世界最悪の女   作:野菊

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世界最悪の女、冒険をする 6

トッチは中学生の女の子。

女手ひとつで自分を育てている母親の事を尊敬し、いつも感謝していた。

成績は軒並み優秀だけど、どうにも理科だけは苦手なトッチを心配した母親は、大学生に家庭教師を依頼する。

それが、トッチと私の出会いだった。

 

通された控え室の姿見で、何度も身だしなみをチェックする。

「スカイ、いい子にしててね」

「アウ! 」

オニューのケープは悪くない。うん、ばっちり。

「色々と力を貸してくれてありがとう。お陰で今後も運営して行く目処が立ったわ――それと…これをぜひ、あなたに着て欲しいの」

手渡された紺地のケープには、黒とグレーの糸で複雑な刺繍が施されていた。オーザムに伝わる織物で、ここの人たちが私のために誂えてくれたらしい。

刺繍によって生地が補強され、防寒具としてオーザムでは幅広く着用されている。東北地方の刺し子にとても近い。

冒険者である私の安全を願って、ここの人たちが糸から丁寧に紡いでくれたケープは、防御力に優れ、吹雪や炎からも身を守ってくれそうだ。

裏地にポケットがたくさん付けてもらったので、薬の携帯にも重宝する。

「ソウコ様、こちらへ」

兵士に呼ばれ、通された謁見の間には、上機嫌のロモス国王。膝の上には赤ちゃんが2人。

「ソウコ、久しいな。あれから随分腕を上げたようじゃ」

「恐れ入ります。素敵な王子様たちに歓迎して頂けるなど、身に余る光栄でございます」

双子の王子の誕生で、ロモス全体の雰囲気が華やいでいた。

王女の『流産』で一時期沈んでいたロモスに、王妃の懐妊が伝えられ、臨月に近づくほど異様なまでに大きくなったお腹から、男の子が2人も出てきたのだ。国民は喜んだけれども、国王はもっと喜んだ。

このご様子ならば、嘆願も聞き入れられるだろうと、早速レイラさんから託されていた書状を手渡す。修道院跡の資金援助について書かれたものだ。

「ふむ…なるほど、相分かった。勇者アバンと共に戦った僧侶レイラが居た修道院がそのような状態だとは、見過ごせぬ。わしからもオーザムに掛け合ってみよう。資金援助についても、いくつか心当たりを当たってみる」

「お心遣い、痛み入ります」

「ところでソウコ、ものは相談なのじゃが――いや、カールでの功績を耳にしての。ロモスでも、国民に役立つ薬品を、国で販売したいと思っておったのじゃ」

「なるほど――国王の民を思う気持ちには、感服いたしました。若輩者ではございますが、私に出来ることがありましたら何なりと。して、どのような薬品をご所望でしょうか? 」

「はっはっは、それは任せる。部屋を用意したので、何なりと申しつけよ! 」

「…………」

 

御前を退くと、客間に通される間もなく、相談があると言って王女の私室に招かれた。

「――それで、夫が…私はまだ大丈夫だと申しておりますのに、すぐに眠いと……」

可哀想なほどガリガリで、儚げだった王女は、見事にふっくらとされ、その顔は女の自信に満ちていた。

そしてよく喋る。オジサマだらけの侍医にはとても出来ない夫婦の相談――もといノロケ話は、王子の誕生で第一王位継承者では無くなったことによる夫婦間の亀裂など一切感じさせぬもので、勝手にやってくれというのが正直な感想だが、王族の世継ぎ問題なのだ。そうとも言っていられない。

まあ、以前夫婦間のスキンシップを増やすようアドバイスしたのは他でもない私なのだから、ここは責任を取るしかあるまい。

「とにかく、お母様には負けてられません! 私も次は双子…いえ、3人でも4人でも!!そのためには夫にもっと頑張ってもらわなければ!!!!」

要するに、夫の精力を強化させろと。

王女が改善するべき点は、王宮に居る海千山千の女性たちにレクチャーしてもらえばいい。私が出来るとすれば――うん、これならば国王の要望にも応えられそうだ。

「王女、質のいい栄養剤を考案しようと思います。いくつかご助力賜りたいのですが――」

「もちろんですわ!!なんでもおっしゃって」

ロモスの夏は暑い。熱中症で倒れる労働者も多いと聞く。スタミナドリンクの需要は、今は季節はずれかもしれないけれども、そっちの効果も宣伝すれば1年中売れるはず。

王妃の高齢出産でベビーブームの兆しがあるロモスには、ぴったりの商品だ。

ただ、そんなあからさまな商品を提案したところで、認可されるとも思えない。そこで王女に口添えをしていただくのだ。出来れば王妃も巻き込んで。

 

まずは需要の調査である。労働者特有の病状や、処置方法をロモス中の医師から聴取する。シーボルトさんにロモスの医者が集まるサロンの場所を聞いていたので、こちらは順調に情報を集めることが出来た。ベンガーナで顔見知りになった人もちらほらいて、思った以上に協力してもらえたのは幸いだ。

次に教会を訪ねた。ロモスの平均的な初婚年齢や出産年齢を調べるために。基本的に戸籍を国が管理しているわけではないのだが、教会は結婚式や洗礼の記録を残しているので、それを見せてもらう。こちらも、レイラさんの知り合いということで話はスムーズだった。王女の協力も大きい。この世界に個人情報保護法がなくて良かった。

レイラさんが修道院の復興に携わっていると言う話に、僧職の方々は感銘を受けたようで、ロモスでも参考にしたいと、何人かのシスターがオーザムへ渡った。

また、私の調査をきっかけに、国と教会が一体となった戸籍の作成を始めるのは、もう少し後の話。

とにかく、2週間ほどの聞き取り調査で、新薬のアイデアに必要な多くの情報が手に入った。

まず、ロモスの代表的な産業である漁業。大規模な船ともなると、夏の間2,3ヶ月沖へ出たままである。そういった船にはもちろん船医も同行するが、やはり体力低下や栄養失調で倒れるものも多く、特に伝染病は深刻な問題で、毎年数船は、病気が原因で壊滅している。

もちろん船にも医薬品は持ち込むが、何よりも、慣れない船上生活や、仲間の体調不良が漁師の心を蝕むことが、大きな問題となっている。

また、造船業に関わる人たちの熱中症も深刻だ。見学したところ、多くの造船所は通気性の悪い室内に設置されている。そこで鍛冶をしたり、重い荷物を運べば、体感温度は上昇するだろう。冬から春にかけて涼しい時期の作業なので、喉の渇きに気付かず水分補給を怠ることが、症状を悪化させる原因だった。

教会からも有益な情報が手に入った。統計では男性が20歳から43歳まで、女性は16歳から30歳までの間子作りをするのが平均だ。ただ、男たちが働きに出ている間、もっぱらおかみさんたちの愚痴の捌け口となっているシスターが言うには、多くの女性はそれに不満を持っていて、王妃の懐妊を期に更に顕著となった。

恵まれた気候のおかげで1年中収入を得ることが可能なロモスの男性たちは、夜になると遊びに出る。10年以上連れ添った古女房よりも、若い女性に目が行ってしまうのだ。30代なんて女盛りだと思うのだが、この世界では30過ぎて生んだ子供は恥かきっ子という感覚だ。

そういえば、老女老女といっていたけれども、シーボルトさんのお母様は享年56歳。私の居た世界だったら全然若い。おばあちゃんなんていったらぶん殴られるだろう。

もちろん食事や生活環境で平均寿命や老化の速度は変わる。ボタンひとつでお風呂を沸かすことなんて出来ないこの世界では、男も女も一日中働かなくてはならず、日々の生活で蓄積した疲れが、老化を促進させるのだろう。

ただ、それでも年齢による肉体の変化は同じで。女の30代なんて、肉体的にも成熟し、出産への欲求はピークだ。もっと私を相手にしろという夫への不満は、当然だろう。

総合すると、船上へ簡易に持ち込め、長期保存可能、リフレッシュ効果があり、冬季の熱中症対策になり、夫婦関係が円満になる薬が、ロモスの需要なのである。

 

新薬――もとい新製品の発明でロモス銃を飛び回っていたせいで、とてももったいない事をした。

珍しいモンスターを国王へ献上しに来た『勇者一行』、それを奪い返しに来た『小さな勇者』と入れ違いになってしまったのだ。

小さな勇者とは、順調に進めばこの先出会えるはず、むしろ出会わなければどうにもならないが、勇者一行――いや、偽勇者一行はどうだろう。

クロコダイン戦まではこのあたりにいるはずだから、一度くらいはばったり顔を合わせたりして。

期待せずに、未だ半袖で子供たちが走り回る片田舎を、のんびり散歩した。気候のせいかロモスの人たちは陽気だ。

夕方になると街角で誰かが楽器を弾き始める。つられて集まる人々が歌い、踊り始め、気付けば毎晩お祭りだ。

「スカイ、何食べてるの? 」

「ウー」

「もう、その辺に落ちてるもの、むやみに食べないで」

「アーウ」

もしや虫かと一瞬警戒したのだが、よくよく見ればなんて事はない、赤い小さな木の実だ。そういえば、先ほど通り過ぎた子供たちも、小さな実を食べていた気がする。

「なあにそれ? 美味しいの? 」

聞くともなく耳に入る太鼓のリズムは、ゆったりと、流れるようで。確かこれは――。

「…………見つけた」

 

「早速試してみましたの…素晴らしい効果でしたわ。私が保証します」

やんごとなき王女様は、もちろん周りの目を憚りながら、薬の効果をそっと耳打ちしてくれた。

国王からライセンス料をがっぽり頂くけれども、王女からの労いはまた格別で。

「そのお言葉だけで充分でございます」

いや、お金は貰うけれども。

そもそも、ロモスは土壌に恵まれていた。どんな作物も大量に採れ、冬でもある程度の収穫高が期待できるので、原料に関しては選り取り見取り。その中で目をつけたのは、その辺に自生していて、子供たちがおやつ代わりに食べる、真っ赤な甘い実。中には大きな種が入っており、実の量が少ないため、あえて栽培する人もいないその木の正体に気付いたとき、町の人たちに混じってルンバを踊りかけた。が、日本人の血がそれを思い留まらせた。

 

――コーヒーノキ。

 

私の居た世界ではトップレベルにメジャーな飲み物。ストレス解消、疲労回復、リラックス効果、眠気覚ましなど、多くの効能がある、コーヒーの原材料。

殺菌効果もあるから、調理にも大胆に利用して欲しい。ホットで飲めるので、涼しくなってからの水分補給にも最適で。何より、興奮作用がある。刺激物の少ないこの世界では、そちらの効果も充分期待出来ると思っていたが、王女の顔でそれは確信に変わる。

お酒目当てに夜遊びをしていた夫が、コーヒーの味を求めて帰宅し、夫婦揃って食後の一服をすれば、今までとは違ったコミュニケーションが取れるはず。

議会はカールの時よりもすんなりと通った。王妃の計らいで、お茶の変わりにコーヒーを出せば、情熱のアロマでイチコロだ。

「ソウコ、これで次は、私も元気な赤ちゃんを産むわ」

「楽しみにしております」

「……あなたのことは、一時は恨みもうしあげておりましたわ――もしあそこで、私が命と引き換えにでもあの子を産んでいたら…それは今でも、考えます。この先もずっと――無くなった子供のことは、永遠に忘れません」

「王女様――」

 

――知っていた!

王女様は知っていたのだ。私が彼女に何をしたのか。誰かが耳打ちをしたのかもしれない。ご自分で気づいたのかもしれない――それは分からない。だけど。

王女にとってとても大切なものを奪ったのが、私だと言う事を、王女は知っていた――知っていて。

「だけど。夫が支えてくれました。国のために結婚した夫でしたわ。あの人も同じ思いだったはず。もし、あの子を失う前の私たちだったら、弟の誕生をきっかけに、没交渉になっていたかもしれない――そんな夫婦でしたわ。だけどあれから夫は変わって、私もお陰で変ることができました。今はお世継ぎではなく夫の子供が欲しい――そう思えるようになったのは――きっと、あなたのお陰ね。夫に、女性の口からはとても言いづらい事を仰ってくださったのは、あなただけなのだから」

失礼ながら、王女のお体が幼い原因の一端には、夫としての勤めを誠心誠意果たしていないこともあるようですね――なんて、不躾な事を言ってしまったことは後悔していない。下手糞!!は言い過ぎかもしれないけれど。

全部自分のためだった。自分とあの子のために、王女の堕胎を勧めた。中学生で望まない妊娠をしたあの子のために。

 

平日の夜は水割りを作るアルバイト。義父母からの支援がない私が、生活費と学費を稼ぐためには一番効率のいい選択だ。

真っ当なバイトも経験したくて、週に一度土曜日になるとトッチの家に通う。素直なトッチは、歳の近い家庭教師の私にすぐに打ち解けてくれた。

クラスに嫌いな女の子がいること、くせっ毛がコンプレックスで、担任の先生に片思いをしている、将来の夢――なんでも話してくれた。

そんなトッチの様子がおかしいことは、すぐに気付いた。笑わない、喋らない、勉強に集中しない。何かあったのか聞いても、何も話してくれなくて。何度も何度も問い詰めた。それでも口を割らない少女を、私は脅した。母親に相談すると。

トッチは暫く泣いて、ようやく口を開く――お母さんの彼氏に襲われたと。

母親の恋人とも面識はあった。40過ぎの社会的地位がある独身男。真面目で誠実で常識のある、ちゃんとした大人。養父と同じ。

「信じないでしょ――こんなこと」

「――信じる。信じるよ」

そのとき私は、少女に自分の体験を語ればよかったのか。あなたの気持ちはよく分かる、私も同じ体験をしたと。同情し、同じ傷を持つものにしか出来ない強い説得力で彼女を肯定すればよかったのか。

だけど私はしなかった。年長者として適切な言葉を彼女にかけ続けた。

母親に話すべきだと。

誰にでも言える言葉だ。

「駄目だよ。ダメダメダメ!!そんなの――だってお母さん、1人になっちゃうよ」

トッチは少し離れた寮のある高校に入学する予定だった。自分がもう少しだけ我慢すればいいと、そう言って。

「なら…学校に相談しよう。トッチはここに居ちゃだめだよ。そんなことする人の近くにいちゃだめだよ」

「話したら、死ぬよ――先生にこんなこと知られたら、私…死ぬから!!!!」

だけど私は母親に話した。誰だったそうするはずだ。トッチが大切だったから。トッチを助けたかったから。トッチのために。

母親は男とすぐに別れた。

トッチは私を恨んで。家庭教師はクビになり、私は水割り作りに精を出した。

それが――記録上、私が最初に殺した少女。

 

「パプニカのレオナ姫にあなたの話をしたら、とても会いたがっていたわ」

もう、残された時間は僅かで。そろそろ、アバン先生から渡された紹介状の相手を訪ねる時期に差し掛かっていた。

王女の言葉は、私にその決意をさせるに充分で。

 

――パプニカの近くに、かつての仲間が隠居しています。ソウコの求める呪文も、彼なら或いは。紹介状を書きますので、ぜひ訪ねてください。

 

「大魔道士かあ――」

パプニカに向かう船の中で、史上最強の偏屈ジジイをどうやって懐柔したものか、考えあぐねていた。


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