世界最悪の女   作:野菊

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世界最悪の女、大魔道士を訪ねる 2

「溶岩原人!!」

独特のフォルム。

忘れもしない。ドラクエⅤで散々苦しめられた、大人になってから初めての難関。過酷なダンジョンのボスに君臨していた溶岩原人は強かった。初回、先頭に立ったピエールの殉職を乗り越えて、ボロンゴとふたりで3匹目を倒した時は思わず飛び跳ね、やる気のない看守から注意を受けたものだ。

「なんで――つーかキモイし…無理無理無理、トロヘス! 」

もちろん効くはずもない。私はトベルーラで射程距離を見極めながら、注意深く周囲を観察する。

不幸中の幸いか、溶岩原人は1匹。他のモンスターがいる様子もない。

「わっ――」

2度目の火柱――火炎の息を空中で避けながら、状況を整理した。

「スカラ」

多分、こいつを倒せば戻れるのだろう。確証はないけれども、ドラクエヘビープレイヤーの勘がそう告げる。とうか倒さないとこっちが危ない。

「――ルカニ!!」

思い切ってトベルーラで急接近し、ルカニを掛ける。するとゲル状の体から腕が伸び、ガードした左腕に火傷を負った。

「っ――クリームも落ちてるし」

私はいつもアジリーゼの息吹を体に塗っている。ハーブの収集で藪の中に入ることが多く、虫刺されや木の枝から身を守るため。そしてこういった事態に備えてだ。マトリフ様を訪ねる前にも塗った。効果はまだ続いているはず。それなのに、独特の皮膜は体になく、まさに無防備な状態。

「っ――せめて、あのケープがあれば…! 」

打撃はスクルトで軽減されているし、素早さで致命傷は避けられる。が、溶岩原人が身に纏う炎が曲者だった。

距離をとって投げナイフで攻撃するが、決め手に掛ける。近づいてダガーで止めを刺すしかない。だけど近づけばカウンターを食らう。

「スカイがいれば」

スカイの息なら、火炎の息を相殺できる。スカイを囮に、背後から忍びこんで、空裂斬で止めを刺す――それが、基本的な戦術だった。場合によっては私が囮になることもあれば、止めは毒を塗った投げナイフということも――そう、毒があれば…溶岩原人にどこまで効くのかは不明だけど、確かマヌーサやラリホーは通じたはず。ならばイブで幻覚を見せることも可能かもしれない。

だけど、今は何もない。剣と投げナイフだけ。

「仕方ない――出来る事をやるしかないか」

トベルーラで溶岩原人の周囲を回りながら、徐々に差を詰めて行く。狙い撃ちされないよう、速度はまばらに。火炎の息を避けながら――息苦しい。あと5分持つか持たないか。

溶岩原人は、すばしっこく飛び回る私に苛立ちを感じているのか、段々と攻撃が荒く、当たりもしない大振りのパンチをこちらに向けた。それが空を切った瞬間、急接近――。

「フッシャーーーー!!! 」

直線状に近づく私に、雄叫びの混ざった火柱が襲い掛かる。私はダガーの柄に手を掛け、炎の奥に向け渾身の――。

 

「――海波斬!!!!」

 

火柱は2つに割れ、目の前に道が出来る。溶岩原人を倒すための。高熱で掌の皮膚剥がれたが、それでもダガーを握る力は緩めない。

海波斬の衝撃波で裂けた溶岩原人の頭頂部。だが、ゲルは徐々に修復の兆しを見せ始めた。相手も必死だ。マグマの打撃がこちらを襲う。しかし避けては千才一隅のチャンスを棒に振る。左半身に痛恨の一撃を受けながら、最後の力をダガーに賭ける。

 

「空裂斬――っ!!!!!!」

 

卒業試験のときと同じ手ごたえ。いや、今はもっと、確実な手ごたえを感じている。自分に出来ると知った上で繰り出した一撃は、溶岩原人を消滅させた。

 

「っ――はあっ、はあっ」

 

苦しい。

アバン先生から授かった必殺技は、私の体力を大きく消費させる。それをカバーしようと荒くなった呼吸は、体内へガスの侵入を意図も簡単に許した。

体中に酷い火傷を負った。特に左半身は酷く、肋骨が何本か折れている。嘔吐感に見舞われながら、私はその場に崩れ落ちた。

視界がぼやける。だるい。立ち上がるよりも、このまま倒れてしまいたい。そのほうがずっと楽だ。

――だけど、それは許されない。

私にはやらなければならないことがあった。勇者を1人にしない――まだ出会っていない小さな勇者には、どうやら私の力が必要らしくて。

だから、ここに来た。

アバン先生は私にアバンのしるしをくれた。

そして今ここにいる。そのために斃れるなんて、本末転倒だ。

私は目を開けた。毎朝やっている、簡単なことだ。出来ないわけがない。人間の目蓋は、開くように出来ているのだから。

ゆっくりと――目を開いたその先には。

 

「だからオメーは呪文を覚えられねーんだ」

 

ふてぶてしい顔をした大魔道士が鼻をほじっていた。

 

 

 

「いいか、オレ達魔法使いってーのは、魔法しか出来ねえ連中の集まりだ。中には多少剣が仕えるヤツもいる。武道の心得があるヤツだってな。だけど、最終的には魔法に回帰する。どんな局面も魔法で打破しようとする――そうできると信じているヤツらが魔法使いって人種だ」

体中の火傷は、マトリフ様のベホマで綺麗に治癒した。キアリーのお陰でガスの後遺症も心配なさそうだ。

「てめえ、あのモンスターと戦いながら、何を思った」

「――何をって…スカイもいないし、毒もないので、どうやって剣で倒せるかなあって……」

「それが! 可愛くねーんだ。フバーハが使えたらいいのにとか、ヒャドが使えれば――って、何で考えねえ!!」

「何でといわれても――そんなこと、ちらりとも」

「掠めもしなかったってーのか!?」

「はい…だって、今出来ない事を出来たらなあなんて考えても、現実逃避じゃないですか――そりゃ、事前にあそこに行くって分かっていたら、フバーハの習得も検討しただろうけれど…、だけど、さっきは突然だったので――とりあえず出来ることをやるしかないと」

「だー、可愛くねえ女だ。理屈っぽい。つまんねー」

「理屈っぽいといわれても…」

仕方ないではないか。だって、死ぬかと思ったんだもん。生き残るためにより合理的な解決策を模索するのは生き物の本能だ。それを否定されたら立つ瀬がない。

「じゃあオメー、アバンの卒業試験の時はどうだ? 」

「卒業試験ですか? 」

「ああ。出来ると思わなかった空裂斬でクリアしたっつってただろう」

夕食の時は大して興味もなさそうな素振りだったが、私の話は聞いてくれていたようだ。

「そうですね…空裂斬が出来るとは思ってもいなかったけれど、アバン先生が『考えなさい』って――だから、考えれば何とかなるかもしれないと思いました」

「そういうところだ!!」

杖の先端をこちらに向けられ、思わず警戒する。先ほど酷い目にあったばかりなのだ。

「いいか、そういう時はな――とりあえずがむしゃらに5本全部投げてみるとか、出来ねーって泣き付くとか、そういう姿を見たいという師の気持ちに応えてこそ弟子の鑑だ。それがお前、上手いこと弟弟子やらペットやら利用しやがって!!」

「よく分からないんですが、アバン先生はそういうタイプじゃないと思いますよ――まあ、マトリフ様がおっしゃるのならばそうなのかもしれませんが」

「そーいうところが可愛くねえ!!いいか、さっきのステージで、一瞬でも『フバーハが使えれば!!』と願えば、もしかしたら習得できたかも知れねー。魔法ってのはそんなもんだ。不可能を可能にする力――!!多くの先人が追い詰められながら、死に掛けながら、土壇場で身に付けた奇跡の力が魔法だ!!それをテメーは分かっちゃいねえ!!いいか、お前は自分が出来ることの中で最善の結果を出そうとする。大した女だ。それは認める――!!だが、世の中には、出来ない事をしなけりゃいけないこともある。どうしても、どうしてもだ――そんな人間に残された最後の希望が魔法なんだ!!」

 

 

 

「もうひとつ、お前――魔法が嫌いだろう」

スカイはマトリフ様の膝の上で丸くなっている。されるがままに撫でられて。ずるい。羨ましい。私にもモフらせろ。

「……嫌いです」

嘘は通じない。騙されてくれるようなお人よしでもないだろう。この数時間で、マトリフ様の人柄はよく分かった。そして未だよく分からない。多分一生。それが分かっただけでも収穫だ。

「私、魔法嫌いです。――だっておかしいと思う」

「ほう――」

「……契約なんて曖昧な基準で使用者を選ぶところが嫌いです。こんなに便利なのに――便利なら、一般化されてしかるべきなのにそれを許さないシステムが嫌いです。『才能がある』という一部の特権者だけが享受を許されて、必要としているであろう大勢を無視するところが嫌いです。なのに――魔法があるせいで、より使いやすい代替方法の開発が遮られているから嫌いです。魔法と同じくらい便利で、使い勝手のいいものがあれば、もっとたくさんの人が救われるのに――困った時は魔法があるからと、検討すらされず…存在だけで技術の進化を阻み、学問を停滞させ、人々の利便性を阻む――。人間の可能性の上限を一方的に定め、想像力を削ぎ、向上心を打ち砕く――だから魔法が嫌いです――魔法なんて大嫌いです」

そうだ。結局人々は魔法に頼る。その場に使用者がいなければ、仕方がなかったと諦める。魔法で解決できないことは、それ以上はどうにもできないと思考を停止させる。

それはある意味では素晴らしいことだ。奇跡を信じ、人間の及ばぬ領域がある事を知り、常に謙虚に生かされる自覚を持ちながら生活をする人々は、とても尊い。

だけど、それがどういった力であるのか見極めようとしないのは怠慢だ。盲目的な崇拝の対象があれば楽だろう。そうすれば最終的な責任の所在をその対象に擦り付けることが出来るのだから。結果、対象――神は疲弊し、私なんかに御鉢が回って来たのだ。

世界最悪の女なんかに。

「そうか――大嫌いか。まさかこの大魔道士様に向かってそこまで言い切るとはな」

「すみません。嘘をついても良かったのですけど、多分ばれると思ったので」

「――っとに、可愛くねえ……全く、今の台詞をあのスカした宮廷の連中に、聞かせてやりたいぜ」

小さな寝息がここまで聞こえてくる。いくらなんでもリラックスしすぎだ。スカイには野生の血とか、そう言ったものがないのだろうか。ちょっとした猫だって初対面の人間には警戒するのに。モンスターとしてどうなのだろうか。


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