世界最悪の女   作:野菊

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世界最悪の女、戦いが始まる 4

藤原草子は、母親の命と引き換えに生まれるとすぐ、父親に手放され、藤原家の養女となった。

長年子宝に恵まれなかった養父母は、草子を愛し、何不自由なく育てる。彼らの間に実の息子が生まれるまでは。

弟の誕生を期に、草子の待遇は一変する。両親の愛情は全て弟に注がれ、草子は最低限の生活を保障されはしたものの、愛されることも、憎まれることも、虐げられることも無く育つ。

しかし、体が成長していくにつれ、養父は草子に持ってはならない興味を持つ。家の中で孤立していた草子を、養父の手から守るものはおらず、むしろその日をきっかけに彼女を一番守れるはずの養母は、草子を疎んじるようになった。

高校1年生の夏、偶然出会った単身赴任のおじさんのアパートに住み着き、毎月6万円の小遣いを受け取るようになる。家庭を愛するおじさんにとって草子は単身赴任の孤独を埋める一時の慰めでしかなく、草子もまた、おじさんに心を開くことは無かった。草子は架空の名前を告げ、お互いがお互いに無関心なまま、奇妙な同居生活は続く。家族に死なれ、後追いを望むおじさんに、草子が毒薬を手渡した高校3年生の10月まで。それは、誰も知らない、神と草子だけが知る一番初めの大罪。

中高一貫の女子高を卒業すると、国立大学の理学部に進学し、生活費と授業料を稼ぐため、水商売や家庭教師のアルバイトをしながら学校に通う。それまでの環境とは全く違う学生生活は、新たな友人にも恵まれ、順風満帆に思われた。

しかし、草子はその後の人生を決定付ける、大きな2つの出会いを果たす。

ひとつ目の出会いは、中学生の少女。草子がノッチと呼んだ、母子家庭で育つ女の子。

もうひとつが、『アダム』と『イブ』。草子のアパートのベランダにたまたま咲いた、誰も知らない2種の花。アダムの種には致死毒が、イブの種には幻覚作用が、それぞれ含まれていた。

ある日、草子はノッチから、母親の恋人に乱暴され、妊娠したと告げられる。草子はノッチに、自製の堕胎薬を渡した。その後、死を望むノッチに、アダムとイブを調合した毒薬『エデン』を与える。飲めば、極上の夢を見ながら死に至る劇薬。

それから草子はたくさんの人たちに、2つの薬を与えた。望まない妊娠をした人には堕胎薬を。自らの死を望む人にはエデンを。

それが、自分に出来ること――自分の使命だと確信しながら。

しかし司法は、正義は、世論は、草子の行いを許さず。

裁判の結果、草子は死刑囚となった。

――私、藤原草子の人生は、こんなにもありふれた、退屈な物語。

 

 

 

念のため、ネイル村から徒歩とトベルーラで向かうことにした。もちろんルーラで行けるように、事前にこっそり訪問はしていたのだが、着地気配を気付かれる可能性を危惧して。曲がりも何も元魔王なのだ。

向かった先は、この物語の始まりの場所――デルムリン島。魔王の邪悪な意思から解き放たれた魔物たちが、ひっそりと暮らす南海の楽園。

数時間あれば徒歩で一周出来る程度の島全体を覆うのは、邪なる威力を退ける呪文――マホカトール。

「っていうか、私入れるよね? 」

「アウ」

「ちょ――スカイ置いてかないでしょ!!」

どうやら私は邪な威力と見做されなかったらしい。よかった。これで弾かれたら、計画は全て練り直しだ。

気配を消しつつ、雑木林を移動する。

「レミラーマ」

何度目かの詠唱で南方が青く光る。光源に向かえば、黄金に光る浮遊物が。

――ゴメちゃん!!

「なんか、親近感沸くね」

「アーウ」

スカイは羽をバタバタ動かし、アウアウ言いながらその場でくるくる回転する。

思ったとおり、神の涙であるゴメちゃんは、レミラーマにアイテムとして認識された。

ゴメちゃんは、ピーピー言いながら飛んで行く。私は静かに後を追う。

「――――」

「――――」

行く手には、懐かしい姿が。

「ポップ…よかった、まだ破門にされて無い…」

正直、心配していた。想像以上に甘ったれで頼りないサボり癖のある弟弟子。今後の展開を知っている私には、このポップとあのポップが同一人物だとはにわかに信じられない。

ゴメちゃんを放り投げ、ポップは駆け出す。ここからはよく見えないけれども、あの走り方は確かにポップだ。一緒に旅をしている間、それはもう、何回も見てきた。主に逃げ足として発揮されるところを。

「ちょっと、ここで待ってようか」

抱きしめると、スカイはいつもと違い、大人しく腕の中に収まった。

これから、我慢しなきゃいけない。

読んでいた漫画と同じことが起こるのかどうかなんて、本当は分からない。あの時も、あの時も、偶然と運と紙一重のタイミングで、乗り越えなければならないのだから。

これからもずっと我慢しなきゃいけない。

傷つくのを。自分じゃなくて、誰かが。

やがて周囲は暗雲に包まれる。地は揺れ、マホカトールは邪悪なエネルギーの進入を許すのだ。そして、大きな光の柱とともに。

――アバン先生のメガンテは敗れる。

 

 

 

「リリルーラ!!」

酷い傷だ。

とにかく、沖に引き上げた。近くの洞窟に何とか運び、傷を見る。

「うっ……」

――生きている。

首から提げたネックレスは粉々に割れていて。多分これが――なんだっけ、あんまり覚えていないけど、これがどうにかなって先生は助かったアレだ。

それでも酷い傷。下手にルーラを使って目立つのは避けたい。ハドラーが去ってから、30分も経っていないのだから。

できる限りの治療を試みる。体力回復や、外傷だけなら何とかなるレベルだ。ただ、内臓の損傷や骨折があった場合、どうすることも出来ない。私にはホイミが使えないし、医者でもない。

「スカイ、魔法力奪っちゃ駄目だからね」

「……アウウ」

スカイはじっと先生の側で丸くなっていた。結構優しいところがあるのだ。

先生に教えてもらった方法で起こした火を見ていると、色々な事を思い出す。

例えば、2年前。神によってこの世界に来たこと。

勇者を1人にしないため。

なぜか若返って、15,6歳の頃の姿になっていたのには驚いた。

アバン先生の名を偶然耳にし、ここが『ダイの大冒険』の世界である事を把握して。目的、私に与えられた使命――勇者を1人にしない――を理解したところで、山賊アジトに向かう。頭領であるカンダタに取り入り、毒薬を使って一味を壊滅させ、そこでキャットバットのスカイに懐かれて。スカイは、マホトーンが使える上マジックパワーを上限無く吸い込む。呪文は一切覚えないけれど、破邪の洞窟で拾ったコールブレスという、魔法力を冷たい息に変換させるアイテムを持たせたことで、大きな攻撃力を身に付ける。

そして、カンダタのアジトで、スカイと一緒に待った。

――アバン先生が来るのを。

それは、勇者を1人にしないために、必要な出会い。

「そうですか…やはり私では今のハドラーを倒せなかったのですね」

先ほど目を覚ました先生は、薬が効いたのか、それとも精神力によるものか、何とか会話が出来る程度に回復していた。

「モンスターが急に出てきたので、とにかく先生に相談しようと。噂でこちらのほうに向かったと聞いたので、ともかくトベルーラでデルムリン島に向かい、そこでリリルーラを使ったら、傷だらけの先生が――」

私がリリルーラで合流できるのは、せいぜい同じ町やダンジョン内にいる相手。たとえリリルーラの粉を使ったとしても、遠く離れた相手と合流するのは難しい。私のスペックの上限は、案外低いのだ。

「そうでしたか――実は」

先生は、この3日間の話をしてくれた。

レオナ姫の依頼で、デルムリン島に住む、モンスターに育てられた少年に手ほどきをしたこと。修行の途中でハドラーが現れた。ハドラーは以前よりもっと力を増していて、その背後には更に凶悪な大魔王バーンの存在が。2人の弟子にアバンのしるしをたくし、命と引き換えに魔軍司令ハドラーを倒そうとした――結果は、今の通り。ここ、デルムリン島からすぐ近くの小島からでも、不穏な気配はひしひしと感じ取れる。

 

 

 

吸い込まれるような星空は、ずっと眺めていると頭の奥がキンと痛む。

「こうしていると、出会ったばかりの頃を思い出しません? 」

私の言葉に、先生は穏やかに笑った。

「そうですね。ソウコと初めて出会った時は、それは驚いたものです。山賊退治を依頼されたのに、アジトにいたのは普通の女の子が1人――ああ、スカイもいましたが」

「アウ! 」

「当の山賊たちはその少女が1人で壊滅させたと。あの時飲んだハーブティーの味は一生忘れられません。全く、生きた心地がしませんでした――しかも自分を、別の世界から来ただなんて、本当に変った子でしたよ。あなたの言動にはいつも驚かされて…いやもう、慣れましたけれど」

「そ…そうなんですか!?」

先生は、私が何を言っても基本的に落ち着いているし、適当に受け流していると思っていた。それに、変った子? まあ、この世界の一般常識には欠けているかもしれなかったが、そんな評価は心外だ。私は今までずっと、それなりに上手く、無難にやってきたつもりなのに。

「はい、年齢のわりには落ち着いていて、とても大人びたものの考え方をする子でした。かと思えば、思い込みが激しくて、とても偏った思考に陥りやすく――」

それはまあ、大人だし。若返っちゃったけど。思い込み? 偏った思考? よく分からないけれど特定宗教に嵌まったことは無い。まあ、いくら先生の人間観察力が優れていたとしても、誤解はあってしかるべきだ。

「聞いたことも無いような知識や技術を持っていると思ったら、誰でも出来ることができなかったり、ありふれたことに感動したり…そんな姿を見て、本当に別の世界から来たんだなあと、やっと信じることが出来ました」

「先生…あの…初めは私の言うこと――疑っていた…と? 」

ざわり――と、木々がわななく。スカイは先生の湯たんぽだ。お陰で私の足元はじんじん冷えて。

「それじゃあ何で――どうして弟子にすると!?だって私…私…」

当時の私は、本当に何も出来なかった。剣の腕は今思えばお粗末。魔法の才能は皆無。

というか、未だに短剣しか使えこなせない。補助呪文はいくつか習得できたが、攻撃呪文や回復呪文とは縁が無い。取り立て眼を見張るものといえば素早さくらいで、ステータスはいわゆる盗賊に近い。あ、気配を消したり、お宝を見つけるのも上手いか。っ手、やっぱり盗賊じゃん。

きっと、はじめにカンダタ一味と合流したせいだろう。そう思わなければやっていけない。私だってせっかくなら派手な技を覚えたかった。トラマナとかいらないよ。

つまり、別の世界から来たというオプションが無ければ、ありふれた、普通の――つまらない女の子だ。

まるで私の、文字にすれば数行で終わる人生みたいに。

「いやいや、その辺に生えている草で、屈強な20人もの盗賊を壊滅させる女の子は、この世界では『普通』とは言いませんよ――ソウコの世界では分かりませんが」

そうか、だから。先生は連れて行ったのか。

「野放しにすると、危険だと――」

それは、当たっている。私は野放しにされると、たくさんの人の命を奪い、世を混乱に落しかねない。死にたいと言っている人に、迷わず自殺するための手段を与える、世界最悪の女。

先生は見抜いていたのだろう、私のそんな本質を。この世界の誰にも隠し通してきた、用地で、傲慢で、自己中心的な部分。それを先生は、たったひと目で――。

「ソウコ、何を考えているか分からないですが、そういうところですよ――全く、あなたは思い込みが激しい」

先生の手が、肩に置かれる。ずっと弱々しい。当然だ、大怪我をしていたのだから。私がもし告げていれば、負わなかった大怪我を。

だけど、もし告げてしまえば、先生が、勇者の育成まで身を隠していたとすれば、ハドラーは血眼になって先生を探すだろう。魔王軍が第一に取り掛かったのは、勇者アバンの抹殺。先生を探し出すために、もっと多くの血が流れるはずだろう。

それを避けるためには、先生がここで死んだことにしたほうがいい。先生の存在は、私たちの切り札なのだから。

――いや、違う。

本当はそんなのどうだっていい。誰が死のうと、何が滅ぼうと。勇者が1人にならなければどうだって。そのためには、出来るだけ予測不可能な事を避けたかった。あの場所まで、なるだけローリスクで到着したい。その間、自己満足を満たすように、見知った人たちを出来るだけ守りながら。

ただの自己満足だ。ずっとそうだったし、多分変らない。変われない。それが私で、だから世界最悪の女――。

 

 

 

「ソウコ…なぜあなたは、いつも自分を――」

「……先生、先生と旅して、色々なところを回りましたよね。リンガイアを出発して、カール、ロモス、それからネイル村にも。ベンガーナで買い物したし、それからランカークスに――」

それ以上、何かおかしな事を言いたくないので、私は話を変えた。私のこういう性格をご存知の先生は、ため息を吐くと、それ以上追及することなく。

「……そうですね。あなたは道中、たくさんの植物を採取したり、加工しながら…驚くべき才能です。だから勿体ないと。それをどうすればもっと伸ばせるのか、この力をどうすれば世に送り出せるのか――そう思って、ローラ様やロモス王に会わせました。あなたは期待に応えた――ソウコの活躍は、よく耳にしますよ」

カールでは大変な思いをした。スカイをつれて、破邪の洞窟に放り出された。結局スカイや毒薬の力で、無事課題はクリア。

ロモスでは王女に堕胎薬を作って――王女の気持ちを考えると申し訳なかったけれども、お腹の中の子供――恐らく第2王位継承者になったであろう――よりも、第1王女継承者である王女の命が優先されるのは当然でし、だから王女も私を許してくれたのだろう。

ネイル村は、大好きな場所。マァムは妹みたいで、私たちはすぐに仲良くなった。私よりもずっと才能に溢れ、すぐに先生の教えを飲み込み、アバンのしるしと魔弾銃を授かった。――あの時、マァムには本当に意地悪な事を言ってしまった。

レイラさんは素敵な、慈愛と強さを兼ね揃えた女性。きっとマァムもあんな大人になるのだろう。

ベンガーナでの買い物は最高だった。先生も始終機嫌がよくて、だから思わず私の兄弟子の話をしてしまったのだろう。きっと、すぐに出会える。先生もそう信じている――多分。

それから、ランカークスで出会った弟弟子。

「ポップ、どうなんですか? 」

「いやあ……まあ、がんばり次第、ですよ」

「………先生が甘やかすから」

「……」

何か言いたそうにしているけれども、気にしないことにした。

まあ、空裂斬をマスターできたのはポップの協力があってだ。あの子があの時点で強くて、頼りがいがあり、どんな困難でも切り抜ける力があったら、私はそちらの可能性を模索したはず。

「アウ」

「そうだね、スカイも協力してくれたよね」

私では努力してもアバンストラッシュの習得は難しい――先生がこう言うということは、まあ、不可能ということだろう。とにかく、空裂斬は私の最後の課題となり、無事卒業を認められ、晴れてアバンの使徒の一員になる。

 

勇者を一人にしない。

 

念じれば、しるしは黒く光る。

私だけの――。

 

 

 

「傷……大分よくなってきました。噂には聞いていましたが、大したものですね」

いくら私がカールの依頼で作った傷薬とはいえ、この世界の薬効には驚かされる。

「このコーヒーは、とても香りが高く、芳醇で――」

「ですよね。まだ、ロモスやベンガーナの一部にしか浸透していないんだけど、リピート率が高くて。そのうち世界中で定番になりそうだと思いませんか? 」

先生はカップに口をつけた。

先生に塗布したアジリーゼの心はカール王室の依頼で、今飲んでいるコーヒーはロモス王室から。それぞれ、莫大なライセンス料を条件に作ったもの。

ライセンス料を得た私は、ベンガーナ北部のアスクラスという町に一軒家を購入した。そこで、元ロモス侍医のシーボルトさんに再会し、その伝手で、たくさんの医師と交流を深める。彼らは、新薬の完成にたくさんの知恵や技術や時間を提供してくれて、お陰で新しい鎮痛剤――モルヒネの完成が実現した。

出会いは様々で、ハーブを求め立ち寄った修道院では、レイラさんの旧知のシスターが、小さな小屋を立て、行き場の無い女性たちの拠り所となっていた。今ではレイラさんの協力もあって、かなり整備されたと聞いてる。

パプニカでは、レオナ姫のおしゃべりに一日中付き合わされたっけ。調合やレシピ、新薬の話ももちろん楽しいけれど、何の着地点も無いガールズトークは、時間を忘れさせてくれた。

それから、大魔道士を訪れて。

「全否定されました」

「マトリフらしいですが――ソウコも流石ですね。マトリフ相手に『魔法が嫌い』だなんて」

いや、だって、あの時は。それに先生だって。

「先生も……でしょう。だから私にこれを」

差し出したのは、いつも身に付けているアバンのしるし。何の特別な戦力も持たない私に、先生はこれを授けた。

生まれながらの戦士でも、先代勇者一行のサラブレッドでも、魔法の才能と最後の可能性を隠し持っているわけでも、不思議な力を与えられているわけでも、正義を示す王族でもない私に。

――それはきっと、先生が。

「特別な何かが無くても、誰もが扱え得る普遍的な力。私じゃなくても、たとえ私がそこにいけなくても、誰でも代わりになれる――それが、先生が私に見出した可能性――ですよね、先生? 」

私の作る薬は、レシピと知識、経験さえあれば誰もが使いこなせる。いや、何よりも重要なのは、良識と倫理――私が一番持っていないもの。

私がルーシーと開発した魔法は、ほんの低レベルの術者が数人集えば完成する。

先生は何か言いたそうに言葉を探し、だけど諦める。言わなくても伝わるなんて思っているわけではない。それで兄弟子の時は失敗したのだから。

多分、言っても仕方ないということだろう。

「――本当に、あなたには驚かされる」

 

 

 

ポップたちの船出を先生が見送っている間、私は必要なものを買出しに行った。アバン・デ・ジュニアール三世は死んだことになっている。そうそう街中に現れてはまずい。なんせ先生は有名人、いつ見知った顔に合うかわかったものでは無い。たとえ、今の先生がサラサラストレートのイケメンバージョンだったとしても。あと、半裸は流石にきつい。

「先生、食料とか、寝袋とか買ってきました」

いや、実は大半事前に用意していたんだけど。こういうご時勢、食料品が入手しづらくなる可能性は大いにあった。そのため、時間つぶしにデパートでちょっとだけ買い物をしたり。ほんのちょっとだけだ。あれだ、預かり所にストックされていた先生の服を引き取るのに手間取ったんだよ。

「――随分じっくり選んでいただいたみたいですね」

「そうですよ、長持ちする食料を厳選したから、大変だったんです――あと、薬も色々用意しました。昨日説明したとおり、アジリーゼの息吹は体に塗布してください。多少のフバーハ的効果があります。ハイジアの杯はどうしてもやばい時、1本だけ。あとは上薬草と、アジリーゼの心…それにコーヒーも。粉状なので、お湯に溶かしてもらえれば飲めます」

「結構な量ですね――何日分だと想定しているんですか?」

「え…とりあえず、2,3ヶ月…? 3,4ヶ月かな? ほら、よくわかんないけど何となくキリがいいので――それにしても、やっぱり黙っているんですか? 先生がご存命だって・・・」

あの、傷だらけで海に浮かぶ先生の姿を見た時の気持ち――死んでしまうのではないかと思った。もし本当に、万が一のことがあったら…どんなにつらくて、苦しくて、自分を責めただろう。

それを、ポップやマァムに味あわせるなんて、とても。

「…はい、あの子たちは、私の手を離れるべきです……これ以上力の足りない私がいては、あの子達の足を引っ張りかねない」

いや、まあ、あの甘ったれた弟弟子はそうかもしれないけれど――でも、まだまだ先生は必要だよ。私にも、みんなにも。

だけど。

「嘘ばっかり、先生、子供みたいな顔してるよ。いい年して、10代の子供みたいな」

「はははっ、ばれちゃいましたか? 」

先生も、試したいのだろう。自分の力がどこまで大魔王バーンに通用するのかを。自分に秘められた可能性を。

結局この人も、かつては勇者に憧れた少年だったのだから。

「それでは、しばし冒険者アバンに戻ります。あの子たちのことは、ソウコに任せました。私が伝えられなかった、あなたにしか教えられないことを、どうか――」

「はい」

そして私にも、最後にひとつ、どうしても教わらなければいけないことがある。

 

 

 

2つの革袋を開くと、ひとつは金色に、ひとつは銀色に光る結晶。殆どが指先で摘める程度だが、中には親指大のものもいくつか。

「よく短期間でこれだけ集めましたね」

「はい――丁度採掘場にはコネがあったので、コツコツ」

金色の結晶は輝石、銀色の結晶は聖石だ。

たまに発掘されるこの結晶は、不純物が多く加工が難しい。拳くらいの大きさがあれば装飾品としての価値もあるが、それほど大きいものが発見されることは稀で。時折見つかる豆粒程度の石は、そのまま放置されることが殆ど。せいぜい坑夫が小さい娘へのお土産として、いくつか持って帰るくらい。

それを少しずつ買い取ってきた。

私が必要なのは輝石だけなので、それを先生と半分こする。聖石は、全部先生に。

「ソウコにアバンの書を届けさせて正解でした。相変わらず抜け目が無い」

結局、修行中先生からアバンのしるしを聞きだすことは出来なかった。ただ、カールへ届けるよう託されたアバンの書に、輝聖石についての少しだけ記載されていた。インクの掠れ具合から、他のページに比べると、比較的最近追記されたのであろうその箇所を、私は何度も読み返した。

具体的な輝聖石の精製方法は不明だったが、輝石、聖石の結晶の特徴、出土しやすい地層などは分かったので、アスクラスで仲良くなった坑夫に相談したところ、すぐに特定できた。

もちろん、大きな効果をもたらすためには、更に加工が必要だが、この状態でも魔法の増幅効果、蓄積効果は充分。その辺の宝石なんかよりよっぽど。

「こんなことならもう少し詳しく、精製方法まで書いておけばよかったです」

「先生、いくら私でも、そこまでは流石に……ていうか無機物にそこまで関心ないです」

石は子供を産まないし、金属は熱で簡単に形を変える。繁殖による進化を遂げない鉱物では、私の知的好奇心を刺激しない。

「相変わらず、偏っていますね、ソウコの興味は――ソウコの旦那さんになる人は、一体どういう人なのか。楽しみのような、怖いような…」

まあ、私は見た目は17,8の小娘だ。そういう言い方をするのも当然だろう。だけど、だからこそ、10代の女の子相手に先ほどから連発する「変わってない」はどうなんだ? この年頃の子には、お世辞でも「大人になったね」「きれいになって」というのが年長者としての礼儀ではないのか。そんな朴念仁だから、カールでは気疲れの連続だったんだよ!!

ここは、弟子の面倒を全て人に押し付けた上、久しぶりの冒険にうずうずしている少年アバンに、ひとつくらい意地悪をしてもバチは当たるまい。

「そうですね、よっぽど奇特な方でしょうね…そうそう、実は私、以前プロポーズしていただいたんです。とても真面目で親孝行な方でした」

「ぶっ――」

うわっ、きったねー。コーヒーこっちまで飛んできたし。

「そ…それはそれは、いい話で…そ、それで――」

「もちろん、我が師に倣ってそれとなく受け流しました」

シーボルトさんには、マリアさんがお似合いだ。なんだかんだで今はなかなかのおしどり夫婦だから、間違ってなかったはず。

それに、実年齢はともかく、今の姿だと年が離れすぎている。これから世界一のお医者様になるであろう実直な青年に、ロリコンのレッテルを貼るわけにはいかない。

「いや、その…それは…なんて言うか私も、まだまだやるべき使命があって……いや、ちゃんとしないといけないとは……」

めちゃくちゃ焦ってる。ザマミロ。次世代の勇者育成だか世界平和だか知らないけど、いい年して散々人を待たせて好き勝手してきた報いだ。

「私ごとき、どこの馬の骨とも知れない平凡な小娘にも、この年になればこのようなお話は沸いてきます。誰もが見ほれる美貌と、誇り高き知性をかねそろえた、高貴な指導者であれば、それはそれは、断りきれないほどのお話が来ているでしょうね。あー、かわいそすぎる。それを平気で待たせる男とか、マジで信じらんねー。何様だー。あー、勇者さまかー」

「そ…ソウコ、そろそろ、出発しましょう。時間はいくら合っても足りません。あなたには、もうひとつ教えなければならないことがありますし――」

 

 

 

取り出したのは、白い小さな玉。

マトリフ様の所で、竜王を倒したあと手に入れたアイテム。

ルーンオーブという名の玉に向かって呪文を放つと、『記憶』させることが出来る。ただし1種類だけ。

そしてオーブを飲み込んだものは、『記憶』した呪文を1種類だけ習得できる。センスや才能がなくても。たとえそれが、メドローアのような高位の呪文でも。

「まさかこの呪文をあなたに授ける日が来るとは――実に感慨深い」

まあ、私も諦めていた。マトリフ様と話して、この呪文は私から最も縁遠いもののひとつだと確信していたのだから。正しく奇跡の集大成。まあ、流石にこれは神が優遇してくれたんだと思う。なんと言ってもこの世界に私を送り込んだ張本人。このくらいの特典は、有ってしかるべき。

「それでは、ソウコ――よく見ておいてください」

同心円上、等間隔に5箇所、小さな輝石を置いて。その円の中心に、ルーンオーブを。すると不思議な光が、輝石から溢れ出し。五芒星の光柱。見ているだけで、心の邪気が全て洗い流されるような、聖なる光。

マトリフ様へ相談したら、アバン先生に習えといわれた、秘技中の秘技――破邪呪文。

先生は握り締めた右手に、強大な魔法力を込める。

 

邪なる威力よ退け……

 

「マホカトール!!」

 

 

 

 

 

ソウコ

--------------------

せかいさいあくのおんな

せいべつ:おんな

レベル:26

--------------------

ちから:65

すばやさ:206

たいりょく:78

かしこさ:52

うんのよさ:45

さいだいHP:192

さいだいMP:86

こうげきりょく:90

しゅびりょく:111

--------------------

E アサシンタガー

E パプニカのふく

E オーザムのケープ

E こうふのカメオ

E ほしふるうでわ

E アジリーゼのいぶき

スロワーナイフ×15

きせき

レムオルのこな

じょうやくそう

じょうどくけしそう

アジリーゼのこころ

ハイジアのさかずき

アスクレピオスのつえ

しびれねむりぐすり

アダム

イブ

エデン

--------------------

レミーラ

レミラーマ

インパス

フローミ

トヘロス

ルーラ

トベルーラ

リリルーラ

バシルーラ

リレミト

トラマナ

シャナク

スカラ

スクルト

ルカニ

ルカナン

マホカトール

だいちざん

かいはざん

くうれつざん

どくこうげき

とうぞくのはな

しのびあし

 

スカイ

--------------------

キャットバット

せいべつ:おんな

レベル:31

--------------------

ちから:39

すばやさ:60

たいりょく:79

かしこさ:83

うんのよさ:96

さいだいHP:253

さいだいMP:999

こうげきりょく:39

しゅびりょく:45

--------------------

E コールブレス

E こうふのカメオ

まほうのせいすい

--------------------

マホトラ

マホトーン

つめたいいき(注1)

こおりのいき(注1)

こごえるふぶき(注1)

ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイヤモンズ(注2)

 

 

(注1)コールブレス装備時のみ

(注2)単独での使用不可




結構な長さになってきたので、今までのおさらいを兼ねた話です。
今後のアバンの使徒の成長率を考えると、レベル30くらいにしたかったんですが、そうするとヒュンケル並になってしまうので。

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