ってはいないのかも知れない。
美少女同士の可愛い口喧嘩と思えば微笑ましいと思えるな。
◇◇◇◇◇◇
「皆様方、昼食の準備が整いました」
女性の愚痴と嫌味を聞くという苦行に終止符が見えた、辛く長い午前中だった……報告に来たメイドさんが女神に見えた、ナルサさんだった。
「リーンハルト様のお食事はお部屋の方にご用意しております。それと午後は一度研究室の方へ顔を出して欲しいそうです」
「有り難う。ではメディア様、午後にまた伺います」
貴族的作法をもって席を立ち一礼する、一時間は休めるだろう。若い貴婦人達との会話は疲れる、同世代の同性の嫉妬や僻みも同様だ。
僕はナルサさんの後ろを歩きながら、午後も塾生達の相手をしろと言われたら断りたいと思った。
客室に戻ると既にテーブルにクロスが敷かれ食器類がセットされている、本格的なコース料理みたいだ。
「食前酒のアプリコット酒です。前菜は真鯛のカルパッチョに鴨のローストになります」
手際良く料理を並べてくれるのだが、個室で専属メイドに給仕されて昼食とは堅苦しい。
ナルサさんは後ろに控えていて食事の進捗を見て配膳してくれる、イルメラとは感じが違う洗練された上級貴族に仕えるメイドって事か……
だが僕はイルメラの愛情の籠もった給仕の方が良い、料理もイルメラとウィンディアが作ってくれる方が美味しいと思う、補正値込みだが……
大分彼女達に参ってるって事だな。
「メインの肉料理です、何か嬉しそうですね?」
どうやらニコニコしていたらしい、頬が緩んでいるのが自分でも分かる。
「ん?ああ、大切な者を再確認出来たからかな。比較しないと分からないとは僕も愚か者って事だよ」
帰ったら先ずは二人に何時も有り難うって言おう、言葉にしないと分からない事も有るから。
「リーンハルト様に大切に思われているお方ですか?それは羨ましいですわ、確かジゼル様でしたか……」
む、まさかメディア嬢と比較してジゼル嬢の良さを再確認したとか思ってないよね?
それは余計なお世話というか勘違いも甚だしいぞ!
「いや、世話になっている身近な人の事だよ。勿論、ジゼル様は婚約者として大切だよ、恩も感じている」
二人切り故にかマナーには拘らず会話を挟みながら食事を終えた、食後の紅茶を飲みながら改めてナルサさんを見る。
同い年と言っていたから十四歳で既に上級貴族のメイドとなれば有能なのだろう、来客専属ともなれば覚える事も多い。
多分に噂話は好きそうだが……
「あの……見詰められると恥ずかしいです」
スカートを両手で握り締める様にして上目遣いで僕を見てくる、自分の魅力を理解し最大限に使ってくるな……
「済まない、他意は無い。バルバドス様とアンドレアル様の関係ってどんな風なのか気になってね」
噂話好きの彼女に話を振ってみる。
「御主人様とアンドレアル様ですか?そうですね……」
案の定、話に食い付いて来た。彼女の話を纏めると宮廷魔術師になる前からのライバル関係みたいだ。
だから勝ち負けに拘るのだろう、長年競い合った相手か……
ナルサさんから情報収集を終えて一休みしてから、バルバドス氏の待つ研究室に向かった。