古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第105話

 バルバドス氏はスパルタ教育が基本らしい、塾生でもないのに拳骨を三回も貰った。

 父上にも暫くはされた記憶が無いのにだ。

 初日の研究はキメラの軽量化について色々と考えたが、巨体を支える為には強度が必要で強度を増す為には構成部材を厚くしなければならない。

 特に八本の脚は移動時には四本で体重を支えなければならないので、装甲は30mm以上の厚みを必要としていた。

 苦肉の策で腹の下の部分に車輪を設置してみた、効果は有ったがバルバドス氏は気に入らないみたいだ。

 見た目にも拘るタイプらしく腹が摺るみたいで嫌みたいだな。

 その後も試行錯誤したが車輪以上の効果の有る案は出なかった。

 バルバドス氏は夕方から用が有り出掛けるので研究は一旦中止、僕は一人で夕食を食べて風呂に入り先に休む事となった。

 勿論だが、風呂付きメイドの世話は丁重に辞退させて頂きましたよ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 風呂から上がり用意された部屋へと戻る、部屋付きのメイドは居ないが呼び鈴を鳴らせば直ぐに来てくれるそうだ。

 流石は貴族街に屋敷を構えるバルバドス氏という事だな。

 与えられた部屋は三階で広く窓からは中庭が見える、天蓋付きのベッドにソファーセット、クローゼットや実務机まで配された豪華な部屋だ。

 

 窓から外を眺める、今夜は月が雲に隠れて暗闇が広がっている。

 偶に松明かランタンを持った警備兵達が巡回してるのが見えるが、広い庭をカバーするのは無理そうだな。

 一応用心の為に入口と窓の脇にゴーレムポーンを召喚し、許可なく侵入する者を捕獲する様に命じる。

 

「うーん、今日は疲れたな……」

 

 フカフカなベッドにダイブして横になる……

 この好待遇には結果で応えたいが、キメラの改造は中々先に進まない。

 僕とバルバドス氏では基本的にゴーレム研究に対するアプローチが違い過ぎるんだ、人型で数で攻める僕と大型単体のゴーレムを扱うバルバドス氏では共通点は少ない。

 分野の違う視点から何かアドバイスか……

 

「機動力も無理、集団戦も無理、後は防御力を高めて攻撃を受けるしか……耐魔法防御を施した装甲か、手段は有るが公開したら大問題だろうな」

 

 ルトライン帝国魔導師団専用の鎧兜は耐魔法防御仕様にしていたし、空間創造が第四段階まで解放されたので触媒等も取り出せる。

 だが今の世では失われた技術っぽくて魔法迷宮の最奥で見付かる宝箱が唯一の手に入れる方法だ。

 

「人間では無理だが、エルフ族やドワーフ族なら耐魔法防御の方法が有るかな?付加魔法で魔法防御が有るから可能性は……」

 

 秘術や秘伝に近い魔法技術を教えてはくれないだろうから無理だな。

 僕の錬成出来る金属の融点だと、青銅が約1270℃鋼鉄が1500℃だから耐えられないだろう。

 白金だと2000℃までなら何とかなるが強度が弱いので装甲の上に重ね貼りしないと……割り切って盾にするか?

 

「白金はコストが高い、バルバドス氏もキメラ全体を覆う量は確保出来ないだろうな。

錬成も出来無くはないが貴金属を大量に作り出せるとか知れ渡るのは危険だ……」

 

 金属の事ならヴァン殿に相談してみるか、あの魔力炉は相当高温だから僕の知らない融点の高い金属も……ん、鍛冶師の魔力炉……高温の炉は……

 

「誰だ!」

 

 考え込んでしまったが、僕の魔力感知範囲に反応が有った!窓も扉も開かずにゴーレムポーンが反応しないのに、部屋の中にだ!

 

 ベッドから飛び降りて空間創造からポイズンダガーを取り出す、僕が作ったオリジナルで傷口からランダムで二種類の毒を付加する事が出来る。

 狭い室内の接近戦では効果が有るだろう、ゴーレムポーンに命じて僕の左右に移動させて守りを固める。

 驚いた事に室内を見渡しても侵入者がいない、馬鹿な?

 

「驚かせてすまない、少年。その怖いダガーを下げてくれないか?」

 

 部屋の隅から声が聞こえ視線を向ければ大気から滲む様に細身の女性が現れた……

 

「貴女が何故?」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 エルフ族は森の民、自然の中で木々と水と風に護られて生きる種族だ。

 故に人間族の作る人工的な街は苦手だ、自然が少ないから……

 しかし我が里が有る『ゼロリックスの森』と隣接した領地を持つニーレンス公爵と長が幾つかの盟約を取り交わした。

 その一つがニーレンス公爵の愛娘の護衛と魔法の指導だ。

 実に退屈で意味の無い仕事を命じられたが、我等の長い人生からすれば瞬き一つの時間でしかない。

 嫌々だが請けたのだが、実際も退屈で無意味な仕事だった……

 人間は寿命は短いが強欲で性欲の強い獣みたいな種族、私を見る目は欲望に塗れた汚らわしいモノが多い。

 そんな退屈な日々の中で過去に私に敗北という屈辱を与えた男に通じる者が現れた。

 奴は300年も前に下らない権力争いに敗れて処刑された、何故我等を頼り逃げて来なかったのだ!

 処刑した馬鹿者共も自国の最大戦力であった奴を失った為に最後は周りの国々に滅ぼされた。

 自業自得、愚かな行為には悲惨な結果が待っている、自然の摂理だな。

 そして目の前の少年は、そんな奴に重なる事が多過ぎるのだ。

 

「驚かせてすまない、少年。その怖いダガーを下げてくれないか?」

 

 そのポイズンダガーもそうだ、奴が愛用していた。土属性魔術師としてゴーレム軍団を率いていたが水属性も持ち毒に特化していた。

 

「貴女が何故?」

 

 驚きながらも警戒を緩めない、実戦馴れした動きと度胸は十四歳とは信じられないな。

 

「どうしても聞きたい事が有って非礼を承知で忍ばせて貰った。私に敵意は無い、警戒を解いてはくれまいか?」

 

 ポイズンダガーを空間創造に収納しゴーレムポーンを下がらせた、どうやら話を聞いてくれるみたいだ。

 

「此方へ、立話もないでしょう」

 

 先にソファーに座り向かい側を勧めてくれる、深夜にエルフが訪ねて来たのに冷静過ぎる……深夜に異性の部屋に、忍んでだと?

 

「わっ、私は質問が有るだけで……忍んで来たとは言ったが、そういう意味は……その、誤解するな!」

 

 何を言ってるんだ、私は……頬が熱いぞ、何なんだコレは?

 

「誤解も何も無いでしょう。エルフの方は果汁水を好むと聞きますが、オレンジしかないので……」

 

 そう言って空間創造から冷えたグラスに入ったオレンジ果汁水をテーブルに置いてくれた。

 その冷めた対応が酷く心に刺さる、この少年は私に無関心だ……

 

「ああ、済まないな。有り難く頂く」

 

 一口飲んだオレンジ果汁水は火照った頬を冷ましてくれる、味も悪くない。

 

「それで用件を伺いましょう、何でしょうか?」

 

 む、何故私だけ慌てていて少年は冷静なのだ?

 向かい側に座り両足を組み両手は膝の上に乗せている、一見無防備を装っているが警戒はされてるな。

 しかしこの状況は酷く屈辱的だな……ならばズバリ切り込むか。

 

「ツアイツ・フォン・ハーナウ、ルトライン帝国筆頭宮廷魔術師、魔導師団を率いていた……」

 

「なっ?」

 

 む、少年の纏う雰囲気が変わった、威圧感が凄い……一瞬だが酷く顔を顰めて、それから能面の様に表情が無くなったぞ。

 

「何時から気付いていたのですか?」

 

「最初に会った時からだ、私は確かめる為に模擬戦を挑んだ。そして馬車内での会話で疑問を深め、今日の模擬戦で確信した」

 

 これだけ奴と重なるならば、必ず何かしらの接点が有ると……

 

 目を見開いて何かを考える様に視線が天井をさ迷い、そのあと大きくため息をついて肩を落とした。

 

「そうでしたか……まさか300年も前の事を覚えているとは、流石は長寿のエルフ族ですね」

 

 肯定した、認めたぞ!自分が奴に繋がっていると……

 

「僕も思い出しました、『ゼロリックスの森』のエルフ族の少女の事を、僕が負かした少女の事を……過去に会っているなら誤魔化しは効かないですね」

 

 少年ハ何ヲ言ッテルンダ、過去ニ会ッタダト?私ヲ負カシタノハ……

 

「ルトライン帝国魔導師団の正式鎧兜は黒色、僕の家紋は鷹なのに貴女は烏と馬鹿にした、そうでしたね?」

 

 私が奴を烏とからかったのは一度だけで、周りの他の連中は居なかった筈だ。

 だから私の一族も奴の配下の連中も知らない二人だけの秘密……

 

「名前が変わってたので気付きませんでしたよリュリュシープト。あの生意気な少女が成人して美女になってるとは驚きました」

 

「な、ななな、ナニを言ってる、んだ?」

 

 びびび、美女だと?それにリュリュシープトは成人前の幼名だ、何故知っている?

 駄目だ、考えが……思考が乱れて……まさか少年が、奴なのか?

 

「ま、また来るぞ!今夜はこれで帰る!」

 

 パニック寸前、もう一秒たりとも少年の前に居られない。窓をブチ破って外に飛び出した!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 300年も前の事だ、当時の私達は人間族との交流は最小限の交易のみだった。

 私達より短命な一族との交流に価値を見出だせなかった、自然と共に生きる我等が自然を破壊し生活圏を広げる彼等を嫌っていたのも有る。

 我等の大切な森を焼き田畑を広げ勝手に領土に組み込む最低な種族が人間だ。

 だから我等は人間を嫌い蔑んだ、境界線を取り決めて中に入り込んだ奴は強制的に排除する、そんな認識しか無かった。

 

 あの時までは……

 

 

 

 

 

 

 

「何を騒いでいるの?」

 

「人間だ、人間の王族が来たんだ。今、長と話している」

 

 大切な森を荒らす野蛮な人間など追い返せば良いんだ、奴等と話す事なんて無いのに……

 直接見た事は無いが周りの大人達が言っていた事を思い出す、森を荒らす野蛮な種族。

 

「何でも森に軍隊を入れさせろって言ってきてる。馬鹿か?これだから野蛮な種族は嫌なんだ」

 

 神聖な森を汚す悪い奴を一目見ようと長の家に向かった、丁度出て来た黒い鎧を着た男と女……アレが人間?

 

「また寄らせて貰うが、今日は帰る」

 

「何度来ても同じだ、諦めよ」

 

 話し合いは纏まらなかったみたい、当然よね。早く諦めて帰れば良いのよ……

 

 しかし黒ずくめの人間は翌日も、その次の日も長を訪ねて来たのだ。

 村の中は、その話題で一杯、大人達も二人集まれば同じ話題を繰り返した。

 四度目の訪問は男一人だけだった、私は彼が何を考えているか知りたくて内緒で魔法を掛けた。

 絶対に悪巧みをしてるから暴くつもりだったのだが、村に入った時に物陰から掛けたのにバレてしまった。

 

「森の民エルフ族は理知的な種族と聞いていたが、これが人族への対応と思って宜しいか?

探査魔法や精神制御系の魔法を問答無用で仕掛けるなど、敵対の意志有りと判断するぞ!」

 

 流石に一国の王族、魔導師団団長に対して無礼だったらしく、長は折れた……

 私の軽率な行動が神聖な森に五百人もの人間を入れる事になってしまったのだ。

 

 

 

「お前達が悪さをしないか一緒に行動して確かめる!」

 

「エルフの娘よ、軍事行動中は危険だ。我等は戦争をしているのだ、帰られよ」

 

 大量の人間など見たくもないと村の連中は森の奥へと引き籠もってしまった。

 だが私は彼等が入り込む原因を作ってしまった負い目も有り、奴等を監視する為にこっそり後を付けて……見つかった。

 

「嫌よ、私の所為で森に人間を入れる事になったの!だから悪さをしない様に見張るの!」

 

 苦笑いをして奴は同行を許してくれて、三日程一緒に行動を共にして……一騎打ちを挑んで負けた。

 あんな不意討ち紛いの勝負など認めない、次の勝負は村に来いって言ったのに……

 

 奴は笑って頭を撫でて森から出て行った。

 

 交易をしている商人から聞いた話では、奴は父親であるルトライン王に謀反の疑いを掛けられて処刑された。

 あの騒がしい500人も居た魔導師団の団員達は散り散りに逃げ出したと教えられた……

 

「私に勝ち逃げした奴は、実の親に処刑された……何故、私を頼って逃げて来なかったんだ!」

 

 奴と奴の配下達の魔導師団を失ったルトライン帝国は周辺諸国に攻め込まれて滅亡した、奴の処刑の五年後に……

 


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