世界最悪の女   作:野菊

38 / 42
世界最悪の女、氷炎魔団と戦う 1

「ホイミで充分治癒できているみたいだ。痕も残っていない。ダイ君やマァムちゃんにも特に目立った怪我は無し」

レオナ姫こだわりの、パプニカの布で出来た服は、多少背中が焦げた程度。この服、後ろ開きだから背中の治療をしてもらいやすいんだよね。

マトリフ様の洞窟に戻ると、念のため医師に背中を見てもらった。ダイに空裂斬の修行を付ける前にアスクラスに戻り、着いてきてくれるよう頼んだのだ。

この医師は軍出身で、先の大戦末期には見習い軍医として散々地獄を見てきたので、肝は太くて腕は確か。

怪我人はシーボルトさんの病院に運びたかったのだが、みんな少しでもレオナ姫の近くにいる事を強く希望していて。マリンさんですら。だから、この30半ばだけれど貫禄があり、押し出しもきく歴戦の医師にお運び頂いた。

「回復呪文ね。確かにお手軽でいいかもしれない。だけど症状の診断をせず安直にホイミに頼ることで、適切な処置が出来ず、回復に時間がかかるという弊害を何件も見てきた。視診、問診、触診をおろそかにした医療行為ほど、患者にとって害悪なものは無い」

「害悪!?弊害!?――回復呪文は神に選ばれ、自らに厳しい修行を課した僧侶や賢者にしか許さない、神聖な呪文よ!!確かに人体の治療を専門とした医師による診断は必要だわ。だけど、回復呪文を全否定しかねないあなたの発言は、私たちを選んだ神への冒涜よ!!」

「神…冒涜…その言葉で今までオレ達の研究がどれだけ阻まれてきたことか。そりゃそうだ。医者の技術があんたらの呪文を超えたら、お役御免になっちまうからな――おい、賢者様よ、別にオレ達は、あんたらを否定しようって言ってんじゃねえ。確かに回復呪文はすごい。それで救われた命を何度も見てきた。どんな方法でも、人の命が救えれば万々歳だ。ただな、人間は弱い。症状が回復すればいいだけじゃない。視診、問診、触診だけで、患者は安心するんだ。自分の体を理解してくれる専門家がいることに――」

医師より僧侶が、僧侶より賢者が重宝されるこの世界。アンチ回復呪文の急先鋒である元軍医が、賢者の大元締めともいえるパプニカの若きエースエイミさんと繰り広げる舌戦を、マトリフ様はとても楽しそうに見ていた。悪魔の目玉がフレイザードの伝言を拡散するまでは。

「もって明日の日没までだっ!!」

その言葉で、ダイとマァムが空の技を取得したことで緩んでいた場の空気に、緊張が走った。

 

 

 

結構は今夜。島へは4人乗りのボートで向かうことに。

「私はリリルーラで行くね」

ボートに乗るのは、もちろんダイとマァム。爆弾を作ったバダックさん。そして最後の1人は――。

 

「4人目はもう決まってるんだ」

 

ポップ!!良かった、間に合った――正直間に合わない、むしろ戻ってこない可能性を危惧していた。そのくらい、ポップは頼りなかった。漫画よりもずっと。

「さすがポップ!!私なんてルーラ覚えるのに何ヶ月も掛かったのに」

マァムとポップに抱きつかれていたポップに声を掛けると「そうか? 」とそっけなく返された。

回復呪文の是非を議論しているふたりに気付かれぬよう、マァムがポップにホイミをかけて、私はアジリーゼの息吹とマントを取り出す。

「この薬は、火傷や凍傷から身を守るの。これからは常時塗るようにして。マントはダイとポップに。私やマァムのケープと生地は一緒で、これも炎や吹雪なんかから身を守る効果があるよ。フバーハみたいな感じ」

黄緑の生地に、深緑と黄色とグレーの糸で刺繍されたものをポップに、青地に紺と白の糸で刺繍されたものをダイへ、それぞれ渡す。大きさもぴったりだった。

「じゃあ、みんなが対岸に着いたらすぐに合流するね」

4人乗りだけど、スカイくらいは入る。スカイはポップの背中に捕まった

「うん、待ってるから!!ソウコも気をつけて! 」

いや、気をつけるのは君らだから。まあ、何とか解決してくれ。

「よしっ行くぞ!!! 」

ゴメちゃんの鳴き声。上手く乗り込んだみたいだ。4人と2匹を乗せたボートは、マトリフ様のバシルーラで、渦を越え、一直線にバルジ島まで――。

「じゃあ、私も行ってきます!!」

エイミさんは最後まで同行しようか迷っていた。

「ここはオレ1人で十分だ。賢者様には怪我人の手当てなんかより優先すべきことが山ほどあるだろうし」

元軍医の言葉で、残る決意を固めたようだ。

「アポロと姉さんが倒れた今、みんなと一緒に戦って、私にも万が一のことが起こったら、もうベホイミの使い手がいなくなってしまうでしょう…? 意気地なしだと思われてもいい。私はここに残って、万全の状態で、戻ってきたあなたたちに回復呪文を掛けるから」

マトリフ様もベホマを使えるけれど、まあ、黙っておこう。医者と賢者の争いに巻き込まれるつもりは無い。

 

 

 

「うわっ、スゴイな…みんな大丈夫? 」

やっぱり着地方法を考えていなかったようで、土壇場で習得したダイのバギでどうにか停止したそうだ。とりあえず魔弾銃でホイミを4発。

「タタタ…! あーあ、こんなことならソウコと一緒にリリルーラで来れば良かった」

「そんなこと言わないの…スカイとゴメちゃんは平気だったみたいだね」

「ピイ! 」

「アウアウアウ! 」

「ゴメちゃん、スカイをよろしく」

「ピイイイイイイイイッ! 」

敬礼をするゴメちゃんを撫でてから、全員にスクルトをかける。こんなことなら乗り込む前にかけてあげればよかった。今更言っても遅いが。

「さっきも言ったけれど、とにかく炎魔塔と氷魔塔の破壊を最優先に。最悪フレイザードは倒せなくても、また仕切りなおせばいいんだから」

「わーかってるって!!ソウコは昔から心配性だよな」

いや、ポップが心配させるんでしょう。

「じゃあソウコ、待っててね!!」

炎魔塔へはダイとスカイにバダックさん、そしてゴメちゃんが。氷魔塔へはポップとマァムがそれぞれ向かう。

そして私は1人、最大限気配を殺して。

「急がなくていい、とにかく見つからないことが最優先…ゆっくり、慎重に」

中央塔へと向かった。

 

 

 

「誰だ――!?」

まずい、慌てて身を隠す。フレイザードは塔の上からこちらを見下ろしている。大丈夫、大丈夫――。

「チッ、気のせいか。ったく、オレがこんなところで待ちぼうけとはよ。ここまでお膳立てして、ミストバーンやザボエラにダイの首を掻っ攫われるのは気に食わねえ――」

やっぱり、漫画どおり軍団長が集結しているみたいだ。

大丈夫かな、ダイたち――。バダックさんの爆弾がどこまで当てになるか分からないから、いざというときは炎魔塔はスカイのブレスで、氷魔塔はマァムの腕力でどうにかしてもらうしかない。

漫画通りなら、グッドタイミングで助っ人が来るのだが、それを当てにするわけにもいかなかった。マァムが武道家になり、ダイは既に空裂斬を覚えていて、それからここに私がいる。

少しだけ漫画と違うことが起こり始めているのだ。だから、油断は出来ない。

いざとなれば私一人でフレイザードを倒すことも視野に入れなければ――いや、無理だな。中央塔から300メートルくらい離れた茂みに身を潜めているのだけれども、それでもフレイザードのプレッシャーはここまでビンビン届いている。あの子達はすごい。これまで、こんな敵と正面から向き合ってきたのだ。

私に出来るのは、せいぜい見つからない努力をすること。そして待つ、みんなが炎魔塔と氷魔塔を壊してくれる事を。

「とりあえず、マスカラ直すか」

待つ事には慣れている。

ダイとの出会いを2年待った。

カンダタを倒した後は、あのアジトでアバン先生が来るのを待っていた。

その前は、死刑執行を――。

今はあのときより全然楽だ。

待てと言われた。信じられる。根拠がある。あの子達は私が待っている事を知っている。だから待てる。

いつまでも、どれだけでも――。

 

 

 

そして夜が開け。

「大丈夫なのこれ? ――品質保証期限とかさ」

レムオルの粉を身に纏った私は。

「リリルーラ」

単身、レオナ姫の救出へ向かう。




やっと盗賊として活躍し始めました。というより暗躍!?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。