世界最悪の女   作:野菊

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世界最悪の女、勇者に出会う 2

「そうか、じゃあさっきはスカイがフレイムから助けてくれたのか」

「アーウ」

「うわっ、くすぐってえ!!」

スカイもお気に入りのポップとの再開に大はしゃぎだ。

「なんかこいつまたデブったんじゃねえの? ――ソウコは全然変わらねえな」

「うん、がんばって若さを維持しているから…ポップは背、伸びたね」

「そっか? 」

以前別れた時は、それでも若干私のほうが大きかったはずなのに、今ではもう追い越されていた。たった1年で。この年頃の男の子ってこんなに成長が早いのか。

そして、何より驚いたのがマァム。

「マァム、その服――」

マァムが身に纏っていたのは、僧侶風ミニスカワンピではなく、チャイナな武道着。

「え…ああそう。私武道家になったの」

「え!?」

いや、その服装を見てもしやと思ったが…随分早くないか? 確か漫画では、この戦いの後に転職するはず。

ちなみに、アウターには私と同じく刺し子のケープを羽織っている。オーザムの修道院でもらったものだろう。赤と白の糸で複雑な模様が施されているため、遠目にはピンクに見えて、とても可愛らしい。

「ほら、前オーザムの修道院の貯蔵庫へ1人で魔物討伐に行ったでしょう? するとガニラスが2匹いて――あれは多分夫婦ね――甲羅が堅すぎてハンマースピアの攻撃も効かないし、魔弾銃の弾も切れてしまったから、とにかく殴って攻撃してみたのよ。そしたら上手く甲羅を貫くことが出来て…それで思ったの、ああ、私武道家が向いているんじゃないかって。オーザムから戻った後、母さんに相談してロモスの山奥にいる武術の神様、ブロキーナの元へ弟子入りしたの――どう、驚いた? びっくりさせようと思って、母さんたちには口止めしておいたんだ」

「…うん――驚いた」

主にガニラスの甲羅を砕いた件に。

「まったく、ソウコから『先生の弟子には可愛い僧侶戦士の女の子がいる』って聞いていたのに、実際会ってみたらゴリラ女だもん。どれだけおれががっかりしたことか」

「誰がゴリラですって!?私だってソウコから『天才魔法使いが先生に弟子入りした』って聞いていたのに、ポップときたら――」

「ちょっ、喧嘩しないの…恥ずかしいでしょ。怪我人もいるみたいだし、早くマトリフ様の洞窟に搬送して――なんだか色々立て込んでいるみたいだし」

「マトリフじゃと!!――もしかして大魔道士の!?」

それまで私たちの様子を微笑ましく静観していたバダックさんが、身を乗り出した。

「あ、バダックさん、ご無沙汰しております。パプニカに滞在していた時は、大変お世話になりました――」

「マトリフってあのマトリフおじさん!?」

「え…誰? ねえ、マァム、何の話? 」

「あー、先生がソウコに会いに行けって言っていた魔法使いだっけ? 」

なんかカオスになってきた。

「とにかく話は後。案内するから、あとはマァムが交渉してよ。よく分からないけれど、多分力になってくれるよ。きっとね――」

 

 

 

マトリフ様はとても渋い顔をしていたものの、マァムを見ると相好を崩し、セクハラをした挙句返り討ちに会っていた。めちゃくちゃ痛そうだ。マァムのことは怒らせないようにしよう。

「ったく、手当てが終わったらすぐ帰れよ。話は聞かねえ――」

「そんな、マトリフ様酷いですよ。アバン先生が亡くなった今、私たち未熟なアバンの使徒が頼れるのは、マトリフ様だけだっていうのに」

白々しい――そんな心の声が聞こえてくる。なんと思われても結構。この思った以上に成長していない弟弟子を、どうにか鍛えてもらわないと、これからの戦いを切り抜けることが出来ないのだから。

「とりあえず私は怪我人の手当てをするから――マァム、マトリフ様の機嫌取っといて」

漫画よりも転職の早かったマァムは、僧侶としての呪文をあまり覚えていなかった。

 

ホイミ

マヌーサ

 

このふたつだけ。キアリーはいいとして、ベホイミが無いのは痛い。ポップ、早く賢者にならないかな…いや、あの調子だと無理か。

「酷い火傷――エイミさん、これどうにかならないかな? 」

「……私の回復呪文じゃそこまでは…ソウコさんの薬でも無理? 」

「うん…この傷じゃ時間がかかるし、完治するとも限らない。可哀想に、女の子が顔にこんな――」

一番の重症はマリンさんで、広範囲にわたる顔の火傷は、膿み始めていた。回復呪文を掛け、アジリーゼの心を塗布し、薬湯を飲ませる。モルヒネは持ってきていない。私ではどのくらい投与すればいいのか、判断が出来ないのだ。

背後では、マトリフさんがパプニカ王室の悪口を言っていた。聞くともなしに耳に入るその言葉に、エイミさんもバダックさんも兵士の人たちも小さくなって。まあ、どこにでもある話しだ。私が研究室にいた時だって…。上手く立ち回らなかったマトリフ様にも非はある。世の中、才能だけで生きていけたら誰も苦労しないのだから。

 

「そんなことありませんっ! 自分のことばかり考えている人間がすべてじゃない! アバン先生の仲間だった人ならそれがわかるはずです…!!」

 

「先生はおれたちを救うために死にました! だからおれたちも先生の死に報いるために…魔王軍を倒したいっ!!」

 

「おねがいします!!力を! 力を貸して下さいっ! 」

 

ダイの言葉に、マトリフ様は暫く考え込んだ。

そうだろう、居た堪れないことだろう。先生が死んだと思い、小さな胸を痛め、その意思を継ごうと精一杯頑張る小さな勇者の姿。

良かった。マトリフ様には事情を説明しておいて。私一人じゃ絶対に耐えられない、こんなの。

「――」

マトリフ様は私のほうを忌々しそうに睨み付け。

「……話してみろ…」

とうとう折れた。

 

 

 

車座で3人の話を聞いている間、スカイはポップの背中に乗っかったり、伏しているアポロさんの匂いを嗅いだあと、やっぱりマトリフ様の膝の上へ。

私は大いに誤解していた。今までスカイは単純に魔法力のある人が好きなのかと思っていた。いや、考えてみたら、レイラさんやレオナ姫、ルーシーにはこんなに懐かなかった。今だって、重症のマリンさんはともかく、エイミさんもいるのに完全スルーだ。

――スカイの性格はセクシーギャルだな、きっと。

デルムリン島での3日間の特訓、ハドラーの急襲――ここまでは先生から聞いていた通りだ。

先生からアバンのしるしを授かったダイとポップは、島を旅立った後マァムと合流、クロコダインと2度に及ぶ激闘に勝利し、パプニカを目指す――ここまでは、レイラさんや町の噂で耳にしていた。

「パプニカに着いたら、廃墟になっていて――そこで出会ったヒュンケルが、実は不死騎団長で――」

ポップの言葉に、マァムとダイの顔も沈む。

ダイとポップがふたりでライデインを完成させた話になると、マトリフ様がぴくりとこちらを見た――気がするだけだ。気にしない気にしない。

「それで、ヒュンケルはおれたちを助けるためにマグマの中へ――」

あらら、本当にアバンの使徒は泣き虫だ。

思わずダイの頭を撫でると、私は無責任な言葉を掛けた。

「大丈夫。ヒュンケルは昔アバン先生に返り討ちに遭って激流に流されたけれど、生きていたんでしょ? なら、今回だってきっと――だって私たちの先輩だよ。最強だよ。しかも不死騎団長だったって…なら多分大丈夫。不死身なはず。ヒュンケルのことは何も心配しないで、私たちは出来る事をしよう! 」

「ソウコ…なんかよく分からないけど、ありがとう。ちょっと元気が出た気がする…」

「うん。私も…多分気のせいだけど…でも――ソウコが来てくれてよかった」

「そうだな。ヒュンケルと違って強いわけじゃないけど、まあ、いないよりはいたほうが…一応先生の弟子だったわけだし」

……とりあえず、私がこの子たちに舐められているということはよく分かった。マァムとポップはともかくとして、初対面のダイにまで。ふたりとも、一体どんな話を吹き込んでくれたんだ?

それから、バルジ島に避難したレオナ姫たちがフレイザード率いる氷炎魔団に襲われ、ダイたちの助太刀も敵わず、レオナ姫は氷漬けに。命からがら気球で脱出したものの、フレイムに襲われ、そこを助けたのがマトリフ様の膝の上で寝息を立てているスカイだった――というわけだ。

状況は大体漫画と一致している。多少の差異――例えばマァムが悪魔の目玉を自力で振りほどき、クロコダインに一発食らわせたり、ヒュンケルに囚われ監禁された牢獄の、壁を破壊しまくって脱出を図ったというような、些細な違いはあるものの。

――ていうかマァムすごいな。

 

 

 

「…ふむ…伝説の禁呪法だなそりゃ…」

バダックさんとエイミさんも輪に加わり、話は作戦会議へと移った。とにかく、当座の目標はレオナ姫の奪還。

マトリフ様の助言で、炎魔塔と氷魔塔を爆破するということになった。ついでにポップの修行も見てくれるということに。

「ダイ、お前はアバンストラッシュを完成させろ! そのために、何が必要かは分かっているな!?」

マトリフ様の言葉に、マァムとポップは顔を見合わせ、そして同時にこちらを振り向く。

「そうか、ソウコなら――先生に教えてもらえなかった最後の技が!!」

「そうだったわね…これで、これでダイのアバンストラッシュも完成するわ!!ソウコはこの世界で唯一、あの技を使えるのだから!!」

ダイは私の顔をじっと見ている。この世界の夜のようにとてもキラキラした、まっすぐな瞳で。

私はダイの手を取った。小さくて柔らかく、だけど堅く力強い手。

「ダイ――私があなたに空裂斬を伝授する…もちろん修行はムチャクチャハードだけど」

ダイは私の手を握り返し、先生と同じで、まるで勇者のように。

「はい!!」

力強く頷いた。

 

 

 

「――つまり空裂斬とは、観察ともいえるね。大地斬はより効率的な体の動かし方、海波斬は迅速な攻撃動作、空裂斬は心。アバンストラッシュとは、心技体が一体になった上で繰り出される、最強の必殺技というわけ。ここでいう心には、自分の心、そして対象の心、更には第三者の心も含まれる。心の定義については先ほど説明した通り。常に冷静に、相手の言動から弱点を見極めること。ただ、強者であるほど弱点を隠蔽する術に長けているから――ちょっとダイ、聞いているの!?大事なところはメモを取れって言っているでしょ!!わからない? どこから? それも分からないって…だからメモしろって……え、字が書けない!?もう…マァム、代わりにメモしてあげて!!」

空裂斬の修行に取り掛かって早30分。あれだけ威勢のいい事を言っていたのに、ダイは既にギブアップ寸前だった。

確かに空裂斬はとてもややこしい。ややこしいからこそ、理論を理解充分理解しなければ、習得は難しいだろう。だから、こうやって座学の時間を設けたのに。

「あの…ソウコが一生懸命なのは分かるけれど、ダイってどちらかというと実戦派でしょ? 時間も無いことだし、とりあえず実戦で教えてあげたほうがいいんじゃないかしら…? 」

マァムの言う事も一理ある。だけど、研究意図を理解せず行った実験に、成果は期待できないというのもまた事実だ。

思い悩んでいるところに、マトリフ様が帰ってきた。

「あら? ポップは? 」

「地獄だよ」

「「ええっ!?」」

「……マトリフ様、お手柔らかにお願いしますね」

「あのガキ、とんでもねぇ甘ったれだぜ――どうせお前とアバンがふたりがかりで甘やかしてきたんだろう」

「なっ――!!」

失礼な、アバン先生はともかく、私がポップを甘やかすはずが無い。ポップの秘められた力は知っていたし、少しでもやる気を出してもらいたくて煽てたり、励ましたり。課題がクリアできればお菓子を買ってあげた。先生の期待が大きすぎて、余りにも無茶な事を要求されると私に泣きついてくるので、もう少しレベルを落すよう口添えしたこともある。とにかく、ポップの成長をこんなにも渇望している私に、責任を押し付けるなんて、言い掛かりにも程がある。

「まあ、ポップのことはマトリフ様に任せといて。それよりダイだね。本当は、もう少し理論を理解してからする予定だったんだけど――マァム、ダイ、出かける準備をして。これから空裂斬の実戦訓練に入ります!!」

実戦訓練という言葉に、ダイの顔がパッと明るくなった。ダイは机に向かって勉強するよりも、外で元気に体を動かすほうが好きなタイプか。いたよな、小学校のころこういう子。授業中ずっとそわそわしてて、休み時間になると真っ先に校庭に駆け出す男子。

「出かけるって、どこへ? 」

スカイはゴメちゃんとごろごろしながらはしゃぎまわっている。気が合うみたいで何よりだ。あの2匹は置いていこう。

「――お化け屋敷」


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