古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

108 / 996
第108話

 バルバドス氏に三代仕えるメイドさんから彼の家庭の事情を聞いた、僕と同じ様に後継者問題で揉めそうな環境だ。

 先妻と後妻には実子が居なくて後妻は実家に帰省中、お妾さんは二人居て屋敷の外に囲っているが彼女達にも子供は居ない……

 バルバドス氏本人は六十代前半、もうひと頑張りすれば子供を仕込む事は可能だろう。

 家名断絶の危機に何故対応しないのか不思議に思う、普通なら養子縁組位の予防策はするんだけどな。

 バルバドス氏に何か有れば後妻であるフィーネ様が養子を貰うか、実家のフレネクス男爵家から誰か親族を……

 

「何を考えているんだ、自分の廃嫡後の件で苦労してるのに他人の家庭の事情に首を突っ込んでどうする」

 

 メイドの……ナルサさんが色々と教えてくれたのは、僕を養子候補と勘違いしたのだろう。

 だが、バルバドス氏と僕との養子縁組などは有り得ない、そんな野望を持って接触していると勘違いされたら大変だ。

 バルバドス氏が何を考えているか分からないが、彼が望んでも周りが許さないし僕だって父上の対立派閥に養子に行くなど論外だ。

 

「貴族の柵(しがらみ)って本当に面倒臭い」

 

 指定された時間の五分前に研究室へと到着する様に、足早に部屋を出た。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「おはようございます、バルバドス様」

 

「おぅ!昨夜は良く寝れただろ?」

 

 何時もの様にソファーに座り本を読みながら紅茶を飲んでいる、あのカップには絶対に砂糖が沢山入ってる筈だ。

 メルサさんが微笑みながら僕の分の紅茶も用意してくれたので向かい側に座る、因みに砂糖は二つでレモンスライスを浮かべる。

 

「お前の提案してくれた車輪や推進剤の使用は却下だな、発想や効果が有るのは理解したが俺の制御能力が追い付かん。

だから盾二枚の他に胴体に同じ物を仕込む、二段構えの防御で接近するわ」

 

「そうですか、正面装甲を耐熱仕様にすれば盾が壊れても接近する時間は更に稼げますね。後は駆動部の脚を壊されない様にすれば問題は無いと思います」

 

「脚か……」

 

 二枚の盾は左右に張り出した脚まではカバー出来ない、此処を狙われたらスピードが大幅に落ちる。

 壊れても補修出来るけど動きが鈍るのは防げない、もう一枚何か対応策が欲しい。

 

「盾の形状を変えませんか?今は平坦なラウンドシールドですが昆虫の背中、羽根の外殻みたいな形にして斜めに構えてはどうでしょうか?」

 

 腕を組んで考えているが、力を逸らす意味でも効果は有る筈だ。

 

「正面と左右を覆う様に流線形にか?イメージが湧かないな、ミニキメラを作れ!」

 

「作るのは良いですが拳骨は嫌ですよ……こんな盾にすれば張り出して脚まで隠せます」

 

 キメラの上半身を前傾姿勢にして左右に盾を持たせる、正面から見れば食器のお椀を半分に割った形に見えるだろうか?

 

「確かに真正面から打ち込まれた熱線が湾曲部分に沿って後ろに逸らされるか……

点で受ける熱も斜めならば盾の広範囲で受けるから耐久性も上がりそうだな。だが、バランスが悪いから動き易くなるように調整が必要だ」

 

 前に重心が偏っているのに更に前傾姿勢を取ればバランスを調整するのも難しい、脚を動かすと……

 

「そうですね、これで走らせると……転びました」

 

 前に突っ伏す様に倒れこんだ、コレは制御が難しいぞ。

 

「む、こりゃ訓練するしかないか。リーンハルトよ、お前塾生んとこ行って適当に模擬戦してろ。

俺はキメラを自在に動かせる様に練習する、人に見られるのは嫌だ」

 

 他人に努力している所を見せたくない、しかも格下にはって事か?

 塾生達も塾長が二日も研究室に籠もりっ切りだと心配して様子を見に来る可能性も有る、僕は塾生達を此処に来させない様にすれば良いんだな。

 

「分かりました、彼等の相手をしてきます。此方には来させませんので安心して下さい」

 

「悪いな、頼むぜ」

 

 そう声を掛けてくれたバルバドス氏は、既にキメラを錬成し盾の形を改良していた。

 メルサさんが深々とお辞儀をしていたが、彼女は特別でバルバドス氏を見守っていても良いのか、長年連れ添った信頼しているメイド長なんだな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 メイドさんに塾生達の集まるサロンへと案内して貰った、屋敷の東側の一階にあり中庭にも繋がっているみたいだ。

 かなり広い、バルバドス氏の研究室と同じくらいの室内の一角にはテーブルが幾つも配され塾生達がお茶を飲んで雑談していた。

 なる程、貴族の子弟達のステータスとして元宮廷魔術師のバルバドス氏に教えを請うって事か……

 

 バルバドス氏の言った通り、彼等は土属性魔術師としてゴーレム技術を突き詰める事はしないんだな。

 だが朝の十時に集まって来るとは一応は学ぶ気持ちも有るのだろうか、それとも暇なのか?

 既に十二人程の塾生が各々のテーブルに分かれて居るが、メディア嬢を中心としたグループ七人の他に二つ、二人と三人に分かれた小グループが居る。

 此処にも貴族の派閥の縮図が有りそうだ……

 

「リーンハルト様、おはようございますわ。わざわざサロンに来られるとは、何か有りましたかしら?」

 

 僕を見付けたメディア嬢が話し掛けてくれたが、取り巻き達が一斉に睨む。

 レティシアは口の端を気持ち上げて笑った、朝から大変だなって事か。

 ニーレンス公爵はメディア嬢の他にも娘が居て、全員独身で互いを嫌いあってるそうだ……メイドさん情報だけど。

 

「おはようございます、メディア様。

バルバドス様が研究に忙しく此方の指導が出来ないので、代わりに様子を見て来いと言われまして……良ければ模擬戦などお相手致します」

 

「まぁ?私達に圧勝したリーンハルト様と、また模擬戦をですか?」

 

 む、メディア嬢に睨まれたが確かに嫌な奴みたいだろうか?

 

「僕がバルバドス様を差し置いて指導など出来ませんから、模擬戦をと思ったのですが……」

 

「では、私のテーブルにお座りになって下さい。少しだけ人型のゴーレムについてご指導下さい」

 

 人型のか……望む所だな、異形が主流のバルバドス塾において、メディア嬢は数少ない人型ゴーレム派だ。力に成れる事なら協力するか……

 

「では失礼します。何を聞きたいのでしょうか?」

 

「焦らないで下さい、先ずはお茶でも飲みながら話しましょう」

 

 彼女が手を上げるとメイドが僕の前にカップを置きポットから紅茶を注いでくれる……ん?このメイドは服装が微妙に違うけど、メディア嬢専属のメイドを実家から連れて来たんだな。

 

「美味しい紅茶ですね、フルーツフレーバーでしょうか?」

 

「あら、リーンハルト様は変わり種の紅茶も好きなのですか?殿方は普通の方を好まれるそうですが……」

 

 紅茶は主に三種類、原茶の『エリアティー』複数の茶葉を混ぜる『ブレンド』そして香料を吹き付けたりハーブやドライフルーツを混ぜ込んだ『フレーバー』等、楽しみ方は色々だ。

 

 硬派な紅茶好きには『フレーバー』は不人気だ、好みの問題だが女子供の飲み物らしい。

 

 だけど硬派も絶賛する『アールグレイ』もブレンドした茶葉にベルガモットで香を付けているんだよね……奥が深すぎて僕には分からない世界だ。

 

「僕はフレーバーティーも好きですよ、先日コーカサス地方のローズ村に行ってローズフレーバーの茶葉も買い込んで来ました」

 

 にこやかに会話をしているのだが、周りは嫉妬の嵐……何故親の仇みたいに睨むんだ?

 

『メディア様に取り入るつもりか?』

 

『何がローズフレーバーだ、お調子者が!』

 

『メディア様はニーレンス公爵の令嬢、他の派閥の末端のお前など話す事すらおこがましいわ!』

 

 小声で話しているつもりでも聞こえてるぞ、いや聞こえる程度の小声で話してるんだな。

 

「誹謗中傷とは呆れるな、文句が有るなら一対一で戦えば良かろう?弱者の遠吠えほど見苦しい物はない」

 

 この中で一番の実力者の言葉に周りが悔しそうに口を塞ぐ、実際に魔術師としては彼等が束で来ようが僕は負けない。

 

 だがレティシア、少し自重してくれ!君が僕を擁護する様な事を言っては駄目だろ!

 

「それで、メディア様は何を聞きたいのでしょうか?」

 

 少しだけ驚いた顔でレティシアを見てからメディア嬢に話し掛ける、自分も驚いた振りをする為に……

 

「前にリーンハルト様が言っていた人型ゴーレムに拘る理由ですわ。バルバドス様もキメラを主体にしているのにです」

 

 元宮廷魔術師であるバルバドス氏がキメラなのに、呼ばれた僕が人型に拘るのは何故かって事か?

 だが然程知りたい感じはしないな、上品に紅茶の匂いを楽しんでるし……

 

「僕等は錬金を主体とした土属性魔術師です、そして戦力として殆どの魔術師はゴーレムを使役するでしょう。

僕はバルバドス様のお手伝いをさせて貰いましたので、キメラの有効性は否定しません。

人と違う進化をした生物の特徴は、往々にして人より優れた物も少なくない。

キメラの例えで言えば長いリーチの鎌とか粘性の液体を吹き付けるとか……

それを踏まえて言わせて貰うならば、単純に人型が好きなんです。

人型は武装を替えれば色々な出来事にも対応出来ますから、先ずは人型を極める事が目標なんです」

 

 話しながら考えたが、やはり僕は人型ゴーレムが好きだから拘っているだけだな。

 

「リーンハルト様なら既に人型ゴーレムを極めたと言っても誰も反論しませんわ」

 

「未だ理想とする所まで辿り着いてません、全然未熟も良い所です」

 

 全盛期は千体以上のゴーレムポーンを操れたのに今は五十体しか操れない、二十分の一以下だ。レティシアと再戦するには力が足りな過ぎる……

 

「謙遜も過ぎると嫌みだぜ、俺の『グレイトホーン』を瞬殺しといて馬鹿言うな!」

 

「ああ、中々の出来だったが魔法迷宮バンクの三階層のボスの『ビッグボア』より弱いぞ。直線しか走れない、体当たりの威力が低い、装甲が薄い、未だ改良の余地が有る」

 

 全長30㎝のミニグレイトホーンをニ体錬成し、前回見た通りに走らせる。片側の前足と後足を同時に、反対側と互い違いに動かす事で走らせていた。

 

「走らせ方は構わないが目標に衝突する瞬間も同じ動きだ」

 

 誰も座っていない椅子に突撃させると椅子は後に押されるだけで倒れない。

 

「この様に衝突しても椅子は押されて後に下がるだけ、突進の威力が弱い。

次は動きを工夫する、走らせ方は同じだが衝突の瞬間に床を蹴って飛び掛かる」

 

 今度は同じ様に椅子に向かって走らせるが、衝突の手前で四つ脚全てで床を蹴って飛び掛かると椅子は大きな音を立てて倒れた。

 

「同じゴーレムでも制御を工夫すれば威力は上がる。実際の牡牛は衝突の瞬間に頭を下げて角を水平にしたり横に振ったりして更に威力を上げてくるんだ。

僕なら角は一本で両肩にガードを付けるかな、スピードと重量を角の先端に乗せれば鎧くらいは貫通出来るだろう」

 

 二体のミニグレイトホーンの内、一体を一本角に変えてお互い真っ正面から突撃しあう。衝突の瞬間、互いに床を蹴って勢いをつけさせた。

 

「なんと!ミニグレイトホーンで、この威力か……」

 

 大きな音を立てて激突したが勝敗は一本角のミニゴーレムに軍配が上がった。

 長く突き出た一本角で先に相手を貫き首を振って跳ね飛ばしたのだ。

 

「俺の『グレイトホーン』が……操作制御だけで威力にこれ程の差が出るのか……」

 

 確かセインと呼ばれていた男が床に手を付いて慟哭し始めてしまった……やり過ぎたか?

 助けを求める様にメディア嬢を見る、貴女の配下なんですから何とかして下さい!軽くため息をついたぞ、貴族令嬢なのに口の端を歪めたぞ。

 

「セイン、貴方は私のお友達の中では筆頭なのです。

リーンハルト様の指導は的確過ぎた嫌いは有りますが、正しく貴方の『グレイトホーン』の能力向上になるでしょう。

私が喜んで貴方を褒められる様に頑張りなさい」

 

 そう言って蹲るセインに手を差し出した、見た目は完璧な貴婦人だ。

 

「はい、メディア様……精進致します……必ずやリーンハルト殿を負かすだけの力を……」

 

 恭しくその手の甲にキスをして決意の籠もった目で僕を見るセイン。お前も何か言えよ的な目で僕を見るメディア嬢。

 周りも僕の言葉を待っているみたいだ、空気が重い。

 

「セイン殿、何時でも挑戦を受けるぞ。互いに精進しよう」

 

 凄く嫌そうに互いに握手をする、メディア嬢が軽く拍手をすると周りも追従し大きな拍手が沸き上がる感動的な終り方だ。

 

 メディア嬢がさり気無く僕に近付いてきて「今後は自重して下さいね」と念を押されたけどね。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。