世界最悪の女   作:野菊

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世界最悪の女、大いに語る 2

『ダイの大冒険』は少年漫画だ。私がはじめて読んだのは大人になってから。だから、内容に関して不自然に感じることがあっても「まあ、子供向けに書かれた本だしこんなものか」と納得した。

 だけど今は違う。現にその世界で生活している以上、不自然には納得の行く答えが必要で。そしてその答えは2年も暮らしていれば自ずと見つかるもの。

「ベンガーナの鉄の需要は年々高まっています。リンガイアは相変わらずの要塞王国。カールは歳入を増やさんと奔走しています…ロモスは国費の増加に加え、強者を集めたり、オーザムとの同盟を念頭に入れた支援をしていて――各国はベンガーナの動きに敏感です」

 それはつまり、ベンガーナが戦争を仕掛けようとしているということだ。アスクラスで暮らす私にはよく分かる。

 アスクラスはじめ、周辺の町は異常なほどの備蓄品を蓄えていた。地下設備は維持されていたし、自治体の統制も取れている。お陰で魔王軍襲撃に対してもスムーズに対応できたのだけれど、それは間もなく始まるであろう人間同士の戦争への予感があったから。

 他国もそれを察知し、ベンガーナの進軍へ備えをしていた。

 パプニカ以外は。

「魔王軍の襲撃がなければ、パプニカはベンガーナによって侵略されていたと思います」

 私の言葉にレオナ姫は深く目を閉じ、そして小さく頷いた。

 レオナ姫は賢い。そして勇敢で、何より判断力に長けている。

 地理的に、ベンガーナが戦争を仕掛けるとしたら、カールかロモス、もしくはパプニカ。テランは数に入っていない。ベンガーナ王にとってテランは属国どころか少数民族の集落程度の認識だろう。進軍の妨げになるなんて、考えてもいない。

 カールの騎士団は最強だ。梃子摺っている間に、フローラ女王がロモスと同盟を組まれたら、挟み撃ちに合うだろう。何より、先の大戦の立役者である勇者を輩出したカールを攻める大義名分が、ベンガーナには無い。

 ロモスは造船技術が発達している。海上戦では分が悪い。そして、王室の人気は太子誕生で高まっていた。ロモスは一致団結してベンガーナと交戦するだろう。そうなれば、豊饒で広大なロモスに利があることは明らか。

 しかしパプニカは。

「……そうね。パプニカは――父は決して周辺国の動きに敏感ではなかった。もちろんベンガーナの動きを上申する臣下もいたわ。だけど彼らを決して重んじることはなく――むしろ外交よりも内政に力を入れる事を望んだ。景観を重視した王都の開発や、文化の推進、官僚組織の改革に力を入れるべきという声に耳を傾けた」

 それはそれで、重要なことだろう。

 先の大戦から15年。復興にも区切りが付き、財政に余裕が出てくれば、先を見越した都市計画は必須。民の心に余裕が生まれれば、新たな文化も生まれてくる。情勢が変れば、必要とされる人材も変ってくる。新たな才能の発掘は、王国の反映にとって最重要事項。

 ただ、問題なのは、国王には絶望的に人を見る目がなかったということだ。

 国王が最も重用し、信頼していたのは、司教のテムジン。彼はまず、都市開発の中心人物となった。まあ、よくある話だ。さぞテムジンの懐は潤ったことだろう。

 その金で彼は多くの賢者を掌握した。そして、賢者にとって都合のいい組織を作り上げることに腐心する。そしてそのトップに、バロンという腹心を据えて。バロンはテムジンと同じく狡猾で野心に溢れ、しかしテムジンほどの老獪さや忍耐強さに欠けていた。つまり、テムジンからみれば安牌の若造。

 テムジンへの抵抗勢力も、もちろんあった。彼らがテムジンを排するために目を付けたのは、司教よりも権威があり、賢者よりも呪文に優れ、世界中の誰が見ても功績のある人物――魔王を倒した勇者パーティーの1人、大魔道士マトリフだ。

 反テムジン派はマトリフ様を宮廷に招いた。相談役という、最も国王に近づけるポストを用意して。テムジン以上の求心力を期待して。そのくらいテムジンは有能だったのだ。臣下の中には彼に取って代われる人材など皆無だった。大魔道士でなければ抑えることはできないほど、テムジンの権威は強かった。もっとも、脅威になりうるほどの人物は、とうにテムジンによって蹴り落とされていたのだから、それも当然だ。

 つまり、反テムジン派は無能な人間の集まりだということ。有能な人間は皆、失墜させられているか、もしくはテムジンに取り込まれていたのだ。テムジンにとって毒にも薬にもならない存在、それが反テムジン派。マトリフ様を権力争いの矢面に立たせたあげく、何ひとつフォローできないくらい、無能な集団。嫌気がさして宮廷を去るマトリフ様を引き止めることが出来ない程度の人たち。

 そんな彼らがどんなに諫言をしたところで、王が聞き入れるはずも無い。新たな文化の担い手という耳障りのいい国王像を用意され、煩雑な国政は有能な部下が処理してくれる――王にとってこれ以上居心地のいい玉座は無いのだから。

 

 

 

「私はきっと、デルムリン島に行くべきではなかったのね」

 姫は空を見ている。視線の先に月は無い。だからきっと、何も見ていない。彼女が見ているのはただひとつ。パプニカのことだけ。

「テムジンがいれば、お父様は――きっと」

 治世の奸雄、乱世の能臣――テムジンを評するなら、こんなところだ。

 もしもデルムリン島での事件が無ければ、パプニカの町はここまで侵略されなかっただろう。テムジンさえいれば。

 国王の廃位を条件とした降伏――ベンガーナと開戦後のテムジンのシナリオは恐らくこんなところだろう。国家が壊滅的なダメージを負う前に戦争を終結させる。それが、ベンガーナからの一方的な植民地支配を避けるためには恐らくベターな方法なのだから。恐らく、ベンガーナの上層部の誰か(X)とも通じ合っていたはずだ。そしてXを納得させるために、テムジンが土壇場で王を廃することが出来ることを証明するために起こしたのが、デルムリン島のレオナ姫暗殺計画。

 そう考えれば総ての辻褄が合う。テムジンという能臣は、パプニカ王家ではなくパプニカという国家に仕えていただけなのだ。

 そんな彼が、もし今生きていれば――恐らく不死騎団からの侵略を確認するやベンガーナの『X』に援軍を求めるだろう。彼を頂点に構築された官僚たちへ完璧な指示を与え、迅速に民を非難させたはず。誰に何を命じればいいかを、パプニカの誰よりも把握しているテムジンならば、有事の際にこそ国家を団結させ、15年ぶりの災難を最小限の被害で耐え忍ぶことが出来ただろう。

 そして。

 

「いえ、お父様が死んだのは――国王を殺したのは私よ」

 

 混乱に乗じてレオナ姫によるクーデターが行われるという事も、起こりえなかった。

 

 

 

 レオナ姫がこの時点で生存しているという事実が、『ダイの大冒険』という物語の中で最も不自然なパーツであるということは、説明するまでも無い。

 魔王軍の襲撃により、単なる王位継承者でしかない王女に先んじて、現王が暗殺された。国家としてありえない失態。

 例えば、ロモスがそうだ。第一王位継承者である王女の命を、第二王位継承者になるであろう王妃のお腹の子供よりも優先したからこそ、王女の堕胎案は採用された。命には優先順位がある。そして王族のそれは、何より王国の運営にとって最重要課題たるべきこと。

 それほどまでに世界では国王の権威が強く、命は尊い。失すれば国家を揺るがす大事件となるほど。

 であるにもかかわらず、パプニカの国王はあっさり斃れた。

 あっさりと。

 パプニカ最強とまで言わしめる三賢者は生きているのにもかかわらず。いや、それ以前に三賢者は常に姫の近くに居た。こんなこと、ありえない。

 有事の際に、国家最強の武力が国王ではなく継承者に侍っているなんて、まず考えられることではない。急襲の混乱で散り散りになったとしたら、すぐに合流する事を目指すはず。例外は、国王が絶対に安全だという根拠があるときだけ。しかし、国王は暗殺されている。

 そして、下手人は魔王軍ではない。

 パプニカ国王を魔王軍が暗殺していた場合、不死騎団によって……と考えるのが自然だ。そして、不死騎団長の性格を鑑みれば、国王という超重要人物の殺害を部下に任せるとは思えない。恐らく団長――即ちヒュンケルにより国王が暗殺されたと考えられる。魔王軍が殺したとすればだ。

 しかし、ヒュンケルが国王を殺したと、王女は考えていない。であれば、今頃はヒュンケルへの尋問が行われているはずだからだ。いくら赦しを与えたとしても、国王最期の様子を当事者から調査しないのはおかしい。歴史書編纂にも関わる超重要事項なのに。だけどそんな様子は無い。漫画でも、そして今も。

 何より、いくらなんでも国王を殺したとした人間をパプニカ勢が受け入れるなんて考えられない。

 だからヒュンケルは国王を殺していない。即ち不死騎団、つまり魔王軍が下手人ではない。ならば誰が国王を殺したのか――魔王軍襲撃のタイミングでそんなことをしたのは、そんなことをする必要があったのは、パプニカの『誰か』でしかありえない。

 つまり、パプニカにはふたつの大事件が同時に起きたのだ。

 ひとつは魔王軍の襲来。

 もうひとつは、王女によるクーデター。

 

 

 

 発起人が誰であるかなんてどうでもいい。

 三賢者かもしれない。レオナ姫かもしれない。テムジンかもしれない。ベンガーナのXなのかもしれない。もしかしたら、王自身であるという可能性も。

 姫は知らなかったかもしれない。

 今も知れされていないのかもしれない。

『誰か』によって父親が殺された事を。『誰か』の正体すら。

 だけど姫は知っている。恐ろしく賢いこの少女は、父親が生きているということでどれほどの被害をパプニカが蒙るのか。

 治世の愚王は乱世で暴君にしかなりえない。

 しかし王は、何にも変えがたい功績を残していた。

 パプニカ史にも類を見ないほどの後継者を残していた。

 だから国王は暗殺された。

『誰か』は考えた。いや、むしろ誰もが考える。未曾有の事態に直面した今、この国の指導者として相応しいのは、国王ではなく王女のほうだと。

 だから国王は暗殺された。

 レオナ姫がいるから。レオナ姫のせいで、国王は死ななければならなかったのだ。

 誰だって分かる。だから誰も口にしない。偲ばない。国王の事を忘れたように。人々の気持ちは、もはや完全に王女へ向かっていた。

「ソウコ――あなただって、分かっているんでしょう」

 私も彼らに習い、それについては口を閉ざすことにする。

「……今は、これからの事を考えましょう。国王ならそういうはずですよ、きっと」

 

『誰か』は、国王ご自身だったのかもしれない。




多機能フォームで行頭一字下げられることに今気付きました。
私ネット小説は行頭下げないほうが好きなので、次回からどうするか分からないけれど、今回は試験的にこれでアップしてみます。

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