世界最悪の女   作:野菊

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世界最悪の女、大魔道士を訪ねる 5

魔王――こと竜王の言葉を前に、私はしばし唖然として。

 

「――いいえ」

 

ただ、ここでレベル1に戻されるわけにはいかない。

もう一度同じ返事を繰り返し、未だ硬直した体をどうにか奮い立たせる。

 

「愚か者め! 思い知るがよいっ! 」

 

「スクルト…!!」

 

自身とスカイの守備力を上げながら、竜王の攻撃に備える。

「スカイ!!」

「アウー!!! アウアウアーーーーーー!!!!!!」

「ちっ…――ラリホー」

運が良かった。シーボルトさんから貰ったブローチのお陰で、私にラリホーは効かないのだ。

「ルカニ!!」

「なにっ!!」

守備力が下がるなんて、竜王にとっては予想の範疇を超えた現象なのだろう。当然だ、これはドラクエⅢから登場する呪文なのだから。

ベギラマの熱をスカイの息で相殺しながら、遠い記憶を辿る。

ドラクエⅠは1度だけプレイしただけだ。ⅢやⅤに比べると操作性がどうにも悪かった。なかなかセーブが出来ないのだ。規則正しい生活を課せられた身にはどうにも合わず、したがって竜王と戦ったのも1度だけ。

ただ、始めてのラスボスだ。印象は残っている。

後のシリーズと比べると、攻撃力はそれほどでもない。確かレベル20代前半で倒せた気がする。

「小癪なっ!!喰らえ――」

「――っ、」

竜王の杖が襲い掛かる。スクルトでも衝撃は殺しきれず、バランスを崩したところへ、次の一手。

「ベギラマ!!」

「うっ――ああああああ!!」

何とか急所は庇ったものの、灼熱が背中を襲う。まずい。接近戦では勝ち目がない。

距離をとり、投げナイフで隙を伺うべきだ。空中からスカイと翻弄して――。

 

「――え」

 

いつもどおりトベルーラを――しかし、呪文は繰り出されず。

「うそっ、トベルーラ!!」

詠唱しても同じ。

「っ――魔法力、尽きた」

「ベギラマッ!!! 」

「っ」

竜王が現れる前、何回シャナク使ったっけ? ああ、もう――確か3回。あと、調子に乗ってバシルーラ2回…さっきのスクルトルカニで魔法力が尽きたのだ。

そういえば疲労感がハンパ無い。

「死ね!!」

ベギラマが左腕を掠める。悔しい、こっちは魔法が使えないのに――。

「スカイ!!」

「アウー」

「マホトーンを!!」

「アウアウアウアウ……アウーーー!!!!」

竜王は、自身の異変に気付いたようだ。厄介なベギラマは不発に終わる。

しかし――。

 

竜王の姿が、次第に薄れてゆく……。

 

 

 

なんと! 竜王が正体をあらわした!

 

 

 

「なっ…まだスカイのブレス1激しか与えていないのに!?」

大失敗だった。

マホトーンにより呪文を封じられた竜王は、予想よりも早くドラゴンに変身して――さっきのルカニがもったいない…。あわよくば第一形態で息の根を――なんて期待していた自分の浅はかさを悔やむ。

ドラゴンと戦った経験はない。様子見に、投げナイフを繰り出した。

 

キンっ――!!

 

しかし硬い鱗に覆われた尾が簡単に弾き返し。

「ギャーーウスッーーー!!」

こちらに向かって大きく開いた口から、激しい炎が噴出する――まずい、この体勢では海波斬が間に合わない――。

「アウーーーーーーッッッ!!」

「スカイ!!」

私を庇うように、スカイが飛び出して。

「ッッッッ――アウウウウウウウウウウウウウウウッッッ」

繰り出されたのは、竜王の激しい炎に負けるとも劣らぬ吹雪。今まで見てきたブレスなど比べ物にならないくらい程の威力は、炎を相殺した。

その隙に、背後に回ってナイフを投げる。

「ギャウーーー!!! 」

ナイフは再び、全て尾で打ち落とされた――予定通り。

竜王がこちらに向き直る。私はまっすぐ、最大限まで近づいた。早く、早く――。竜王の口がもう一度大きく開く。怖い、飲み込まれそうだ――怯んでいる暇はない。

「――」

 

しかしその口からは雄叫びも炎も放たれることなく。

 

「はあっ、――はあっ、っ」

竜王はその場に斃れた。

断末魔も、変身することもなく。

攻撃前の呼吸と共に吸い込んだ、アダムの猛毒によって。

 

 

 

竜王との戦いで得たものは2つ。

まず、アダムは竜王レベルの敵にも通用するという結果。

竜王とハドラーにどのくらい力の差が有るのかは分からないけれども、この情報は大きな収穫だった。

そしてもうひとつ。

「おーおー、派手にやったじゃねえか」

竜王の消滅を見計らうようにお戻りになったマトリフ様を、とりあえず睨み付けてみた。

「――ベホマください」

「ほらよ」

「スカイにも」

右手で私に、左手はスカイにそれぞれ治療を施す姿は正直羨ましい。この世界に来た当初は、自分にもいずれカイザーフェニックスが――なんて勝手に妄想していた。べっ、別に今の私にはトラマナがあるからいいもん! 使ったことないけどね。

「あんなに強いのが出てくるなんて聞いていません、死ぬかと思いました」

「生きているんだからいいじゃねえか」

「いやいやいや、首の皮一枚ですよ!!」

もし初回の攻撃がラリホーじゃなくベギラマだったら――もしドラゴンに変身されていたら――言いたいことが多すぎて気持ちが纏まらない。とりあえずスカイをモフろう。

「おー、このアイテムは…」

竜王消滅後現れた宝箱。マトリフ様がアバカムで開封すると、中から出てきたのはもちろん光の玉――ではなく。

「ルーンオーブか。当たりだな」

「ルーンオーブ? 」

真っ白なピンポン玉にしか見えないそのアイテムに、そんな価値があるとは思えないのだけれど。

「こいつはすげえ。このオーブに『記憶』させた魔法を、必ず習得できるという幻のアイテムだ」

「――本当に!?すごい!!じゃあ、私にも攻撃魔法が――!?」

「ああ、ひとつだけなら身に付く。――大サービスだ。この大魔道士マトリフ様が直々に『記憶』させてやる」

何でもということは――すごい! もちろん答えは決まっているが、その前に確認を。

「あの…記憶させるって、具体的にどうするんですか? 」

「ああ――実際に放つんだ。オーブに向けて」

「――そうすると、魔法によっては壊れる場合も…」

「そりゃねえ。たとえオレの最大呪文でも、このオーブは壊れない」

なるほど。

『奇跡』とか、そういう類ですか。

「じゃあ、記憶させたとして――私が習得するにはどうすれば? 」

「簡単だ――飲めばいい」

「飲む!?」

このピンポン玉を!?いや、がんばればいけるかもしれないけれど、――やだなあ。衛生的にもどうなんだ。どうしよう、スカイに飲ませるか――いやいや、そういうわけにもいかない。

「じゃあ、飲んだとして――消化するまでの間しか使えないとか、そういうことですか? 」

「いや、効果は一生――というか魔法力がある限りだな」

その外色々とツッコミ――もとい質問をしていたら、いい加減にしろとキレられた。いや、だって絶対裏がありそうだし。

「――で、どうするんだ。何の呪文を覚えたい? 」

まあ、説明を聞く限りデメリットはなさそうだ。物は試し。

もうひとつ、どうしても覚える必要のあった呪文の名前を口に出す。

「そいつは――」

私の言葉に、マトリフ様はしばし逡巡した。

 

 

 

「マトリフ様、長い間ありがとうございました」

いろいろ酷い目にあったけれども、この洞窟での経験は勉強になった。

「アーウ」

「何、あんたここの子になる気!?」

「アウアウアウ! 」

「はっはっは、まあ、仕方ねえ――おい、これで我慢しな」

「アウ!!」

マトリフは小さな小瓶をスカイの足に括りつけてくれた。中身はもちろん魔法の聖水。携帯おやつといったところだ。

「ソウコ、お前にひとつだけ言っておくことがある」

いつになく真剣な表情に、私は居住まいを正す。

「お前、間違ってもオレの弟子だとか、教えを受けたとか吹聴するんじゃねえぞ!!」

「は? 」

「ここまで面倒を見てやったのにも関わらず、メラすら教えられなかったとあっちゃ、大魔道士の名がすたる――いいか、絶対に他所でオレの名前を出すんじゃねえ!!絶対に、だ!!! 」

いやいやいや、魔法も一応覚えたよ!!シャナクとバシルーラだけだけど。大魔道士様から見ればゴミみたいなものかもしれないけれど、私にしてみたら大層なことだよ!!

「……肝に銘じます」

「まあ、薬に関しては中々だ――正直、レミオムの粉を作れるとは思わなかったぜ。今となっちゃ消え去り草自体世の中から消え去っちまったから、もう二度と作ることは出来ねえだろうが――せいぜい大事に使うことだな」

生成できたのは4回分。うち1回はテストという名目で既にマトリフ様に使われてしまった。私の手から奪うやルーラでどこかに飛んでいき、鼻血を垂らしながら戻ってきたので、どんな使い方をしたのかは想像に難くない。

「分かっています。こんな偶然、もうありませんよね」

たまたま訪れたマトリフ様から、たまたま渡された本に、たまたま封印されていたモンスターを、たまたまシャナクを習得できたので解除し、たまたま倒すことが出来、たまたま消え去り草をドロップした――そしてたまたま手に入ったレミオムの粉のレシピが、たまたま分かったので、たまたま調合の知識がある私が作り上げた――それだけの話だ。

「そういうのを奇跡と呼ぶんじゃねえのか――? 」

「偶然です――だって、奇跡って正しい事を神が後押しするから起こるんですよね。マトリフ様、覗きに使っちゃったから――うん、奇跡にしちゃ駄目ですよ」

「……可愛くない女だ」

 

悪に奇跡は起こらない――予定通りいけば、私には聞くことが出来ない言葉だけれども。

思い返すだけで胸に突き刺さる。

 

 

 

だから、奇跡じゃないんだ。

エデンが手に入ったのは。

ベランダのプランターに突然咲いた、見たこともない花は、学生だった私にとってチャンスだった。新種の発見――上手くいけば、将来を切り開く足がかりになる。

だから、誰にも報告しなかった。下手に大学へ相談して、手柄を横取りされてしまっては元も子もない。

ひとりで、出来るところまで調べ上げた。

咲いていたのは後にイブと名づけたほうで。これが幸いした。もしアダムだったら、その毒で死んでいた可能性が高い。いや、今考えるとそのほうが世の中のためには良かったのだけれど。

ひとつ、まだ果実が詰まったままの、小さな若い実を部屋の中で摘んだ。音楽はいつもと同じ――世界一有名なバンドのアルバムかと思いきや、実はペパー氏が20年前に結成したバンドの演奏会だということは、1曲目で明かされる。

アダムは1株に1つだけ、イブは幾つも、花を咲かせる。だからイブの実の扱いに、慎重さが欠けていたとしても仕方がなかった。当時はまだ学生の、実験なんて程遠い、リベラルアーツの単位に追われる1年生だったのだから。

イブの実を指先で弄んだのは一番好きな2曲目で――仲間がいれば何でも出来るよ。たとえ下手でも歌が歌える。ハイになれる――この歌を聞くと、小さい頃大好きだった果物を食べた時のような安心感に包まれて、だから好き。

そして、3曲目が始まった時――そう、アルバムの3曲目のことも当時の私は知らない。だから、それから半年くらい後に、その歌にまつわる四方山話を聞いたときは、運命的な物を感じたものだけれども――だけど決して奇跡ではない。奇跡であっていいはずがない。

短い前奏が終わる直前、実を指で磨り潰した。まだ柔らかな種も一緒に――唇に飛んだ汁を拭うため、川に浮かぶボートを思いながらティッシュを取ろうと立ち上がった瞬間。

 

3分29秒の夢を見た。

 

 

 

「いいかソウコ、お前が今までどんな人生を送ってきたのかは知らねえし、お前の考え方を否定するつもりもねえ――ただ、お前の力はとんでもない。判断を間違えれば、この世界の価値観を揺るがしかねねえ――それは、分かるか? 」

「――分かります」

だって、それが、唯一あの世界で学習したことなのだから。

それだけは分かる。だけど――どうすればいいのか分からない。

「……もしも判断に迷った時、どうすればいいのか、教えてやる」

「――!!」

「信じるんだ」

信じる――? マトリフ様の言葉が全く理解が出来ず困っている私を見て、意地悪に笑った。

「お前を信じた人間を――だ」

指を指された先、私の胸元に存在するのは――アバンのしるし。

思えば黒く光る、私だけの。

「アバンがそのしるしをお前に託したのは――世に送り出したのは、お前を信じたからだろう。奴だって気付いていたはずだ。お前の力がどんなに危険なのか」

思い出す。アバン先生との出会いを。私はその辺に生えている草で、盗賊たちを殺したのだ。そんな私を先生は教え導いた。そして――芥子の存在を教えてくれたのだって、アバン先生だ。

「なのにお前を弟子と認めたのは、お前の事を信じたからだ――だからお前も信じろ。アバンが認めたソウコという人間を」

 

 

 

奇跡なんてどこにもない。

お腹の子供は毎日育つ。育てられないものはどうしようもない。

だから彼女達に堕胎薬を売った。病院よりもずっと安く、手軽で、手続きの必要も無いその薬は、口コミであっという間に広まる。

そして、奇跡が起きなかった人たちに、エデンを渡した。

辛いのは一時で、生きていればそのうちいいことがあるということは分かっていた。私も、彼らも。

だけど、その一時を耐えられない人はいるんだ。

苦しくて、どうにもならなくて、明日を迎えることが出来ない人たちが。

病気だったり、生活苦だったり、記憶だったり――苦しみ、死を望む人にエデンを渡せば、彼らは幸福な夢を見たまま死んでいく。笑みを湛えた死に顔が、私を少しだけ救ってくれる。役に立てたと。

自分にも出来ることはあるのだ。

だから、私は生まれてきて良かった――命が無くなるたび、それに安心する。

一度だけ体験した、イブがもたらす多幸感なんかよりもずっと。

アバン先生もマトリフ様も知らない。こんな私を。

騙されているんだ。見せかけの知識に惑わされて、私を上等な人間だと思っているんだ。

本当は幼稚で、傲慢で、自己中心的な人間なのに。人の死を操るのは、神にしか許されない所業であるべき――中立の黒を身に纏った裁判官は確かにそう言った。自分を神に見立てただけの越権行為こそ、藤原草子の犯した罪だと、裁判官はそう言った。だから死刑になった。薬事法違反、自殺幇助、殺人幇助――2000件積み重なれば、死刑は妥当だと。

産みたくない子供を殺し、死にたい人を殺すことが罪だなんて――思っていなかったから死刑になった。

私の価値観は、存在意義は、思想は全て否定され。

あの世界に私は必要ない。

出来ることは何もなくなった。

何ひとつ。

だけど――。

 

もしかしたら、この世界ならば――。

 

 

 

「だから、お前はお前を信じて――出来る事をやれ」

ぶっきらぼうで、めんどくさそうに、いつもどおり鼻をほじりながら、マトリフ様は最後にそう教えてくれた。




黒には中立という意味があって、そのため裁判官の法衣は黒いらしいです。
通りすがりBさんから教えていただいた情報でした。

主人公の生い立ちは赤毛のアン、高校時代はあしながおじさんで、エデンとの出会いはアリスです。

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